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憲問第十四 19 公叔文子之臣大夫僎章

351(14-19)
公叔文子之臣大夫僎、與文子同升諸公。子聞之曰、可以爲文矣。
こうしゅくぶんしんたいせん文子ぶんしおなじくこれこうのぼる。これきていわく、もっぶんし。
現代語訳
  • 公叔文さんの家来から、ご家老になった僎(セン)は、文さんと同格で殿のまえに出た。先生がそれをきいて ――「文さんはおくり名にふさわしい人だ。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • えいたいの公叔文子の家臣でその家の大夫だったせんが主人の文子と同列の衛のちょうしんに昇進した。文子の没後孔子様が賞讃しておっしゃるよう、「自分のらいでも賢人と知れば推薦すいせんして自分のどうりょうに引立てるとは、文子とおくり名されたのももっともじゃ。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • こうしゅくぶんの家臣であったせんは、大夫となって文子と同列で朝廷に出仕した。先師はそのことを知っていわれた。――
    「公叔文子は文の名に値する人だ」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 公叔文子 … 衛の大夫。公孫抜(発)。文はおくりな。ウィキペディア【公叔文子】(中文)参照。
  • 臣 … 家臣。
  • 大夫僎 … 公叔文子の家臣。文子の推薦により、文子と同じく衛の大夫となった。
  • 升諸公 … 自分の家臣である僎を朝廷の臣下に昇進させる。「公」は、公朝(朝廷)。
  • 諸 … 「これ」と読み、「これを~に」と訳す。「之於しお」の二字を合わせて一字にしたもので、「升之於公」と書いた場合と同じ。また「於」と同じとする解釈もあり、この場合は「諸」を読まない。
  • 可以為文 … 文という諡にふさわしい人物だ。
補説
  • 『注疏』に「此の章は衛の大夫公孫抜の行いを論ずるなり」(此章論衞大夫公孫拔之行也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 公叔文子之臣大夫僎 … 『集解』に引く孔安国の注に「大夫僎は、と文子の家臣なり」(大夫僎、本文子家臣也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「即ち前に孔子公明賈の文子に問う所なり。臣有り、名は僎。亦た大夫と為るなり」(即前孔子所問公明賈之文子也。有臣、名僎。亦爲大夫也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「大夫僎は本と文子の家臣なり」(大夫僎本文子家臣)とある。また『集注』に「臣は、家臣なり」(臣、家臣)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 僎 … 『経典釈文』には「本又作撰」とある。
  • 与文子同升諸公 … 『集解』に引く孔安国の注に「之を薦め、己と並びて大夫と為らしめ、同じく升りて公朝に在るなり」(薦之、使與己竝爲大夫、同升在公朝也)とある。また『義疏』に「升は、朝なり。諸は、之なり。公は、衛君なり。文子は是れ衛の大夫なり。僎は、本と是れ家臣なり。之を見るに才徳有るも、将に己の臣と為さんとせず。恐らくは賢才を掩いしならん。乃ち衛君に薦む。衛君之を用う。亦た大夫と為る。文子と尊卑敵せしむ。恒に文子と列を斉しうし班を同じくする者なり」(升、朝也。諸、之也。公、衞君也。文子是衞大夫。僎、本是家臣。見之有才德、不將爲己之臣。恐掩賢才。乃薦於衞君。衞君用之。亦爲大夫。與文子尊卑使敵。恆與文子齊列同班者也)とある。また『注疏』に「諸は、於なり。……文子之を薦めて、己と並びて大夫と為らしめ、ともに升りて公朝に在るなり」(諸、於也。……文子薦之、使與己並爲大夫、同升在於公朝也)とある。また『集注』に「公は、公朝。之を薦めて己と同じく進み、公朝の臣と為すを謂うなり」(公、公朝。謂薦之與己同進、爲公朝之臣也)とある。
  • 子聞之曰、可以為文矣 … 『集解』に引く孔安国の注に「言行是の如くんば、諡して文と為す可きなり」(言行如是、可諡爲文也)とある。また『義疏』に「子は、孔子なり。文子の家臣と与も同じうして升るを聞きて之を美むるなり。諡を文と為すを言うなり。其の徳行必ず大なるを以て、諡を文と為すを得たり。諡の音は誌なり」(子、孔子也。聞文子與家臣同升而美之也。言諡爲文也。以其德行必大、得諡爲文矣。諡音誌)とある。また『注疏』に「孔子其の行いの是の如きを聞く、故に之を称して曰く、以て諡を文と為す可し、と。諡法に、民に爵位をたまうを文と曰うが故を以てなり」(孔子聞其行如是、故稱之曰、可以諡爲文矣。以諡法、錫民爵位曰文故也)とある。また『集注』に「文とは、理に順いて章を成すの謂なり。諡法にも亦た所謂民に爵位をたまうを文と曰う者有り」(文者、順理而成章之謂。諡法亦有所謂錫民爵位曰文者)とある。
  • 『集注』に引く洪興祖の注に「家臣の賤にして、之を引きて己と並ばしむ、三善有り。人を知るは一なり。己を忘るるは二なり。君に事うるは三なり」(家臣之賤、而引之使與己並、有三善焉。知人一也。忘己二也。事君三也)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「文のおくりなたる、惟だ舜・文の聖のみ、以て之に当たるに足れり。文子の僎を薦むるが如き、わずかに一事の善のみ。然れども其の美諡びしを得ること此の如くなれば、則ち己を忘れ賢を薦むるの美徳たること、従いて知る可し」(文之爲諡、惟舜文之聖、足以當之。如文子之薦僎、纔一事之善耳。然其得美諡如此、則忘己薦賢之爲美德、從而可知矣)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「仁斎先生曰く、文の謚たる、惟だ舜・文の聖のみ、以て之に当たるに足る。……味わい有るかな其の之を言うや。……其れ文なる者は道の別名、故に謚は文より大いなるは莫し。の善有りと雖も、皆己の善に止まる。而うして独り賢を薦むるの益は、窮尽有ること莫し。故にほうに於いて文と称することを」(仁齋先生曰、文之爲諡、惟舜文之聖、足以當之。……有味乎其言之也。……其文者道之別名、故諡莫大於文焉。雖有它善、皆止己之善。而獨薦賢之益、莫有窮盡。故於諡法得稱文焉)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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