郷党第十 3 君召使擯章
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君召使擯、色勃如也。足躩如也。揖所與立、左右手。衣前後、襜如也。趨進、翼如也。賓退、必復命曰、賓不顧矣。
君召使擯、色勃如也。足躩如也。揖所與立、左右手。衣前後、襜如也。趨進、翼如也。賓退、必復命曰、賓不顧矣。
君、召して擯せしむれば、色勃如たり。足躩如たり。与に立つ所に揖すれば、手を左右にす。衣の前後、襜如たり。趨り進むに、翼如たり。賓退くや、必ず復命して曰く、賓顧みずと。
現代語訳
- 召されて接待役になると、顔つきがあらたまり、足どりも重重しい。ならんだ人とあいさつするのに、手を横にうごかすが、着物のまえうしろは、キチッとしている。いそぎ足には、羽をひろげたよう。客が帰ると、かならず報告にきて ―― 「お客はあのまま帰られました。」(魚返善雄『論語新訳』)
- 君のお召で貴賓や外国使節などの接待を命ぜられると、これは大事のご用とばかり顔色を変え、足も進み得ぬような謹んだ様子をなさる。同役としてならび立つ接待掛にあいさつするため、左を向き右を向いて、こまねいた手を上げ下げされるが、その場合に衣の前後がキチンとして乱れない。賓客のご案内をして小走りに進むとき、肱を張るので、両袖が翼のようにひろがる。賓客が退出するのを送って出た後、必ず御前へ出て、「お客様はご満足で後ろを見かえらずにお帰りになりました。」と復命する。(穂積重遠『新訳論語』)
- 君公に召されて国賓の接待を仰せつけられると、顔色が変るほど緊張され、足がすくむほど慎まれる。そして同役の人々にあいさつされるため、左右を向いて拱いた手を上下されるが、その場合、衣の裾の前後がきちんと合っていて、寸分もみだれることがない。国賓の先導をなされる時には、小走りにお進みになり、両袖を鳥の翼のようにお張りになる。そして国賓退出の後には、必ず君公に復命していわれる。――
「国賓はご満足のご様子でお帰りになりました」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
- 君 … 国君。
- 擯 … 国賓の接待の役を任命される。
- 勃如 … ぱっと緊張した顔色になる。「如」は「~という様子」の意。
- 躩如 … 小刻みにうやうやしく歩くさま。
- 所与立 … 並んで立っている同役の人々。
- 揖 … 両手を胸の前で組み合わせて、少し上にあげる挨拶。
- 左右手 … 組み合わされた手をまず左に向け、次に右に向け、同役の人々に挨拶する。
- 襜如 … 着物の前後が整然と揺れ動くさま。
- 趨進 … 謹んで小刻みに進み出る。
- 翼如 … 両肘を張った様子が、鳥の翼のように見えるさま。
- 復命 … 命令を受けた仕事の結果を報告すること。
- 賓不顧 … 通常の解釈では「お客様は満足してふり返らずお帰りになりました」となる。これに対し、宮崎市定は「賓不顧を、普通には、客が滿足したので顧みずに去った、のだと解釋するが、これはおかしい。賓客は立去る時に見送りの主人側に對し、時々振りかえって挨拶するのが禮儀であり、また賓客が遠去かって最後の挨拶をするまで見送るのが、主人側の禮儀なのである」といい、「……客が歸ったあと、必ず復命して、後を振りかえられなくなるまでお見送りしました、と言った」と訳している(『論語の新研究』260頁)。
補説
- 君召使擯 … 『集解』に引く鄭玄の注に「君召して擯せしむるとは、賓客有りて之を迎えしむるなり」(君召使擯者、有賓客使迎之也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「擯とは、君の為に賓に接するなり。賓の君に来たる有りて、己を召して迎え之に接せしむるを謂うなり」(擯者、爲君接賓也。謂有賓來君、召己迎接之也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「擯は、主国の君の、出でて賓に接しむる所の者」(擯、主國之君所使出接賓者)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 色勃如也 … 『集解』に引く孔安国の注に「必ず色を変ずるなり」(必變色也)とある。また『義疏』に「既に召して己擯に接せしむ。故に己に宜しく色を変じ敬を起こすべし。故に勃然如たるなり」(既召己接擯。故己宜變色起敬。故勃然如也)とある。また『集注』に「勃は、色を変ずるの貌」(勃、變色貌)とある。
- 足躩如也 … 『集解』に引く包咸の注に「盤辟の貌なり」(盤辟之貌也)とある。盤辟は、恭しく進退すること。なお、底本は「躩如盤辟貌之也」に作るが、諸本に従い改めた。また『義疏』に「躩は、盤辟の貌なり。既に召さるるも、敢えて自ら容れず。故に速やかに行きて足盤辟たるなり。故に江熙曰く、閑歩するに暇あらず。躩は、速き貌なり、と」(躩、盤辟貌也。旣被召、不敢自容。故速行而足盤辟也。故江熙曰、不暇閑歩。躩、速貌也)とある。また『集注』に「躩は、盤辟の貌。皆君命を敬する故なり」(躩、盤辟貌。皆敬君命故也)とある。
- 揖所与立、左右手。衣前後、襜如也 … 『義疏』に「此れ君出でて賓を迎え、己君の為に副列するは擯の時を謂うなり」(此謂君出迎賓、己爲君副列擯時也)とある。また『集注』に「与に立つ所は、同じく擯たる者を謂なり。擯は、命数の半を用う。上公九命の如きは、則ち五人を用い、次を以て命を伝う。左の人に揖すれば、則ち其の手を左にし、右の人を揖すれば、則ち其の手を右にす。襜は、整うの貌」(所與立、謂同爲擯者也。擯、用命數之半。如上公九命、則用五人、以次傳命。揖左人、則左其手、揖右人、則右其手。襜、整貌)とある。
- 左右手 … 『義疏』では「左右其手」に作る。
- 趨進、翼如也 … 『集解』に引く孔安国の注に「端好なるを言うなり」(言端好也)とある。また『義疏』に「擯、賓を迎え進みて庭に在りて行く時を謂うなり。翼如は、端正を謂うなり。徐ろに趨りて、衣裳の端正なること、鳥の翔ばんと欲して翼を舒ぶるの時の如きなり」(謂擯迎賓進在庭行時也。翼如、謂端正也。徐趨、衣裳端正、如鳥欲翔舒翼時也)とある。また『集注』に「疾く趨りて進むなり。拱を張りて端好なること、鳥の翼を舒ぶるが如くす」(疾趨而進。張拱端好、如鳥舒翼)とある。
- 賓退、必復命曰、賓不顧矣 … 『集解』に引く孔安国の注に「復命して君に白すらく、賓已に去れり、と」(復命白君、賓已去也)とある。また『義疏』に「君己をして賓を送らしむる時を謂うなり。復命は、反命なり。反命は、初めて君命を受け、以て賓を送り、賓退くを謂う。故に君の命に反還す。以て君に白すに賓已に去ると道う。顧みずと云うは、旧に云う、主人若し礼賓を送るに未だ足らざれば、則ち賓猶お廻顧す。若し礼送るに足らば、則ち賓直に去りて、復た廻顧せず。此れ明らかなれば、則ち賓を送るの礼足る。故に云う、顧みず、と」(謂君使己送賓時也。復命、反命也。反命、謂初受君命、以送賓、賓退。故反還君命。以白君道賓已去。云不顧者、舊云、主人若禮送賓未足、則賓猶迴顧。若禮足送、則賓直去、不復迥顧。此明、則送賓禮足。故云、不顧也)とある。また『集注』に「君の敬を紓ぶるなり。此の一節は、孔子の君の為に擯相するの容を記す」(紓君敬也。此一節、記孔子爲君擯相之容)とある。
- 伊藤仁斎『論語古義』に「右は孔子君に侍し、及び君の為に擯相するの容を記す。皆礼文の至末なる者、聖人の動容周旋、礼に中らざること無きは、此に於いて知る可し」(右記孔子侍君、及爲君擯相之容。皆禮文之至末者、聖人動容周旋、無不中禮、於此可知矣)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 荻生徂徠『論語徴』に「故に今の学者は徒だ新註を読み、此れ等の章に至っては、茫然として其の言う所の意を識らず。……賓顧みずとは、是れ聘礼の文なり。……鄭註に曰く、公既に拝し、客趨りて辟く、君上擯に命じ賓を送りて出でしむ。反って賓顧みずと告ぐ。此に於いて君以て路寝に反る可し、と。朱註に曰く、君の敬を紓うす、と。礼を知らずと謂う可きのみ。学者三礼を熟して而うして後論語得て言う可し。然らざれば、其の臆に任せて自恣せざる者幾くも希し」(故今學者徒讀新註、至此等章、茫然不識其所言之意矣。……賓不顧矣、是聘禮之文也。……鄭註曰、公旣拜、客趨辟、君命上擯送賓出。反告賓不顧矣。於此君可以反路寢矣。朱註曰、紓君敬也。可謂不知禮已。學者熟三禮而後論語可得而言焉。不然、其不任臆自恣者幾希矣)とある。路寝は、正殿。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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