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送李太守赴上洛(王維)

送李太守赴上洛
太守たいしゅじょうらくおもむくをおく
おう
  • 五言排律。沈・深・林・陰・岑・心(下平声侵韻)。
  • ウィキソース「送李太守赴上洛」参照。
  • 李太守 … 人物については不明。太守は、郡の長官。
  • 上洛 … 春秋時代の晋代から陝西省商県を中心に置かれた郡。上洛郡。唐代はおおむね商州と呼ばれた。ウィキペディア【上洛郡】参照。『旧唐書』地理志、山南西道、商州の条に「天宝元年(742)、改めて上洛郡とす。乾元元年(758)、復して商州と為す」(天寶元年、改爲上洛郡。乾元元年、復爲商州)とある。ウィキソース「舊唐書/卷39」参照。これによって、この詩は天宝年間(742~756)から至徳年間(756~758)に作成されたものであることがわかる。
  • この詩は、上洛郡の太守となって赴任する李某を見送って作ったもの。
  • 王維 … 699?~761。盛唐の詩人、画家。太原(山西省)の人。あざなきつ。開元七年(719)、進士に及第。安禄山の乱で捕らえられたが事なきを得、乱後は粛宗に用いられてしょうじょゆうじょう(書記官長)まで進んだので、王右丞とも呼ばれる。また、仏教に帰依したため、詩仏と称される。『王右丞文集』十巻がある。ウィキペディア【王維】参照。
商山包楚鄧
しょうざん とうつつ
  • 商山 … 陝西省商洛市の東南にある山。地肺山・楚山ともいう。漢代の初めに、四人の隠士が乱を避けて隠れ住んだことで有名。四人ともひげや眉が皓白こうはく(真っ白)の老人であったので、「商山のこう」と呼ばれた。李某が赴任して行く先にある。『太平寰宇記』山南西道九、商州、上洛県の条に引く『帝王世紀』に「南山は、商山と曰う、又た地肺山と名づく、亦た楚山と称す」(南山、曰商山、又名地肺山、亦稱楚山)とある。ウィキソース「太平寰宇記 (四庫全書本)/卷141」参照。
  • 楚鄧 … 春秋時代の楚の国と鄧の国。楚の国は、商山の南、湖北省一帯の地。ウィキペディア【楚 (春秋)】参照。鄧の国は、商山の東、河南省南陽市一帯の地。のちの鄧州。ウィキペディア【鄧國】(中文)、【鄧州】参照。『旧唐書』地理志、山南東道、鄧州の条に「隋の南陽郡は、武徳二年(619)、改めて鄧州と為す」(隋南陽郡、武德二年、改爲鄧州)とある。ウィキソース「舊唐書/卷39」参照。
  • 包 … (楚の国と鄧の国とを)包むようにそびえる。商山の広大なさまを表す。
積翠藹沈沈
積翠せきすい あいとして沈沈ちんちんたり
  • 積翠 … 山腹に幾重にも積み重なる木々の緑。青山の形容。劉宋の顔延之「みことのりに応じて北湖の田収を観る」詩(『文選』巻二十二)に「さんは既に森藹しんあい、積翠も亦た葱仟そうせんたり」(攢素既森藹、積翠亦蔥仟)とある。攢素は、厚い霜。森藹は、霜の盛んなさま。蔥仟は、緑が豊かに茂っているさま。ウィキソース「應詔觀北湖田收」参照。
  • 藹 … 木々がこんもりと茂っているさま。『玉篇』に「藹は、樹の繁茂なり」(藹、樹繁茂)とある。ウィキソース「玉篇 (四庫全書本)/卷13」参照。また、劉宋の鮑照「王宣城を送別す」詩に「広く望めばあまねきこと千里、江郊 藹として微かに明るし」(廣望周千里、江郊藹微明)とある。ウィキソース「鮑明遠集」参照。底本では「靄」に作るが、諸本に従った。
  • 沈沈 … 木々が深々と茂っているさま。畳語(同じ文字を重ねた語)。南朝斉の謝朓「始めて尚書省を出づ」詩(『文選』巻三十)に「すいりゅうは尚お沈沈たり、ぎょうは方に泥泥でいでいたり」(衰柳尚沈沈、凝露方泥泥)とあり、その李善注に「沈沈は、茂盛のかたちなり」(沈沈、茂盛之貌也)とある。衰柳は、葉色の衰えた柳。凝露は、露の玉。泥泥は、露で濡れているさま。ウィキソース「昭明文選/卷30」参照。
驛路飛泉灑
えき せんそそ
  • 駅路 … 宿場から宿場へ通じている街道。うまやじ。南朝斉の孔稚珪「北山移文」(『文選』巻四十三)に「しょうざんえい、草堂の霊、煙を駅路に馳せ、を山庭にきざましむ」(鍾山之英、草堂之靈、馳煙驛路、勒移山庭)とある。鍾山は、現在の南京市にある紫金山の古名。英は、神霊。移は、移文。勒は、刻む。ウィキソース「北山移文」参照。
  • 飛泉 … 飛び散る滝水。『楚辞』遠遊に「飛泉の微液を吸い、琬琰えんえんえいいだく」(吸飛泉之微液兮、懷琬琰之華英)とある。琬琰は、宝玉の名。琬圭と琰圭。華英は、光。輝き。ウィキソース「楚辭/遠遊」参照。
  • 灑 … そそぐ。そそぎかかる。
關門落照深
関門かんもん らくしょうふか
  • 関門 … 関所の門。ここでは、陝西省藍田県の東南にあった関所、ぎょうかんを指す。嶢関は、漢の高祖劉邦が秦軍を敗った所。李某が上洛郡に赴任する途中、ここを経由する。『元和郡県図志』関内道一、藍田県の条に「藍田関は、(藍田)県の南九十里に在り、即ちぎょうかんなり。秦のちょうこう兵をひきいて嶢関をふせぎ、沛公はいこう兵を引いて嶢関を攻め、ざんえて秦軍を撃ち、之を大破す」(藍田關、在縣南九十里、即嶢關也。秦趙高將兵拒嶢關、沛公引兵攻嶢關、踰蕢山擊秦軍、大破之)とある。趙高は、秦の宦官。沛公は、漢の高祖劉邦のこと。ウィキソース「元和郡縣圖志/卷01」参照。また、後漢の張衡「南都の賦」(『文選』巻四)に「是を以て関門反距はんきょし、漢徳久長なり」(是以關門反距、漢德久長)とある。反距は、西に居て東を防ぎ、東に居て西を防ぐこと。ウィキソース「南都賦」参照。
  • 落照 … 夕日の光。落日の光。南朝梁の簡文帝「じょろく内人ないじん臥具がぐを作るを見るに和す」詩(『玉台新詠』巻七)に「密房みつぼう 寒日る、落照 窓辺そうへんわたる」(密房寒日晚、落照度窗邊)とある。徐は姓。録事は、官名。「録事参軍」の略。晋代、中央官庁に置かれ記録を掌った。隋以後、地方官庁の事務官。元になって廃止。内人は、ここでは妻。臥具は、寝具。密房は、奥深い部屋。ウィキソース「和徐錄事見內人作卧具」参照。
  • 深 … 深く差し込んでいるだろう。
野花開古戍
野花やか じゅひら
  • 野花 … 野原に咲く花。野辺の花。盛唐の杜甫の詩「はれ二首」(其一)に「野花 乾きて更に落ち、風処 急にして紛紛ふんぷんたり」(野花乾更落、風處急紛紛)とある。乾は、雨のしずくが乾くこと。紛紛は、みだれ散るさま。ウィキソース「全唐詩/卷230」参照。
  • 古戍 … 古びたとりで。中唐の章八元の詩「新安江のたび」に「古戍に魚網ぎょもうかり、空林にちょうそうあらわる」(古戍懸魚網、空林露鳥巢)とある。ウィキソース「新安江行」参照。
  • 開 … 咲き乱れる。
行客響空林
行客こうかく 空林くうりんひび
  • 行客 … 旅人。「折楊柳の歌辞五曲」(其一、『楽府詩集』巻二十五)に「みて長笛を吹く、しゅうさいす 行客の児」(蹀座吹長笛、愁殺行客兒)とある。ウィキソース「樂府詩集/025卷」参照。
  • 空林 … ひとのないひっそりとした林。劉宋の謝霊運「池上楼に登る」詩(『文選』巻二十二)に「ろくもとめてきゅうかいに反り、やまいに臥して空林に対す」(徇祿反窮海、臥痾對空林)とある。窮海は、遠い海。また、遠い辺鄙な土地。ここでは、謝霊運が太守として左遷されたえい郡(現在の浙江省温州市)を指す。ウィキソース「登池上樓」参照。
  • 響 … 足音が響く。
板屋春多雨
板屋はんおく はる あめおお
  • 板屋 … 板ぶきの屋根。粗末な民家のこと。もと西方の異民族の習俗であったらしい。『詩経』秦風・小戎しょうじゅうの詩に「其の板屋に在りて、我が心曲を乱す」(在其板屋、亂我心曲)とある。小戎は、馬に引かせる小さい兵車。ウィキソース「詩經/小戎」参照。その毛伝に「西戎、板屋なり」(西戎、板屋)とある。また、その孔疏に「(漢書)地理志に云う、天水・隴西は山に林木多く、たみ板を以て屋をつくる、故に秦詩に其の板屋に在りと云う、と。然らば則ち秦の西垂せいすい、民も亦た板屋なり」(地理志云、天水隴西山多林木、民以板爲屋、故秦詩云在其板屋。然則秦之西埀、民亦板屋)とある。西垂は、地名。現在の甘粛省天水市の西南。ウィキソース「毛詩正義/卷六」参照。また、その集伝に「板屋とは、西戎の俗、板を以て屋をつくる」(板屋者、西戎之俗、以板爲屋)とある。ウィキソース「詩經集傳/卷之三」参照。
  • 春多雨 … 春の季節、雨がしきりと降りそそぐ。『呂氏春秋』仲春紀、情欲篇に「春多く雨ふれば、則ち夏必ずひでりす」(春多雨、則夏必旱矣)とある。ウィキソース「呂氏春秋注/仲春紀」参照。
山城晝欲隂
さんじょう ひる くもらんとほっ
  • 山城 … 山間やまあいの町。山峡やまかいの町。城は、城壁。または城壁で囲まれた町全体を指す。北周の庾信「江に泛ぶに奉和す」詩に「岸社がんしゃ 喬木多く、山城 迥楼かいろう足る」(岸社多喬木、山城足迥樓)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷125」参照。
  • 昼欲陰 … 昼でも薄暗くなりかける。
丹泉通虢略
丹泉たんせん かくりゃくつう
  • 丹泉 … 川の名。丹江。古称は丹水。陝西省商県のあたりを東南に流れ、漢水に合流する。『水経注』丹水の条に「丹水は京兆上洛県の西北ちょう嶺山れいざんに出で、東南して其の県南を過ぎ、又た東南して商県の南を過ぎ、又た東南して丹水県に至り、均に入る」(出京兆上洛縣西北冢嶺山、東南過其縣南、又東南過商縣南、又東南至於丹水縣、入於均)とあり、その注に「呂氏春秋に曰く、堯、丹水の戦い有り、以て南蛮を服す。即ち此の水なり、と」(呂氏春秋曰、堯有丹水之戰、以服南蠻。即此水也)とある。ウィキソース「水經注/20」参照。
  • 虢略 … 河南省霊宝市の西南、函谷関の近くにあった町。『春秋左氏伝』僖公十五年に「秦伯にまいなうに河外の列城五、東は虢のさかいを尽くし、南は華山に及び、内は解梁城に及ぶまでを以てす」(賂秦伯以河外列城五、東盡虢略、南及華山、內及解梁城)とあり、その孔疏に「虢略は、虢の境界なり。献公虢を滅して之有り」(虢略、虢之境界也。獻公滅虢而有之)とある。ウィキソース「春秋左氏傳/僖公」「春秋左傳注疏 (四庫全書本)/卷13」参照。また『後漢書』郡国志に「陸渾、西に虢略地有り」(陸渾、西有虢略地)とある。ウィキソース「後漢書/卷109」参照。
  • 通 … (丹水の流れが虢略の辺りへと)通じている。
白羽抵荆岑
はく 荊岑けいしんいた
  • 白羽 … 春秋時代にあった地名。現在の河南省南陽市西峡県の県境。『春秋左氏伝』昭公十八年に「楚子、王子勝をして許をせきに遷さしむ。実は白羽なり」(楚子使王子勝遷許於析。實白羽)とあり、その杜注に「伝の時に於いて、白羽は改めて析と為す」(於傳時、白羽改爲析)とある。ウィキソース「春秋左氏傳/昭公」「春秋左傳注疏 (四庫全書本)/卷48」参照。
  • 荊岑 … 荊山のみね。荊山は、湖北省西北部、なんしょう県の西にある山。岑は、山のじぐざぐに切りたった高い所。嶺。『爾雅』釈山篇に「山小にして高きは、岑なり」(山小而髙、岑)とある。ウィキソース「爾雅」参照。また、魏の王粲「登楼の賦」(『文選』巻十一)に「平原遠くして目を極め、荊山の高岑におおわる」(平原遠而極目兮、蔽荊山之高岑)とある。ウィキソース「登樓賦」参照。
  • 抵 … 至る。ここでは、地名の白羽を白い羽の矢に掛けて、荊岑めがけて飛んでいくと表現したもの。
若見西山爽
西山せいざんそう
  • 若見 … もし君が~を見たなら。
  • 西山爽 … 西山に漂う爽やかな大気。西山は、ここでは商山のこと。『世説新語』簡傲かんごう篇に、東晋のおう徽之きし(?~388)の言葉として、「西山は朝来、はなはだ爽気有り」(西山朝來、致有爽氣)とあるのを踏まえる。ウィキソース「世說新語/簡傲」参照。
應知黃綺心
まさこうこころるべし
  • 応知 … きっと~を理解することだろう。
  • 黄綺 … こうこう綺里季きりきのこと。これに東園公とうえんこうろく先生を加えて「商山のこう」という。四人は秦代末期、秦の暴政を避けて商山に隠棲した高士。みなしゅ皓白こうはくであったので「四皓」と呼ばれた。西晋の皇甫謐『高士伝』巻中に「四皓は、皆だいひとなり。或いはきゅうに在り。一は東園公と曰う、二は角里先生と曰う、三は綺里季と曰う、四は夏黄公と曰う、皆道を修めて己を潔くす、義に非ざれば動ぜず。秦の始皇の時、秦の政の虐なるを見て、乃ち退きて藍田山に入る。……乃ち共にしょうらくに入り、地肺山に隠れ、以て天下の定まるを待つ。秦の敗るるに及んで、漢高かんこう聞きて之を徴すれども至らず。深く自ら終南山にかくれ、己を屈すること能わず」(四皓者、皆河內軹人也。或在汲。一曰東園公、二曰角里先生、三曰綺里季、四曰夏黃公、皆修道潔己、非義不動。秦始皇時、見秦政虐、乃退入藍田山。……乃共入商雒、隱地肺山、以待天下定。及秦敗、漢高聞而徵之不至。深自匿終南山、不能屈己)とある。漢高は、漢の高祖。ウィキソース「高士傳」参照。また、東晋の陶淵明「飲酒二十首」(其六)に「咄咄とつとつ 俗中の愚、しばらく当に黄綺に従うべし」(咄咄俗中愚、且當從黃綺)とある。咄咄は、意外なことに驚いて出る声の形容。おやおや。ウィキソース「飲酒二十首」参照。
  • 心 … (商山に隠棲した四皓と呼ばれた隠者たちの)心境。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻四(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百二十七(中華書局、1960年)
  • 『王右丞文集』巻五(静嘉堂文庫蔵、略称:静嘉堂本)
  • 『王摩詰文集』巻九(宋蜀刻本唐人集叢刊、上海古籍出版社、1982年、略称:蜀刊本)
  • 『須渓先生校本唐王右丞集』巻五(『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:四部叢刊本)
  • 顧起経注『類箋唐王右丞詩集』巻七(台湾学生書局、1970年、略称:顧起経注本)
  • 顧可久注『唐王右丞詩集』巻五(『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、略称:顧可久注本)
  • 趙殿成注『王右丞集箋注』巻十二(中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1998年、略称:趙注本)
  • 『唐詩品彙』巻七十四([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩解』巻四十七(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩別裁集』巻十七(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『文苑英華』巻二百六十八(影印本、中華書局、1966年)
  • 『古今詩刪』巻十八(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収)
  • 陳鐵民校注『王維集校注(修訂本)』巻四(中国古典文学基本叢書、中華書局、2018年)
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