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郷党第十 5 執圭章

240(10-05)
執圭、鞠躬如也。如不勝。上如揖、下如授。勃如戰色。足蹜蹜如有循。享禮有容色。私覿愉愉如也。
けいれば、きくきゅうじょたり。えざるがごとし。ぐることはゆうするがごとく、ぐることはさずくるがごとし。勃如ぼつじょとしてせんしょくあり。あし蹜蹜しゅくしゅくとしてしたがるがごとし。きょうれいにはようしょくり。覿てきには愉愉ゆゆじょたり。
現代語訳
  • (殿さまのしるしの)玉を持つと、身をかがめて、持てないかのよう。あげてもおじぎの高さ、さげても物をわたす高さ、顔つきは用心そのもの。足は持ちあげず、物がからんだよう。贈呈式には、顔をやわらげ、懇親会には、ニコニコしていた。(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 君の使いとして相手国の君にえっするとき、まず聘礼へいれいでは、けいを両手にささげごしをかがめて進まれるが、圭はさして重いものではないけれど、その重さにたえないという風にだいに持ち、動作につれて多少の上がり下がりはあるが、上がっても手をこまねいてあいさつする程度の高さであり、下がっても人に物を授ける程度の低さである。そして落してはたいへんだというように、顔色を変じてすこしふるえる気味があり、足はまたですり足の形である。きょうれいとなると顔色やわらぎ、さらに覿てきとなると、いちだんと打ちとけられる。(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 他国に使いし、けいを捧げてその君主にまみえられる時には、小腰をかがめて進まれ、圭の重さにたえられないかのような物腰になられる。圭を捧げられた手をいくらか上下されるが、上っても人にあいさつする程度、下っても人に物を授ける程度で、極めて適度である。その顔色は引きしまり、あたかも戦陣にのぞむかのようであり、足は小股に歩んで地に引きつけられているかのようである。贈物を捧げる礼にはなごやかな表情になられ、式が終って私的の礼となると、全くうちとけた態度になられる。(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 圭 … 天子が領土を与えたしるしとして、諸侯に与える宝玉。聘礼へいれい(諸侯が大夫を国につかわす儀礼)の使者に、自国の君主から相手の君主に対する信任のしるしとして持たせたといわれる。
  • 鞠躬如 … 身をかがめて恐れつつしむさま。「如」は「~という様子」の意。
  • 如不勝 … 圭が重くて、まるで持つに耐えられないかのようである。
  • 上如揖、下如授 … 圭を高く捧げ持つ時は揖の礼をする時の高さくらいにし、低く下げるときは人に物を授ける時の高さくらいにする。
  • 勃如 … ぱっと緊張した顔色になる。
  • 戦色 … 緊張のあまり恐れおののく顔色。
  • 蹜蹜 … 歩幅が小さいこと。
  • 如有循 … すり足にして歩く。
  • 享礼 … 自国の君主から相手の君主へ贈り物を献上する儀式。
  • 容色 … 緊張を解いて、ゆったりとした表情。
  • 私覿 … 公式の享礼が終り、使者が自身の土産物を捧呈する私的な儀式。「覿」は、人と面会する。まみえる。
  • 愉愉如 … にこやかで、いかにも楽しそうなさま。
補説
  • 執圭、鞠躬如也。如不勝 … 『集解』に引く包咸の注に「君の為に使いし、以て隣国に聘問へいもんするに、君の圭をしつす。鞠躬とは、敬慎の至りなり」(爲君使、以聘問鄰國、執持君之圭。鞠躬者、敬愼之至也)とある。聘問は、贈り物をもって人をたずねること。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「君の為に出使して隣国を聘問する時を謂うなり。圭は、瑞玉なり。周礼に、五等の諸侯、各〻王者の玉を受け、以て瑞信と為す。公は桓圭九寸、侯は信圭七寸、伯は躬圭七寸、子は穀璧五寸、男は蒲璧五寸。五等若し自ら執りて王に朝せば、則ち各〻其の寸数の如くす。若し其の臣をして隣国に出聘せしめば、乃ち各〻其の君の玉を執る。而して其の君に減ずること一寸なり。今、圭を執ると云う。魯は是れ侯、侯は信圭を執れば、則ち孔子の執る所、君の信圭を執るなり。初め国に在りて他国に及び至る。圭を執るは、皆敬慎を為すなり。圭軽しと雖も、而れども己之を執る。恒には圭重きが如きも、己勝う能わざるに似たり。故に身を曲げて勝えざるが如くするなり」(謂爲君出使聘問鄰國時也。圭、瑞玉也。周禮五等諸侯各受王者之玉、以爲瑞信。公桓圭九寸、侯信圭七寸、伯躬圭七寸、子穀璧五寸、男蒲璧五寸。五等若自執朝王、則各如其寸數。若使其臣出聘鄰國、乃各執其君之玉。而減其君一寸也。今云執圭。魯是侯、侯執信圭、則孔子所執、執君之信圭也。初在國及至他國。執圭、皆爲敬愼。圭雖輕、而己執之。恒如圭重、似己不能勝。故曲身如不勝也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「圭は、諸侯の命圭なり。隣国を聘問すれば、則ち大夫をして執りて以て信を通ぜしむ。勝えざるが如しは、主の器を執るに、軽きを執るにえざるが如し。敬謹の至りなり」(圭、諸侯命圭。聘問鄰國、則使大夫執以通信。如不勝、執主器、執輕如不克。敬謹之至也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 上如揖、下如授 … 『集解』に引く鄭玄の注に「ぐることは揖するが如くするは、玉を授くるに宜しく敬すべきなり。ぐることは授くるが如くするは、敢えて礼を忘れざるなり」(上如揖、授玉宜敬也。下如授、不敢忘禮)とある。また『義疏』に「圭を授受せんと欲する時の容儀を謂うなり。上ぐることは揖するが如くするは、下ぐるは玉を取るに就いて、上ぐるは人に授与する時を謂うなり。身を俯すを敬と為す。故に揖の時の如くするなり。玉を奠し地に置く時を謂うなり。奠して地に置くと雖も、亦た徐徐に俯僂ふるす。之を授与する時の如くするなり」(謂欲授受圭時容儀也。上如揖、謂就下取玉、上授與人時也。俯身爲敬。故如揖時也。謂奠玉置地時也。雖奠置地、亦徐徐俯僂。如授與之時也)とある。また『集注』に「上ぐるには揖するが如く、下ぐること授くるが如しは、圭を執ること衡に平らかにして、手とむねと斉しく、高きも揖するに過ぎず、卑しきも授くるに過ぎざるを謂うなり」(上如揖、下如授、謂執圭平衡、手與心齊、高不過揖、卑不過授也)とある。
  • 勃如戦色 … 『集解』に引く鄭玄の注に「戦色は、敬するなり」(戰色、敬也)とある。また『義疏』に「陣に臨んで闘戦せば、則ち色必ず懼怖す。故に今君の玉を重んじ、己の顔色をして恒に戦時の如からしむるなり」(臨陣鬪戰、則色必懼怖。故今重君之玉、使己顏色恒如戰時也)とある。また『集注』に「戦色は、おののきて色おそるるなり」(戰色、戰而色懼也)とある。
  • 足蹜蹜如有循 … 『集解』に引く鄭玄の注に「足は蹜蹜としてしたがう有るが如しは、前を挙げくびすを曳きて行くなり」(足蹜蹜如有循、舉前曳踵行也)とある。また『義疏』に「玉を挙げて行く時の容を謂うなり。蹜蹜は、猶お蹴蹴のごときなり。循は、猶おり循うがごときなり。言うこころは玉を挙げて行く時、敢えて広歩速進せず。恒に足前に蹴る所有りて、縁り循う所有るが如くするなり」(謂舉玉行時之容也。蹜蹜、猶蹴蹴也。循、猶緣循也。言舉玉行時、不敢廣歩速進。恒如足前有所蹴、有所緣循也)とある。また『集注』に「蹜蹜は、足を挙ぐるに促狭なり。循うこと有るが如しは、記に所謂前を挙げ踵を曳く。行くに地を離れず、物に縁るが如きを言うなり」(蹜蹜、舉足促狹也。如有循、記所謂舉前曳踵。言行不離地、如縁物也)とある。記は『礼記』を指す。
  • 享礼有容色 … 『集解』に引く鄭玄の注に「享は、献なり。聘礼は、既に聘して享す。享せば圭璧をもって、庭に実つること有るなり」(享、獻也。聘禮、旣聘而享。享用圭璧、有庭實也)とある。また『義疏』に「享とは、聘後の礼なり。夫れ諸侯天子に朝し、五等に及んで更に相朝して聘礼す。初めて至れば、皆先ず単に玉を執り礼を行う。王に礼する、之を謂いて朝と為す。臣をして主国の君に礼せしむる、之を謂いて聘と為す。聘問なり」(享者、聘後之禮也。夫諸侯朝天子、及五等更相朝聘禮。初至、皆先單執玉行禮。禮王謂之爲朝。使臣禮主國之君、謂之爲聘。聘問也)とある。また『集注』に「享は、献なり。既に聘して享するに、圭璧を用い、庭実有り。容色有りは、和らぐなり。儀礼にいわく、気を発し容を満たす、と」(享、獻也。既聘而享、用圭璧、有庭實。有容色、和也。儀禮曰、發氣滿容)とある。
  • 私覿愉愉如也 … 『集解』に引く鄭玄の注に「覿は、見なり。既に享して、乃ち私礼を以て見ゆ。愉愉は、顔色の和らげるなり」(覿、見也。旣享、乃以私禮見。愉愉、顏色和也)とある。また『義疏』に「私は、公に非ざるなり。覿は、見なり。愉愉は、顔色の和らげるなり」(私、非公也。覿、見也。愉愉、顏色和也)とある。また『集注』に「私覿は、私の礼を以てまみゆるなり。愉愉は、則ち又た和らぐなり」(私覿、以私禮見也。愉愉、則又和矣)とある。
  • 『集注』に「此の一節は、孔子の君の為に隣国に聘するの礼を記すなり」(此一節、記孔子爲君聘於隣國之禮也)とある。
  • 『集注』に引く晁説之の注に「孔子は定公九年に魯に仕え、十三年に至りて斉にく。其の間絶えて朝聘往来の事無し。疑うらくは擯せしむ、圭を執るの両条は、但だ孔子嘗て其の礼当に此の如くなるべきを言うのみ」(孔子定公九年仕魯、至十三年適齊。其間絶無朝聘往來之事。疑使擯執圭兩條、但孔子嘗言其禮當如此耳)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「按ずるに孔子隣国に聘問するの事、経伝に載せずと雖も、然れども当時の門人、親しく見て直に之を記せば、則ち郷党の一篇、尤も信拠す可きなり」(按孔子聘問鄰國之事、雖不載經傳、然當時門人、親見而直記之、則鄉黨一篇、尤可信據也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「又た按ずるに此の章は孔子礼を言うなり、孔子の事を記するに非ざるなり。朱子を是と為す。仁斎先生は乃ち春秋の経伝を信ぜず、此の篇孔子の行いを記するに固拠し、而うして孔子は必ず隣国に聘するの事有りと謂うは、執拗と謂う可きのみ。下文に曰く、君子かんしゅうを以て飾にせず、と。其の皆孔子の事に非ざる者、豈に章章しょうしょうたらずや。邢昺けいへいは陋儒、君子を以て孔子と為し、仁斎は又た以て衍文と為す。夫れ六経りくけいを信ぜずして論語を信ずるは、猶お之れなり。論語の己と合せざる者は、則ちしりぞけて衍文と為すに至っては、是れ論語も亦た信ずるに足らずして、唯だ己を是れ信ず、豈におうならずや」(又按此章孔子言禮也、非記孔子之事也。朱子爲是。仁齋先生乃不信春秋經傳、固據此篇記孔子之行、而謂孔子必有聘鄰國之事、可謂執拗已。下文曰、君子不以紺緅飾。其非皆孔子之事者、豈不章章乎。邢昺陋儒、以君子爲孔子、仁齋又以爲衍文。夫不信六經而信論語、猶之可矣。至於論語不與己合者、則斥爲衍文、是論語亦不足信、而唯己是信、豈不横乎)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十