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衛霊公第十五 35

15-35 子曰。當仁。不讓於師。
わく、じんあたりては、ゆずらず。
  • 当仁 … 仁の実行に当たっては。『集注』には「仁に当たるとは、仁を以て己が任と為すなり」(當仁、以仁爲己任也)とある。
  • 師 … 先生。
  • 不譲 … 譲歩しない。『集注』には「師と雖も亦たゆずる所無しとは、当に勇み往きて必ず為すべきを言うなり」(雖師亦無所遜、言當勇往而必爲也)とある。佐藤一斎は「譲らずとは、猶お後れずと言うがごとし。勇往の心を状するのみ」(不讓、猶言不後。状勇往之心耳)と言っている。『論語欄外書』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 『集注』に引く程子の説として「程子わく、仁を為すは己に在れば、ためゆずる所無し。善名の外に在るが若きは、則ちゆずらざる可からず、と」(程子曰、爲仁在己、無所與遜。若善名在外、則不可不遜)とある。荻生徂徠はこれを否定し、「なり。果たしてしからば、何ぞだ仁に於いてのみならん。民を救い民を安んずるの事、得て之をゆるくすからざればなり」(非矣。果爾。何唯於仁乎。救民安民事。不可得而緩之也)と言っている。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 下村湖人(1884~1955)は「先師がいわれた。仁の道にかけては、先生にもゆずる必要はない」と訳している(現代訳論語)。
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八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
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子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十