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示児(陸游)

示兒
児(こ)に示(しめ)す
陸(りく)游(ゆう)
  • 〔テキスト〕 『須溪精選陸放翁詩集後集』巻八(『四部叢刊 初編集部』所収)、『剣南詩稿』巻八十五(『四庫全書』所収)、『宋詩鈔』巻六十九、他
  • 七言絶句。空・同・翁(上平声東韻)。
  • ウィキソース「示兒 (陸游)」参照。
  • 嘉定二年(1209)十二月、故郷での作。八十五歳。辞世の詩。
  • 示児 … 我が子に示す詩。我が子に見せる詩。児は、息子たち。この時、陸游には六十二歳の長男から三十三歳の末子まで六人の息子がいた。
  • 陸游 … 1125~1210。南宋の詩人。越州山陰(浙江省紹興市)の人。字(あざな)は務観。号は放翁。二十九歳のとき進士の試験に一位で及第したが、宰相秦檜(しんかい)に妨害されて殿試で落第させられた。秦檜の死後、三十四歳で初めて官界に入り、福州寧徳(現在の福建省寧徳市)の主簿に就き、さらに都の微官や地方官を歴任した。激情の憂国・愛国詩人でもあり、また自然を愛する田園詩人でもあった。著に『剣南詩稿』八十五巻、『渭(い)南(なん)文集』五十巻、『入蜀記』などがある。ウィキペディア【陸游】参照。
死去元知萬事空
死(し)し去(さ)れば 元(もと)より知(し)る 万(ばん)事(じ)空(むな)しと
  • 死去 … 死んでしまえば。
  • 元知 … もともと知っている。初めからわかっている。初めから百も承知だ。
  • 万事空 … 何もかもお終いだ。すべては空(くう)に帰する。
但悲不見九州同
但(た)だ悲(かな)しむ 九州(きゅうしゅう)の同(おな)じきを見(み)ざるを
  • 但悲 … ただ残念なことは。
  • 九州 … 禹が中国を九つの州(揚州・荊州・豫州・青州・兗(えん)州・雍州・幽州・冀(き)州・并(へい)州)に区分したという。ここでは、中国全土を指す。『周礼』夏官に「職方氏は、天下の図を掌り、以て天下の地を掌る。……乃ち九州の国を弁じて、貫利を同じうせしむ。東南を揚州と曰う。……正南を荊州と曰う。……河南を豫州と曰う。……正東を青州と曰う。……河東を兗州と曰う。……正西を雍州と曰う。……東北を幽州と曰う。……河内を冀州と曰う。……正北を并州と曰う」(職方氏、掌天下之圖、以掌天下之地。……乃辨九州之國、使同貫利。東南曰揚州。……正南曰荊州。……河南曰豫州。……正東曰青州。……河東曰兗州。……正西曰雍州。……東北曰幽州。……河內曰冀州。……正北曰并州)とある。ウィキソース「周禮/夏官司馬」参照。
  • 同 … 一つになること。全土の統一。
  • 不見 … この目で見られないこと。見ないで死んでいくこと。
王師北定中原日
王(おう)師(し) 北(きた)のかた中(ちゅう)原(げん)を定(さだ)むるの日(ひ)
  • 王師 … 天子の軍隊。南宋の軍を指す。
  • 北 … 「きたのかた」と読む。北の方向。北に進んで。
  • 中原 … 中国の中心とされる黄河中流域一帯のこと。北宋の都、汴京(べんけい)(今の河南省開封市)を擁す。南宋の時、金に占領されていた。
  • 定 … 平定した。汴京(べんけい)を取り戻すこと。
  • 北定中原 … 諸葛亮「出(すい)師(し)の表(ひょう)」の「当(まさ)に三軍(さんぐん)を奨(しょう)率(そつ)して、北(きた)のかた中(ちゅう)原(げん)を定(さだ)むべし」(当奨率三軍、北定中原)とあるのに基づく。
家祭無忘告乃翁
家(か)祭(さい) 忘(わす)るる無(な)かれ 乃翁(だいおう)に告(つ)ぐるを
  • 家祭 … 我が家の先祖の祭り。
  • 無忘 … 忘れてはならぬぞ。
  • 乃翁 … お前の父親。父親が自分の子に対し、自分をいう自称の言葉。乃は、汝に同じ。
  • 告 … 知らせる。報告する。
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