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泰伯第八 2 子曰恭而無禮則勞章

186(08-02)
子曰、恭而無禮則勞。愼而無禮則葸。勇而無禮則亂。直而無禮則絞。君子篤於親、則民興於仁。故舊不遺、則民不偸。
いわく、きょうにしてれいければすなわろうす。しんにしてれいければすなわおそる。ゆうにしてれいければすなわみだる。ちょくにしてれいければすなわせまし。くんしんあつければ、すなわたみじんおこる。きゅうわすれざれば、すなわたみうすからず。
現代語訳
  • 先生 ――「きりのないていねいはくたびれもうけ。きりのない用心はいじけさす。きりのない元気はさわぎのもと。きりのない一本気はなさけ知らず。上の人が身内によくすると、人民も人情味がます。古い人をわすれないと、人民も人によくする。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がおっしゃるよう、「人に対してうやうやしいのはけっこうだが、それが礼にかなったていねいさでないと、骨折損ほねおりぞんでかえって人にあなどられる。事に当ってつつしぶかいのはけっこうだが、礼から出た謹慎きんしんさでないと、おくびょうものの形になる。勇気のあるのはけっこうだが、礼で調節しないと乱暴になる。そっちょくなのはけっこうだが、礼のかざりがないと冷酷れいこくになる。」またおっしゃるよう、「人の上に立つ者が親族に手厚ければ、人民に仁愛の心がおこり、ふるなじみを忘れずに優待ゆうたいすれば、人民が軽薄けいはくでなくなる。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    「恭敬なのはよいが、それが礼にかなわないと窮屈になる。慎重なのはよいが、それが礼にかなわないと臆病になる。勇敢なのはよいが、それが礼にかなわないと、不逞になる。剛直なのはよいが、それが礼にかなわないと苛酷になる。」
    またいわれた。――
    「上に立つ者が親族に懇篤であれば、人民はおのずから仁心を刺戟される。上に立つ者が故旧を忘れなければ、人民はおのずから浮薄の風に遠ざかる」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 恭 … うやうやしい。丁寧で慎み深い。礼儀正しくふるまう。
  • 無礼 … 礼の節度がない。
  • 労 … 疲れる。骨折り損になる。
  • 慎 … 慎み深い。
  • 葸 … 恐れる。びくびくする。「す」とも読む。
  • 勇 … 勇敢。勇気。
  • 乱 … 乱暴。
  • 直 … 正直さ。率直さ。
  • 絞 … 他人に対して厳しい。人の非を責めて容赦しない。
  • 君子 … 人の上に立つ者。
  • 親 … 親族。
  • 篤 … 人情が厚い。思いやりがある。
  • 仁 … 思いやり。
  • 興 … 起こる。勢いがさかんになる。
  • 故旧 … 古くからの友人。
  • 遺 … わすれる。
  • 偸 … 軽薄。人情が薄い。
補説
  • 『注疏』に「此の章は礼を貴ぶなり」(此章貴禮也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 恭而無礼則労 … 『義疏』に「此の章は、事を行うに悉く須らく礼以て節を為すべきを明らかにするなり。夫れ恭遜を行うには、必ず宜しく礼を得べし。則ち若し恭にして礼無ければ、則ち遜床下に在り。身を以てする所、自ら労苦を為すなり」(此章、明行事悉須禮以爲節也。夫行恭遜、必宜得禮。則若恭而無禮、則遜在床下。所以身自爲勞苦也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「労は困苦を謂う。言うこころは人恭孫を為して、礼以て之を節する無くんば、則ち自ら困苦す」(勞謂困苦。言人爲恭孫、而無禮以節之、則自困苦)とある。
  • 慎而無礼則葸 … 『集解』の何晏の注に「葸は、畏懼いくかたちなり。言うこころは慎みて礼を以て之を節せざれば、則ち常に畏懼するなり」(葸、畏懼之貌也。言愼而不以禮節之、則常畏懼也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「葸は、畏懼じんなり。若し礼無ければ、則ち畏懼の甚だしく、事に於いて行われざるなり」(葸、畏懼過甚也。若無禮、則畏懼之甚、於事不行也)とある。また『注疏』に「葸は、畏懼の貌なり。言うこころは慎みて礼を以て之を節せずんば、則ち常に畏懼するなり」(葸、畏懼之貌。言愼而不以禮節之、則常畏懼也)とある。また『集注』に「葸は、畏懼の貌」(葸、畏懼貌)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 勇而無礼則乱 … 『義疏』に「勇にして礼有れば、内は則ち廟堂の上にけいし、外は則ち壃場きょうじょうの所に捍難す。若し勇にして礼無ければ、則ち殺害の乱を為すなり」(勇而有禮、内則擎跪於廟堂之上、外則捍難於壃場之所。若勇而無禮、則爲殺害之亂也)とある。また『注疏』に「乱は逆悪を謂う。言うこころは人勇にして礼を以て之を節せずんば、則ち乱を為す」(亂謂逆惡。言人勇而不以禮節之、則爲亂矣)とある。
  • 直而無礼則絞 … 『集解』に引く馬融の注に「絞は、絞刺なり」(絞、絞刺也)とある。また『義疏』に「絞は、則ち之を刺すなり。直にして若し礼有らば、則ち自ら行い邪曲ならず。若し礼を得ざれば、対面して他人の非を譏刺きしし、必ず怨恨を致すなり」(絞、則刺之也。直若有禮、則自行不邪曲。若不得禮、對面譏刺他人之非、必致怨恨也)とある。譏刺は、きつく相手の欠点をつくこと。また『注疏』に「曲を正すを直と為す。絞は絞刺を謂うなり。言うこころは人にして直を為し、礼を以て節せずんば、則ち人の非を絞刺するなり」(正曲爲直。絞謂絞刺也。言人而爲直、不以禮節、則絞刺人之非也)とある。また『集注』に「絞は、急切なり。礼無ければ則ち節文無し。故に四者の弊有り」(絞、急切也。無禮則無節文。故有四者之弊)とある。
  • 君子篤於親、則民興於仁 … 『集解』に引く包咸の注に「興は、起なり。君能く親属に厚く、其の故旧を遺忘せず、行いの美しき者なれば、則ち民皆之に化し、起ちて仁厚の行いを為し、偸薄とうはくせざるなり」(興、起也。君能厚於親屬、不遺忘其故舊、行之美者也、則民皆化之、起爲仁厚之行、不偸薄也)とある。偸薄は、薄情なこと。また『義疏』に「君子は、人君なり。篤は、厚なり。人君若し自ら親属に於いて篤厚ならば、則ち民下之に化し、皆競いて仁恩に興起するなり。孝悌なる者は、其れ仁の本なるか」(君子、人君也。篤、厚也。人君若自於親屬篤厚、則民下化之、皆競興起仁恩也。孝悌也者、其仁之本與也)とある。また『注疏』に「君子は、人君なり。篤は、厚なり。興は、起なり。……言うこころは君能く親属に厚くすれば、則ち民之に化し、ちて仁の行いを為し、相親友するなり」(君子、人君也。篤、厚也。興、起也。……言君能厚於親屬、則民化之、起爲仁行、相親友也)とある。また『集注』に「君子は、上に在る人を謂うなり。興は、起こるなり」(君子、謂在上之人也。興、起也)とある。
  • 故旧不遺、則民不偸 … 『義疏』に「故旧は、朋友を謂うなり。偸は、薄なり。人君富貴にして昔旧の友朋を遺忘せざれば、則ち下民之にならいて薄行を為さざるなり」(故舊、謂朋友也。偸、薄也。人君富貴而不遺忘昔舊友朋、則下民效之不爲薄行也)とある。また『注疏』に「偸は、薄なり。……君其の故旧を遺忘せず、故に民の徳厚きに帰し、偸薄ならざるなり」(偸、薄也。……君不遺忘其故舊、故民德歸厚、不偸薄也)とある。また『集注』に「偸は、薄なり」(偸、薄也)とある。
  • 『集注』に引く張載の注に「人道の先後する所を知れば、則ち恭して労せず、慎にしてせず、勇にして乱れず、直にしてこうせず、民化して徳厚し」(人道知所先後、則恭不勞、愼不葸、勇不亂、直不絞、民化而德厚矣)とある。
  • 『集注』に引く呉棫の注に「君子以下、当に自ら一章と為すべし。乃ち曾子の言なり」(君子以下、當自爲一章。乃曾子之言也)とある。
  • 『集注』に「愚按ずるに、此の一節は、上文と相蒙らず。而して首篇の終わりを慎み遠きを追うの意と相類す。呉の説是に近し」(愚按、此一節、與上文不相蒙。而與首篇愼終追遠之意相類。呉説近是)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「此の章専ら人のひゃっこう、礼を以て準則と為さざる可からざるを言うなり。……後世の学、亦た礼を以て言を為すと雖も、而れども其の説高きに過ぎて、専ら己の心に求め、心を以て法と為すに至る。夫れ亦た夫子の旨にそむけり」(此章專言人之百行、不可不以禮爲準則也。……後世之學、亦雖以禮爲言、而其説過高、專求于己心、至於以心爲法。夫亦乖夫子之旨矣)とある。百行は、すべての行い。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「蓋し絞とは、人の非を責譲し、毫も仮借無きを謂うなり。……恭・慎・勇・直は、是れ人の性。礼なる者は人の徳性を養う所以なり。其の性に任せ、礼を以て之を養わざれば、必ず労・葸・乱・絞の疾有るなり。君子親に篤きときは以下、呉氏謂えらく、当に自ずから一章と為すべしと、是なり。又た曰く、曾子の言なりと。何を以てか其の孔子の言に非ざることを知る、妄なりと謂う可し。興は、起なりと。未だ是ならず。興に興盛の意有り。民仁に興るとは、民の仁行じんこう興盛なるを謂うなり」(蓋絞者、謂責讓人之非、毫無假借也。……恭愼勇直、是人之性。禮者所以養人之德性也。任其性、不以禮養之、必有勞葸亂絞之疾也。君子篤於親以下、呉氏謂當自爲一章、是矣。又曰、曾子之言也。何以知其非孔子之言、可謂妄矣。興、起也。未是。興有興盛意。民興於仁、謂民之仁行興盛也)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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