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郷党第十 9 席不正不坐章

244(10-09)
席不正、不坐。
せきただしからざれば、せず。
現代語訳
  • しき物がゆがんでいると、すわらない。(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 座席の敷物がまがったりしているとすわらない。キチンとなおしてすわる。(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 座席のしき物がゆがんだり曲がったりしたままでは坐られない。(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 席 … 敷物。
  • 不正 … 正しく敷いていない。曲がっている。
  • 不坐 … 坐らない。
補説
  • 『集解』には、この章の注なし。
  • 席 … 『説文解字』巻七下、巾部に「席は、籍なり」(席、籍也)とある。籍は、下に敷くの意。藉と同義。ウィキソース「說文解字/13」参照。
  • 席不正、不坐 … 『義疏』に「旧説に云う、之をくにあまねく正しからざれば、則ち之に坐せざるなり。故に范寧曰く、席を正しくするは、恭敬する所以なり、と。或ひと云う、礼に言う所の如し。諸侯の席は三重、大夫は再重、是れ各〻其の正しく者有るなり、と」(舊說云、鋪之不周正、則不坐之也。故范寧曰、正席所以恭敬也。或云、如禮所言。諸侯之席三重、大夫再重、是各有其正者也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に引く謝良佐の注に「聖人の心は正しきに安んず。故に位の正しからざる者に於いては、小なりと雖もらず」(聖人心安於正。故於位之不正者、雖小不處)とある。また劉宝楠『論語正義』に「知る可し、凡そ坐する時、皆席を正すの礼有り。夫子は席の不正なる者に於いては、必ず之を正して、而る後坐するなり」(可知凡坐時、皆有正席之禮。夫子於席之不正者、必正之而後坐也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 伊藤仁斎『論語古義』は第九章から第十二章までを一章と見做し、「右は孔子平生家に居るの雑儀を記す」(右記孔子平生居家之雜儀)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「是れ恐らくは斎時の礼、或いは錯簡或いは脱字のみ。何となれば、下文明らかに君食を賜うときは必ず席を正しうして先ず之をむと言う。是れ亦た席正しからざるの時有るなり。且つ宗廟朝廷に在っては、則ち豈に席正しからざる者有らんや」(是恐齋時之禮、或錯簡或脱字耳。何則、下文明言君賜食必正席先嘗之。是亦有席不正之時也。且在宗廟朝廷、則豈有席不正者乎)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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