憲問第十四 33 子曰不逆詐章
365(14-33)
子曰。不逆詐。不億不信。抑亦先覺者是賢乎。
子曰。不逆詐。不億不信。抑亦先覺者是賢乎。
子曰く、詐りを逆えず。不信を億らず。抑も亦た先ず覚る者は是れ賢か。
現代語訳
- 先生 ――「かけひきの先まわりをせず、うたがわれるかと気をまわしもせず、それでいてさきに気のつくのは、かしこいのだろうな。」(魚返善雄『論語新訳』)
- 孔子様がおっしゃるよう、「人が自分をだましはせぬかとこちらからあらかじめ迎えてかかったり、人が自分を疑って信用せぬのではないかと取越苦労したりしないで、正心誠意に人に接しながら、しかも相手のいつわりや疑いが鏡のごとくこちらに映るようになったら、それこそ賢人というものだろうか。」(穂積重遠『新訳論語』)
- 先師がいわれた。――
「だまされはしないかと邪推したり、疑われはしないかと取越し苦労をしたりしないで、虚心に相手に接しながら、しかも相手の本心がわかるようであれば、賢者といえようか」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
- 逆詐 … 他人が自分をだますのではないかと警戒すること。
- 不信 … 他人が自分に対して不信の行いをすること。
- 億 … 憶測をめぐらす。
- 抑亦 … 「そもそもまた」と読み、「それでいてまた」と訳す。
- 先覚 … 相手の真偽を直感的に見抜く。今日使われている「先覚者」とは意味が異なる。
補説
- 逆詐 … 『集注』に「逆は、未だ至らずして之を迎うるなり。……詐は、人の己を欺くを謂う」(逆、未至而迎之也。……詐、謂人欺己)とある。
- 不信 … 『集注』に「不信は、人の己を疑うを謂う」(不信、謂人疑己)とあり、「他人が自分を疑うこと」と解釈している。
- 億 … 『集注』に「億は、未だ見ずして之を意うなり」(億、未見而意之也)とある。
- 抑亦 … 『集注』に「抑は、反語の辞。言うこころは逆えず億らずと雖も、而れども人の情偽に於いて、自然に先ず覚るを、乃ち賢と為すなり」(抑、反語辭。言雖不逆不億、而於人之情僞、自然先覺、乃爲賢也)とある。
- 『集解』に引く孔安国の注に「先ず人情を覚る者は、是れ寧ぞ能く賢為らんや。或いは時に反って人を怨むなり」(先覺人情者、是寧能爲賢乎。或時反怨人)とある。
- 伊藤仁斎は「詐りを逆えず。不信を億らずは、唯だ誠直の人之を能くす。然れども未だ至れりと為さざるなり。之に加うるに先覚の明有りて、誣罔の失無きは、則ち明睿の君子に非ざれば能わず。真の賢者なり」(不逆詐、不億不信、唯誠直之人能之。然未爲至也。加之有先覺之明、而無誣罔之失、則非明睿之君子不能。眞賢者也)と言う。「誣罔」はないことをあるように偽って言うこと。「明睿」は敏いこと。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 荻生徂徠は「詐りを逆えず。不信を億らずは、蓋し古語なり。孔子此を引きて、以て先覚して以て智と為す者を戒む」(不逆詐。不億不信。蓋古語也。孔子引此。以戒先覺以爲智者)と言う。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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