先進第十一 21 子路問聞斯行諸章
274(11-21)
子路問、聞斯行諸。子曰、有父兄在。如之何其聞斯行之。冉有問、聞斯行諸。子曰、聞斯行之。公西華曰、由也問、聞斯行諸。子曰、有父兄在。求也問、聞斯行諸。子曰、聞斯行之。赤也惑。敢問。子曰、求也退。故進之。由也兼人。故退之。
子路問、聞斯行諸。子曰、有父兄在。如之何其聞斯行之。冉有問、聞斯行諸。子曰、聞斯行之。公西華曰、由也問、聞斯行諸。子曰、有父兄在。求也問、聞斯行諸。子曰、聞斯行之。赤也惑。敢問。子曰、求也退。故進之。由也兼人。故退之。
子路問う、聞くがままに斯に諸を行わんか。子曰く、父兄の在す有り。之を如何ぞ其れ聞くがままに斯に之を行わん。冉有問う、聞くがままに斯に諸を行わんか。子曰く、聞くがままに斯に之を行え。公西華曰く、由や問う、聞くがままに斯に諸を行わんかと。子曰く、父兄の在す有りと。求や問う、聞くがままに斯に諸を行わんかと。子曰く、聞くがままに斯に之を行えと。赤や惑う。敢えて問う。子曰く、求や退く。故に之を進む。由や人を兼ぬ。故に之を退く。
現代語訳
- 子路がきく、「きいたら、すぐ実行しますか。」先生 ――「父兄がおられるのに、なんでまたきいてすぐ実行できよう。」冉有がきく、「きいたら、すぐ実行しますか。」先生 ――「きいたら、すぐ実行するのじゃ。」公西華がいう、「子路が『きいたらすぐ実行しますか』というと、先生は、『父兄がおられるぞ。』冉有が『きいたらすぐ実行しますか』というと、先生は、『きいたらすぐ実行するのじゃ』とのこと。わたしにはナゾですが、どうかお教えを…。」先生 ――「求(冉有)はグズだから、けしかけたのじゃ。由(子路)はガムシャラゆえ、ひきとめたのじゃ。」(魚返善雄『論語新訳』)
- 子路が、「善いことを聞いたら聞いたままにすぐさま行いましょうか。」とおたずねしたら、孔子様が、「父兄もおられることだからその意向も尊重せねばならず、どうして聞いたままにすぐさま行ってよかろうぞ。」と答えられた。別の時に冉有が、「聞いたまますぐさま行いましょうか。」とおたずねしたら、孔子様が、「聞いたままにすぐさま行え。」と答えられた。両方の場合ともに側に居合わせた公西華がふしぎに思って、「由が『聞くがままにここにこれを行わんか。』とおたずねしたときには、先生は、『父兄在すあり。』と答えられ、また求が、『聞くがままにここにこれを行わんか。』とおたずねしたときには、先生は『聞くがままにここにこれを行え。』と答えられましたが、どういうわけか、赤は甚だ迷いますので、推しておたずね致します。」と質問した。孔子様がおっしゃるよう、「求は引込み思案だから推進し、由は人の分まで買って出る男だから牽制したまでのことさ。」(穂積重遠『新訳論語』)
- 子路がたずねた。――
「善いことをきいたら、すぐ実行にうつすべきでしょうか」
先師がこたえられた。――
「父兄がおいでになるのに、たずねもしないで、一存で実行するのはよろしくない」
冉有がたずねた。――
「善いことをきいたら、すぐ実行にうつすべきでしょうか」
先師がこたえられた。――
「すぐ実行するがよい」
後日、公西華が先師にたずねた。――
「先生は、善事をきいたらすぐ実行すべきかどうかについて、由がおたずねした時には、父兄がおいでになる、とおこたえになり、求がおたずねした時には、すぐ実行せよ、とおこたえになりました。私には、どうも先生のお気持がわかりません。いったい、どちらが先生のご真意なのですか」
先師はこたえられた。――
「求はとかく引込み思案だから、尻をたたいてやったし、由はとかく出過ぎるくせがあるから、おさえてやったのだ」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
- 子路 … 前542~前480。姓は仲、名は由。字は子路、または季路。魯の卞の人。孔門十哲のひとり。孔子より九歳年下。門人中最年長者。政治的才能があり、また正義感が強く武勇にも優れていた。ウィキペディア【子路】参照。
- 斯 … 「ここに」と読む。そのまま。すぐに。
- 諸 … 「これ」と読む。「之乎」の二字を合わせて一字にしたもの。
- 冉有 … 姓は冉、名は求。字は子有。孔門十哲のひとり。孔子より二十九歳年少。政治的才能があった。冉求、冉子とも。ウィキペディア【冉有】参照。
- 公西華 … 前509~?。孔子の弟子。姓は公西、名は赤、字は子華。魯の人。孔子より四十二歳若い。公西赤とも。儀式に通じていた。ウィキペディア【公西赤】(中文)参照。
- 由 … 子路の名。
- 求 … 冉有の名。
- 赤 … 公西華の名。
- 求也退 … 求は引っ込み思案だ。
- 進 … 進める。励ます。
- 兼人 … 出しゃばり。他人の仕事までやりたがる。
- 故退之 … だから抑えておいたのだ。
補説
- 『注疏』に「此の章は施予の礼、并びに孔子の問うは同じきも答うるは異なるの意を論ずるなり」(此章論施予之禮、幷孔子問同答異之意也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 子路 … 『孔子家語』七十二弟子解に「仲由は卞人、字は子路。一の字は季路。孔子より少きこと九歳。勇力才芸有り。政事を以て名を著す。人と為り果烈にして剛直。性、鄙にして変通に達せず。衛に仕えて大夫と為る。蒯聵と其の子輒と国を争うに遇う。子路遂に輒の難に死す。孔子之を痛む。曰く、吾、由有りてより、悪言耳に入らず、と」(仲由卞人、字子路。一字季路。少孔子九歳。有勇力才藝。以政事著名。爲人果烈而剛直。性鄙而不達於變通。仕衞爲大夫。遇蒯聵與其子輒爭國。子路遂死輒難。孔子痛之。曰、自吾有由、而惡言不入於耳)とある。ウィキソース「家語 (四庫全書本)/卷09」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「仲由、字は子路、卞の人なり。孔子よりも少きこと九歳。子路性鄙しく、勇力を好み、志伉直にして、雄鶏を冠し、豭豚を佩び、孔子を陵暴す。孔子、礼を設け、稍く子路を誘う。子路、後に儒服して質を委し、門人に因りて弟子たるを請う」(仲由字子路、卞人也。少孔子九歳。子路性鄙、好勇力、志伉直、冠雄鷄、佩豭豚、陵暴孔子。孔子設禮、稍誘子路。子路後儒服委質、因門人請爲弟子)とある。伉直は、心が強くて素直なこと。豭豚は、オスの豚の皮を剣の飾りにしたもの。委質は、はじめて仕官すること。ここでは孔子に弟子入りすること。ウィキソース「史記/卷067」参照。
- 子路問、聞斯行諸 … 『集解』に引く包咸の注に「窮を賑い乏を救うの事なり」(賑窮救乏之事也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「斯は、此なり。此れは、窮を賑い乏を救うの事を此れとするなり。諸は、之なり。子路孔子に問う、若し窮を周い乏を救うの事有るを聞かば、便ち之を行うを得るや不や、と」(斯、此也。此、此於賑窮救乏之事也。諸、之也。子路問孔子。若聞有周窮救乏事、便得行之不乎)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「諸は、之なり。子路孔子に問いて曰く、若し人の窮乏し当に賑救すべきの事を聞かば、斯に於いて即ち之を行うを得るか、と」(諸、之也。子路問於孔子曰、若聞人窮乏當賑救之事、於斯即得行之乎)とある。
- 子曰、有父兄在 … 『義疏』に「人の子私に仮与すること無かれ。故に若し事有らば、必ず先ず父兄に啓告するなり」(人子無私假與。故若有事、必先啓告父兄也)とある。
- 如之何其聞斯行之 … 『集解』に引く孔安国の注に「当に父兄に白すべし。自ら専らにするを得可からざるなり」(當白父兄。不可得自專也)とある。また『義疏』に「既に父兄に由る。故に己如何ぞ聞くがままにして行わんや。不可なるを言うなり」(既由父兄。故己如何聞而行乎。言不可也)とある。また『注疏』に「言うこころは当に先ず父兄に白すべく、自らは専らにするを得ざるなり」(言當先白父兄、不得自專也)とある。
- 其聞斯行之 … 『義疏』では「其聞斯行之也」に作る。
- 冉有 … 『孔子家語』七十二弟子解に「冉求は字は子有。仲弓の宗族なり。孔子より少きこと二十九歳。才芸有り。政事を以て名を著す。仕えて季氏の宰と為る。進めば則ち其の官職を理め、退けば則ち教えを聖師に受く。性たること多く謙退す。故に子曰く、求や退、故に之を進ましむ、と」(冉求字子有。仲弓之宗族。少孔子二十九歳。有才藝。以政事著名。仕爲季氏宰。進則理其官職、退則受教聖師。爲性多謙退。故子曰、求也退、故進之)とある。ウィキソース「家語 (四庫全書本)/卷09」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「冉求、字は子有。孔子より少きこと二十九歳。季氏の宰と為る」(冉求字子有。少孔子二十九歳。爲季氏宰)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。
- 冉有問、聞斯行諸 … 『義疏』に「子路の問うことと同じなり」(與子路問同也)とある。
- 子曰、聞斯行之 … 『義疏』に「此れは答うること異なれり。言うこころは聞いて即ち之を行うなり」(此答異也。言聞而即行之也)とある。また『注疏』に「此の問いは子路と同じくして、答うる所は異なるなり」(此問與子路同、而所答異也)とある。
- 公西赤(公西華) … 『孔子家語』七十二弟子解に「公西赤は魯人、字は子華。孔子より少きこと四十二歳。束帯して朝に立ち、賓主の儀に閑う」(公西赤魯人、字子華。少孔子四十二歳。束帶立於朝、閑賓主之儀)とある。ウィキソース「孔子家語/卷九」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「公西赤、字は子華。孔子より少きこと四十二歳」(公西赤字子華。少孔子四十二歳)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。
- 公西華曰、由也問、聞斯行諸。子曰、有父兄在 … 『義疏』に「公西華は二人の問うこと同じうして答うること異なるを疑う。故に二人の問答を領するなり。此れは子路の問答を領するなり」(公西華疑二人問同而答異。故領二人之問答也。此領子路問答也)とある。また『注疏』に「赤は、公西華の名なり」(赤、公西華名也)とある。
- 求也問、聞斯行諸。子曰、聞斯行之 … 『義疏』に「此れは冉有の問答を領するなり。求は、冉有の名なり」(此領冉有之問答也。求、冉有名也)とある。
- 赤也惑 … 『集解』に引く孔安国の注に「其の問うこと同じうして答うること異なるに惑うなり」(惑其問同而答異也)とある。また『義疏』に「惑は、疑なり。二人問うこと同じうして孔子の答うること異なれり。故に己疑惑を生ず。故に云う、惑う、と。赤は、公西華の名なり」(惑、疑也。二人問同而孔子答異。故己生疑惑。故云、惑。赤、公西華名也)とある。
- 敢問 … 『義疏』に「敢は、果敢なり。既に其の深きことを惑う。故に果敢にして之を問う」(敢、果敢也。既惑其深。故果敢而問之)とある。また『注疏』に「其の問うは同じくして答うるは異なるを見る、故に疑惑して孔子に問うなり」(見其問同而答異、故疑惑而問於孔子也)とある。
- 子曰、求也退。故進之 … 『集解』に引く鄭玄の注に「言うこころは冉有の性謙退なり」(言冉有性謙退)とある。また『義疏』に「異義に答うる所以を答うるなり。言うこころは冉求謙退なり。故に之を引いて進ましむること、父兄に白すを先んずと云わざる所以なり」(答所以答異義也。言冉求謙退。故引之令進、所以不云先白父兄也)とある。
- 由也兼人。故退之 … 『集解』に引く鄭玄の注に「子路務めて人に勝尚るに在り。各〻其の人の失に因りて正すなり」(子路務在勝尚人。各因其人之失而正也)とある。また『義疏』に「言うこころは子路の性、行行として人を兼ねたり、好むこと率爾に在り、故に抑〻之を退く、必ず父兄に白せしむるなり」(言子路性、行行兼人、好在率爾、故抑退之、必令白父兄也)とある。また『注疏』に「此れ孔子其の答えの異なるの意を言うなり。冉有の性は謙退、子路は務むること人に勝尚るに在り、各〻其の人の失に因りて之を正す、故に答うること異なるなり」(此孔子言其答異之意也。冉有性謙退、子路務在勝尚人、各因其人失而正之、故答異也)とある。また『集注』に「人を兼ぬは、人に勝るを謂うなり」(兼人、謂勝人也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 『集注』に引く張栻の注に「義を聞きては固より当に為すに勇なるべし。然れども父兄の在す有らば、則ち得て専らにす可からざる者有り。若し命を稟けずして行えば、則ち反って義を傷つくるなり。子路聞くこと有りて、未だ之を行うこと能わざれば、唯だ聞くこと有るを恐る。則ち当に為すべき所に於いて、其の為す能わざるを患えず。特だ之を為すの意、或いは過ぎて、当に命を稟くべき所の者に於いて闕くこと有るを患うるのみ。冉求の資稟の若きは、之を弱きに失い、其の命を稟けざるを患えざるなり。其の当に為すべき所の者に於いて、逡巡畏縮して、之を為すこと勇ならざるを患うるのみ。聖人一は之を進め、一は之を退く。之を義理の中に約して、之をして過不及の患い無からしむる所以なり」(聞義固當勇爲。然有父兄在、則有不可得而專者。若不禀命而行、則反傷於義矣。子路有聞、未之能行、唯恐有聞。則於所當爲、不患其不能爲矣。特患爲之之意或過、而於所當禀命者有闕耳。若冉求之資禀、失之弱、不患其不禀命也。患其於所當爲者、逡巡畏縮、而爲之不勇耳。聖人一進之、一退之。所以約之於義理之中、而使之無過不及之患也)とある。
- 伊藤仁斎『論語古義』に「此れ聖人の人を教うるには、或いは進め或いは退く、各〻其の権有り、猶お天地の道、陽舒陰惨、各〻其の時に当たり、万物自ら大化の中に生成長育するがごときを言うなり。……後世人の師たる者、大類己が性の能くする所を以てして、之を天下の材に施さんと欲するは、亦た夫子の道に異なれり。故に師たるの道を知らずして、人の師たるときは、則ち必ず夫の人の子を賊う。謹しまざる可けんや」(此言聖人之教人、或進或退、各有其權、猶天地之道、陽舒陰惨、各當其時、萬物自生成長育於大化之中也。……後世爲人之師者、大類欲以己性之所能、而施之于天下之材、亦異乎夫子之道矣。故不知爲師之道、而爲人之師、則必賊夫人之子。可不謹哉)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 荻生徂徠『論語徴』に「大戴礼虞戴徳に、子曰く、昔商の老彭及び仲傀、政を之れ大夫に教え、官の士を教え、技の庶人に教う。揚ぐれば則ち抑え、抑うれば則ち揚げ、綴るに徳行を以てし、任ずるに言を以てせず、と。孔子蓋し是の道を以てするなり」(大戴禮虞戴德、子曰、昔商老彭及仲傀、政之教大夫、官之教士、技之教庶人。揚則抑、抑則揚、綴以德行、不任以言。孔子蓋以是道也)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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