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伊州歌二首其一(無名氏)

伊州歌二首其一
伊(い)州(しゅう)歌(か)二(に)首(しゅ) 其(そ)の一(いち)
無(む)名(めい)氏(し)
  • ウィキソース「全唐詩/卷027」「樂府詩集/079卷」参照。
  • この詩は、出征した夫を思う妻の嘆きを詠んだもの。
  • 詩題 … 楽府題の一つ。『楽府詩集』巻七十九に「楽苑に曰く、伊州は、商調曲、西京(西涼の誤り)の節度蓋(がい)嘉(か)運(うん)の進むる所なり、と」(樂苑曰、伊州、商調曲、西京節度蓋嘉運所進也)とある。ウィキソース「樂府詩集/079卷」参照。伊州は、現在の新疆ウイグル自治区クムル市(哈密(ハミ)市)一帯を指す。ウィキペディア【クムル市】参照。『全唐詩』『楽府詩集』では「伊州歌五首第三」に作る。『万首唐人絶句』では蓋嘉運の作とし、「伊川歌五首其一」に作る。なお、この詩は初唐の沈佺期「雑詩」と題する五言律詩(『唐詩三百首』所収、『全唐詩』巻九十六では「雑詩三首其三」)の前半四句とほぼ同じである。字句の異同は「黄花」が「黄龍」、「偏照」が「長在」となっているだけである。ウィキソース「全唐詩/卷096」「雜詩 (沈佺期)」参照。
聞道黃花戍
聞(きく)道(な)らく 黄(こう)花(か)の戍(じゅ)
  • 聞道 … 「きくならく」と読み、「聞くところによれば」「聞けば」と訳す。「聞説」とも書く。南朝陳の江総「秋日新(しん)寵(ちょう)の美人 応令(おうれい)」詩(『古詩紀』巻一百十五)に「聞(きく)道(な)らく 艶歌は時に調べを易(か)う」(聞道艶歌時易調)とある。新寵は、新たに迎えた女性。応令は、皇太子や皇子の命令によって作られた詩文。ちなみに天子の場合は、応制。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷115」参照。また、北周の庾信の詩「詠懐に擬す二十七首」の第十七首に「聞(きく)道(な)らく 楼船(ろうせん)戦いて、今年囲(かこ)みを解かずと」(聞道樓船戰、今年不解圍)とある。楼船は、楼船兵を統率する役職名。楼船将軍。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷125」参照。
  • 黄花戍 … 伊州の近くにあった黄花という要塞(では)。戍は、守備兵の陣屋。黄花の戍は二箇所ある。一つ目は平州北平郡(現在の河北省秦皇島市)にあるもの。『新唐書』地理志、平州の条に「平州の北平郡に、……黄花、紫蒙、白狼、昌黎、遼西等、十二の戍有り」(平州北平郡、……有……黄花、紫蒙、白狼、昌黎、遼西等、十二戍)とある。ウィキソース「新唐書/卷039」参照。もう一つは伊州(現在の新疆ウイグル自治区哈密(ハミ)市)にあるもの。『唐詩集註』蒋一葵の注に「伊州伊吾郡は隴右道に属す。貞観の初め、伊吾城主、七城を挙げて来降す。因りて其の地を列して伊西州と為し、黄花戍を置く」(伊州伊吾郡屬隴右道。貞觀初、伊吾城主舉七城來降。因列其地爲伊西州置黃花戍)とある。『唐詩集註』巻六(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。ここでは、題名から後者を指す。
頻年不解兵
頻年(ひんねん) 兵(へい)を解(と)かずと
  • 頻年 … 毎年ひき続いて。何年もの間。連年。『後漢書』楊終伝に「加えて以て北のかた匈奴を征し、西のかた三十六国を開き、頻年役(えき)に服して、転(てん)輸(ゆ)煩(はん)費(ぴ)す」(加以北征匈奴、西開三十六國、頻年服役、轉輸煩費)とある。役は、戦役。転輸は、物資を輸送すること。煩費は、煩わしく費用の多いこと。ウィキソース「後漢書/卷48」参照。
  • 不解兵 … 兵備を解かないままとか。兵隊を撤収させないで駐屯させたままとか。『漢書』食貨志に「王恢(おうかい)の馬(ば)邑(ゆう)を謀るに及び、匈奴和親を絶ちて、北辺を侵(しん)擾(じょう)し、兵連(つら)なって解けず、天下其の労を共にす」(及王恢謀馬邑、匈奴絶和親、侵擾北邊、兵連而不解、天下共其勞)とある。侵擾は、人の領土に侵入して、そこを乱すこと。ウィキソース「漢書/卷024下」参照。
可憐閨裏月
憐(あわ)れむ可(べ)し 閨(けい)裏(り)の月(つき)
  • 可憐 … 愛らしい。可愛らしい。いとおしい。張相『詩詞曲語辞匯釈』の「可憐(一)」の項に「可憐は、猶お可喜と云うがごとし、可愛なり」(可憐、猶云可喜也、可愛也)とある。また、南朝梁の簡文帝「戯れに麗人に贈る」詩(『玉台新詠』巻七)に「麗妲(れいだつ)と妖(よう)嬙(しょう)と、共に払う可憐の妝(しょう)」(麗妲與妖嬙、共拂可憐妝)とある。麗妲は、殷の紂王の妃、妲(だっ)己(き)。妖嬙は、越王の寵姫、毛(もう)嬙(しょう)。妝は、化粧。ウィキソース「戲贈麗人」参照。
  • 閨裏月 … 私の閨(ねや)にさし込む月は。閨は、女性の私室。裏は、中。劉宋の鮑照「双燕を詠ず」詩(『玉台新詠』巻四)に「南閨(なんけい)の裏(うち)に出入し、北堂の陲(ほとり)を経過す」(出入南閨裏、經過北堂陲)とある。北堂は、北側の座敷。婦人の部屋。ウィキソース「詠雙燕」参照。
偏照漢家營
偏(ひとえ)に照(て)らす 漢(かん)家(か)の営(えい)
  • 偏照 … ただいちずに照らす。ひたすら照らす。じっと照らす。南朝梁の王筠の詩「呉主簿に和す六首 其の三 遊望二首」(『玉台新詠』巻八)の第二首に「双(そう)眉(び)偏(ひとえ)に日に照らされ、独蕊(どくずい)好く風に縈(めぐ)らる」(雙眉偏照日、獨蕊好縈風)とある。双眉は、左右の眉。独蕊は、一輪の花。ウィキソース「遊望」参照。
  • 漢家営 … 漢の王朝の陣営(を照らしているのか)。漢家は、唐の王朝を漢代に擬して言ったもの。営は、軍営。陣営。夫のいるところを指す。後漢の蔡琰(さいえん)(一説に蔡琰に仮託したもの)の楽府「胡笳十八拍」(『楽府詩集』巻五十九、『楚辞後語』巻三)の第十二拍に「東風は律に応じて暖気多く、漢家の天子、陽和を布(し)く」(東風應律兮暖氣多、漢家天子兮布陽和)とある。ウィキソース「胡笳十八拍」「樂府詩集/059卷」「楚辭集注 (四庫全書本)/後語卷3」参照。
詩型・韻字
  • 五言絶句。
  • 兵・營(下平声庚韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二十七(排印本、中華書局、1960年)
  • 『万首唐人絶句』五言・巻二十(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)※作者:蓋嘉運、詩題:伊川歌として収録
  • 『唐詩解』巻二十四(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻四十五([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『楽府詩集』巻七十九・近代曲辞(北京図書館蔵宋刊本影印、中津濱渉『樂府詩集の研究』所収)
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