南楼望(盧僎)
南樓望
南楼の望
南楼の望
去國三巴遠
国を去って 三巴遠く
- 去国 … 長安の都を去って。国は、国都長安を指す。また、故郷(故国)とする説もある。劉宋の顔延之「謝監霊運に和す」詩(『文選』巻二十六)に「国を去って故里に還り、幽門に蓬藜を樹う」(去國還故里、幽門樹蓬藜)とある。監は、秘書監。幽門は、静かな門。蓬藜は、蓬や藜。ウィキソース「昭明文選/卷26」参照。また『荘子』徐無鬼篇に「子、夫の越の流人を聞かずや。国を去ること数日なれば、其の知る所を見て喜ぶ」(子不聞夫越之流人乎。去國數日、見其所知而喜)とある。こちらの国は故郷(故国)の意。ウィキソース「莊子/徐無鬼」参照。
- 三巴 … 後漢の頃、巴郡・巴東・巴西の三つの郡があった地域。現在の四川省東部、湖北省に近いところを指す。『華陽国志』巴志に「(劉)璋、乃ち永寧を改めて巴郡と為し、固陵を以て巴東と為し、(龐)羲を徙して巴西の太守と為す。是れを三巴と為す」(璋乃改永寧爲巴郡、以固陵爲巴東、徙羲爲巴西太守。是爲三巴)とある。劉璋は、後漢末の群雄の一人。巴郡は、現在の重慶市一帯。巴東は、湖北省との省境辺。龐羲は、後漢末の武将。巴西は嘉陵江上流。ウィキソース「華陽國志/卷一」参照。
登樓萬里春
楼に登れば 万里春なり
傷心江上客
心を傷ましむ 江上の客
- 傷心 … 私の心を傷ませるのは。胸が傷むのは。前漢の司馬遷「任少卿に報ずるの書」(『文選』巻四十一)に「故に禍は欲利より憯ましきは莫く、悲しみは傷心より痛ましきは莫く、行いは先を辱しむるより醜きは莫く、詬なるは宮刑より大いなるは莫し」(故禍莫憯於欲利、悲莫痛於傷心、行莫醜於辱先、而詬莫大於宮刑)とある。先は、祖先。ウィキソース「報任少卿書」参照。また、前漢の蘇武「詩四首」(『文選』巻二十九)の第二首に「俛仰して内に心を傷ましめ、涙下りて揮う可からず」(俛仰内傷心、涙下不可揮内傷心)とある。俛仰は、うつむいたり、あおむいたりすること。揮は、拭うこと。ウィキソース「昭明文選/卷29」参照。
- 江上客 … 作者が今、目にしている、南楼の下を流れる川のほとりを往来する旅人。また、江上の客を作者自身とする説もある。劉宋の謝霊運「南楼の中にて遅つ所の客を望む」詩(『文選』巻三十)に「楼に登りて誰が為にか思う、江に臨みて来客を遅つ」(登樓爲誰思、臨江遲來客)とある。ウィキソース「昭明文選/卷30」参照。
不是故鄉人
是れ故郷の人ならず
- 不是故郷人 … 江上を往来する旅人は、一人としてわが故郷の人ではない。みな他郷の人ばかりだ。なお、江上の客を作者自身と解釈した場合は「私は結局、この土地を故郷とする人間ではないのだ」と訳すことになる。劉宋の湯恵休の楽府「江南の思い」(『楽府詩集』巻二十六)に「情を垂れて春草に向かえば、是れ故郷の人なるを知る」(垂情向春草、知是故郷人)とある。情を垂れるとは、心を込めること。春草に向かうとは、春の草をじっと見つめること。ウィキソース「樂府詩集/026卷」参照。
詩型・韻字
- 五言絶句。
- 春・人(上平声真韻)。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
- 『全唐詩』巻九十九(排印本、中華書局、1960年)
- 『万首唐人絶句』五言・巻十九(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
- 『唐詩解』巻二十一(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
- 『唐詩品彙』巻三十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
- 『唐詩別裁集』巻十九([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
- 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
- 『国秀集』巻上(傅璇琮編撰『唐人選唐詩新編』、陝西人民教育出版社、1996年)
- 松浦友久編『校注 唐詩解釈辞典』(大修館書店、1987年)
こちらもオススメ!
| 歴代詩選 | |
| 古代 | 前漢 |
| 後漢 | 魏 |
| 晋 | 南北朝 |
| 初唐 | 盛唐 |
| 中唐 | 晩唐 |
| 北宋 | 南宋 |
| 金 | 元 |
| 明 | 清 |
| 唐詩選 | |
| 巻一 五言古詩 | 巻二 七言古詩 |
| 巻三 五言律詩 | 巻四 五言排律 |
| 巻五 七言律詩 | 巻六 五言絶句 |
| 巻七 七言絶句 | |
| 詩人別 | ||
| あ行 | か行 | さ行 |
| た行 | は行 | ま行 |
| や行 | ら行 | |