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寒食(韓翃)

寒食
寒(かん)食(しょく)
韓翃(かんこう)
  • 七言絶句。花・斜・家(下平声麻韻)。
  • ウィキソース「寒食 (韓翃)」参照。
  • 詩題 … 『全唐詩』には、題下に「一作寒食日即事」と注する。『文苑英華』では「寒食日即事」に作る。
  • 寒食 … 冬至の日から数えて百五日目の日のこと。陽暦では四月の初めに当たる。この日を挟んで三日間は火を断ち、煮炊きしないで冷たい物を食べる風習があった。寒食節が終わると清明節になる。ウィキペディア【寒食節】参照。『荊楚歳時記』に「冬節(とうせつ)を去ること一百五日、即ち疾風甚雨有り、之を寒食と謂う。火を禁ずること三日、餳(とう)と大麦の粥を造る」(去冬節一百五日、即有疾風甚雨、謂之寒食。禁火三日、造餳大麥粥)とある。冬節は、冬至に同じ。ウィキソース「荊楚歲時記」参照。春秋時代、介(かい)之(し)推(すい)は晋の文公の不遇時代の忠臣であったが、文公が即位するとその功を忘れられていたので、山中に隠れていた。文公が後悔して召し出そうとしたが介之推は承知しなかった。文公は山を焼いて無理やり引き出そうとしたが、彼はそのまま山中で焼死した。文公は彼を憐れんで、その日に火を禁じ冷食を用いさせたという故事に基づく。『十八史略』巻一、春秋戦国に「公(こう)曰(いわ)く、噫(ああ)、寡(か)人(じん)の過(あやま)ちなり、と。人(ひと)をして之(これ)を求(もと)めしむ。得(え)ず。綿(めん)上(じょう)の山(さん)中(ちゅう)に隠(かく)る。其(そ)の山(やま)を焚(や)く。之(し)推(すい)死(し)す。後人(こうじん)之(これ)が為(ため)に寒(かん)食(しょく)す」(公曰、噫、寡人之過也。使人求之。不得。隱綿上山中。焚其山。子推死焉。後人爲之寒食)とある。寡人は、王侯が自分を謙遜していう言葉。徳の少ない人の意。綿上は、地名。山西省にある。『立斎先生標題解註音釈十八史略』巻一(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。ウィキペディア【介子推】参照。
  • この詩は、長安における寒食の日の光景を詠んだもの。当時、高位高官や宦官が権勢を振るっていたので、このことを風刺した諷諭の作であるともいわれている。
  • 韓翃 … 生没年不詳。中唐の詩人。南陽(河南省南陽市)の人。字(あざな)は君平。天宝十三載(754)、進士に及第。淄(し)青(せい)節度使の侯(こう)希(き)逸(いつ)(720~781)に招かれて幕下に入ったが、辞任してから約十年間流浪生活を送った。のち宣武軍(河南省開封市)節度使李(り)勉(べん)(717~788)の幕下に入った。その後、徳宗(在位779~805)に認められて駕部郎中・知制誥に任ぜられ、中書舎人で終わった。盧綸・銭起・司空曙・耿湋らとともに大暦十才子の一人。『韓君平詩集』一巻がある。ウィキペディア【韓翃】参照。
春城無處不飛花
春城(しゅんじょう) 処(ところ)として飛花(ひか)ならざるは無(な)し
  • 春城 … 春の町。ここでは、長安を指す。城は、城壁に囲まれた町。城市。
  • 城無… 『全唐詩』には「一作風何」と注する。『唐五十家詩集本』では「城何」に作る。
  • 無処不 … ~でないところはない。どこもかしこも~だ。いたるところ~だ。
  • 無~不 … 「~として…ざるなし」と読み、「どんな~でも…しないものはない」と訳す。二重否定。範囲・条件が限定されない意を示す。「無」と「不」の間に入る名詞には必ず「~として」の送り仮名を付ける。
  • 飛花 … 落花が舞い飛ぶ。
  • 飛 … 『全唐詩』には「一作開」と注する。『才調集』『唐詩紀事』では「開」に作る。
寒食東風御柳斜
寒(かん)食(しょく) 東風(とうふう) 御(ぎょ)柳(りゅう)斜(なな)めなり
  • 東風 … 春風。『礼記』月(がつ)令(りょう)篇に「孟(もう)春(しゅん)の月(つき)、……東風(とうふう)凍(とう)を解(と)き、蟄(ちっ)虫(ちゅう)始(はじ)めて振(ふ)るい、魚(うお)氷(こおり)に上(のぼ)り、獺(だつ)魚(うお)を祭(まつ)り、鴻雁(こうがん)来(きた)る」(孟春之月、……東風解凍、蟄蟲始振、魚上冰、獺祭魚、鴻鴈來)とある。孟春は、春の初め。初春。孟は、初めの意。蟄虫は、冬ごもりしている虫のこと。獺は、かわうそ。獺祭(だっさい)は、かわうそが獲った魚を食べる前に並べておくこと。ウィキソース「禮記/月令」参照。
  • 御柳 … お堀端の柳の枝。御は、御溝。天子の宮殿をとりまくお堀のこと。『三輔黄図』巻六、雑録の条に「長(ちょう)安(あん)の御溝(ぎょこう)は、之(これ)を楊溝(ようこう)と謂(い)う。高楊(こうよう)を其(そ)の上(ほとり)に植(う)うるを謂(い)うなり」(長安御溝、謂之楊溝。謂植高楊於其上也)とある。ウィキソース「三輔黃圖/卷之六」参照。
  • 斜 … 斜めになびいている。
日暮漢宮傳蠟燭
日(にち)暮(ぼ) 漢(かん)宮(きゅう)より蠟燭(ろうそく)を伝(つた)う
  • 日暮 … 日が暮れると。『史記』伍子胥伝に「吾(われ)、日莫(く)れて途(みち)遠し、吾、故に倒行(とうこう)して之を逆(ぎゃく)施(し)す」(吾日莫途遠、吾故倒行而逆施之)とある。莫は、暮に同じ。途は、道。倒行は、倒れるほどに急いで進むこと。逆施は、道理に逆らって行動すること。ウィキソース「史記/卷066」参照。また、後漢の蔡琰(さいえん)(一説に蔡琰に仮託したもの)の楽府「胡笳十八拍」(『楽府詩集』巻五十九、『楚辞後語』巻三)の第七拍に「日は暮れ風は悲しくして辺声は四(よ)もに起こり、知らず愁心は説(い)うこと誰に向かいて是なる」(日暮風悲兮邊聲四起、不知愁心兮說向誰是)とある。ウィキソース「胡笳十八拍」「樂府詩集/059卷」「楚辭集注 (四庫全書本)/後語卷3」参照。『全唐詩』には「一作一夜」と注する。『唐五十家詩集本』では「一夜」に作る。『文苑英華』でも「一夜」に作り、「集作日暮」と注する。
  • 漢宮 … 唐の宮中のこと。唐のことを漢に擬する表現は、唐代の詩文では常套的表現であった。中唐の白居易「長恨歌」の冒頭にも「漢皇(かんこう)色(いろ)を重(おも)んじて傾国(けいこく)を思(おも)う」(漢皇重色思傾國)とあり、ここの漢皇は、実は唐の玄宗皇帝を指すが、遠慮して漢の武帝になぞらえている。ウィキソース「長恨歌」参照。
  • 伝蠟燭 … 寒食節が終わって清明節になると、各家庭では新しく火を起こした。これを新火という。宮中では楡(にれ)と柳の枝に火を付け、その種火を蠟燭に点(とも)して分け、臣下に賜った。伝は、使者によって伝達されるの意。いくつかの注釈書によれば、『後漢書』礼儀志に「清明に騎士火を伝う」(清明騎士傳火也)とあるが、確認できない。また『西京雑記』にも「寒食禁火の日、侯家に蠟燭を賜る」(寒食禁火日、賜侯家蠟燭)とあるが、確認できない。また、ここではまだ寒食節の夜なのに、新火が早くも下賜されていることが読み取れる。
靑煙散入五侯家
青煙(せいえん)は散(さん)じて五(ご)侯(こう)の家(いえ)に入(い)る
  • 青煙 … 蠟燭の新火から立ち昇る青い煙。
  • 青 … 『全唐詩』では「輕」に作り、「一作青」と注する。『文苑英華』には「集作輕」と注する。『唐詩三百首』『万首唐人絶句』『唐詩別裁集』『古今詩刪』では「輕」に作る。軽煙は、薄い煙。
  • 散 … 春風に散りながら。
  • 五侯 … 五人の諸侯。前漢の成帝(在位前33~前7)の時、皇太后(孝元皇太后)王氏の一族の、王譚・王商・王立・王根・王逢時の五人が侯に封ぜられたことを踏まえて、唐代の高位高官をいう。ウィキペディア【王譚】参照。『漢書』元后伝に「河平二年、上悉く舅の譚を封じて平阿侯、商を成都侯、立を紅陽侯、根を曲陽侯、逢時を高平侯と為す。五人同日に封ぜらる。故に世に之を五侯と謂う」(河平二年、上悉封舅譚爲平阿侯、商成都侯、立紅陽侯、根曲陽侯、逢時高平侯。五人同日封。故世謂之五侯)とある。ウィキソース「漢書/卷098」参照。『群書(ぐんしょ)拾(しゅう)唾(だ)』巻五、古今人品に「王氏五侯、王譚平阿侯、王商成都侯、王立紅陽侯、王根曲陽侯、王逢時高平侯」とある。また、後漢の桓帝(在位146~168)の時、宦官の単(ぜん)超(ちょう)・徐璜(じょこう)・具(ぐ)瑗(えん)・左(さ)悺(かん)・唐衡(とうこう)の五人が同日に侯に封ぜられたことを踏まえて、権勢を振るっていた唐代の宦官を指すという説もある。ウィキペディア【単超】参照。『後漢書』宦者伝に「悺・衡、中常侍に遷(うつ)る。超を新豊侯に封じ、二万戸、璜を武原侯、瑗を東武陽侯、各〻万五千戸、銭各〻千五百万を賜う。悺を上蔡侯、衡を汝陽侯、各〻万三千戸、銭各〻千三百万を賜う。五人同日に封ぜらる。故に世に之を五侯と謂う。……是より権は宦官に帰し、朝廷日〻(ひび)に乱る」(悺衡遷中常侍。封超新豐侯、二萬戶、璜武原侯、瑗東武陽侯、各萬五千戶、賜錢各千五百萬。悺上蔡侯、衡汝陽侯、各萬三千戶、賜錢各千三百萬。五人同日封。故世謂之五侯。……自是權歸宦官、朝廷日亂矣)とある。ウィキソース「後漢書/卷78」参照。『群書拾唾』巻五、古今人品に「東漢五侯、單超新豐侯、徐璜武原侯、左琯上蔡侯、具瑗東武陽侯、唐衡汝陽侯」とある。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百四十五(排印本、中華書局、1960年)
  • 『韓君平集』巻下(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『唐詩三百首注疏』巻六下・七言絶句(廣文書局、1980年)
  • 『増註三体詩』巻一・七言絶句・実接(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)
  • 『文苑英華』巻一百五十七(影印本、中華書局、1966年)
  • 趙宦光校訂/黄習遠補訂『万首唐人絶句』巻十五(万暦三十五年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻四十九([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『古今詩刪』巻二十二(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『唐詩別裁集』巻二十([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『才調集』巻九(傅璇琮編撰『唐人選唐詩新編』、陝西人民教育出版社、1996年)
  • 『唐詩紀事』巻三十([宋]計有功輯撰、上海古籍出版社、1987年)
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