長安古意(盧照鄰)
長安古意
長安古意
長安古意
第一段
- 車・家・霞・花(平声麻韻)。
01 長安大道連狹斜
長安の大道 狭斜に連なり
- 狭斜 … 狭い路地。もと長安の遊里の道が斜めで狭かったことから、遊里を「狭斜の巷」ともいう。古楽府「長安に狭斜有りの行」(『楽府詩集』巻三十五・相和歌辞・清調曲)に「長安に狭斜有り、狭斜車を容れず」(長安有狹斜、狹斜不容車)とある。ウィキソース「樂府詩集/035卷」参照。
02 靑牛白馬七香車
青牛白馬 七香車
03 玉輦縱橫過主第
玉輦縦横 主第を過り
- 玉輦 … 玉で飾った天子の手車。輦は、こし。天子が乗る手車。ここでは玉で飾った美しく贅沢な手車のこと。
- 縦横 … たてよこに入り乱れて行き交う。
- 主第 … 公主(天子の娘)の屋敷。
04 金鞍絡繹向侯家
金鞍絡繹として侯家に向う
- 金鞍 … 黄金で飾った鞍。
- 鞍 … 『全唐詩』『四部叢刊本』『唐五十家詩集本』『文苑英華』『唐詩別裁集』『唐詩解』では「鞭」に作る。金鞭は、黄金で作った鞭。
- 絡繹 … 人馬が行き来して往来が絶えないさま。
- 繹 … 『文苑英華』では「驛」に作る。「絡驛」は「絡繹」と同義。
- 侯家 … 王侯の邸宅。
- 侯 … 『四部叢刊本』『唐詩品彙』では「矦」に作る。異体字。
05 龍銜寶蓋承朝日
竜は宝蓋を銜んで朝日を承け
- 竜銜宝蓋 … 銜は、口にくわえること。宝蓋は、車の上に立てて、おおいとする大きな傘に宝玉が散りばめてあるもの。ここでは、宝蓋に竜の飾りがついているのを、竜が宝蓋をくわえていると表現したもの。『宋書』五行志に「四角の金龍、五色羽葆の流蘇を銜む」(四角金龍、銜五色羽葆流蘇)とある。羽葆は、ふさふさした羽飾り。ウィキソース「宋書/卷30」参照。
- 蓋 … 『四部叢刊本』『唐詩品彙』『唐詩解』では「葢」に作る。『唐五十家詩集本』『唐詩別裁集』では「盖」に作る。いずれも異体字。
- 承朝日 … 朝日をうけてキラキラと輝いている。
06 鳳吐流蘇帶晚霞
鳳は流蘇を吐いて晩霞を帯ぶ
- 鳳吐流蘇 … 流蘇は、車馬の飾りで、五色の糸を垂れ下がるようにして作ったふさ。ここでは、上に鳳凰の飾りがあり、その口から五色のふさが垂れ下がっているので、鳳が流蘇を吐くと表現したもの。張衡の「東京の賦」(『文選』巻三)に「流蘇の騒殺たるを飛ばす」(飛流蘇之騷殺)とある。騒殺は、垂れるさま。ウィキソース「東京賦」参照。
- 晩霞 … 夕焼け。夕映え。
07 百丈遊絲爭繞樹
百丈の遊糸は争うて樹を繞り
- 百丈 … 極めて長いこと。一丈は、十尺。唐代の尺には、大尺(約30センチ)と小尺(約25センチ)がある。従って大尺で一丈は、約3メートル。百丈は、約3百メートル。
- 游糸 … 初春の晴れた日に、蜘蛛の吐いた糸が風に乗って空中をただよっているもの。庾信の「燕歌行」(『楽府詩集』巻三十二・相和歌辞・平調曲)に「洛陽の遊糸百丈に連なり、黄河の春氷千片に穿つ」(洛陽遊絲百丈連、黃河春冰千片穿)とある。ウィキソース「樂府詩集/032卷」参照。
- 遊 … 『唐詩選』『唐詩品彙』『古今詩刪』では「游」に作る。同義。
- 争繞樹 … 先を争うように木々にまつわりつく。
- 繞 … 『唐詩品彙』では「遶」に作る。同義。
08 一羣嬌鳥共啼花
一群の嬌鳥は共に花に啼く
- 一群 … 一群れ。
- 嬌鳥 … かわいい声で鳴く小鳥。
- 共啼花 … 花かげにさえずり合う。
第二段
- 色・翼・直・識(入声職韻)。
09 啼花戲蝶千門側
啼花戯蝶 千門の側
- 啼花戯蝶 … 「花に啼く鳥、花に戯れる蝶」の省略した形。
- 啼花 … 『唐詩別裁集』『唐詩解』では「遊蜂」に作る。
- 千門 … 宮殿の多くの門。千は、数の多いことを示す。
- 側 … すぐ近くのあたり。そば。わき。
10 碧樹銀臺萬種色
碧樹銀台 万種の色
- 碧樹 … 緑色に茂った木。碧玉のような青い木。『淮南子』墬形訓に「碧樹・瑶樹、其の北に在り」(碧樹、瑤樹在其北)とある。ウィキソース「淮南子/墜形訓」参照。
- 銀台 … 銀を鏤めて作った美しい台。
- 万種色 … ありとあらゆる色に彩られている。
11 複道交窓作合歡
複道の交窓 合歓を作し
- 複道 … 上下二層の渡り廊下。宮殿と宮殿とをつなぎ、上層は天子、下層は臣下が通った。『史記』留侯世家に「上、雒陽の南宮に在り、復道より諸将を望見するに、往往相与に沙中に坐して語る」(上在雒陽南宮、從復道望見諸將、往往相與坐沙中語)とあり、『集解』に「如淳曰く、上下に道有り、故に之を復道と謂う」(如淳曰、上下有道、故謂之復道)とある。ウィキソース「史記三家註/卷055」参照。
- 交窓 … 交互に入れ違いに嵌めてある窓。
- 窓 … 『全唐詩』『唐詩解』では「窗」に作る。『四部叢刊本』『唐詩品彙』『古今詩刪』では「牕」に作る。『文苑英華』では「䆫」に作る。いずれも異体字。
- 合歓 … 男女が睦まじくすること。ここでは窓枠が合歓の形をしていること。具体的な形はよくわからない。
12 雙闕連甍垂鳳翼
双闕の連甍 鳳翼を垂る
- 双闕 … 宮門の上の両脇にのせられた望楼。
- 連甍 … 屋根に棟瓦が連なっている。
- 垂鳳翼 … 棟瓦の形がちょうど鳳凰が翼を垂れているように見えるさま。
13 梁家畫閣天中起
梁家の画閣 天中に起り
- 梁家画閣 … 梁冀の美しい楼閣。後漢の大将軍、梁冀(?~159)は皇帝の外戚となって権勢をふるい、豪奢な邸宅を建て、雲気仙霊の図を描かせた。画閣は、美しく彩色した楼閣。『後漢書』梁冀伝に「冀乃ち大いに第舎を起し、而して寿も亦街に対して宅を為り、土木を殫極し、互いに相誇競す。堂寝に皆陰陽の奥室有り。連房洞戸、柱壁を雕鏤して、加うるに銅漆を以てし、窓牖皆綺疏青瑣有り、図くに雲気仙霊を以てす。台閣周通して、更に相臨望す」(冀乃大起第舍、而壽亦對街爲宅、殫極土木、互相誇競。堂寢皆有陰陽奧室。連房洞戶、柱壁雕鏤、加以銅漆、窗牖皆有綺疏青瑣、圖以雲氣仙靈。臺閣周通、更に相臨望)とある。寿は、梁冀の妻孫寿。ウィキソース「後漢書/卷34」参照。ウィキペディア【梁冀】参照。
- 天中起 … 中空高くそびえ立つ。
14 漢帝金莖雲外直
漢帝の金茎 雲外に直し
- 漢帝金茎 … 漢の武帝の建てた銅柱。金茎は、漢の武帝が建章宮内に建てた承露盤(天から降る露を受ける盤)を支える銅製の柱。この承露盤で天界の露を集め、玉の粉末と合わせて飲めば不老長生の効能があると信じられていた。班固「西都の賦」(『文選』巻一)に「仙掌を抗げて以て露を承け、双立せる金茎を擢く」(抗仙掌以承露、擢雙立之金莖)とある。ウィキソース「西都賦」参照。また『漢書』郊祀志に「其の後又た柏梁・銅柱・承露・仙人掌の属を作る」(其後又作柏梁、銅柱、承露、仙人掌之屬矣)とある。ウィキソース「漢書/卷025上」参照。顔師古の注に「三輔故事に云く、建章宮の承露盤は、高さ二十丈、大いさ七囲、銅を以て之を為る。上に仙人掌有りて露を承け、玉屑に和して之を飲む」(三輔故事云、建章宮承露盤、高二十丈、大七圍、以銅爲之。上有仙人掌承露、和玉屑飮之)とある。玉屑は、玉を砕いた粉末。『漢書評林』巻二十五上(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 莖 … 『唐詩品彙』では「臺」に作る。
- 雲外直 … 雲の彼方まで真っ直ぐに立っている。
15 樓前相望不相知
楼前に相望むも相知らず
- 楼前 … 高楼の前。
- 相望不相知 … 行き交う人を眺めても、知っている人がいない。ここでは長安の町の人口の多さを表している。
16 陌上相逢詎相識
陌上に相逢うも詎ぞ相識らん
- 陌上 … 道ばた。路上。陌は、町の中の道。
- 相逢詎相識 … 行き逢う人に、顔見知りなどあろうはずがない。
- 詎 … 「なんぞ」「いずくんぞ」と読む。反問の意を表す言葉。
第三段
- 年・仙(平声先韻)。
17 借問吹簫向紫煙
借問す 簫を吹いて紫煙に向うを
- 借問 … ちょっとお尋ねしますが。
- 煙 … 『唐詩別裁集』『古今詩刪』『唐詩解』では「烟」に作る。異体字。
- 吹簫向紫煙 … 紫色のもやに向かって簫を吹いているお方よ。ここでは『列仙伝』に見える弄玉の故事を踏まえる。秦の穆公(在位前659~前621)の娘弄玉は、簫の名人蕭史に惚れたため、穆公は娘を蕭史に嫁がせた。蕭史は彼女に簫の吹き方を教え、彼女は鳳凰の鳴き声が吹けるようになった。数年後、鳳凰が簫の音に誘われて訪れるようになった。穆公は彼らのために鳳台を築いてやった。のちに二人は昇天して仙人になったという。『列仙伝』巻上に「蕭史は、秦の穆公の時の人なり。善く簫を吹き、能く孔雀・白鶴を庭に致す。穆公に女有り、字は弄玉、之を好む。公遂に女を以て妻す。日〻弄玉に鳳鳴を作すを教う。居ること数年、吹くこと鳳声に似たり。鳳凰来りて其の屋に止まる。公為に鳳台を作るに、夫婦其の上に止まり、下らざること数年、一日、皆鳳凰に随って飛び去る。故に秦人為に鳳女祠を雍宮中に作るに、時に簫声有るのみ」(蕭史者、秦穆公時人也。善吹簫、能致孔雀白鶴於庭。穆公有女、字弄玉、好之。公遂以女妻焉。日教弄玉作鳳鳴。居數年、吹似鳳聲。鳳凰來止其屋。公爲作鳳臺、夫婦止其上、不下數年、一日、皆隨鳳凰飛去。故秦人爲作鳳女祠於雍宮中、時有簫聲而已)とある。ウィキソース「列仙傳」参照。
- 向紫煙 … 紫色のもやに向かう。神仙にあこがれることを指す。陳の江総の「簫史曲」(『楽府詩集』巻五十一・清商曲辞・上雲楽)に「弄玉は秦家の女、簫史は仙処の童。……相期す紅粉の色、飛んで紫煙の中に向わん」(弄玉秦家女、簫史仙處童。……相期紅粉色、飛向紫煙中)とある。ウィキソース「樂府詩集/051卷」参照。
18 曾經學舞度芳年
曾経て舞を学んで芳年を度る
- 曾経 … 二字で「かつて」と読み、「かつて」「以前に」と訳す。過去の経験を表す言葉。なお、中島敏夫『中国の古典 27 唐詩選 上』(学習研究社、1982年)では「曾でか~経ん」と読み、俗語の「争でか」(どのように)と同意に解釈している。張相『詩詞曲語辞匯釈』の「曾」の条に「曾は、猶お争のごとし」(曾、猶爭也)とある。
- 学舞 … 舞の稽古をして。ここでは前漢の成帝の皇后となった趙飛燕になぞらえる。飛燕は卑賤の出だったが、妹とともに絶世の美女だった。成帝の寵愛を受け、半婕妤をおしのけて皇后にまで昇りつめた。身のこなしが軽やかだったため、飛燕と呼ばれた。『趙飛燕外伝』に「趙后飛燕、父は馮万金なり。……長じて繊便軽細にして、挙止翩然たり。人之を飛燕と謂う」(趙后飛燕、父馮萬金。……長而纖便輕細、舉止翩然。人謂之飛燕)とある。ウィキソース「趙飛燕外傳」参照。ウィキペディア【趙飛燕】参照。
- 芳年 … 若い年頃。青春。
- 度 … 過ごす。
19 得成比目何辭死
比目を成すを得ば何ぞ死を辞せん
- 得成比目何辞死 … 比目の魚のように夫婦になって仲睦まじく暮らせたら、死ぬのも厭いません。
- 比目 … 伝説の魚の名。目が一つしかなく、二尾並んで泳いだという。比は、並ぶの意。仲のよい夫婦に喩える。『爾雅』釈地篇に「東方に比目の魚有り、比ばずば行かず、其の名、之を鰈と謂う」(東方有比目魚焉、不比不行、其名謂之鰈)とあり、その注に「状牛脾に似て、鱗細く、紫黒色、一眼。両片相合いて乃ち行くを得。今水中に在る所之れ有り。江東又呼んで王余魚と為す」(狀似牛脾、鱗細、紫黑色、一眼。兩片相合乃得行。今水中所在有之。江東又呼爲王餘魚)とある。ウィキソース「爾雅註疏/卷07」参照。
- 何辞死 … 死をも厭わない。『呂氏春秋』巻十四、遇合篇に「凡そ遇は、合うなり。時に合わざれば、必ず合うを待ちて後行わる。故に比翼の鳥は木に死し、比目の魚は海に死す」(凡遇、合也。時不合、必待合而後行。故比翼之鳥死乎木、比目之魚死乎海)とある。ウィキソース「呂氏春秋/卷十四」参照。
20 願作鴛鴦不羨仙
願わくは鴛鴦と作りて仙を羨まず
- 鴛鴦 … おしどり。鴛は、おしどりの雄。鴦は、雌。夫婦仲の睦まじいことに喩える。
- 不羨仙 … 不老不死の仙人なぞ羨ましくは思わない。
第四段
- 見・燕(去声霰韻)。
21 比目鴛鴦眞可羨
比目鴛鴦 真に羨む可し
- 真可羨 … 本当に羨ましい限りである。
22 雙去雙來君不見
双び去り双び来る 君見ずや
- 双去双来 … 行くも帰るのも、いつも二人連れである。
- 君不見 … 見たまえ。御覧なさい。読者に呼びかける言葉。
23 生憎帳額繡孤鸞
生憎や 帳額に孤鸞を繡り
- 生憎 … 「あやにくや」と読む。唐代の俗語。憎らしい。いまいましい。
- 帳額 … 帳(寝台の上から垂らした長い幕)の上部の縁取り。
- 孤鸞 … 一羽の鸞の鳥。鸞は、想像上の鳥。鳳凰の一種で、いつも番でいる。
- 繡 … 縫い取る。刺繡する。
24 好取門簾帖雙燕
好取ぞ門簾に双燕を帖る
- 好取 … 「よくぞ」と読む。当時の俗語。うれしいことに。「取」は接尾辞。意味はない。
- 門簾 … 入口に下げる簾。
- 門 … 『唐詩選』『唐五十家詩集本』『文苑英華』『唐詩品彙』『古今詩刪』『唐詩解』では「開」に作る。
- 双燕 … 番の燕。
- 燕 … 『文苑英華』では「鷰」に作る。同義。
- 帖 … 貼り付ける。
第五段
- 香・黄(平声陽韻)。
25 雙燕雙飛繞畫梁
双燕双び飛んで画梁を繞る
- 燕 … 『文苑英華』では「鷰」に作る。同義。
- 画梁 … 美しく彩色した梁。
- 繞 … めぐっている。『文苑英華』では「遶」に作る。同義。
26 羅幃翠被鬱金香
羅幃翠被 鬱金香
- 羅幃 … 薄絹の帷。羅帷とも。梁の簡文帝の「烏棲曲四首 其三」(『玉台新詠』巻九、『楽府詩集』巻四十八・清商曲辞・西曲歌)に「倡家の高樹烏棲まんと欲す、羅幃翠帳君に向って低る」(倡家高樹烏欲棲、羅幃翠帳向君低)とある。ウィキソース「烏棲曲 (蕭綱)」「樂府詩集/048卷」参照。
- 幃 … 『文苑英華』では「帷」に作る。
- 翠被 … 翡翠(カワセミの別称)の羽で作った掛け布団。張衡の「西京の賦」(『文選』巻二)に「甲乙を張りて、翠被を襲ぬ」(張甲乙而襲翠被)とある。ウィキソース「西京賦」参照。
- 鬱金香 … 鬱金の香り。鬱金は、西域産の香草の名。『唐会要』雑録の条に「(貞観)二十一年、……伽毘国、鬱金香を献ず。葉は麦門冬に似て、九月に花開き、状は芙蓉の如し。其の色、紫碧。香り数十歩聞こゆ。華ひらきて実ならず。種えんと欲すれば其の根を取る」(二十一年、……伽毘國獻鬱金香。葉似麥門冬、九月花開、狀如芙蓉。其色紫碧。香聞數十步。華而不實。欲種取其根)とある。ウィキソース「唐會要/卷100」参照。また『本草綱目』草部、芳草類、鬱金の項に「鬱金は蜀地及び西戎に生じ、苗は薑に似て黄、花は白く質は紅く、末秋に茎心を出だすも実無し」(鬱金生蜀地及西戎、苗似薑黃、花白質紅、末秋出莖心而無實)とある。ウィキソース「本草綱目/草之三」参照。なお、「鬱金」を「郁金」に作るのは、「郁」が「鬱」の簡体字のため。
27 片片行雲著蟬鬢
片片たる行雲 蟬鬢に著き
- 片片 … 切れ切れになっている様子。
- 行雲 … 流れ行く雲。女性の美しい黒髪に喩える。『詩経』鄘風・君子偕老の詩に「鬒髪雲の如く、髢を屑しとせず」(鬒髮如雲、不屑髢也)とある。髢は、添え髪。かつら。ウィキソース「詩經/君子偕老」参照。
- 蟬鬢 … 蟬の羽のように薄く結った鬢。晋の崔豹『古今注』雑註篇に「瓊樹乃ち蟬鬢を製す。縹眇たること蟬の如し。故に蟬鬢と曰う」(瓊樹乃製蟬鬢。縹眇如蟬。故曰蟬鬢)とある。ウィキソース「古今注」参照。
- 鬢 … 『唐詩品彙』『唐詩別裁集』『古今詩刪』『唐詩解』では「髩」に作る。異体字。
- 著 … くっつく。『四部叢刊本』『唐五十家詩集本』『唐詩品彙』『唐詩解』では「着」に作る。同義。
28 纖纖初月上鴉黃
繊繊たる初月 鴉黄に上る
- 繊繊 … か細いさま。
- 初月 … 三日月。ここでは美人の眉に喩える。范靖の妻沈満願の「映水曲」(『玉台新詠』巻十)に「軽鬢浮雲を学び、双蛾初月に擬す」(輕鬢學浮雲、雙蛾擬初月)とある。双蛾は、左右二つの眉。ウィキソース「映水曲」参照。
- 鴉黄 … 黄色い白粉を額に塗る化粧。漢代に始まったといわれる。
- 鴉 … 『文苑英華』では「鵶」に作る。異体字。
- 上 … ここでは三日月のような美しい眉が、黄色い白粉を塗った額の上についていること。
第六段
- 一・膝(入声質韻)。
29 鴉黃粉白車中出
鴉黄粉白 車中より出づ
- 鴉黄粉白 … 額に鴉黄を施し、顔に白粉を塗ったきれいな女性。
- 粉白 … 白粉に同じ。
- 車中出 … 車の中から降り立った。
30 含嬌含態情非一
嬌を含み態を含み 情は一に非ず
- 含嬌 … 媚を呈する。
- 含態 … 科を作る。
- 情非一 … 感情が一定しない。心が千千に乱れる。
31 妖童寶馬鐵連錢
妖童の宝馬には鉄連銭
- 妖童 … 色を売る美少年。『後漢書』仲長統伝に「妖童美妾、綺室に塡つ」(妖童美妾、塡乎綺室)とある。ウィキソース「後漢書/卷49」参照。
- 宝馬 … 珠玉で飾った馬。
- 鉄連銭 … 銭形をした馬の飾り。一説に銭形の斑紋のある馬。
32 娼婦盤龍金屈膝
娼婦の盤竜には金屈膝
- 娼婦 … ここでは歌い女を指す。『後漢書』梁冀伝に「多く倡伎を従い、鐘を鳴らし管を吹かしめ、謳を酣にして路に竟なる」(多從倡伎、鳴鐘吹管、酣謳竟路)とある。ウィキソース「後漢書/卷34」参照。
- 娼 … 『文苑英華』では「倡」に作る。同義。
- 盤竜 … かんざしの名。盤竜釵。釵は、かんざし。晋の崔豹の『古今注』雑註篇に「盤竜釵は、梁冀の婦の製する所なり」(盤龍釵、梁冀婦所製)とある。ウィキソース「古今注」参照。また、一説に盤竜髻という髪の結い方の一種ともいう。
- 金屈膝 … 屈膝は、蝶番。屈戌とも書く。ここでは蝶番のように曲がる金属製の髪飾り。梁の簡文帝の「烏棲曲四首 其四」(『玉台新詠』巻九、『楽府詩集』巻四十八・清商曲辞・西曲歌)に「織成の屏風銀の屈膝、朱脣玉面鐙前に出ず」(織成屏風銀屈膝、朱脣玉面鐙前出)とある。ウィキソース「烏棲曲 (蕭綱)」「樂府詩集/048卷」参照。
第七段
- 棲・堤・西・蹊(平声斉韻)。
33 御史府中烏夜啼
御史の府中 烏 夜に啼き
- 御史 … 官名。官吏を監督し、不正を糾弾する。検察官のような役職。
- 府中 … 役所。ここでは御史府。諸葛亮の「出師の表」(『文選』巻三十七)に「宮中・府中は、倶に一体たり」(宮中府中、倶爲一體)とある。ウィキソース「出師表」参照。
- 烏夜啼 … 烏の群れが夜に啼き騒ぐ。ここでは役所が荒廃していることを示す。『漢書』朱博伝に「御史府の吏舎百余区、井水皆竭く。又、其の府中柏樹を列ぬ。常に野烏数千有り、其の上に棲宿す。晨に去り暮に来る。号して朝夕烏と曰う」(御史府吏舍百餘區井水皆竭。又其府中列柏樹。常有野烏數千、棲宿其上。晨去暮來。號曰朝夕烏)とある。ウィキソース「漢書/卷083」参照。顔師古の注に「御史大夫の職、当に休廃すべきを著すなり」(著御史大夫之職、當休廃也)とある。『漢書評林』巻八十三(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
34 廷尉門前雀欲棲
廷尉の門前 雀 棲まんと欲す
- 廷尉 … 官名。秦・漢代に刑罰をつかさどった。警視総監のような役職。九卿の一つ。
- 雀欲棲 … 雀が巣をかけそうな有様である。閑散としている様子を示す。『史記』汲鄭列伝の論賛に「下邽の翟公言う有り。始め翟公、廷尉と為るや、賓客、門に闐つ。廃せらるるに及べば、門外、雀羅を設く可し。翟公復た廷尉と為るや、賓客往かんと欲す。翟公乃ち其の門に大署して曰く、一死一生、乃ち交情を知る。一貧一富、乃ち交態を知る。一貴一賤、交情乃ち見る、と」(下邽翟公有言。始翟公爲廷尉、賓客闐門。及廢、門外可設雀羅。翟公復爲廷尉、賓客欲往。翟公乃大署其門曰、一死一生、乃知交情。一貧一富、乃知交態。一貴一賤、交情乃見)とある。雀羅は、雀を捕らえる網。ウィキソース「史記/卷120」参照。
- 棲 … 『全唐詩』『唐五十家詩集本』『唐詩品彙』『唐詩解』では「栖」に作る。同義。
35 隱隱朱城臨玉道
隠隠たる朱城 玉道に臨み
- 隠隠 … 盛大なさま。一説に、かすかではっきりしないさま。
- 朱城 … 朱塗りの町並み。長安城。一名丹鳳城ともいう。
- 玉道 … 石畳を敷きつめた都大路。
- 臨 … 都大路に沿って朱塗りの町並みが聳え立っていること。
36 遙遙翠幰沒金堤
遥遥たる翠幰 金堤に没す
- 遥遥 … はるか