長安古意(盧照鄰)
長安古意
長安古意
長安古意
第一段
- 車・家・霞・花(平声麻韻)。
01 長安大道連狹斜
長安の大道 狭斜に連なり
- 狭斜 … 狭い路地。もと長安の遊里の道が斜めで狭かったことから、遊里を「狭斜の巷」ともいう。古楽府「長安に狭斜有りの行」(『楽府詩集』巻三十五・相和歌辞・清調曲)に「長安に狭斜有り、狭斜車を容れず」(長安有狹斜、狹斜不容車)とある。ウィキソース「樂府詩集/035卷」参照。
02 靑牛白馬七香車
青牛白馬 七香車
03 玉輦縱橫過主第
玉輦縦横 主第を過り
- 玉輦 … 玉で飾った天子の手車。輦は、こし。天子が乗る手車。ここでは玉で飾った美しく贅沢な手車のこと。
- 縦横 … たてよこに入り乱れて行き交う。
- 主第 … 公主(天子の娘)の屋敷。
04 金鞍絡繹向侯家
金鞍絡繹として侯家に向う
- 金鞍 … 黄金で飾った鞍。
- 鞍 … 『全唐詩』『四部叢刊本』『唐五十家詩集本』『文苑英華』『唐詩別裁集』『唐詩解』では「鞭」に作る。金鞭は、黄金で作った鞭。
- 絡繹 … 人馬が行き来して往来が絶えないさま。
- 繹 … 『文苑英華』では「驛」に作る。「絡驛」は「絡繹」と同義。
- 侯家 … 王侯の邸宅。
- 侯 … 『四部叢刊本』『唐詩品彙』では「矦」に作る。異体字。
05 龍銜寶蓋承朝日
竜は宝蓋を銜んで朝日を承け
- 竜銜宝蓋 … 銜は、口にくわえること。宝蓋は、車の上に立てて、おおいとする大きな傘に宝玉が散りばめてあるもの。ここでは、宝蓋に竜の飾りがついているのを、竜が宝蓋をくわえていると表現したもの。『宋書』五行志に「四角の金龍、五色羽葆の流蘇を銜む」(四角金龍、銜五色羽葆流蘇)とある。羽葆は、ふさふさした羽飾り。ウィキソース「宋書/卷30」参照。
- 蓋 … 『四部叢刊本』『唐詩品彙』『唐詩解』では「葢」に作る。『唐五十家詩集本』『唐詩別裁集』では「盖」に作る。いずれも異体字。
- 承朝日 … 朝日をうけてキラキラと輝いている。
06 鳳吐流蘇帶晚霞
鳳は流蘇を吐いて晩霞を帯ぶ
- 鳳吐流蘇 … 流蘇は、車馬の飾りで、五色の糸を垂れ下がるようにして作ったふさ。ここでは、上に鳳凰の飾りがあり、その口から五色のふさが垂れ下がっているので、鳳が流蘇を吐くと表現したもの。張衡の「東京の賦」(『文選』巻三)に「流蘇の騒殺たるを飛ばす」(飛流蘇之騷殺)とある。騒殺は、垂れるさま。ウィキソース「東京賦」参照。
- 晩霞 … 夕焼け。夕映え。
07 百丈遊絲爭繞樹
百丈の遊糸は争うて樹を繞り
- 百丈 … 極めて長いこと。一丈は、十尺。唐代の尺には、大尺(約30センチ)と小尺(約25センチ)がある。従って大尺で一丈は、約3メートル。百丈は、約3百メートル。
- 游糸 … 初春の晴れた日に、蜘蛛の吐いた糸が風に乗って空中をただよっているもの。庾信の「燕歌行」(『楽府詩集』巻三十二・相和歌辞・平調曲)に「洛陽の遊糸百丈に連なり、黄河の春氷千片に穿つ」(洛陽遊絲百丈連、黃河春冰千片穿)とある。ウィキソース「樂府詩集/032卷」参照。
- 遊 … 『唐詩選』『唐詩品彙』『古今詩刪』では「游」に作る。同義。
- 争繞樹 … 先を争うように木々にまつわりつく。
- 繞 … 『唐詩品彙』では「遶」に作る。同義。
08 一羣嬌鳥共啼花
一群の嬌鳥は共に花に啼く
- 一群 … 一群れ。
- 嬌鳥 … かわいい声で鳴く小鳥。
- 共啼花 … 花かげにさえずり合う。
第二段
- 色・翼・直・識(入声職韻)。
09 啼花戲蝶千門側
啼花戯蝶 千門の側
- 啼花戯蝶 … 「花に啼く鳥、花に戯れる蝶」の省略した形。
- 啼花 … 『唐詩別裁集』『唐詩解』では「遊蜂」に作る。
- 千門 … 宮殿の多くの門。千は、数の多いことを示す。
- 側 … すぐ近くのあたり。そば。わき。
10 碧樹銀臺萬種色
碧樹銀台 万種の色
- 碧樹 … 緑色に茂った木。碧玉のような青い木。『淮南子』墬形訓に「碧樹・瑶樹、其の北に在り」(碧樹、瑤樹在其北)とある。ウィキソース「淮南子/墜形訓」参照。
- 銀台 … 銀を鏤めて作った美しい台。
- 万種色 … ありとあらゆる色に彩られている。
11 複道交窓作合歡
複道の交窓 合歓を作し
- 複道 … 上下二層の渡り廊下。宮殿と宮殿とをつなぎ、上層は天子、下層は臣下が通った。『史記』留侯世家に「上、雒陽の南宮に在り、復道より諸将を望見するに、往往相与に沙中に坐して語る」(上在雒陽南宮、從復道望見諸將、往往相與坐沙中語)とあり、『集解』に「如淳曰く、上下に道有り、故に之を復道と謂う」(如淳曰、上下有道、故謂之復道)とある。ウィキソース「史記三家註/卷055」参照。
- 交窓 … 交互に入れ違いに嵌めてある窓。
- 窓 … 『全唐詩』『唐詩解』では「窗」に作る。『四部叢刊本』『唐詩品彙』『古今詩刪』では「牕」に作る。『文苑英華』では「䆫」に作る。いずれも異体字。
- 合歓 … 男女が睦まじくすること。ここでは窓枠が合歓の形をしていること。具体的な形はよくわからない。
12 雙闕連甍垂鳳翼
双闕の連甍 鳳翼を垂る
- 双闕 … 宮門の上の両脇にのせられた望楼。
- 連甍 … 屋根に棟瓦が連なっている。
- 垂鳳翼 … 棟瓦の形がちょうど鳳凰が翼を垂れているように見えるさま。
13 梁家畫閣天中起
梁家の画閣 天中に起り
- 梁家画閣 … 梁冀の美しい楼閣。後漢の大将軍、梁冀(?~159)は皇帝の外戚となって権勢をふるい、豪奢な邸宅を建て、雲気仙霊の図を描かせた。画閣は、美しく彩色した楼閣。『後漢書』梁冀伝に「冀乃ち大いに第舎を起し、而して寿も亦街に対して宅を為り、土木を殫極し、互いに相誇競す。堂寝に皆陰陽の奥室有り。連房洞戸、柱壁を雕鏤して、加うるに銅漆を以てし、窓牖皆綺疏青瑣有り、図くに雲気仙霊を以てす。台閣周通して、更に相臨望す」(冀乃大起第舍、而壽亦對街爲宅、殫極土木、互相誇競。堂寢皆有陰陽奧室。連房洞戶、柱壁雕鏤、加以銅漆、窗牖皆有綺疏青瑣、圖以雲氣仙靈。臺閣周通、更に相臨望)とある。寿は、梁冀の妻孫寿。ウィキソース「後漢書/卷34」参照。ウィキペディア【梁冀】参照。
- 天中起 … 中空高くそびえ立つ。
14 漢帝金莖雲外直
漢帝の金茎 雲外に直し
- 漢帝金茎 … 漢の武帝の建てた銅柱。金茎は、漢の武帝が建章宮内に建てた承露盤(天から降る露を受ける盤)を支える銅製の柱。この承露盤で天界の露を集め、玉の粉末と合わせて飲めば不老長生の効能があると信じられていた。班固「西都の賦」(『文選』巻一)に「仙掌を抗げて以て露を承け、双立せる金茎を擢く」(抗仙掌以承露、擢雙立之金莖)とある。ウィキソース「西都賦」参照。また『漢書』郊祀志に「其の後又た柏梁・銅柱・承露・仙人掌の属を作る」(其後又作柏梁、銅柱、承露、仙人掌之屬矣)とある。ウィキソース「漢書/卷025上」参照。顔師古の注に「三輔故事に云く、建章宮の承露盤は、高さ二十丈、大いさ七囲、銅を以て之を為る。上に仙人掌有りて露を承け、玉屑に和して之を飲む」(三輔故事云、建章宮承露盤、高二十丈、大七圍、以銅爲之。上有仙人掌承露、和玉屑飮之)とある。玉屑は、玉を砕いた粉末。『漢書評林』巻二十五上(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 莖 … 『唐詩品彙』では「臺」に作る。
- 雲外直 … 雲の彼方まで真っ直ぐに立っている。
15 樓前相望不相知
楼前に相望むも相知らず
- 楼前 … 高楼の前。
- 相望不相知 … 行き交う人を眺めても、知っている人がいない。ここでは長安の町の人口の多さを表している。
16 陌上相逢詎相識
陌上に相逢うも詎ぞ相識らん
- 陌上 … 道ばた。路上。陌は、町の中の道。
- 相逢詎相識 … 行き逢う人に、顔見知りなどあろうはずがない。
- 詎 … 「なんぞ」「いずくんぞ」と読む。反問の意を表す言葉。
第三段
- 年・仙(平声先韻)。
17 借問吹簫向紫煙
借問す 簫を吹いて紫煙に向うを
- 借問 … ちょっとお尋ねしますが。
- 煙 … 『唐詩別裁集』『古今詩刪』『唐詩解』では「烟」に作る。異体字。
- 吹簫向紫煙 … 紫色のもやに向かって簫を吹いているお方よ。ここでは『列仙伝』に見える弄玉の故事を踏まえる。秦の穆公(在位前659~前621)の娘弄玉は、簫の名人蕭史に惚れたため、穆公は娘を蕭史に嫁がせた。蕭史は彼女に簫の吹き方を教え、彼女は鳳凰の鳴き声が吹けるようになった。数年後、鳳凰が簫の音に誘われて訪れるようになった。穆公は彼らのために鳳台を築いてやった。のちに二人は昇天して仙人になったという。『列仙伝』巻上に「蕭史は、秦の穆公の時の人なり。善く簫を吹き、能く孔雀・白鶴を庭に致す。穆公に女有り、字は弄玉、之を好む。公遂に女を以て妻す。日〻弄玉に鳳鳴を作すを教う。居ること数年、吹くこと鳳声に似たり。鳳凰来りて其の屋に止まる。公為に鳳台を作るに、夫婦其の上に止まり、下らざること数年、一日、皆鳳凰に随って飛び去る。故に秦人為に鳳女祠を雍宮中に作るに、時に簫声有るのみ」(蕭史者、秦穆公時人也。善吹簫、能致孔雀白鶴於庭。穆公有女、字弄玉、好之。公遂以女妻焉。日教弄玉作鳳鳴。居數年、吹似鳳聲。鳳凰來止其屋。公爲作鳳臺、夫婦止其上、不下數年、一日、皆隨鳳凰飛去。故秦人爲作鳳女祠於雍宮中、時有簫聲而已)とある。ウィキソース「列仙傳」参照。
- 向紫煙 … 紫色のもやに向かう。神仙にあこがれることを指す。陳の江総の「簫史曲」(『楽府詩集』巻五十一・清商曲辞・上雲楽)に「弄玉は秦家の女、簫史は仙処の童。……相期す紅粉の色、飛んで紫煙の中に向わん」(弄玉秦家女、簫史仙處童。……相期紅粉色、飛向紫煙中)とある。ウィキソース「樂府詩集/051卷」参照。
18 曾經學舞度芳年
曾経て舞を学んで芳年を度る
- 曾経 … 二字で「かつて」と読み、「かつて」「以前に」と訳す。過去の経験を表す言葉。なお、中島敏夫『中国の古典 27 唐詩選 上』(学習研究社、1982年)では「曾でか~経ん」と読み、俗語の「争でか」(どのように)と同意に解釈している。張相『詩詞曲語辞匯釈』の「曾」の条に「曾は、猶お争のごとし」(曾、猶爭也)とある。
- 学舞 … 舞の稽古をして。ここでは前漢の成帝の皇后となった趙飛燕になぞらえる。飛燕は卑賤の出だったが、妹とともに絶世の美女だった。成帝の寵愛を受け、半婕妤をおしのけて皇后にまで昇りつめた。身のこなしが軽やかだったため、飛燕と呼ばれた。『趙飛燕外伝』に「趙后飛燕、父は馮万金なり。……長じて繊便軽細にして、挙止翩然たり。人之を飛燕と謂う」(趙后飛燕、父馮萬金。……長而纖便輕細、舉止翩然。人謂之飛燕)とある。ウィキソース「趙飛燕外傳」参照。ウィキペディア【趙飛燕】参照。
- 芳年 … 若い年頃。青春。
- 度 … 過ごす。
19 得成比目何辭死
比目を成すを得ば何ぞ死を辞せん
- 得成比目何辞死 … 比目の魚のように夫婦になって仲睦まじく暮らせたら、死ぬのも厭いません。
- 比目 … 伝説の魚の名。目が一つしかなく、二尾並んで泳いだという。比は、並ぶの意。仲のよい夫婦に喩える。『爾雅』釈地篇に「東方に比目の魚有り、比ばずば行かず、其の名、之を鰈と謂う」(東方有比目魚焉、不比不行、其名謂之鰈)とあり、その注に「状牛脾に似て、鱗細く、紫黒色、一眼。両片相合いて乃ち行くを得。今水中に在る所之れ有り。江東又呼んで王余魚と為す」(狀似牛脾、鱗細、紫黑色、一眼。兩片相合乃得行。今水中所在有之。江東又呼爲王餘魚)とある。ウィキソース「爾雅註疏/卷07」参照。
- 何辞死 … 死をも厭わない。『呂氏春秋』巻十四、遇合篇に「凡そ遇は、合うなり。時に合わざれば、必ず合うを待ちて後行わる。故に比翼の鳥は木に死し、比目の魚は海に死す」(凡遇、合也。時不合、必待合而後行。故比翼之鳥死乎木、比目之魚死乎海)とある。ウィキソース「呂氏春秋/卷十四」参照。
20 願作鴛鴦不羨仙
願わくは鴛鴦と作りて仙を羨まず
- 鴛鴦 … おしどり。鴛は、おしどりの雄。鴦は、雌。夫婦仲の睦まじいことに喩える。
- 不羨仙 … 不老不死の仙人なぞ羨ましくは思わない。
第四段
- 見・燕(去声霰韻)。
21 比目鴛鴦眞可羨
比目鴛鴦 真に羨む可し
- 真可羨 … 本当に羨ましい限りである。
22 雙去雙來君不見
双び去り双び来る 君見ずや
- 双去双来 … 行くも帰るのも、いつも二人連れである。
- 君不見 … 見たまえ。御覧なさい。読者に呼びかける言葉。
23 生憎帳額繡孤鸞
生憎や 帳額に孤鸞を繡り
- 生憎 … 「あやにくや」と読む。唐代の俗語。憎らしい。いまいましい。
- 帳額 … 帳(寝台の上から垂らした長い幕)の上部の縁取り。
- 孤鸞 … 一羽の鸞の鳥。鸞は、想像上の鳥。鳳凰の一種で、いつも番でいる。
- 繡 … 縫い取る。刺繡する。
24 好取門簾帖雙燕
好取ぞ門簾に双燕を帖る
- 好取 … 「よくぞ」と読む。当時の俗語。うれしいことに。「取」は接尾辞。意味はない。
- 門簾 … 入口に下げる簾。
- 門 … 『唐詩選』『唐五十家詩集本』『文苑英華』『唐詩品彙』『古今詩刪』『唐詩解』では「開」に作る。
- 双燕 … 番の燕。
- 燕 … 『文苑英華』では「鷰」に作る。同義。
- 帖 … 貼り付ける。
第五段
- 香・黄(平声陽韻)。
25 雙燕雙飛繞畫梁
双燕双び飛んで画梁を繞る
- 燕 … 『文苑英華』では「鷰」に作る。同義。
- 画梁 … 美しく彩色した梁。
- 繞 … めぐっている。『文苑英華』では「遶」に作る。同義。
26 羅幃翠被鬱金香
羅幃翠被 鬱金香
- 羅幃 … 薄絹の帷。羅帷とも。梁の簡文帝の「烏棲曲四首 其三」(『玉台新詠』巻九、『楽府詩集』巻四十八・清商曲辞・西曲歌)に「倡家の高樹烏棲まんと欲す、羅幃翠帳君に向って低る」(倡家高樹烏欲棲、羅幃翠帳向君低)とある。ウィキソース「烏棲曲 (蕭綱)」「樂府詩集/048卷」参照。
- 幃 … 『文苑英華』では「帷」に作る。
- 翠被 … 翡翠(カワセミの別称)の羽で作った掛け布団。張衡の「西京の賦」(『文選』巻二)に「甲乙を張りて、翠被を襲ぬ」(張甲乙而襲翠被)とある。ウィキソース「西京賦」参照。
- 鬱金香 … 鬱金の香り。鬱金は、西域産の香草の名。『唐会要』雑録の条に「(貞観)二十一年、……伽毘国、鬱金香を献ず。葉は麦門冬に似て、九月に花開き、状は芙蓉の如し。其の色、紫碧。香り数十歩聞こゆ。華ひらきて実ならず。種えんと欲すれば其の根を取る」(二十一年、……伽毘國獻鬱金香。葉似麥門冬、九月花開、狀如芙蓉。其色紫碧。香聞數十步。華而不實。欲種取其根)とある。ウィキソース「唐會要/卷100」参照。また『本草綱目』草部、芳草類、鬱金の項に「鬱金は蜀地及び西戎に生じ、苗は薑に似て黄、花は白く質は紅く、末秋に茎心を出だすも実無し」(鬱金生蜀地及西戎、苗似薑黃、花白質紅、末秋出莖心而無實)とある。ウィキソース「本草綱目/草之三」参照。なお、「鬱金」を「郁金」に作るのは、「郁」が「鬱」の簡体字のため。
27 片片行雲著蟬鬢
片片たる行雲 蟬鬢に著き
- 片片 … 切れ切れになっている様子。
- 行雲 … 流れ行く雲。女性の美しい黒髪に喩える。『詩経』鄘風・君子偕老の詩に「鬒髪雲の如く、髢を屑しとせず」(鬒髮如雲、不屑髢也)とある。髢は、添え髪。かつら。ウィキソース「詩經/君子偕老」参照。
- 蟬鬢 … 蟬の羽のように薄く結った鬢。晋の崔豹『古今注』雑註篇に「瓊樹乃ち蟬鬢を製す。縹眇たること蟬の如し。故に蟬鬢と曰う」(瓊樹乃製蟬鬢。縹眇如蟬。故曰蟬鬢)とある。ウィキソース「古今注」参照。
- 鬢 … 『唐詩品彙』『唐詩別裁集』『古今詩刪』『唐詩解』では「髩」に作る。異体字。
- 著 … くっつく。『四部叢刊本』『唐五十家詩集本』『唐詩品彙』『唐詩解』では「着」に作る。同義。
28 纖纖初月上鴉黃
繊繊たる初月 鴉黄に上る
- 繊繊 … か細いさま。
- 初月 … 三日月。ここでは美人の眉に喩える。范靖の妻沈満願の「映水曲」(『玉台新詠』巻十)に「軽鬢浮雲を学び、双蛾初月に擬す」(輕鬢學浮雲、雙蛾擬初月)とある。双蛾は、左右二つの眉。ウィキソース「映水曲」参照。
- 鴉黄 … 黄色い白粉を額に塗る化粧。漢代に始まったといわれる。
- 鴉 … 『文苑英華』では「鵶」に作る。異体字。
- 上 … ここでは三日月のような美しい眉が、黄色い白粉を塗った額の上についていること。
第六段
- 一・膝(入声質韻)。
29 鴉黃粉白車中出
鴉黄粉白 車中より出づ
- 鴉黄粉白 … 額に鴉黄を施し、顔に白粉を塗ったきれいな女性。
- 粉白 … 白粉に同じ。
- 車中出 … 車の中から降り立った。
30 含嬌含態情非一
嬌を含み態を含み 情は一に非ず
- 含嬌 … 媚を呈する。
- 含態 … 科を作る。
- 情非一 … 感情が一定しない。心が千千に乱れる。
31 妖童寶馬鐵連錢
妖童の宝馬には鉄連銭
- 妖童 … 色を売る美少年。『後漢書』仲長統伝に「妖童美妾、綺室に塡つ」(妖童美妾、塡乎綺室)とある。ウィキソース「後漢書/卷49」参照。
- 宝馬 … 珠玉で飾った馬。
- 鉄連銭 … 銭形をした馬の飾り。一説に銭形の斑紋のある馬。
32 娼婦盤龍金屈膝
娼婦の盤竜には金屈膝
- 娼婦 … ここでは歌い女を指す。『後漢書』梁冀伝に「多く倡伎を従い、鐘を鳴らし管を吹かしめ、謳を酣にして路に竟なる」(多從倡伎、鳴鐘吹管、酣謳竟路)とある。ウィキソース「後漢書/卷34」参照。
- 娼 … 『文苑英華』では「倡」に作る。同義。
- 盤竜 … かんざしの名。盤竜釵。釵は、かんざし。晋の崔豹の『古今注』雑註篇に「盤竜釵は、梁冀の婦の製する所なり」(盤龍釵、梁冀婦所製)とある。ウィキソース「古今注」参照。また、一説に盤竜髻という髪の結い方の一種ともいう。
- 金屈膝 … 屈膝は、蝶番。屈戌とも書く。ここでは蝶番のように曲がる金属製の髪飾り。梁の簡文帝の「烏棲曲四首 其四」(『玉台新詠』巻九、『楽府詩集』巻四十八・清商曲辞・西曲歌)に「織成の屏風銀の屈膝、朱脣玉面鐙前に出ず」(織成屏風銀屈膝、朱脣玉面鐙前出)とある。ウィキソース「烏棲曲 (蕭綱)」「樂府詩集/048卷」参照。
第七段
- 棲・堤・西・蹊(平声斉韻)。
33 御史府中烏夜啼
御史の府中 烏 夜に啼き
- 御史 … 官名。官吏を監督し、不正を糾弾する。検察官のような役職。
- 府中 … 役所。ここでは御史府。諸葛亮の「出師の表」(『文選』巻三十七)に「宮中・府中は、倶に一体たり」(宮中府中、倶爲一體)とある。ウィキソース「出師表」参照。
- 烏夜啼 … 烏の群れが夜に啼き騒ぐ。ここでは役所が荒廃していることを示す。『漢書』朱博伝に「御史府の吏舎百余区、井水皆竭く。又、其の府中柏樹を列ぬ。常に野烏数千有り、其の上に棲宿す。晨に去り暮に来る。号して朝夕烏と曰う」(御史府吏舍百餘區井水皆竭。又其府中列柏樹。常有野烏數千、棲宿其上。晨去暮來。號曰朝夕烏)とある。ウィキソース「漢書/卷083」参照。顔師古の注に「御史大夫の職、当に休廃すべきを著すなり」(著御史大夫之職、當休廃也)とある。『漢書評林』巻八十三(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
34 廷尉門前雀欲棲
廷尉の門前 雀 棲まんと欲す
- 廷尉 … 官名。秦・漢代に刑罰をつかさどった。警視総監のような役職。九卿の一つ。
- 雀欲棲 … 雀が巣をかけそうな有様である。閑散としている様子を示す。『史記』汲鄭列伝の論賛に「下邽の翟公言う有り。始め翟公、廷尉と為るや、賓客、門に闐つ。廃せらるるに及べば、門外、雀羅を設く可し。翟公復た廷尉と為るや、賓客往かんと欲す。翟公乃ち其の門に大署して曰く、一死一生、乃ち交情を知る。一貧一富、乃ち交態を知る。一貴一賤、交情乃ち見る、と」(下邽翟公有言。始翟公爲廷尉、賓客闐門。及廢、門外可設雀羅。翟公復爲廷尉、賓客欲往。翟公乃大署其門曰、一死一生、乃知交情。一貧一富、乃知交態。一貴一賤、交情乃見)とある。雀羅は、雀を捕らえる網。ウィキソース「史記/卷120」参照。
- 棲 … 『全唐詩』『唐五十家詩集本』『唐詩品彙』『唐詩解』では「栖」に作る。同義。
35 隱隱朱城臨玉道
隠隠たる朱城 玉道に臨み
- 隠隠 … 盛大なさま。一説に、かすかではっきりしないさま。
- 朱城 … 朱塗りの町並み。長安城。一名丹鳳城ともいう。
- 玉道 … 石畳を敷きつめた都大路。
- 臨 … 都大路に沿って朱塗りの町並みが聳え立っていること。
36 遙遙翠幰沒金堤
遥遥たる翠幰 金堤に没す
37 挾彈飛鷹杜陵北
弾を挟み鷹を飛ばす 杜陵の北
- 弾 … 弾弓。はじき玉を飛ばす弓。はじき弓。『戦国策』楚策に「左に弾を挟み、右に丸を摂る」(左挾彈、右攝丸)とある。ウィキソース「戰國策/卷17」参照。また『西京雑記』に「韓嫣弾を好み、常に金を以て丸を為る。失う所の者は日に十余有り。長安之が為に語りて曰く、饑寒に苦しめば、金丸を逐え、と。京師の児童、嫣の弾に出ずと聞く毎に、輒ち之に随いて丸の落つる所を望みて、輒ち焉を拾う」(韓嫣好彈、常以金爲丸。所失者日有十餘。長安爲之語曰、苦饑寒、逐金丸。京師兒童每聞嫣出彈、輒隨之望丸之所落、輒拾焉)とある。ウィキソース「西京雜記/卷四」参照。
- 挟 … 小脇にかかえる。
- 飛鷹 … 鷹狩りの鷹を飛ばす。『三国志』魏書・武帝紀に「曹瞞伝に云く、太祖少きとき鷹を飛ばし狗を走らすことを好む」(曹瞞傳云、太祖少好飛鷹走狗)とある。ウィキソース「三國志/卷01」参照。
- 杜陵 … 長安城の東南の郊外にある地名。杜陵県。前漢の宣帝(在位前74~前48)が作った陵墓の杜陵に因んだもの。当時有名な行楽地であった。『読史方輿紀要』陝西、杜陵城の条に「府の東南十五里。周の杜伯の国なり。秦の武公十一年(前687)、初めて杜県を置く」(府東南十五里。周杜伯國也。秦武公十一年初置杜縣)とある。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷五十三」参照。また『漢書』宣帝紀に「元康元年(前65)春、杜の東原上を以て初陵を為り、名を杜県と更め杜陵と為す」(元康元年春、以杜東原上爲初陵、更名杜縣爲杜陵)とある。ウィキソース「漢書/卷008」参照。ウィキペディア【杜陵県 (陝西省)】参照。
38 探丸借客渭橋西
丸を探り客に借す 渭橋の西
- 探丸 … 漢代、長安の不良少年たちが金をもらって人殺しを引き受けた。その時、袋の中から弾丸を一つ選び、赤い丸をひいた者は武官を斬り、黒い丸をひいた者は文官を斬り、白い丸をひいた者は殺された仲間の葬式を受けもったという。『漢書』尹賞伝に「長安中の姦滑浸に多く、閭里の少年群輩、吏を殺し賕を受け仇を報じ、相与に丸を探り弾を為す。赤丸を得る者は武吏を斫り、黒丸を得る者は文吏を斫り、白き者は喪を治めることを主る」(長安中姦滑浸多、閭里少年群輩、殺吏受賕報仇、相與探丸爲彈。得赤丸者斫武吏、得黑丸者斫文吏、白者主治喪)とある。姦滑は、姦詐(道理にそむいて偽りの多いこと)で狡猾な者。賕は、賄賂。ウィキソース「漢書/卷090」参照。顔師古の注に「弾丸を為り赤・黒・白の三色を作りて共に之を探り取るなり」(爲彈丸作赤黑白三色而共探取之也)とある。『漢書評林』九十(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 借客 … 人を助ける。客は、依頼主。借は、助けるの意。『漢書』朱雲伝に「朱雲字は游、魯人なり。平陵に徙る。少き時、軽俠に通じ、客を借けて仇を報ず」(朱雲字游、魯人也。徙平陵。少時通輕俠、借客報仇)とある。軽俠は、軽薄な俠客。顔師古の注に「借は、助なり」(借、助也)とある。ウィキソース「漢書/卷067」参照。
- 渭橋 … 長安の西北、渭水に架かる橋。遊俠の徒が多く交わりを結んだ所だという。『三輔黄図』巻六に「渭橋は、秦の始皇造る。渭橋重くして勝う能わず、乃ち石を刻みて力士孟賁等の像を作りて之を祭れば、乃ち動く可し。今石人在り」(渭橋、秦始皇造。渭橋重不能勝、乃刻石作力士孟賁等像祭之、乃可動。今石人在)とあり、その注に「渭橋は長安の北三里に在り、渭水を跨ぎて橋と為る」(渭橋在長安北三里、跨渭水爲橋)とある。ウィキソース「三輔黃圖/卷之六」参照。
39 俱邀俠客芙蓉劍
倶に邀う俠客 芙蓉の剣
- 倶邀 … 共に仲間を出迎え、連れ立って行くこと。邀は、相手が来るところに待っていて出迎えること。
- 俠客 … 任俠の徒。遊俠の徒。渡世人。男伊達。『史記集解』游俠列伝に「荀悦曰く、気を斉しく立て、威福を作し、私交を結び、以て彊を世に立つ者、之を游俠と謂う」(荀悅曰、立氣齊、作威福、結私交、以立彊於世者、謂之游俠)とある。ウィキソース「史記三家註/卷124」参照。また『列子』説符篇に「高楼に登り大路に臨んで、楽を設け酒を陳ね、楼上に撃博す。俠客相随って行く」(登高樓、臨大路、設樂陳酒、擊博樓上。俠客相隨而行)とある。撃博は、勝負ごとをすること。博打をすること。ウィキソース「列子/說符篇」参照。
- 芙蓉剣 … 名剣の名。芙蓉は、蓮の花。焼刃に艶があって蓮の花が水中から咲き出たばかりのように美しいところから名づけられた。遊俠の徒が腰に佩びた剣。『越絶書』に「手振り払い、其の華を揚ぐれば、捽つこと芙蓉の始めて出ずるが如く、其の釽を観れば、爛たること列星の行くが如し」(手振拂、揚其華、捽如芙蓉始出、觀其釽、爛如列星之行)とある。釽は、にえ。刀身にあらわれた文様。ウィキソース「越絕書/卷十一」参照。
40 共宿娼家桃李蹊
共に宿る娼家 桃李の蹊
第八段
- 氳・雲(平声文韻)。
41 娼家日暮紫羅裙
娼家 日暮 紫羅の裙
- 娼 … 『文苑英華』では「倡」に作る。同義。
- 日暮 … 日暮れ。夕暮れ。
- 紫羅裙 … 紫の薄絹の裙。裙は、下半身をとり巻く衣服。スカートのようなもの。娼婦の盛装。
42 淸歌一囀口氤氳
清歌一囀 口氤氳
- 清歌 … 澄んだ美しい歌。
- 一囀 … 玉を転がすように一節歌うこと。
- 囀 … 『唐詩選』『唐詩品彙』『古今詩刪』では「轉」に作る。
- 氤氳 … 気がムンムンと天地にみなぎるさま。歌声が口から次々と吐き出されることの喩え。唐の段安節撰『楽府雑録』に「善く歌うは必ず先ず其の気を調え、氤氳として臍より間出し、喉に至りて乃ち其の詞を噫す」(善歌者必先調其氣、氤氳自臍間出、至喉乃噫其詞)とある。ウィキソース「樂府雜錄」参照。
- 氳 … 『全唐詩』『四部叢刊本』『唐五十家詩集本』『文苑英華』『唐詩別裁集』『古今詩刪』では「氛」に作る。
43 北堂夜夜人如月
北堂夜夜 人 月の如く
- 北堂 … 北のお座敷。娼婦のいた部屋を指す。
- 夜夜 … 夜ごと。毎晩。
- 人如月 … 遊里に集まる客は月のようである。客が夜来て朝帰ることを月に喩えたもの。
44 南陌朝朝騎似雲
南陌朝朝 騎 雲に似たり
第九段
- 市・起(上声紙韻)。
45 南陌北堂連北里
南陌北堂 北里に連なり
- 北里 … 遊里の名。ここでは長安城の北にあった平康里を指す。『北里志』に「平康里は北門を入り、東に回ること三曲、即ち諸妓の居る所の聚なり」(平康里入北門、東回三曲、即諸妓所居之聚也)とある。ウィキソース「北里志」参照。 もの。
46 五劇三條控三市
五劇三条 三市を控う
- 五劇 … 五つの分かれ道。五叉路。『爾雅』釈宮篇に「三達、之を劇旁と謂う」(三達謂之劇旁)とある。三達は、三方に通ずる道路のこと。劇旁も同じ。ウィキソース「爾雅」参照。
- 三条 … 三筋の大通り。班固「西都の賦」(『文選』巻一)に「三条の広路を披き、十二の通門を立つ」(披三條之廣路、立十二之通門)とある。ウィキソース「西都賦」参照。
- 三市 … 三つの市場。漢代には九市があり、道の西に六市、道の東に三市あった。ここではその東の三市をいう。唐代には東西にそれぞれ一市ずつあったという。班固「西都の賦」(『文選』巻一)の李善注に引く『漢宮闕疏』に「長安に九市を立つ。其の六市は道の西に在り。三市は道の東に在り」(長安立九市。其六市在道西。三市在道東)とある。ウィキソース「昭明文選/卷1」参照。
- 控 … 控える。近くにある。近くに連なっている。
47 弱柳靑槐拂地垂
弱柳青槐 地を払うて垂れ
- 弱柳 … 細い柳の枝。
- 柳 … 『四部叢刊本』では「桺」に作る。異体字。
- 青槐 … 青々とした槐の枝。弱柳とともに五劇三条の街路樹。槐は、まめ科の落葉高木。初夏に蝶の形をした黄白色の花を開く。ウィキペディア【エンジュ】参照。
- 払地垂 … 地面を払うように垂れ下がる。
48 佳氣紅塵暗天起
佳気紅塵 天を暗くして起る
第十段
- 杯・開(平声灰韻)。
49 漢代金吾千騎來
漢代の金吾 千騎来る
- 漢代金吾 … 漢王朝の近衛の士官。金吾は、秦・漢代の官名。執金吾。天子の護衛官。唐代では金吾衛といって、首都の警察権も握っていた。ここでは唐代の金吾衛のことではないので、あえて漢代をつけている。ウィキペディア【執金吾】参照。『漢書』百官表に「中尉は秦の官なり。京師を徼循することを掌る。両丞・候・司馬・千人有り。武帝の太初元年(前104)、名を執金吾に更む」(中尉秦官。掌徼循京師。有兩丞、候、司馬、千人。武帝太初元年更名執金吾)とある。徼循は、見まわって取り締まること。顔師古の注に「金吾は鳥の名なり。不祥を辟くることを主る。天子出行し、先導して、以て非常を禦ぐことを主る職なり。故に此の鳥の象を執る。因て以て官を名づく」(金吾鳥名也。主辟不祥。天子出行、職主先導、以禦非常。故執此鳥之象。因以名官)とある。ウィキソース「漢書/卷019」参照。また『後漢書』光烈皇后紀に「光烈陰皇后、諱は麗華、南陽新野の人なり。初め、光武新野に適いて、后の美なるを聞きて、心に之を悦ぶ。後に長安に至って、執金吾の車騎の甚だ盛んなるを見て、因って歎じて曰く、仕宦しては当に執金吾と作るべし、妻を娶らば当に陰麗華を得るべし、と」(光烈陰皇后諱麗華、南陽新野人。初、光武適新野、聞后美、心悅之。後至長安、見執金吾車騎甚盛、因歎曰、仕宦當作執金吾、娶妻當得陰麗華)とある。ウィキソース「後漢書/卷10上」参照。
- 千騎来 … 千騎を従えてやって来る。
50 翡翠屠蘇鸚鵡杯
翡翠の屠蘇 鸚鵡の杯
- 翡翠 … 翡翠色。翡翠の宝石のような美しい緑色。ここではカワセミの意ではなく、宝石の色を指す。ウィキペディア【ヒスイ】参照。
- 屠蘇 … 酒の名。肉桂・山椒など七種の薬草を入れた酒。正月に一年中の邪気を払うために飲む習慣があった。ここでは正月に限らず、緑色の屠蘇の酒の意。
- 鸚鵡杯 … オウム貝で作った杯。ウィキペディア【オウムガイ】参照。唐の劉恂撰『嶺表録異』に「鸚鵡螺は、尖処を旋って屈して朱なり。鸚鵡の嘴の如し。故に此の名を以てす。殻上は青緑の斑文、大なる者は三升を受く可く、殻内は光瑩雲母の如く、装して酒杯と為し、奇にして玩ぶ可し」(鸚鵡螺、旋尖處屈而朱。如鸚鵡嘴。故以此名。殼上靑綠斑文、大者可受三升、殼內光瑩如雲母、裝爲酒杯、奇而可玩)とある。ウィキソース「嶺表錄異/卷03」参照。
51 羅襦寶帶爲君解
羅襦宝帯 君が為に解き
- 羅襦 … 薄絹の短い衣服・下着。羅は、薄絹。襦は、短い衣や柔らかい下着。『説文解字』巻八上、衣部に「襦は、短衣なり」(襦、短衣也)とある。ウィキソース「說文解字/08」参照。また『史記』滑稽列伝に「日暮れて酒闌にして、尊を合わせ坐を促け、男女席を同じくし、履舄交錯し、杯盤狼藉し、堂上の燭滅え、主人、髡を留めて客を送り、羅襦の襟解け、微かに薌沢を聞き、此の時に当たりて、髡心に最も歓び、能く一石を飲まん」(日暮酒闌、合尊促坐、男女同席、履舄交錯、杯盤狼藉、堂上燭滅、主人留髡而送客、羅襦襟解、微聞薌澤、當此之時、髡心最歡、能飮一石)とある。ウィキソース「史記/卷126」参照。
- 宝帯 … 宝玉で飾った美しい帯。
- 為君解 … あなたのためなら、解きましょう。君は、執金吾を指す。
- 解 … 『古今詩刪』では「觧」に作る。異体字。
52 燕歌趙舞爲君開
燕歌趙舞 君が為に開く
- 燕歌趙舞 … とっておきの歌や舞。燕(今の河北省)と趙(今の山西省)の地には美人が多く、かつ歌は燕の女性が上手く、舞は趙の女性が得意だという。「古詩十九首 其の十二」(『文選』巻二十九、『玉台新詠』巻一)に「燕・趙には佳人多し、美なる者顔玉の如し」(燕趙多佳人、美者顏如玉)とある。ウィキソース「東城高且長」参照。
- 為君開 … あなたのためなら、披露しましょう。君は、執金吾を指す。
第十一段
- 相・讓・相(去声漾韻)。
53 別有豪華稱將相
別に豪華の将相と称する有り
- 別有豪華称将相 … ここには執金吾とは別に、大将・大臣というような、今を時めく人たちも来る。
- 豪華 … 威勢がよくて華やかなこと。豪奢栄華。
- 将相 … 大将と大臣。将軍と宰相。
54 轉日回天不相讓
日を転じ天を回らして相譲らず
- 転日 … 沈みかけた太陽を引き戻す。絶大な権勢をいう。左思の「呉都の賦」(『文選』巻五)に「将に西日を転じて再び中せしめ、既往の精誠に斉しからんとす」(將轉西日而再中、齊旣往之精誠)とある。西日は、西に傾いた太陽。中は、中天に返すこと。精誠は、混じり気のない真心。ウィキソース「吳都賦」参照。また『淮南子』覧冥訓に「魯陽公、韓と難を構う。戦い酣にして日暮る。戈を援きて之を撝けば、日之が為に反ること三舎なり」(魯陽公與韓構難。戰酣日暮。援戈而撝之、日爲之反三舍)とある。ウィキソース「淮南子/覽冥訓」参照。
- 回天 … 天の運行を引き戻す。絶大な権勢をいう。晋の陸機の「魏の武帝を弔う文」(『文選』巻六十)に「夫れ天を迴らし日を倒にするの力を以てするも、形骸の内に振るう能わず」(夫以迴天倒日之力、而不能振形骸之內)とある。ウィキソース「弔魏武帝文」参照。また『後漢書』梁統列伝の論賛に「商、回天の勢いに協う」(商協回天之勢)とある。ウィキソース「後漢書/卷34」参照。
- 回 … 『唐詩選』『四部叢刊本』『唐詩別裁集』『唐詩解』では「囘」に作る。異体字。『文苑英華』では「迴」に作る。同義。
- 不相譲 … 互いに譲らない。
55 意氣由來排灌夫
意気は由来 灌夫を排し
56 專權判不容蕭相
専権判して蕭相を容れず
- 専権 … 思うままに権力をふるうこと。権勢。
- 判 … 従来は「決して」「断じて」の意に解されてきたが、よくわからない。
- 蕭相 … 前漢の丞相、蕭何のこと。?~前193。沛(江蘇省)の人。高祖の功臣。張良・韓信と並んで漢の三傑の一人。ウィキペディア【蕭何】参照。『史記』蕭相国世家に「蕭相国何は、沛の豊の人なり。……沛公、漢王と為るや、何を以て丞相と為す。……漢の十一年、……上已に淮陰侯が誅せられしを聞き、使いをして丞相何を拝して相国と為さしむ」(蕭相國何者、沛豐人也。……沛公爲漢王、以何爲丞相。……漢十一年、……上已聞淮陰侯誅、使使拜丞相何爲相國)とある。ウィキソース「史記/卷053」参照。なお、多くの注釈書では蕭望に作る。蕭望は、前漢の政治家、蕭望之(?~前46)。厳正廉直をもって朝廷に重んじられたが、宦官によって自殺に追い込まれた。ウィキペディア【蕭望之】参照。ここでは蕭望之の方が合っていると思うが、蕭望に作るテキストが見当たらない。
- 不容 … 受け入れない。干渉させない。容赦しない。
第十二段
- 風・公(平声東韻)。
57 專權意氣本豪雄
専権意気 本より豪雄
- 豪雄 … 才知があって武勇にすぐれているさま。豪勢。
58 靑虬紫燕坐生風
青虬紫燕 坐ながらにして風を生ず
- 青虬 … 名馬の名。虬は、みずち。竜の一種で角のないもの。『楚辞』九章の「渉江」に「青虬を駕して白螭を驂にし、吾重華と瑶の圃に遊ぶ」(駕青虬兮驂白螭、吾與重華遊兮瑤之圃)とある。驂は、三頭立ての馬車。重華は、古代の聖天子舜の号。ウィキソース「楚辭/九章」参照。
- 紫燕 … 青虬と同じく名馬の名。『尸子』に「馬に紫燕・蘭池有り」(馬有紫燕蘭池)とある。ウィキソース「尸子」参照。
- 燕 … 『文苑英華』では「鷰」に作る。同義。
- 坐生風 … じっとしていても風を巻き起こす。権勢の盛んなることをいう。
- 生 … 『全唐詩』『四部叢刊本』では「春」に作り、「一作生」とある。『唐五十家詩集本』『唐詩別裁集』では「春」に作る。
59 自言歌舞長千載
自ら言う 歌舞 千載を長うすと
- 自言 … 彼らは、自ら豪語する。
- 言 … 『文苑英華』では「然」に作る。
- 歌舞長千載 … この歌と舞は千年も長く続くのだと。
60 自謂驕奢凌五公
自ら謂う 驕奢 五公を凌ぐと
- 自謂 … 彼らは、自ら思っている。
- 謂 … 『唐詩選』では「言」に作る。
- 驕奢 … 驕り高ぶって、贅沢なことをする。
- 五公 … 前漢の張湯・蕭望之・馮奉世・史丹・張安世の五人。いずれも当時権勢を誇った顕官であった。班固「西都の賦」(『文選』巻一)に「冠蓋雲の如く、七相五公あり」(冠蓋如雲、七相五公)とある。冠蓋は、冠と車のおおい。高官の車馬。呂向の注に「五公は、張湯・蕭望之・馮奉世・史丹・張安世なり。公侯は、御史大夫・将軍の通称を公と為す」(五公、張湯蕭望之馮奉世史丹張安世。公侯、御史大夫將軍通稱爲公焉)とある。ウィキソース「六臣註文選 (四部叢刊本)/卷第一」参照。
- 凌 … 凌ぐ。凌駕する。相手の上に出る。
第十三段
- 改・在(上声賄韻)。
61 節物風光不相待
節物風光 相待たず
- 節物 … 季節のもの。四季の事物。
- 風光 … 自然の姿。風景。
- 不相待 … 移り変わって、待ってはくれない。
62 桑田碧海須臾改
桑田碧海 須臾にして改まる
- 桑田碧海 … 桑畑であった所が青々とした海に変わったり、その海がまたもとの桑畑になったりする。世の移り変わりが激しいことの喩え。麻姑という仙女が王方平という仙人に、「この前お会いしてから東の海が桑畑にかわり、それがまた海になったのを三度も見ました」と語ったという故事に基づく。『神仙伝』王遠の条に「麻姑自ら説く、接待以来、已に東海の三たび桑田と為るを見る。向に蓬萊に到りしに、水又、往昔会時より浅きこと略〻半ばなり。豈に将に復た還って陵陸と為らんとするか、と。方平笑って曰く、聖人皆言う、海中行〻復た塵を揚ぐ、と」(麻姑自說、接待以來、已見東海三爲桑田。向到蓬萊、水又淺於往昔、會時略半也。豈將復還爲陵陸乎。方平笑曰、聖人皆言、海中行復揚塵也)とある。ウィキソース「神仙傳/卷三」参照。
- 須臾 … ほんのわずかの時間。すぐに。たちまち。あっという間に。
- 改 … 姿を変える。変化する。
63 昔時金階白玉堂
昔時の金階 白玉の堂
64 即今惟見靑松在
即今惟だ見る 青松の在るを
- 即今 … ただいま。現在。今では。
- 即 … 『唐詩選』『古今詩刪』では「只」に作る。
- 今 … 『四部叢刊本』では「金」に作る。
- 惟 … 「ただ」と読み、「ただ~だけだ」「ただ~にすぎない」と訳す。限定の意を示す。文末の助詞「のみ」は省略される。『全唐詩』『文苑英華』では「唯」に作る。同義。
- 青松 … 青々とした松。古来、松と柏(コノテガシワ)は墓地に植えられた木で、天子の陵墓には松を植え、諸侯の陵墓には柏を植えたという。「古詩十九首 其の十三」(『文選』巻二十九)に「車を上東門に駆り、遥かに郭北の墓を望む。白楊何ぞ蕭蕭たる、松柏広路を夾む」(驅車上東門、遙望郭北墓。白楊何蕭蕭、松柏夾廣路)とある。上東門は、洛陽城門の名。ウィキソース「驅車上東門」参照。
第十四段
- 書・裾(平声魚韻)。
65 寂寂寥寥揚子居
寂寂寥寥たり揚子の居
- 寂寂寥寥 … 「寂寂」「寥寥」とも、ひっそりとして寂しいさま。揚雄の「解嘲」(『文選』巻四十五)に「惟れ寂にして惟れ寞なるは、徳を守るの宅なり」(惟寂惟寞、守德之宅)とある。ウィキソース「解嘲」参照。また左思「詠史八首 其の四」(『文選』巻二十一)に「寂寂たり楊子の宅、門に卿相の輿無し。寥寥たり空宇の中、講ずる所は玄虚に在り」(寂寂楊子宅、門無卿相輿。寥寥空宇中、所講在玄虛)とある。ウィキソース「詠史八首」参照。
- 揚子 … 前漢末の学者、揚雄。前53~後18。成都(四川省)の人。字は子雲。すぐれた辞賦を作り、『太玄経』『法言』『方言』などの著作がある。ウィキペディア【揚雄】参照。『漢書』揚雄伝に「揚雄字は子雲、蜀郡成都の人なり。……雄少くして学を好み、章句を為さずして、訓詁して通ずるのみ、博覧にして見ざる所無し」(揚雄字子雲、蜀郡成都人也。……雄少而好學、不爲章句、訓詁通而已、博覽無所不見)とある。ウィキソース「漢書/卷087上」参照。ここでは作者自らを揚雄になぞらえている。
- 揚 … 『全唐詩』『唐五十家詩集本』『文苑英華』『唐詩品彙』『古今詩刪』では「楊」に作る。
- 居 … 住居。住まい。
66 年年歲歲一牀書
年年歳歳 一牀の書
- 年年歳歳 … 来る年も来る年も。毎年毎年。劉廷芝の「白頭に悲しむ翁に代る」に「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」(年年歳歳花相似、歳歳年年人不同)とある。ウィキソース「代悲白頭吟」参照。
- 一牀書 … 棚一杯の書物。牀は、ここでは棚。庾信の「寒園即目」(『古詩紀』巻一百二十六)に「遊仙半壁の画、隠士一牀の書」(遊仙半壁畫、隱士一牀書)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷126」参照。
- 牀 … 『唐詩品彙』『古今詩刪』では「床」に作る。同義。
67 獨有南山桂花發
独り南山の桂花の発く有りて
- 独 … 「ひとり~(のみ)」と読み、「ただ~だけ」と訳す。限定の意を示す。
- 南山 … 終南山。秦嶺山脈中部一帯をさす。中南山、太乙山ともいう。現在の陝西省西安市の南にある。ウィキペディア【終南山】参照。『書経』禹貢篇に「荊・岐は既に旅し、終南・惇物より、鳥鼠に至る」(荊岐既旅、終南惇物、至于鳥鼠)とある。ウィキソース「尚書/禹貢」参照。また『詩経』秦風・終南の詩に「終南何か有る、条有り梅有り」(終南何有、有條有梅)とある。ウィキソース「詩經/終南」参照。
- 桂花 … 木犀の花。モクセイ科の常緑小高木。秋に香りのよい白い小さな花が集まって開く。ギンモクセイ。ウィキペディア【モクセイ】参照。『楚辞』の「招隠士」に「桂樹叢生せり山の幽、偃蹇連蜷して枝相繚う」(桂樹叢生兮山之幽、偃謇連卷兮枝相繚)とある。ウィキソース「招隱士」参照。
- 発 … 花が開く。
68 飛來飛去襲人裾
飛び来り飛び去って人の裾に襲く
- 飛来飛去 … 花びらが飛び来たり、また飛び去りながら。
- 裾 … 着物の裾。
- 襲 … まとわりつく。たくさん飛んでくること。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻二(『漢文大系 第二巻』冨山房、1910年)
- 『全唐詩』巻四十一(揚州詩局本縮印、上海古籍出版社、1985年)
- 『幽憂子集』巻二(江安傅氏双鑑楼蔵明刊本影印、『四部叢刊 初篇集部』所収)
- 『盧照鄰集』巻上(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
- 『文苑英華』巻二百五(影印本、中華書局、1966年)
- 『唐詩品彙』巻二十五(汪宗尼本影印、上海古籍出版社、1981年)
- 『唐詩別裁集』巻五(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
- 『古今詩刪』巻十二(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇8』所収、457頁)
- 『唐詩解』巻十九(清順治十六年刊、内閣文庫蔵)
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