代悲白頭翁 (劉希夷) (廷芝)
代悲白頭翁
白頭を悲しむ翁に代る
白頭を悲しむ翁に代る
洛陽城東桃李花
洛陽城東 桃李の花
- 洛陽 … 今の河南省洛陽市。唐代の副都として栄えた。東都とも呼ばれた。ウィキペディア【洛陽市】参照。
- 城東 … 町の東側。
- 東 … 『文苑英華』では「中」に作る。
- 桃李 … 桃とスモモ。
飛來飛去落誰家
飛び来り飛び去って誰が家にか落つる
- 落誰家 … 誰の家に落ちていくのだろうか。
洛陽女兒惜顏色
洛陽の女児 顔色を惜しみ
- 洛陽 … 『古文真宝前集』では「幽閨」に作る。『文苑英華』には「一作幽閨」とある。
- 女児 … 若い娘たち。年頃の娘たち。日本語の「女児」の意ではない。『古文真宝前集』では「児女」に作る。
- 惜 … 容色が衰えていくのを残念がる。『全唐詩』『文苑英華』では「好」に作る。
- 顔色 … 若々しい顔かたち。容色。「かおいろ」の意ではない。
行逢落花長歎息
行〻落花に逢いて長歎息す
- 行 … 道を歩きながら。
- 行逢 … 『全唐詩』では「坐見」に作り、「一作行逢」とある。
- 長歎息 … 長いため息をつく。
今年花落顏色改
今年 花落ちて顔色改まり
- 花落顔色改 … 花が散り、人の容色も衰えていく。
- 落 … 『文苑英華』では「開」に作る。
明年花開復誰在
明年 花開いて復た誰か在る
- 明年花開 … 来年またこの花が咲く頃には。
- 復誰在 … 誰がまた健在でここにいるだろうか。
已見松柏摧爲薪
已に見る 松柏の摧かれて薪と為るを
- 已見 … 私は見たことがある。
- 松柏摧為薪 … いつまでも緑の変わらない松や柏も切り倒されて薪となる。変わらないと思われるものも、ついには滅びることのたとえ。「古詩十九首」(『文選』巻二十九、『古詩源』巻四 漢詩)の第十四首に「古墓は犂かれて田と為り、松柏は摧かれて薪と為る」(古墓犁爲田、松柏摧爲薪)とあるのに基づく。ウィキソース「去者日以疎」参照。
更聞桑田變成海
更に聞く 桑田の変じて海と成るを
- 更聞 … さらにまた、こういうことも聞いている。
- 桑田変成海 … 桑畑であった所が海に変わる。世の移り変わりが激しいことの喩え。麻姑という仙女が王方平という仙人に、「この前お会いしてから東の海が桑畑にかわり、それがまた海になったのを三度も見ました」と語ったという故事に基づく。『神仙伝』王遠の条に「麻姑自ら説く、接待以来、已に東海の三たび桑田と為るを見る。向に蓬萊に到りしに、水又、往昔会時より浅きこと略〻半ばなり。豈に将に復た還って陵陸と為らんとするか、と。方平笑って曰く、聖人皆言う、海中行〻復た塵を揚ぐ、と」(麻姑自說、接待以來、已見東海三爲桑田。向到蓬萊、水又淺於往昔、會時略半也。豈將復還爲陵陸乎。方平笑曰、聖人皆言、海中行復揚塵也)とある。ウィキソース「神仙傳/卷三」参照。
古人無復洛城東
古人 復た洛城の東に無く
- 古人 … 昔の人。散りゆく花を見ながら自分の容姿が衰えていくのを嘆いた昔の人。
- 無復洛城東 … もはや洛陽の町の東にいない。また、「復」を「かえる」と動詞に読み、「洛城の東に復る無く」と訓読し、「もはや洛陽の町の東に戻ってはこない」と訳すこともできる。
- 城 … 『文苑英華』では「陽」に作る。
今人還對落花風
今人 還た対す 落花の風
- 今人 … 今の人。
- 人 … 『文苑英華』では「日」に作る。
- 還 … やはりまた。
- 対落花風 … 散りゆく花を飛ばす風の前に立っている。古人と同じく、容姿の衰えを嘆いている。
年年歳歳花相似
年年歳歳 花相似たり
- 年年歳歳 … 毎年毎年。来る年来る年。
- 花相似 … 花は同じように咲く。
歳歳年年人不同
歳歳年年 人同じからず
- 歳歳年年 … 年年歳歳と同じ。
- 人不同 … 花を眺める人は毎年変わっていく。
寄言全盛紅顏子
言を寄す 全盛の紅顔子
- 寄言 … 聞きなさい。呼びかけの冒頭におく言葉。
- 紅顔子 … 「年若く元気な少年」という解釈が多いが、ここでは第三句の「洛陽の女児」を指すと思われるので「若く美しい娘さん」と解釈しておく。
應憐半死白頭翁
応に憐れむべし 半死の白頭翁
- 応憐 … 当然憐れむべきだ。
- 応 … 「まさに~すべし」と読み、「当然~するべきだ」と訳す。『古文真宝前集』『楽府詩集』等では「須」に作る。
- 半死 … 死にかかっている。
- 白頭翁 … 白髪の老人。
此翁白頭眞可憐
此の翁 白頭 真に憐れむべし
- 真可憐 … ほんとうに気の毒だ。
伊昔紅顏美少年
伊れ昔 紅顔の美少年
- 伊 … 下のものを強調する語。これぞ。この人こそ。
- 伊昔 … 『文苑英華』では「憶惜」に作る。
公子王孫芳樹下
公子王孫 芳樹の下
- 公子王孫 … 貴族の子弟。
- 芳樹 … 芳しい花の咲いている春の木。阮籍「詠懐詩十七首 其の十三」(『文選』巻二十三)に「芳樹は緑葉を垂れ、清雲は自ずから逶迤たり」(芳樹垂綠葉、清雲自逶迤)とある。ウィキソース「詠懷詩十七首」参照。
清歌妙舞落花前
清歌妙舞す 落花の前
- 清歌妙舞 … 澄んだ美しい歌と、見事な舞い。
光祿池臺開錦繡
光禄の池台 錦繡を開き
- 光禄池台 … 前漢の光禄大夫(官名。天子の顧問)王根は池の中に豪奢な楼台を築いたという故事。立派な邸宅のこと。
- 開 … 『古文真宝前集』『文苑英華』『楽府詩集』等では「文」に作る。
- 開錦繡 … 錦のとばりをひろげる。
將軍樓閣畫神仙
将軍の楼閣 神仙を画く
- 将軍楼閣画神仙 … 「将軍」とは後漢の大将軍梁冀のこと。「楼閣」は梁冀の豪華な屋敷を指す。梁冀は大将軍となって豪華な屋敷を建て、部屋の壁に神や仙人の姿を描かせ、不老不死の身になろうとしたという。『後漢書』梁冀伝に見える故事。ウィキペディア【梁冀】参照。
一朝臥病無相識
一朝 病に臥して相識無く
- 一朝 … ひとたび。いったん。ある日。
- 相 … 『楽府詩集』では「人」に作る。
- 相識 … 知人。友人。
- 無 … 尋ねて来なくなる。寄りつかなくなる。
三春行樂在誰邊
三春の行楽 誰が辺にか在る
- 三春 … 陰暦の春三か月のこと。孟春(陰暦正月)・仲春(陰暦二月)・季春(陰暦三月)をいう。
- 行楽 … 山野などに出かけて遊び楽しむこと。
- 樂 … 『文苑英華』では「落」に作る。
- 在誰辺 … 誰のところへ行ってしまったのか。
宛轉蛾眉能幾時
宛転たる蛾眉 能く幾時ぞ
- 宛転 … 眉が美しく曲がっているさま。
- 蛾眉 … 蛾の触角のような、三日月形の美しい女性の眉。『詩経』衛風・碩人の詩に「手は柔荑の如く、膚は凝脂の如く、領は蝤蠐の如く、歯は瓠犀の如く、螓の首と蛾の眉、巧笑倩たり、美目盻たり」(手如柔荑、膚如凝脂、領如蝤蠐、齒如瓠犀、螓首蛾眉、巧笑倩兮、美目盻兮)とある。ウィキソース「詩經/碩人」参照。また前漢の枚乗「七発」(『文選』巻三十四)に「皓歯娥眉は、命けて伐性の斧と曰う」(皓齒娥眉、命曰伐性之斧)とある。皓歯は、白い歯。美人の形容。伐性之斧は、人の本性を断ち切る斧の意。ウィキソース「七發」参照。なお「蛾眉」については、松浦友久「『蛾眉』考―詩語と歌語Ⅱ」(『詩語の諸相―唐詩ノート』研文出版、1981年)に詳しい。
- 能幾時 … いつまでその美しさを保てるのか。
須臾鶴髮亂如絲
須臾にして鶴髪 乱れて糸の如し
- 須臾 … ほんのわずかの時間。すぐに。たちまち。あっという間に。
- 鶴 … 『楽府詩集』では「白」に作る。
- 鶴髪 … 鶴の羽のような白い髪。白髪のたとえ。
- 乱如糸 … 白髪が糸のようにほつれ、老女のようになる。
但看古來歌舞地
但だ看る 古来 歌舞の地
- 但看 … 見ると。見れば。「但だ看よ」とも訓読できる。こちらは「見給え」という意味になる。
- 古 … 『楽府詩集』では「舊」に作る。
- 古来 … 昔から。
- 歌舞地 … 歌と舞いで賑わっていた所。
- 古来歌舞地 … 北周の庾信(513~581)の「人に代りて往を傷む 其二」に「雑樹本唯だ金谷苑、諸花旧満つ洛陽城、正に是れ古来歌舞の処、今日看る時地の行くべき無し」(雜樹本唯金谷苑、諸花舊滿洛陽城、正是古來歌舞處、今日看時無地行)とある。
惟有黄昏鳥雀悲
惟だ黄昏 鳥雀の悲しむ有るのみ
- 黄昏 … たそがれ。夕方
- 鳥雀 … 雀などの小鳥。
- 悲 … 悲しげにさえずるばかりだ。『文苑英華』では「飛」に作り、「一作悲」とある。
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