論語:子張第十九:15 子游曰吾友張也章(現代語訳・書き下し文・原文) - Web漢文大系
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子張第十九 15 子游曰吾友張也章

486(19-15)
子游曰。吾友張也。爲難能也。然而未仁。
ゆうわく、ともちょうや、くしがたきをす。しかれどもいまじんならず。
現代語訳
  • 子游 ――「わたしの友人の子張は、なかなかやりてだ。だがまごころがたりない。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 子游の言うよう、「友人ちょう君は、じょうじんくしがたいことをげる大才たいさいがあるが、誠意が欠け人情が薄い故、まだまだ仁とはいえぬ。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 子游がいった。――
    「友人のちょうは、困難なことをやりとげる男ではあるが、まだ仁者だとはいえない」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 子游 … 姓はげん、名はえん、子游はあざな。呉の人。孔門十哲のひとり。「文学には子游・子夏」といわれ、子夏とともに文章・学問に優れているとされた。ウィキペディア【子游】参照。
  • 張 … 孔子の弟子、子張のこと。姓は顓孫せんそん、名は師、あざなは子張。孔子より48歳年少。ウィキペディア【子張】参照。
  • 也 … 文中にある場合は「や」と読み、「~は」「~とは」と訳す。主題を提示する。
  • 難能 … 他人のできないこと。
  • 未仁 … 仁の道に到達していない。仁者であるとはいえない。
余説
  • 次章と同じ趣旨。
  • 難能 … 『集解』に引く包咸の注には「言うこころは、子張の容儀の及び難きものなり」(言子張容儀之難及)とある。
  • 『集注』には「子張の行は高きに過ぎて、誠実惻怛そくだつの意すくなし」(子張行過高、而少誠實惻怛之意)とある。「惻怛そくだつ」は痛み悲しむこと。
  • 伊藤仁斎は次章と合わせて「後世の儒者、二子の言に因りて、みだりに子張を議する者は過てり」(後世儒者、因二子之言、漫議子張者過矣)と言っている。「二子」は子游と曾子。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠は「其の未だ仁ならずは、猶お仲弓の未だ仁ならずのごときなり。後世子游の言に拠りて、以て子張を軽んじそしる。非なり」(其未仁也。猶如仲弓之未仁也。後世據子游之言。以輕詆子張。非也)と言っている。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十