三略 上略
01 夫主將之法、務攬英雄之心、賞禄有功、通志於衆。故與衆同好靡不成、與衆同惡靡不傾。治國安家、得人也。亡國破家、失人也。含氣之類、咸願得其志。
夫れ主将の法は、務めて英雄の心を攬り、有功を賞禄し、志を衆に通ず。故に衆と好みを同じうすれば、成らざるは靡く、衆と悪しみを同じうすれば、傾かざるは靡し。国を治め家を安んずるは、人を得ればなり。国を亡ぼし家を破るは、人を失えばなり。含気の類、咸く其の志を得んことを願う。
- ウィキソース「三略」参照。
- 主将 … 全軍の総大将。
- 法 … 心得。底本では「灋」に作るが、『直解』に従い改めた。「灋」は「法」の本字。
- 攬 … (多くの人の心を)集めてとらえること。収攬。底本では「擥」に作るが、『直解』に従い改めた。「擥」は「攬」の本字。
- 有功 … 手柄があること。
- 賞禄 … 褒美として賞金や俸禄を与えること。
- 通志於衆 … 自分の意思を部下たちに周知させる。
- 与衆同好靡不成 … 部下と好みを一致させれば、成功しないことはない。
- 靡 … 「なし」と読み、「ない」と訳す。否定の意を示す。「無」とほぼ同じ。
- 与衆同悪靡不傾 … 部下の憎むところを一致させれば、心をこちらに寄せないものはない。
02 軍讖曰、柔能制剛、弱能制強。柔者徳也、剛者賊也。弱者人之所助、強者怨之所攻。柔有所設、剛有所施、弱有所用、強有所加。兼此四者、而制其冝。
軍讖に曰く、柔は能く剛を制し、弱は能く強を制す、と。柔は徳なり、剛は賊なり。弱は人の助くる所、強は怨みの攻むる所なり。柔は設くる所あり、剛は施す所あり、弱は用うる所あり、強は加うる所あり。此の四つの者を兼ねて、其の宜しきを制す。
- 軍讖 … 兵法の書。軍の勝敗を予言的に述べたもの。「讖」は、予言めいた言葉。
端末未見、人莫能知。天地神明、與物推移、變動無常。因敵轉化、不爲事先、動而輒隨。故能圖制無疆。扶成天威、康正八極、密定九夷。如此謀者爲帝王師。
端末未だ見れずんば、人能く知る莫し。天地は神明にして、物と推移し、変動して常無し。敵に因って転化し、事の先と為らず、動けば輒ち随う。故に能く無疆を図り制て、天威を扶け成し、八極を康正し、九夷を密定す。此の如く謀る者は、帝王の師たり。
- 康 … 底本では「」に作るが、『直解』に従い改めた。
03 故曰、莫不貪強、鮮能守微。若能守微、乃保其生。聖人存之以應事機。舒之彌四海、巻之不盈懷、居之不以室宅、守之不以城郭、藏之胸臆而敵國服。
故に曰く、強を貪らざる莫く、能く微を守ること鮮なし、と。若し能く微を守らば、乃ち其の生を保たん。聖人は之を存して以て事の機に応ず。之を舒ぶれば四海に弥り、之を巻けば懐に盈たず、之を居くに室宅を以てせず、之を守るに城郭を以てせず、之を胸臆に蔵めて、敵国服す。
- 懐 … 『直解』では「抔」に作る。
04 軍讖曰、能柔能剛、其國彌光、能弱能強、其國彌彰。純柔純弱、其國必削。純剛純強、其國必亡。
軍讖に曰く、能く柔に能く剛なれば、其の国弥〻光あり、能く弱に能く強なれば、其の国弥〻彰る。純ら柔に純ら弱なれば、其の国必ず削らる。純ら剛に純ら強なれば、其の国必ず亡ぶ、と。
- 弥 … いよいよ。ますます。より一層。
夫爲國之道、恃賢與民。信賢如腹心、使民如四肢、則策無遺。所適如肢體相隨、骨節相救、天道自然、其巧無閒。
夫れ国を為むるの道は、賢と民とを恃む。賢を信ずること腹心の如く、民を使うこと四肢の如くなれば、則ち策、遺す無し。適く所、肢体相随い、骨節相救うが如く、天道の自然、其の巧、間無し。
- 肢 … 底本では「支」に作るが、『直解』に従い改めた。
05 軍國之要、察衆心施百務。危者安之、懼者歡之、叛者還之、寃者原之、訴者察之、卑者貴之、強者抑之、敵者殘之、貪者豐之、欲者使之、畏者隱之、謀者近之、讒者覆之、毀者復之、反者廢之、横者挫之、滿者損之、歸者招之、服者活之、降者脱之。
軍国の要は、衆心を察して百務を施す。危うき者は之を安んじ、懼るる者は之を歓ばし、叛く者は之を還し、冤なる者は之を原し、訴うる者は之を察し、卑しき者は之を貴くし、強き者は之を抑え、敵する者は之を残い、貪る者は之を豊かにし、欲する者は之を使い、畏るる者は之を隠し、謀る者は之を近づけ、讒する者は之を覆し、毀る者は之を復し、反する者は之を廃し、横なる者は之を挫き、満つる者は之を損じ、帰する者は之を招き、服する者は之を活かし、降る者は之を脱す。
- 活 … 底本では「居」に作るが、『直解』に従い改めた。
06 獲固守之、獲阨塞之、獲難屯之、獲城割之、獲地裂之、獲財散之。敵動伺之、敵近備之、敵強下之、敵佚去之、敵陵待之、敵暴綏之、敵悖義之、敵睦攜之。順舉挫之、因勢破之、放言過之、四網羅之。
固きを獲て之を守り、阨を獲て之を塞ぎ、難きを獲て之を屯し、城を獲て之を割き、地を獲て之を裂き、財を獲て之を散ず。敵動けば之を伺い、敵近づけば之に備え、敵強ければ之に下り、敵佚すれば之を去り、敵陵げば之を待ち、敵暴なれば之を綏んじ、敵悖れば之を義し、敵睦めば之を携す。挙に順って之を挫き、勢いに因って之を破り、言を放ちて之を過め、四もに網して之を羅む。
07 得而勿有。居而勿守。抜而勿久。立而勿取。
得て有する勿かれ。居りて守る勿かれ。抜きて久しうする勿かれ。立ちて取る勿かれ。
爲者則己、有者則士、焉知利之所在。彼爲諸侯、己爲天子。使城自保、令士自取。
為す者は則ち己、有する者は則ち士ならば、焉んぞ利の在る所を知らん。彼は諸侯たり、己は天子たり。城をして自ら保たしめ、士をして自ら取らしむ。
- 取 … 『直解』では「處」に作る。
08 世能祖祖、鮮能下下。祖祖爲親、下下爲君。下下者務耕桑、不奪其時、薄賦斂、不匱其財。罕徭役、不使其勞、則國富而家娯。然後選士以司牧之。夫所謂士者、英雄也。故曰、羅其英雄則敵國窮。英雄者國之幹、庶民者國之本。得其幹、収其本、則政行而無怨。
世能く祖を祖とすれども、能く下に下ること鮮なし。祖を祖とするは親たり、下に下るは君たり。下に下る者は耕桑を務め、其の時を奪わず、賦斂を薄くし、其の財を匱しくせず。徭役を罕にし、其れをして労せしめざれば、則ち国富みて家娯しむ。然る後に士を選んで以て之を司牧す。夫れ所謂士とは、英雄なり。故に曰く、其の英雄を羅すれば則ち敵国窮す、と。英雄は国の幹、庶民は国の本なり。其の幹を得、其の本を収むれば、則ち政行われて怨み無し。
- 娯 … 底本では「娭」に作るが、『直解』に従い改めた。
09 夫用兵之要、在崇禮而重禄。禮崇則智士至、禄重則義士輕死。故禄賢不愛財、賞功不踰時、則下力并、而敵國削。夫用人之道、尊以爵、贍以財、則士自來。接以禮、勵以義、則士死之。
夫れ兵を用うるの要は、礼を崇くして禄を重くするに在り。礼崇ければ則ち智士至り、禄重ければ則ち義士死を軽んず。故に賢を禄するに財を愛まず、功を賞するに時を踰えざれば、則ち下は力并せて、敵国は削らる。夫れ人を用うるの道は、尊ぶに爵を以てし、贍わすに財を以てすれば、則ち士自ずから来る。接するに礼を以てし、励ますに義を以てすれば、則ち士之に死す。
- 而敵国 … 『直解』には「而」の字なし。
10 夫將帥者、必與士卒同滋味、而共安危、敵乃可加。故兵有全勝、敵有全因。昔者良將之用兵、有饋簞醪者。使投諸河、與士卒同流而飮。夫一簞之醪、不能味一河之水。而三軍之士、思爲致死者、以滋味之及己也。
夫れ将帥は、必ず士卒と滋味を同じうし、安危を共にすれば、敵乃ち加う可し。故に兵、全勝有り、敵、全因有り。昔者、良将の兵を用うるや、箪醪を饋る者有り。諸を河に投ぜしめ、士卒と流れを同じうして飲む。夫れ一箪の醪は、一河の水を味すること能わず。而るに三軍の士、為に死を致さんと思うは、滋味の己に及ぶを以てなり。
11 軍讖曰、軍井未達、將不言渇。軍幕未辦、將不言倦。軍竈未炊、將不言飢。冬不服裘、夏不操扇、雨不張蓋。是謂將禮。與之安、與之危。故其衆可合而不可離。可用而不可疲。以其恩素蓄、謀素合也。故曰、蓄恩不倦、以一取萬。
軍讖に曰く、軍井未だ達せざれば、将渇けるを言わず。軍幕未だ弁ぜざれば、将倦めるを言わず。軍竈未だ炊がざれば、将飢うるを言わず。冬は裘を服せず、夏は扇を操らず、雨にも蓋を張らず。是れを将の礼と謂う、と。之と安くし、之と危うくす。故に其の衆合す可くして離る可からず。用う可くして疲る可からず。其の恩素より蓄え、謀素より合するを以てなり。故に曰く、恩を蓄えて倦まざれば、一を以て万を取る、と。
- 謀素合也 … 「合」は、底本では「和」に作るが、『直解』に従い改めた。
12 軍讖曰、將之所以爲威者、號令也。戰之所以全勝者、軍政也。士之所以輕戰者、用命也。故將無還令、賞罰必信、如天如地、乃可御人。士卒用命、乃可越境。
軍讖に曰く、将の威を為す所以は、号令なり。戦いの全く勝つ所以は、軍政なり。士の戦いを軽んずる所以は、命を用うればなり、と。故に将は令を還す無く、賞罰は必ず信にして、天の如く地の如くなれば、乃ち人を御す可し。士卒命を用うれば、乃ち境を越ゆ可し。
- 御 … 『直解』では「使」に作る。
13 夫統軍持勢者、將也。制勝敗敵者、衆也。故亂將不可使保軍、乖衆不可使伐人。攻城不可抜、圖邑則不廢。二者無功、則士力疲敝。士力疲敝、則將孤衆悖。以守則不固、以戰則奔北。是謂老兵。兵老則將威不行。將無威則士卒輕刑。士卒輕刑則軍失伍。軍失伍則士卒逃亡。士卒逃亡則敵乗利。敵乗利則軍必喪。
夫れ軍を統べ、勢いを持する者は、将なり。勝ちを制し敵を敗る者は、衆なり。故に乱将は軍を保たしむ可からず、乖衆は人を伐たしむ可からず。城を攻むれば抜く可からず、邑を図れば則ち廃せず。二者功無くんば、則ち士力疲敝す。士力疲敝すれば、則ち将孤にして衆悖る。以て守れば則ち固からず、以て戦えば則ち奔り北ぐ。是れを老兵と謂う。兵老るれば則ち将の威行われず。将、威無ければ則ち士卒刑を軽んず。士卒刑を軽んずれば則ち軍、伍を失う。軍、伍を失えば則ち士卒逃亡す。士卒逃亡すれば則ち敵、利に乗ず。敵、利に乗ずれば、則ち軍必ず喪ぶ。
- 敗 … 底本では「破」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 不可抜 … 底本では「則不抜」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 敝 … 底本では「」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 悖 … 底本では「」に作るが、『直解』に従い改めた。
14 軍讖曰、良將之統軍也、恕己而治人。推惠施恩、士力日新。戰如風發、攻如河决。故其衆可望而不可當、可下而不可勝。以身先人、故其兵爲天下雄。軍讖曰、軍以賞爲表、以罰爲裏。賞罰明則將威行。官人得則士卒服。所任賢則敵國震。
軍讖に曰く、良将の軍を統ぶるや、己を恕りて人を治む、と。恵を推し恩を施せば、士の力、日に新たなり。戦うこと風の発するが如く、攻むること河の決するが如し。故に其の衆望む可くして当る可からず、下る可くして勝つ可からず。身を以て人に先んず、故に其の兵、天下の雄と為る。軍讖に曰く、軍は賞を以て表と為し、罰を以て裏と為す、と。賞罰明らかなれば則ち将の威行わる。官人得れば則ち士卒服す。任ずる所賢なれば則ち敵国震う。
- 震 … 『直解』では「畏」に作る。
15 軍讖曰、賢者所適、其前無敵。故士可下而不可驕、將可樂而不可憂。謀可深而不可疑。士驕則下不順。將憂則内外不相信。謀疑則敵國奮。以此攻伐則致亂。夫將者國之命也。將能制勝則國家安定。
軍讖に曰く、賢者の適く所は、其の前に敵無し、と。故に士には下る可くして驕る可からず、将は楽しましむ可くして憂えしむ可からず。謀は深かる可くして疑う可からず。士に驕れば則ち下順わず。将憂うれば則ち内外相信ぜず。謀疑わば則ち敵国奮う。此を以て攻伐すれば則ち乱を致す。夫れ将は国の命なり。将能く勝を制すれば、則ち国家安定す。
- 國之命 … 『直解』では「國家之命」に作る。
軍讖曰、將能清能静、能平能整、能受諫、能聽訟、能納人、能採言、能知國俗、能圖山川、能表險難、能制軍權。
軍讖に曰く、将は能く清く能く静かに、能く平かに能く整い、能く諫めを受け、能く訟えを聴き、能く人を納れ、能く言を採り、能く国俗を知り、能く山川を図り、能く険難を表し、能く軍権を制す、と。
16 故曰、仁賢之智、聖明之慮、負薪之言、廊廟之語、興衰之事、將所宜聞。將者、能思士如渇、則策從焉。夫將拒諫、則英雄散。策不從、則謀士叛。善惡同、則功臣倦。專己、則下歸咎。自伐、則下少功。信讒、則衆離心。貪財、則姦不禁。内顧、則士卒淫。將有一、則衆不服。有二、則軍無式。有三、則下奔北。有四、則禍及國。
故に曰く、仁賢の智、聖明の慮、負薪の言、廊廟の語、興衰の事は、将の宜しく聞くべき所なり。将たる者、能く士を思うこと渇するが如くなれば、則ち策従う。夫れ将、諫めを拒まば、則ち英雄散ず。策従わざれば、則ち謀士叛く。善悪同じければ、則ち功臣倦む。己を専らにすれば、則ち下、咎を帰す。自ら伐れば、則ち下、功少し。讒を信ずれば、則ち衆、心を離す。財を貪れば、則ち姦、禁ぜず。内顧すれば、則ち士卒淫す。将に一有れば、則ち衆、服せず。二有れば、則ち軍に式無し。三有れば、則ち下、奔り北ぐ。四有れば、則ち禍、国に及ぶ。
- 姦 … 『直解』では「奸」に作る。
17 軍讖曰、將謀欲密、士衆欲一、攻敵欲疾。將謀密、則姦心閉。士衆一、則軍心結。攻敵疾則備不及設。軍有此三者、則計不奪。將謀泄、則軍無勢。外闚内、則禍不制。財入營、則衆姦會。將有此三者、軍必敗。將無慮、則謀士去、將無勇、則士卒恐。將妄動、則軍不重。將遷怒、則一軍懼。軍讖曰、慮也、勇也、將之所重。動也、怒也、將之所用。此四者、將之明誡也。
軍讖に曰く、将の謀は密なるを欲し、士衆は一なるを欲し、敵を攻むるには疾きを欲す、と。将の謀密なれば、則ち姦心閉ず。士衆一なれば、則ち軍心結ぶ。敵を攻むるに疾ければ、則ち備え設くるに及ばず。軍に此の三者有れば、則ち計奪われず。将の謀泄るれば、則ち軍に勢い無し。外、内を闚えば、則ち禍制せられず。財、営に入れば、則ち衆姦会る。将に此の三者有れば、軍必ず敗る。将に慮り無ければ、則ち謀士去り、将に勇無ければ、則ち士卒恐る。将妄りに動けば、則ち軍重からず。将、怒りを遷せば、則ち一軍懼る。軍讖に曰く、慮や、勇や、将の重んずる所なり。動や、怒や、将の用うる所なり、と。此の四つの者は、将の明誡なり。
- 姦 … 『直解』では「奸」に作る。
軍讖曰、軍無財、士不來。軍無賞、士不往。軍讖曰、香餌之下、必有死魚、重賞之下、必有勇夫。故禮者士之所歸、賞者士之所死。招其所歸、示其所死、則所求者至。故禮而後悔者、士不止、賞而後悔者、士不使。禮賞不倦、則士爭死。
軍讖に曰く、軍に財な無ければ、士来らず。軍に賞無ければ、士往かず、と。軍讖に曰く、香餌の下には、必ず死魚有り、重賞の下には、必ず勇夫有り、と。故に礼は士の帰する所、賞は士の死する所なり。其の帰する所を招き、其の死する所を示せば、則ち求むる所の者至る。故に礼して後に悔ゆる者には、士止まらず、賞して後に悔ゆる者には、士使われず。礼賞倦まざれば、則ち士争いて死す。
- 死魚 … 底本では「懸魚」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 勇 … 底本では「死」に作るが、『直解』に従い改めた。
軍讖曰、興師之國、務先隆恩。攻取之國、務先養民。以寡勝衆者恩也。以弱勝強者民也。故良將之養士、不易於身。故能使三軍如一心、則其勝可全。
軍讖に曰く、師を興すの国は、務めて先ず恩を隆んにす。攻め取るの国は、務めて先ず民を養う。寡を以て衆に勝つ者は恩なり。弱を以て強に勝つ者は民なり、と。故に良将の士を養うや、身に易えず。故に能く三軍をして一心の如くならしむれば、則ち其の勝全かる可し。
18 軍讖曰、用兵之要、必先察敵情、視其倉庫、度其糧食、卜其強弱、察其天地、伺其空隙。故國無軍旅之難、而運糧者虚也。民菜色者窮也。千里饋糧、士有飢色。樵蘇後爨、師不宿飽。夫運糧千里、無一年之食。二千里、無二年之食。三千里、無三年之食。是謂國虚。國虚則民貧。民貧則上下不親。敵攻其外、民盗其内。是謂必潰。
軍讖に曰く、兵を用うるの要は、必ず先ず敵情を察し、其の倉庫を視、其の糧食を度り、其の強弱を卜し、其の天地を察し、其の空隙を伺う、と。故に国に軍旅の難無くして、糧を運ぶ者は虚なり。民に菜色ある者は窮するなり。千里に糧を饋れば、士に飢色有り。樵蘇して後に爨げば、師、宿飽せず。夫れ糧を運ぶこと千里なれば、一年の食無し。二千里なれば、二年の食無し。三千里なれば、三年の食無し。是れを国虚しと謂う。国虚しければ、則ち民貧し。民貧しければ、則ち上下親しまず。敵其の外を攻め、民其の内を盗む。是れを必ず潰ゆと謂う。
- 士 … 底本では「民」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 運糧千里 … 底本では「運糧百里」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 二千里 … 底本では「二百里」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 三千里 … 底本では「三百里」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 是謂國虚 … 底本には「謂」の字はないが、『直解』にあるので補った。
19 軍讖曰、上行虐則下急刻。賦重斂數、刑罰無極、民相殘賊。是謂亡國。軍讖曰、内貪外廉、詐譽取名、竊公爲恩、令上下昏、飾躬正顔、以獲高官。是謂盗端。軍讖曰、羣吏朋黨、各進所親、招舉姦枉、抑挫仁賢、背公立私、同位相訕。是謂亂源。軍讖曰、強宗聚姦、無位而尊、威無不震、葛藟相連、種徳立恩、奪在位權、侵侮下民。國内譁諠、臣蔽不言。是謂亂根。
軍讖に曰く、上、虐を行えば、則ち下、急刻なり。賦重く斂数〻にして、刑罰極まり無ければ、民、相残賊す。是れを亡国と謂う、と。軍讖に曰く、内に貪り外に廉に、誉を詐り名を取り、公を窃みて恩を為し、上下をして昏からしめ、躬を飾り顔を正し、以て高官を獲る。是れを盗の端と謂う、と。軍讖に曰く、群吏朋党し、各〻親しむ所を進め、姦枉を招き挙げ、仁賢を抑え挫き、公に背き私を立て、同位相訕る。是れを乱の源と謂う、と。軍讖に曰く、強宗聚り姦し、位無くして尊く、威震わざる無く、葛藟のごとく相連なり、徳を種え恩を立て、在位の権を奪い、下民を侵し侮る。国内譁諠するも、臣蔽して言わず。是れを乱の根と謂う、と。
- 賦重斂數 … 底本では「賦斂重數」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 姦 … 『直解』では「奸」に作る。
20 軍讖曰、世世作姦、侵盗縣官、進退求便、委曲弄文、以危其君。是謂國姦。
軍讖に曰く、世世姦を作し、県官を侵し盗み、進退して便を求め、委曲して文を弄し、以て其の君を危うくす。是れを国姦と謂う、と。
- 姦 … 『直解』では「奸」に作る。
軍讖曰、吏多民寡、尊卑相若、強弱相虜、莫適禁禦、延及君子、國受其害。
軍讖に曰く、吏多くして民寡なく、尊卑相若き、強弱相虜めて、適に禁禦する莫く、延きて君子に及べば、国其の害を受く、と。
- 害 … 底本では「咎」に作るが、『直解』に従い改めた。
軍讖曰、善善不進、惡惡不退、賢者隱蔽、不肖在位、國受其害。軍讖曰、枝葉強大、比周居勢、卑賤陵貴、久而益大、上不忍廢、國受其敗。
軍讖に曰く、善を善として進めず、悪を悪として退けず、賢者は隠蔽し、不肖位に在れば、国其の害を受く、と。軍讖に曰く、枝葉強大にして、比周、勢いに居り、卑賤、貴を陵ぎ、久しくして益〻大なれども、上、廃するに忍びざれば、国其の敗を受く、と。
21 軍讖曰、佞臣在上、一軍皆訟。引威自與、動違於衆、無進無退、苟然取容、專任自己、舉措伐功。誹謗盛徳、誣述庸庸、無善無惡、皆與己同。稽留行事、命令不通。造作苛政、變古易常。君用佞人、必受禍殃。
軍讖に曰く、佞臣、上に在れば、一軍は皆訟う。威を引きて自ら与し、動きて衆に違い、進む無く退く無く、苟然として容を取り、専ら自己に任せ、挙措、功を伐る。盛徳を誹謗し、庸庸を誣述し、善と無く悪と無く、皆己と同じうす。行事を稽留し、命令通ぜず。苛政を造作し、古を変え常を易う。君、佞人を用うれば、必ず禍殃を受く、と。
軍讖曰、姦雄相稱、障蔽主明、毀譽並興、壅塞主聦。各阿所私、令主失忠。故主察異言、乃覩其萌。主聘儒賢、姦雄乃遯。主任舊齒、萬事乃理。主聘巖穴、士乃得實。謀及負薪、功乃可述。不失人心、徳乃洋溢。
軍讖に曰く、姦雄相称して、主の明を障蔽し、毀誉並び興り、主の聡を壅塞す。各〻私する所に阿り、主をして忠を失わしむ、と。故に主、異言を察すれば、乃ち其の萌を覩る。主、儒賢を聘すれば、姦雄乃ち遯る。主、旧歯に任ずれば、万事乃ち理まる。主、巌穴を聘すれば、士乃ち実を得。謀ること負薪に及べば、功乃ち述ぶ可し。人心を失わざれば、徳乃ち洋溢す、と。
- 姦 … 『直解』では「奸」に作る。
- 私 … 底本では「似」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 遯 … 『直解』では「遷」に作る。
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