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孟城坳(裴迪)

孟城坳
孟(もう)城(じょう)坳(おう)
裴迪(はいてき)
  • ウィキソース「輞川集 (裴迪)/孟城坳」参照。
  • この詩は、王維の同題の詩に和して詠んだもの。孟城は、古城の名。坳は、窪(くぼ)み。「輞川(もうせん)二十景」の第一首。輞川(もうせん)は、長安の南郊の藍田(らんでん)(陝西省藍田県)にあった王維の別荘で、「輞川(もうせん)荘」と名づけられた。輞川荘には、二十か所の景勝の地があり、作者はこの別荘に出入りし、王維とともにそれぞれ一首ずつ唱和し、合計四十首の五言絶句の作品を作った。ちなみに王維の同題の詩は「新たに家(いえ)す 孟城の口(ほとり)、古木 衰(すい)柳(りゅう)を余(あま)せり。来者は復た誰(たれ)とか為す、空しく悲しむ 昔人(せきじん)の有るを」(新家孟城口、古木餘衰柳。來者復爲誰、空悲昔人有)。ウィキソース「輞川集 (王維)/孟城坳」参照。
  • 詩題 … 『全唐詩』では「輞川集二十首其一 孟城坳」に作る。『万首唐人絶句』では「輞川の孟城坳を賦す」(賦輞川孟城坳)に作る。
  • 裴迪 … 716~?。盛唐の詩人。関中(陝西省西安を中心とした一帯)の人。字(あざな)は不詳。安禄山の乱の後、蜀州刺史、尚書郎などになったという。王維の詩友として知られる。『全唐詩』に二十九首の詩が収められている。ウィキペディア【裴迪】(中文)参照。
結廬古城下
廬(いおり)を結(むす)ぶ 古(こ)城(じょう)の下(もと)
  • 結廬 … 草(そう)廬(ろ)(草(くさ)葺(ぶ)きの庵(いおり))を結ぶ。草庵を作ること。東晋の陶潜の詩「飲酒二十首」(『陶淵明集』巻三、『文選』巻三十では「雑詩二首其一」に作る)の第五首に「廬(いおり)を結んで人境に在り、而(しか)も車馬の喧(かまびす)しき無し」(結廬在人境、而無車馬喧)とある。ウィキソース「飲酒二十首」参照。
  • 古城下 … 古城の城跡(しろあと)の下(もと)。古城は、孟城を指す。
時登古城上
時(とき)に登(のぼ)る 古(こ)城(じょう)の上(うえ)
  • 時登 … 時折登ってみる。時々登ってみる。後漢の班固「東都の賦」(『文選』巻一)の中の「霊台の詩」に「帝(てい)勤めて時に登り、爰(ここ)に休徴(きゅうちょう)を考う」(帝勤時登、爰考休徴)とある。帝は、後漢の明帝。勤めてとは、政治に励むこと。休徴は、めでたいしるし。ウィキソース「東都賦」参照。
  • 古城上 … 古城の上に。
古城非疇昔
古(こ)城(じょう) 疇(ちゅう)昔(せき)に非(あら)ず
  • 疇昔 … 通常は昨日という意味であるが、ここでは、過日。昔。『礼記』檀弓上篇に「予(われ)疇昔の夜(よ)、夢に両(りょう)楹(えい)の間(あいだ)に坐(ざ)奠(てん)せらる」(予疇昔之夜、夢坐奠於兩楹之間)とある。両楹は、正堂の東西の柱。坐奠は、宴席を設けてもてなすこと。ウィキソース「禮記/檀弓上」参照。また、『春秋左氏伝』宣公二年に「疇昔の羊は、子(し)、政(まつりごと)を為せり、今日の事は、我、政を為さん」(疇昔之羊、子爲政、今日之事、我爲政)とあり、その注に「疇昔は、猶お前日のごとし」(疇昔、猶前日也)とある。『春秋左傳集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)、ウィキソース「春秋左氏傳/宣公」参照。また、東晋の陶潜「旧居に還る」詩(『陶淵明集』巻三)に「疇昔 上(じょう)京(けい)に家(いえ)し、六載(ろくさい) 去って還た帰る」(疇昔家上京、六載去還歸)とある。上京は、地名。未詳。六載は、六年。ウィキソース「還舊居 (陶淵明)」参照。
今人自來往
今人(きんじん) 自(おの)ずから来往(らいおう)す
  • 今人 … 今の人。『楚辞』九章・渉江に「前世と与(とも)にして皆な然り、吾又た何ぞ今の人を怨みん」(與前世而皆然兮、吾又何怨乎今之人)とある。ウィキソース「楚辭/九章」参照。
  • 来往 … 行ったり来たりすること。東晋の陶潜の詩「田園の居に帰る五首」(『陶淵明集』巻二)の第二首に「時に復た墟曲(きょきょく)の中(うち)、草を披(ひら)いて共に来往す」(時復墟曲中、披草共來往)とある。墟曲は、村の片すみ。ウィキソース「歸園田居」参照。また、南朝梁の何遜「族人秣(まつ)陵(りょう)の兄弟(けいてい)に贈る」(『古詩紀』巻九十三)に「遊宦(ゆうかん) 年事に疲れ、来往 江浜に厭(あ)く」(遊宦疲年事、來往厭江濱)とある。族人は、一族の人。秣陵は、江蘇省南京市の古称。遊宦は、他国に行って役人になること。年事は、ここでは日々の暮らし。江浜は、長江の岸辺。ウィキソース「贈族人秣陵兄弟」参照。
余説
 この詩は、古城の字を三句に用いている。これは南朝梁の何遜「擬古三首聯句」詩に倣ったものと思われる。ウィキソース「擬古三首聯句」参照。
  家本青山下  家は本(も)と青山の下(もと)
  好上青山上  好んで青山の上(うえ)に上(のぼ)る
  青山不可上  青山 上(のぼ)る可からず
  一上一惆悵  一(ひと)たび上(のぼ)れば一たび惆悵(ちゅうちょう)す
    ※惆悵は、嘆き悲しむこと。
詩型・韻字
  • 五言絶句。
  • 上・往(上声養韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百二十九(排印本、中華書局、1960年)
  • 『王右丞文集』巻四(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)
  • 『王摩詰文集』巻六(宋蜀刻本唐人集叢刊、上海古籍出版社、1982年、略称:蜀刊本)
  • 『須渓先生校本唐王右丞集』巻四(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)
  • 顧可久注『唐王右丞詩集』巻四(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)
  • 趙殿成注『王右丞集箋注』巻十三(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)
  • 『唐詩品彙』巻四十([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩解』巻二十二(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『万首唐人絶句』五言・巻四(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『唐詩紀事』巻十六([宋]計有功輯撰、上海古籍出版社、1987年)
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