迢迢牽牛星(「古詩十九首」第十首)
迢迢牽牛星
迢迢たる牽牛星
迢迢たる牽牛星
- ウィキソース「迢迢牽牛星」「昭明文選/卷29」「六臣註文選 (四庫全書本)/卷29」参照。
- この詩は、牽牛・織女の七夕伝説を借りて、女が男を恋い慕う思いを詠んだもの。
- 古詩十九首 … 『文選』巻二十九、雑詩の中に作者不詳として収められている五言古詩十九首のこと。前漢から後漢にかけて作られた作品。ウィキペディア【古詩十九首】参照。
迢迢牽牛星 皎皎河漢女
迢迢たる牽牛星、皎皎たる河漢の女
- 『文選』李善注に「牽牛は、已に上文(第七首)に見ゆ。毛詩(小雅・大東)に曰く、維れ天に漢有り、監みて亦た光有り。跂たる彼の織女、終日に七襄す。則ち七襄すと雖も、報章を成さず、と。毛萇曰く、河漢は、天河なり、と」(牽牛、已見上文。毛詩曰、維天有漢、監亦有光。跂彼織女、終日七襄。雖則七襄、不成報章。毛萇曰、河漢、天河也)とある。漢は、天の川。跂は、つま先で立って遠くを望み見ること。七襄は、星が日に七度移ること。報章は、横糸を反復させて織りなす模様。ウィキソース「詩經/大東」参照。
- 『文選』呂延済注に「牽牛・織女は、星の夫婦の道なり。常に河漢に阻まれて相親しむことを得ず。此れ夫を以て君に喩え、婦を臣に喩う。言うこころは臣に才能有るも君に事うるを得ずして、讒邪の隔つる所と為る、亦た織女の其の歓情を阻まるるが如きなり。迢迢は、遠き貌。皎皎は、明るき貌」(牽牛織女、星夫婦道也。常阻河漢不得相親。此以夫喩君婦喩臣。言臣有才能不得事君、而爲讒邪所隔、亦如織女阻其歡情也。迢迢、遠貌。皎皎、明貌)とある。河漢は、天の川。讒邪は、邪悪で人を讒言すること。「為~所…」は、「~の…するところとなる」と読み、「~に…される」と訳す。受身の意を示す。
- 迢迢 … はるかに遠いさま。畳語。劉宋の謝霊運「初めて石首城を発す」詩(『文選』巻二十六)に「迢迢たる万里の帆、茫茫として終に何くにか之く」(迢迢萬里帆、茫茫終何之)とある。ウィキソース「初發石首城」参照。
- 牽牛星 … わし座α(アルファ)星アルタイルの中国名。毎年七月七日に織女星と天の川を隔てて対するという。彦星。
- 皎皎 … 「こうこう」とも読む。白く輝くさま。畳語。『詩経』陳風・月出に「月出でて皎たり、佼人僚たり、舒ろに窈糾たり、労心悄たり」(月出皎兮、佼人僚兮、舒窈糾兮、勞心悄兮)とある。佼人は、美しい女。ウィキソース「詩經/月出」参照。その毛伝に「皎は、月光なり」(皎、月光也)とある。ウィキソース「毛詩正義/卷七」参照。また「古詩十九首」の第十九首に「明月何ぞ皎皎たる、我が羅の牀幃を照らす」(明月何皎皎、照我羅牀幃)とある。羅は、薄い絹織物。うすぎぬ。牀幃は、寝床のとばり。ウィキソース「明月何皎皎」参照。
- 河漢女 … こと座α(アルファ)星ベガの中国名。河漢は、天の川。天の川の女性。織女星。織姫。七夕姫。たなばたつめ。
纎纎擢素手 札札弄機杼
繊繊として素手を擢げ、札札として機杼を弄す
- 『文選』李善注に「繊繊は、已に上文(第二首)に見ゆ」(纖纖、已見上文)とある。
- 『文選』張銑注に「繊繊として素手を擢ぐるは、礼儀節度有るに喩うるなり。札札として機杼を弄するは、徳に進み業を修むるに喩うるなり。擢は、挙なり。札札は、機杼の声」(纖纖擢素手、喩有禮儀節度也。札札弄機杼、喩進德修業也。擢、舉也。札札、機杼聲)とある。進徳修業は、『易経』乾卦に見えることば。ウィキソース「周易/乾」参照。
- 繊繊 … か細いさま。畳語。『説文解字』巻十三上、糸部に「繊は、細なり」(纖、細也)とある。ウィキソース「說文解字/13」参照。
- 素手 … 白く美しい手。素は、白。女性の手の形容。三国魏の曹植の楽府「美女篇」(『文選』巻二十七、『玉台新詠』巻二)に「袖を攘げて素手を見せば、皓腕に金環を約す」(攘袖見素手、皓腕約金環)とある。皓腕は、白い腕。金環は、金の腕輪。約すは、嵌める。ウィキソース「美女篇 (曹植)」参照。
- 擢 … 振り上げる。また、「擢き」と読み、「抜き出す」と訳してもよい。
- 札札 … 機を織る音。畳語。
- 機杼 … 機(機織りの機械)の杼(横糸を通す道具)。形は小さい舟形。三国魏の曹植「雑詩六首」(『文選』巻二十九)の第三首に「明晨機杼を秉り、日昃くも文を成さず」(明晨秉機杼、日昃不成文)とある。明晨は、早朝。文は、地紋。ウィキソース「雜詩六首」参照。
- 弄 … 巧みに操る。動かす。
終日不成章 泣涕零如雨
終日 章を成さず、泣涕 零つること雨の如し
- 『文選』李善注に「章を成さずとは、已に上句の注に見ゆ。毛詩(邶風・燕燕)に曰く、瞻望すれども及ばず、泣涕雨の如し、と」(不成章、已見上句注。毛詩曰、瞻望弗及、泣涕如雨)とある。瞻望は、遥かに仰ぎ見ること。ウィキソース「詩經/燕燕」参照。
- 『文選』呂向注に「終日章を成さずとは、臣能く徳を進め業を修め、文章の学有れども、君の見知する所と為らず、時に用いられざるに喩う、成らざることと何ぞ異ならんや。泣涕は、王室微弱にして、朝に邪臣多く、恐らくは国の亡ぶことを悲しむを謂うなり」(終日不成章、喩臣能進德修業、有文章之學、不爲君所見知、不用於時、與不成何異也。泣涕、謂悲王室微弱、朝多邪臣、恐國之亡也)とある。
- 終日 … 一日中。『詩経』小雅・大東に「跂たる彼の織女、終日七襄す」(跂彼織女、終日七襄)とある。跂は、傾くさま。織女三星が三角の形で並ぶさま。七襄は、七たび位置を移す。ウィキソース「詩經/大東」参照。
- 章 … あや。織り物の模様。
- 不成 … 完成しない。出来上がらない。
- 泣涕 … 涙。「泣」も「涕」も涙。三国魏の曹植の楽府「怨歌行」に「罪を待ちて東国に居り、泣涕して常に流連す」(待罪居東國、泣涕常流連)とある。流連は、涙の尽きないさま。ウィキソース「曹子建集 (四部叢刊本)/卷第六」参照。
- 零 … 落ちる。
河漢清且淺 相去復幾許
河漢 清くして且つ浅し、相去ること復た幾許ぞ
- 『文選』劉良注に「河漢清くして且つ浅しとは、近きに喩うるなり。能く相去ること幾何ぞ」(河漢清且淺、喩近也。能相去幾何也)とある。
- 河漢 … 天の川。雲漢に同じ。『詩経』大雅・棫樸に「倬たる彼の雲漢、章を天に為す」(倬彼雲漢、爲章于天)とある。ウィキソース「詩經/棫樸」参照。また『荘子』逍遥遊篇に「肩吾、連叔に問いて曰く、吾言を接輿に聞くに、大にして当たる無く、往きて返らず。吾其の言の猶お河漢のごとくにして極まり無きに驚怖せり、と」(肩吾問於連叔曰、吾聞言於接輿、大而無當、往而不返。吾驚怖其言猶河漢而無極也)とある。ウィキソース「莊子/逍遙遊」参照。
- 清且浅 … 清く澄んでいて、しかも流れが浅い。東晋の陶潜「田園の居に帰る」詩の第五首に「山澗清く且つ浅く、遇〻以て吾が足を濯ぐ」(山澗清且淺、遇以濯吾足)とある。ウィキソース「歸園田居」参照。
- 且 … 「かつ」と読み、「その上」「しかも」と訳す。
- 相去復幾許 … 彦星との距離も、どれくらいというのか。どれほどもないであろうに。さほどの距離もない。
盈盈一水間 眽眽不得語
盈盈たる一水の間、眽眽として語るを得ず
- 『文選』李善注に「爾雅に曰く、脈は、相視るなり、と。郭璞曰く、脈脈は、相視る貌を謂うなり、と」(爾雅曰、脈、相視也。郭璞曰、脈脈、謂相視貌也)とある。
- 『文選』劉良注に「盈盈は、端麗なる貌。脈脈は、自ら矜持する貌。端麗の女、一水の間に在りて、自ら矜持して交語することを得ざるに喩う。亦た猶お才明の臣、君と阻隔して啓沃することを得ざるがごときなり」(盈盈、端麗貌。脈脈、自矜持皃。喩端麗之女、在一水之間、而自矜持不得交語。亦猶才明之臣、與君阻隔不得啓沃也)とある。啓沃は、臣下が思っていることを君主に述べること。
- 盈盈 … 水がいっぱいに満ちるさま。畳語。中唐の白居易「官を除せられ闕に赴く。留めて微之に贈る」詩に「両郷黙黙として心相別す、一水盈盈として路通ぜず」(兩郷默默心相別、一水盈盈路不通)とある。闕は、宮城。微之は、元稹の字。ウィキソース「除官赴闕,留贈微之」参照。また、女性(織女)の容姿のゆったりとして美しいさま、という解釈もある。「古詩十九首」の第二首に「盈盈たる楼上の女、皎皎として窓牖に当たる」(盈盈樓上女 皎皎當牕牖)とある。また、古楽府「陌上桑」(『楽府詩集』巻二十八)に「盈盈として公府に歩み、冉冉として府中に趨る」(盈盈公府歩、冉冉府中趨)とある。公府は、役所。府中は、役所の中。冉冉は、緩やかに進むさま。ウィキソース「樂府詩集/028卷」参照。
- 一水間 … 一筋の川の流れに隔てられること。一水は、一筋の川。一本の川。天の川を指す。
- 眽眽 … 「ばくばく」とも読む。お互いにじっと見つめ合うさま。畳語。前漢の王延寿「魯の霊光殿の賦」(『文選』巻十一)に「首目を斉しくして以て瞪眄すれば、徒に眽眽として狋狋たり」(齊首目以瞪眄、徒眽眽而狋狋)とある。首目は、頭と目。瞪眄は、流し目に見ること。狋狋は、怒って睨む形容。ウィキソース「魯靈光殿賦」参照。なお、「脈脈」に作るテキストもある。
- 不得語 … 言葉も交わせない。語り合うこともできない。南朝陳の徐陵の楽府「洛陽道二首」の第二首に「相看るも語るを得ず、密意 眼中より来たる」(相看不得語、密意眼中來)とある。ウィキソース「樂府詩集/023卷」参照。
詩型・押韻
- 五言古詩。
- 女・杼(上声語韻)、雨(上声麌韻)、許・語(上声語韻)通押。
テキスト
- 『文選』巻二十九([梁]蕭統編/[唐]李善注、中国古典文学叢書、上海古籍出版社、1986年)
- 『六臣註文選』巻二十九(『四部叢刊 初篇集部』所収、上海涵芬楼蔵宋刊本)
- 『先秦漢魏晋南北朝詩』漢詩 巻十二 古詩(逯欽立輯校、中華書局、1983年)
- 『古詩源』巻四 漢詩(中国古典文学基本叢書、中華書局、1963年)
- 『古詩賞析』巻四 漢詩(『漢文大系 第十八巻』、冨山房、1914年)
- 『玉台新詠箋注』巻一 枚乗雑詩九首([陳]徐陵編/[清]呉兆宜注・程琰刪補/穆克宏点校、中国古典文学基本叢書、中華書局、1985年)
- 松浦友久編『続校注 唐詩解釈辞典〔付〕歴代詩』(大修館書店、2001年)
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