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公冶長第五 16 子曰晏平仲章

108(05-16)
子曰、晏平仲善與人交。久而敬之。
いわく、あんぺいちゅうひとまじわる。ひさしくしてこれけいす。
現代語訳
  • 先生 ――「晏平仲(アンペイチュウ)は、人とよく交際し、なじんでもスレなかった。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がおっしゃるよう、「晏平仲は人と交際する道を心得ていた。交際が久しくなると、れすぎて敬意が薄らぐものだが、彼にはそのこころやすての失礼がなかった。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    あんぺいちゅうは交際の道をよく心得ている人である。どんなに久しく交際している人に対してもれて敬意を失うことがない」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 晏平仲 … 前578~前500。斉の名臣。姓はあん、名はえい、仲はあざな、平はおくりな。尊称は晏子。言行を記したものが『晏子春秋』。ウィキペディア【晏嬰】参照。
  • 交 … 人との交際。
  • 久而敬之 … 「久而人敬之」に作るテキストもある。この場合、「久しくしてひとこれを敬す」と読み、他人が晏平仲を敬ったことになる。
補説
  • 晏平仲 … 『史記』晏嬰伝に「晏平仲嬰は、らい夷維いいの人なり。斉の霊公・荘公・景公に事え、節倹力行を以て斉に重んぜらる」(晏平仲嬰者、萊之夷維人也。事齊靈公莊公景公、以節儉力行重於齊)とある。ウィキソース「史記/卷062」参照。また『集解』に引く周生烈の注に「斉の大夫、晏は姓なり。平は諡なり。名はえいなり」(齊大夫、晏姓也。平諡也。名嬰也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「晏平仲は、斉の大夫、名は嬰」(晏平仲、齊大夫、名嬰)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 善与人交 … 『義疏』に「言うこころは晏平仲、人と交わり結ぶに善有るなり」(言晏平仲與人交結有善也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 久而敬之 … 『義疏』では「久而人敬之」に作り、「此れ善く交わるのしるしなり。凡そ人の交わりは絶ち易し。而るに平仲の交わりは、久しうして人愈〻之を敬するなり」(此善交之驗也。凡人交易絶。而平仲交、久而人愈敬之也)とある。
  • 『集注』に引く程頤の注に「人交わりて久しければ則ち敬衰う。久しくして能く敬すは、善と為す所以なり」(人交久則敬衰。久而能敬、所以爲善)とある。
  • 宮崎市定は原文を「久而人敬之」とし、「晏平仲は交際の妙諦を知った人だ。長い付きあいの人ほど彼を尊敬した」と訳している(『論語の新研究』210頁)。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「論に曰く、中庸は、天下の至難なり。蓋し天下行い難きの事を行うに在らずして、乃ち能く平常行い易きの事を行いて、始終衰えざるに在り。故に曰く、中庸は能くす可からず、と。苟くも此を知れば、則ち晏氏の行い及ぶ可からざることを識らん」(論曰、中庸者、天下之至難也。蓋不在於行天下難行之事、而乃在於能行平常易行之事、始終不衰。故曰、中庸不可能也。苟知此、則識晏氏之行不可及也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「皇侃本に、久しくして之を敬すを、久しくして人之を敬すに作る。其の疏に曰く、此れ善く交わるのしるしなり。交わること久しくして人愈〻いよいよ之を敬するなり、と。邢昺けいへいの本に、人の字無きは、なり。蓋し久しくして平仲之を敬す、豈に之を善く人と交わると謂う可けんや」(皇侃本、久而敬之、作久而人敬之。其疏曰、此善交之験也。交久而人愈敬之也。邢昺本、無人字、非矣。蓋久而平仲敬之、豈可謂之善與人交乎)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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