為政第二 9 子曰吾與回言終日章
025(02-09)
子曰、吾與回言終日、不違如愚。退而省其私、亦足以發。回也不愚。
子曰、吾與回言終日、不違如愚。退而省其私、亦足以發。回也不愚。
子曰く、吾、回と言うこと終日、違わざること愚なるが如し。退きて其の私を省みれば、亦た以て発するに足る。回や愚ならず。
現代語訳
- 先生 ――「回くんと話してると、一日中ハイハイでバカみたいだが…。あとで実情を見ていると、けっこう教えられる。回くんはバカじゃない。」(魚返善雄『論語新訳』)
- 孔子様がおっしゃるよう、「回と一日話をしていても、ただハイハイと聴いているだけで、質問もせず議論もせず、わかったのかわからないのか、マルデばかみたようだ。しかしひるがえってその私生活を観察すると、このわしをなるほどと啓発するようなところがある。どうしてばかどころではない。」(穂積重遠『新訳論語』)
- 先師がいわれた。――
「回と終日話していても、彼は私のいうことをただおとなしくきいているだけで、まるで馬鹿のようだ。ところが彼自身の生活を見ると、あべこべに私の方が教えられるところが多い。回という人間は決して馬鹿ではないのだ」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
- 回 … 前521~前490。孔子の第一の弟子。姓は顔、名は回。字が子淵であるので顔淵とも呼ばれた。魯の人。徳行第一といわれた。孔子より三十歳年少。早世し孔子を大いに嘆かせた。なお、「回」の字は「囘」に作るテキストもある。こちらは旧字ではなく異体字。ウィキペディア【顔回】参照。
- 与回 … 回と。与は「~と」と読み、「~と」と訳す。
- 終日 … 一日じゅう。
- 不違 … 孔子の言われたことに逆らわない。意見を異にしない。
- 如愚 … 一見するところ馬鹿のようである。
- 退 … 顔回が孔子の前をしりぞく。孔子がしりぞくという説もある。
- 省 … 観察する。
- 其 … 顔回を指す。
- 私 … 私生活。ひとりでくつろいでいるときや、他の弟子たちといっしょにいるとき。また荻生徂徠は「私語」の意であるという。詳しくは「補説」参照。
- 足以 … 十分できる。
- 発 … 発明させる(何かを思いあたらせる)。また「啓発する」と解釈する説もある。
- 回也 … ここの「也」は文末にくる「也」とは違い、文中の名詞(人名)の下にくる場合は、「也」を「者」(助字の「は」)に置き換えて解釈することができる。「回者不愚」(回は愚ならず)という意味になる。詳しくは『漢文法基礎』(講談社学術文庫)210~213頁参照。
補説
- 『注疏』に「此の章は顔淵の徳を美むるなり」(此章美顏淵之德)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 回(顔回) … 『史記』仲尼弟子列伝に「顔回は、魯の人なり。字は子淵。孔子よりも少きこと三十歳」(顏回者、魯人也。字子淵。少孔子三十歳)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。また『孔子家語』七十二弟子解に「顔回は魯人、字は子淵。孔子より少きこと三十歳。年二十九にして髪白く、三十一にして早く死す。孔子曰く、吾に回有りてより、門人日〻益〻親しむ、と。回、徳行を以て名を著す。孔子其の仁なるを称う」(顏回魯人、字子淵。少孔子三十歳。年二十九而髮白、三十一早死。孔子曰、自吾有回、門人日益親。回以德行著名。孔子稱其仁焉)とある。ウィキソース「家語 (四庫全書本)/卷09」参照。
- 吾与回言終日 … 『集解』に引く孔安国の注に「回は、弟子なり。姓は顔、字は子淵、魯人なり」(回、弟子也。姓顏、字子淵、魯人也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「回は、弟子の顔淵なり」(回、弟子顏淵也)とある。また『集注』に「回は、孔子の弟子、姓は顔、字は子淵」(回、孔子弟子、姓顏、字子淵)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 不違如愚 … 『集解』に引く孔安国の注に「違わずとは、恠しみて孔子の言に問う所無し。黙して之を識るは、愚の如きなり」(不違者、無所恠問於孔子言。黙而識之、如愚也)とある。また『義疏』に「此の章は顔淵の徳を美とするなり。回とは、顔淵の名なり。愚とは、達せざるの称なり。形器より以上、之に名づけて無と為す。聖人の体する所なり。形器より以還、之に名づけて有と為す。賢人の体する所なり。今、孔子終日言う所、即ち形器に入る。故に顔子聞きて即解し、諮問する所無し。故に我が道を起発せず。故に終日違わずと言うなり。一往回を観れば終日黙識して問わず、殊に愚魯に似たり、故に愚なるが如しと云うなり」(此章美顏淵之德也。回者顏淵名也。愚者不達之稱也。自形器以上、名之爲無。聖人所體也。自形器以還、名之爲有。賢人所體也。今孔子終日所言、即入於形器。故顏子聞而即解、無所諮問。故不起發我道。故言終日不違也。一往觀回終日默識不問、殊似於愚魯、故云如愚也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「違は、猶お怪しみ問うがごときなり。愚は、無智の称なり。孔子言う、我れ回と言いて、一日を終竟するも、亦た我の言を怪しみ問う所無く、黙して之を識ること、無知の愚人の如きなり」(違、猶怪問也。愚、無智之稱。孔子言、我與回言、終竟一日、亦無所怪問於我之言、默而識之、如無知之愚人也)とある。また『集注』に「違わずとは、意相背かず、聴受有りて問難無きなり」(不違者、意不相背、有聽受而無問難也)とある。
- 退而省其私、亦足以発。回也不愚 … 『集解』に引く孔安国の注に「其の退還して、二三子と道義を説釈し、大体を発明するを察すれば、其の愚ならざるを知るなり」(察其退還、與二三子說釋道義、發明大體、知其不愚也)とある。また『義疏』に「退は、回の聴受して已に竟わり、其の私房に退き還る時を謂うなり。省は、視なり。其の私は、顔の私と、諸朋友の談論とを謂うなり。発は、義理を発明するなり。回の人衆に就きて講説するを言う。回の問わざるを見れば、愚人に似たるが如し。今、回の私房に退き還えるを視、諸子と前義を覆述するに、亦た義理の大体を発明するに足れば、故に方に回の愚ならざるを知るなり」(退、謂回聽受已竟、退還其私房時也。省視也。其私謂顏私與諸朋友談論也。發、發明義理也。言回就人衆講説。見回不問、如似愚人。今視回退還私房、與諸子覆述前義、亦足發明義理之大體、故方知回之不愚也)とある。また『注疏』に「言うこころは回の既に退き還り、而して其の私室に在りて二三子と道義を説釈するを省察するに、亦た以て大体を発明するに足れば、乃ち其の回や愚ならざるを知る」(言回既退還、而省察其在私室與二三子説釋道義、亦足以發明大體、乃知其回也不愚)とある。また『集注』に「私は、燕居独処を謂い、進見請問の時に非ず。発するは、言う所の理を発明するを謂う」(私、謂燕居獨處、非進見請問之時。發、謂發明所言之理)とある。
- 回也不愚 … 『義疏』では「回也不愚也」に作る。
- 『集注』に「愚之を師に聞けり。曰く、顔子は深潜純粋、其の聖人に於いて、体段已に具わる。其の夫子の言を聞くや、黙識心融し、触処洞然として、自ら条理有り。故に終日言いて、但だ其の違わざること愚人の如きを見るのみ。退きて其の私を省るに及んでは、則ち其の日用動静語黙の間、皆以て夫子の道を発明するに足り、坦然として之に由りて疑うこと無きを見る。然る後に其の愚ならざるを知るなり」(愚聞之師。曰、顏子深潛純粹、其於聖人、體段已具。其聞夫子之言、默識心融、觸處洞然、自有條理。故終日言、但見其不違如愚人而已。及退省其私、則見其日用動靜語默之間、皆足以發明夫子之道、坦然由之而無疑。然後知其不愚也)とある。師は、李侗(延平)を指す。ウィキペディア【李侗 (南宋)】参照。
- 伊藤仁斎『論語古義』に「此れ夫子、顔子聡明を事とせず、深造玅契、常人の能く及ぶ所に非ざるを称するなり。……智にして見る可からざるは、乃ち是れ智の最も深き者なり。諸を譬うるに川流の浅きは、其の勢いは駛く漲ると雖も、猶お或いは渉る可し。淵海の深きは、汪洋乎として測る可からざるなり。所謂愚なるが如きとは、是れなり。智を去り聖を絶ち、昏黙愚を守るの謂に非ず。其の聡明を事とせざるは、是れ其の智の愈〻深き所以なり」(此夫子稱顏子不事聰明、深造玅契、非常人之所能及也。……智而不可見、乃是智之最深者也。譬諸川流之淺、雖其勢駛漲、猶或可渉。淵海之深、汪洋乎不可測也。所謂如愚者、是也。非去智絕聖、昏默守愚之謂。其不事聰明、是其智之所以愈深也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 荻生徂徠『論語徴』に「夫れ学問の道は、一意に先王の教えに従事し、而して其の智力を用いず、以て油然として生ずるを俟つ。……顔子は穎悟なりと雖も、然も学問の道本然るなり。学を好むの至りに非ずんば、何を以て能く一意に夫子の教えに従事せんや。故に其の穎悟を称して其の好学を称せざる者は、聖人の言を信ぜざる者なり。……孔安国は以て顔子の退去せしの後、孔子の其の嘗て二三子と私語せし者を察すと為す。極めて穏当と為す。何則、私の私語たるは、左伝に見ゆ。……発は、憤悱啓発の発の如し」(夫學問之道、一意從事先王之教、而不用其智力、以俟油然生焉。……顏子雖穎悟、然學問之道本然矣。非好學之至、何以能一意從事夫子之教乎。故稱其穎悟而不稱其好學者、不信聖人之言者也。……孔安國以爲顏子退去之後、孔子察其嘗與二三子私語者。極爲穩當。何則、私爲私語、見左傳。……發、如憤悱啓發之發)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
こちらの章もオススメ!
学而第一 | 為政第二 |
八佾第三 | 里仁第四 |
公冶長第五 | 雍也第六 |
述而第七 | 泰伯第八 |
子罕第九 | 郷党第十 |
先進第十一 | 顔淵第十二 |
子路第十三 | 憲問第十四 |
衛霊公第十五 | 季氏第十六 |
陽貨第十七 | 微子第十八 |
子張第十九 | 堯曰第二十 |