顔淵第十二 9 哀公問於有若章
287(12-09)
哀公問於有若曰、年饑、用不足。如之何。有若對曰、盍徹乎。曰、二吾猶不足。如之何其徹也。對曰、百姓足、君孰與不足。百姓不足、君孰與足。
哀公問於有若曰、年饑、用不足。如之何。有若對曰、盍徹乎。曰、二吾猶不足。如之何其徹也。對曰、百姓足、君孰與不足。百姓不足、君孰與足。
哀公、有若に問いて曰く、年饑えて、用足らず。之を如何せん。有若対えて曰く、盍ぞ徹せざるや。曰く、二も吾猶お足らず。之を如何ぞ其れ徹せんや。対えて曰く、百姓足らば、君孰と与にか足らざらん。百姓足らずんば、君孰と与にか足らん。
現代語訳
- 哀(殿)さまが有若におたずね ―― 「不作で、財政が赤字だが、どうしたものか。」有若がお答えする、「いっそ一割の税になさったら…。」 ―― 「二割でさえ、わしは不足なのに、それをなんでまた一割にするのか。」お答え ―― 「人民がまかなえれば、殿さまもおなじにまかなえます。人民がこまれば、殿さまもやはりこまりますよ。」(魚返善雄『論語新訳』)
- 魯の哀公が有若に、「飢饉で国の財用が不足だが、どうしたらよかろうか。」とたずねた。すると有若が、「なぜ十分一税になさらぬのですか。」と言ったので、哀公が驚いて、「既に十分二税を取ってそれでも足りないで困っている始末なのに、どうして十分一税にできようか。」と言った。そこで有若が答えて申すよう、「君民は一体でありまして、民が富めば君も富み、民が貧しければ君も貧しいのであります。もし人民が『足りた』ということになったら、殿様は誰と共に『足らぬ』とおっしゃれるのですか。もし人民が『足らぬ』ということになったら、殿様は誰と共に『足りた』とおっしゃれるのですか。そもそも凶作と財政不足の根本対策は、減税によって民力を休養させることに外ならぬと存じます。」(穂積重遠『新訳論語』)
- 魯の哀公が有若にたずねられた。――
「今年は飢饉で国庫が窮乏しているが、何かよい案はないのか」
有若がこたえていった。――
「どうして十分の一税になさいませんか」
哀公がいわれた。――
「十分の二税を課しても足りないのに、十分の一税になど、どうしてできるものか」
すると、有若がいった。
「百姓がもし足りていたら、君主として、あなたはいったい誰とともに不足をおなげきになりますか。百姓がもし足りていなかったら、君主として、あなたはいったい誰とともに足りているのをお喜びになりますか」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
- 哀公 … 魯の国の君主。名は蔣。哀は諡。定公の子。前494年、孔子五十八歳のときに即位。ウィキペディア【哀公 (魯)】参照。
- 有若 … 孔子の門弟。姓は有、名は若、字は子有。魯の人。有子といわれた。容貌が孔子に似ていたという。門人で「子」と敬称を付けて呼ばれたのは、この有子と曾子・冉子・閔子の四人だけ。ウィキペディア【有若】参照。
- 年饑 … 今年は飢饉である。
- 用不足 … 国家の財政が不足している。
- 如之何 … どうしたらよかろうか。
- 対曰 … 目上の人に答えるときに用いる。
- 盍 … 「なんぞ~せざる」と読み、「どうして~しないのか」と訳す。再読文字。「何不」の二字を「盍」の一字で代用したもの。
- 徹 … 周代の租税の制度。十分の一の税率で租税をとる。
- 二 … 十分の二を租税とした税法。
- 吾猶不足 … 自分はそれでもなお足りない。
- 如之何其徹也 … どうして十分の一税の徹税などを用いられようか。「如之何其~也」は「これをいかんぞそれ~せんや」と読み、「どうして~しようか」と訳す。「其」は強調。
- 百姓 … 「ひゃくせい」と読む。民衆・人民のこと。農民ではない。
- 君孰与不足 … 君主たるものは、誰といっしょに足りないと思われるのでしょうか。「孰」は「誰」に同じ。「与」は、いっしょに。「孰与~」は「たれとともにか~せん」と読み、「誰とともに~しようか。~することはできない」と訳す。反語の形。
補説
- 『注疏』に「此の章は税法を明らかにするなり」(此章明税法也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 有若(有子) … 生年については確定できず、孔子より三十六歳年少、四十三歳年少など諸説ある。『孔子家語』七十二弟子解に「有若は魯人、字は子有。孔子より少きこと三十六歳。人と為り強識にして、古道を好む」(有若魯人、字子有。少孔子三十六歲。爲人強識、好古道也)とある。ウィキソース「孔子家語/卷九」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「有若、孔子より少きこと四十三歳。……有若の状、孔子に似たり。弟子相与に共に立てて師と為し、之を師とすること夫子の時の如し」(有若少孔子四十三歲。……有若狀似孔子。弟子相與共立爲師、師之如夫子時也)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。また『集注』に「有若と称するは、君臣の辞なり」(稱有若者、君臣之辭)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 年饑、用不足。如之何 … 『義疏』に「魯の哀公愚暗にして、政苛く賦重し。故に民其の業を廃す。所以に積年飢荒し国用足らず。公此の悪に苦しむ。故に有若に飢えずして用足るの法を求めんことを問うなり」(魯哀公愚暗、政苛賦重。故民廢其業。所以積年飢荒國用不足。公苦此惡。故問有若求不飢而用足之法也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「魯君哀公孔子の弟子有若に問いて曰く、年穀熟せず、国用足らず、之を如何にして国用をして足るを得しめん、と」(魯君哀公問於孔子弟子有若曰、年穀不熟、國用不足、如之何使國用得足也)とある。また『集注』に「用は、国用を謂うなり。公の意蓋し賦を加えて以て用を足さんと欲するなり」(用、謂國用。公意蓋欲加賦以足用也)とある。
- 饑 … 『義疏』では「飢」に作る。
- 有若対曰、盍徹乎 … 『集解』に引く鄭玄の注に「盍とは、何不なり。周の法は、十に一にして税す。之を徹と謂う。徹は、通なり、天下の通法たり」(盍者、何不也。周法、十一而税。謂之徹。徹、通也、爲天下通法也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「盍は、何不なり。徹は、十にして税一を謂うなり。魯の宣公に起まりて十に税二、哀公に至るも亦た猶お十に二なり。賦税既に重く、民飢え国乏しく十に二に由るなり。故に有若答えて云う、今、旧の十に一に依る、と。故に云う、何ぞ徹せざるや、と」(盍、何不也。徹、謂十而税一也。魯起宣公而十税二、至于哀公亦猶十二。賦税既重、民飢國乏由於十二也。故有若答云、今依舊十一。故云、何不徹也)とある。また『注疏』に「盍は、猶お何不のごときなり。周法は什一にして税す、之を徹と謂う。徹は、通なり。天下の通法と為す。有若の意は哀公の重斂を譏る。故に対えて曰く、既に国用の足らざれば、何ぞ通法に依りて税取せざるか、と」(盍、猶何不也。周法什一而税、謂之徹。徹、通也。爲天下之通法。有若意譏哀公重斂。故對曰、既國用不足、何不依通法而税取乎)とある。また『集注』に「徹は、通なり、均なり。周の制は一夫は田百畝を受けて、溝を同じくし井を共にするの人と、力を通じ合作し、畝を計り均しく収む。大率民は其の九を得、公は其の一を取る。故に之を徹と謂う。魯は宣公より畝に税し、又た畝を逐いて什に其の一を取れば、則ち什にして二を取ると為す。故に有若但だ専ら徹法を行わんことを請い、公用を節し以て民を厚くせんことを欲するなり」(徹、通也、均也。周制一夫受田百畝、而與同溝共井之人、通力合作、計畝均收。大率民得其九、公取其一。故謂之徹。魯自宣公税畝、又逐畝什取其一、則爲什而取二矣。故有若請但專行徹法、欲公節用以厚民也)とある。
- 曰、二吾猶不足。如之何其徹也 … 『集解』に引く孔安国の注に「二は、十に二にして税するを謂うなり」(二、謂十二而税也)とある。また『義疏』に「公、有若十に一を為さしむるを聞く。故に之を拒むなり。言うこころは税十に二を取るも、吾が国家の用、猶お尚お足らざるがごとし。今若し為に我をして十に一を取らしめんや。故に云う、之を如何ぞ其れ徹せんや、と」(公聞有若使爲十一。故拒之也。言税十取二、吾國家之用猶尚不足。今若爲令我十取一乎。故云、如之何其徹也)とある。また『注疏』に「二は、什二にして税するを謂う。哀公其の譏るを覚らず、故に又た曰く、什にして二を税するに、吾れの国用は猶尚お足らざるに、之を如何ぞ其れ徹法の什にして一を税するに依らんや、と」(二、謂什二而税。哀公不覺其譏、故又曰、什而税二、吾之國用猶尚不足、如之何其依徹法什而税一乎)とある。また『集注』に「二は、即ち所謂什の二なり。公、有若の其の旨を喩らざるを以て、故に此を言いて以て賦を加うるの意を示す」(二、即所謂什二也。公以有若不喩其旨、故言此以示加賦之意)とある。
- 対曰、百姓足、君孰与不足 … 『集解』に引く孔安国の注に「孰は、誰なり」(孰、誰也)とある。また『義疏』に「有若、君の十一の理に合せしむる所以に答うるなり。言うこころは君若し税を軽くせば、則ち民下百姓寬を得、各〻其の業に従う。業人に従いて寬なれば、則ち家家豊足す。民既に豊足すれば、則ち豈に君に有事して足らざらんや。故に云う、百姓足らば、君孰と与にか足らざらんや、と。孰は、誰なり」(有若答君所以合十一之理也。言君若輕税、則民下百姓得寬、各從其業。業從人寬、則家家豐足。民既豐足、則豈有事君而不足耶。故云、百姓足君孰與不足也。孰、誰也)とある。また『注疏』に「孰は、誰なり。哀公既に重斂の実を言う、故に有若は又た対うるに盍ぞ徹せざるの用を足すの理を以てす。言うこころは若し通法に依りて税せば、則ち百姓は家ごとに給し人ごとに足る。百姓既に足らば、上命じて求むること有らば則ち供す。故に、君孰と与にか足らざると曰うなり」(孰、誰也。哀公既言重斂之實、故有若又對以盍徹足用之理。言若依通法而税、則百姓家給人足。百姓既足、上命有求則供。故曰、君孰與不足也)とある。
- 百姓不足、君孰与足 … 『義疏』に「又た云う、君既に税を重くす。一は則ち民公に従いて豊を失う。二は則ち貧にして糧粮無し。故に家家食空竭し、人人足らず。既に人人足らず。故に君豈に足るを得んや。故に云う、君誰と与にか足らんや、と。故に江熙云う、家たることは一家と倶に足れば、乃ち足ると謂う可し、豈に己を足して而して之を足ると謂う可けんや。夫れ倹以て用を足し、寛以て民を愛せば、日に之を計るに足らざる可し、而して歳に計れば則ち余り有らん。十二にして行えば、日に計るに余り有る可し、歳に計れば則ち足らず。十二を行いて足らざることは、損すれども益することを思わず、是れ湯を揚げて沸くことを止め、疾く行きて影を遁る。有子の徳音を発する所以の者なり、と」(又云、君既重税。一則民從公失豐。二則貧無糧粮。故家家食空竭、人人不足。既人人不足。故君豈得足。故云、君誰與足也。故江熙云、爲家者與一家倶足、乃可謂足、豈可足己而謂之足也。夫儉以足用、寛以愛民、日計之可不足、而歳計則有餘。十二而行、日計可有餘、歳計則不足。行十二而不足、不思損而益、是揚湯止沸、疾行遁影。有子之所以發德音者也)とある。また『注疏』に「今君は重斂し、民は則ち困窮し、上須つ所を命ずるも、以て供給するもの無し。故に、百姓足らずんば、君孰と与にか足ると曰うなり」(今君重斂、民則困窮、上命所須、無以供給。故曰、百姓不足、君孰與足也)とある。また『集注』に「民富めば則ち君独り貧しきに至らず、民貧しければ則ち君独り富むこと能わず。有若深く君民一体の意を言い、以て公の厚歛を止ましむ。人の上たる者は、宜しく深く念うべき所なり」(民富則君不至獨貧、民貧則君不能獨富。有若深言君民一體之意、以止公之厚歛。爲人上者、所宜深念也)とある。
- 『集注』に引く楊時の注に「仁政は必ず経界より始む。経界正しくして、而る後に井地均しく、穀禄平らかにして、軍国の需、皆是を量り以て出だすを為す。故に一たび徹して百度挙ぐ。上下寧くんぞ足らざるを憂えんや。二を以てしても猶お足らざるに、之に徹を教うるは、疑うらくは迂なるが若からん。然れども什に一は天下の中正なり。多きは則ち桀、寡なきは則ち貉、改む可からざるなり。後世其の本を究めずして、唯だ末をのみ之れ図る。故に征歛芸まり無く、費出経無くして、上下困す。又た悪くんぞ盍ぞ徹せざるの当に務むべくして、迂と為さざるを知らんや」(仁政必自經界始。經界正、而後井地均、穀禄平、而軍國之需、皆量是以爲出焉。故一徹而百度舉矣。上下寧憂不足乎。以二猶不足、而教之徹、疑若迂矣。然什一天下之中正。多則桀、寡則貉、不可改也。後世不究其本、而唯末之圖。故征歛無藝、費出無經、而上下困矣。又惡知盍徹之當務而不爲迂乎)とある。
- 伊藤仁斎『論語古義』に「鄭氏曰く、周の法は什に一にして税す。之を徹と謂う。徹は、通なり。天下の通法たり、と。愚按ずるに周礼に、郷遂は貢法を用う、都鄙は助法を用う、皆一夫に田百畝を授く、蓋し貢・助の二法を通じて之を用う、其の実は皆什に一なり。故に之を徹と謂う」(鄭氏曰、周法什一而税。謂之徹。徹、通也。爲天下之通法。愚按周禮、郷遂用貢法、都鄙用助法、皆一夫授田百畝、蓋通貢助二法而用之、其實皆什一也。故謂之徹)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 荻生徂徠『論語徴』に「年饑し用足らず、哀公の意は、其の自ら供する所以足らざるを言うなり。有若は以て民を振済する所以足らずと為すなり。是れ用の字、哀公は其の好用を以て之を言い、而うして有若は国用を以て之を視る。故に盍ぞ徹せざるやと曰う。……其の二にして吾猶お足らずと曰うに及びて、有若哀公の意を悟る。故に君民一体の義を言いて以て之を喩す。……仁斎曰く、貢・助二法を通じて之を用う、故に之を徹と謂う、と。亦た命名の義に非ず。蓋し夏は貢にして殷は助、周は兼ねて二法を用い、而うして皆通耕均収す、故に之を徹と謂うのみ。夏貢殷助は、必ずしも皆通耕均収せず。而うして周は通耕均収の制を創む」(年饑用不足、哀公之意、言其所以自供不足也。有若以爲所以振濟民不足也。是用字、哀公以其好用言之、而有若以國用視之。故曰盍徹乎。……及其曰二吾猶不足、而有若悟哀公之意。故言君民一體之義以喩之。……仁齋曰、通貢助二法而用之、故謂之徹。亦非命名之義。蓋夏貢殷助、周兼用二法、而皆通耕均收、故謂之徹耳。夏貢殷助、不必皆通耕均收。而周創通耕均收之制)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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