>   論語   >   子罕第九   >   7

子罕第九 7 子曰吾有知乎哉章

212(09-07)
子曰、吾有知乎哉、無知也。有鄙夫、問於我、空空如也。我叩其兩端而竭焉。
いわく、われることらんや、ることきなり。鄙夫ひふり、われう、空空如こうこうじょたり。われりょうたんたたきてつくす。
現代語訳
  • 先生 ――「わしに知識があろうか。知識はない。無学な人のたずねるのは、あけっぱなしだから、わしはあれこれときいて説きあかすのだ。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がおっしゃるよう、「わしが何を知るものか、何も知ってはいない。ただかりにいなか者があって、まじめにわしに物をたずねたとしたら、終始・本末・大小・上下・せい厚薄こうはくのはしからはしまでをたたきつくして、知っているかぎりを残すところなく教えてやるだけのことじゃ。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    「私が何を知っていよう。何も知ってはいないのだ。だが、もし、田舎の無知な人が私に物をたずねることがあるとして、それが本気で誠実でさえあれば、私は、物事の両端をたたいて徹底的に教えてやりたいと思う」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 有知乎哉。無知也 … わたしは物知りだろうか。いや物知りではない。反語形。「乎哉」は二字で「や」と読む。反問の気持ちをあらわす。
  • 鄙夫 … 知識のない者。無教養な人。田舎者。
  • 空空如 … 「くうくうじょ」とも読む。馬鹿正直なさま。愚直なさま。「如」は状態をあらわす形容詞につける接尾語。「~ぜん」も同じ。
  • 叩 … たたき尽くす。質問の意味の不明なところは反問して意味をはっきりさせる。
  • 其 … 鄙夫の質問の内容を指す。
  • 両端 … 質問のすみずみまで。
  • 竭 … 十分に説明し尽くす。
  • 焉 … 訓読しない。「~なのだ」「~にちがいない」と訳す。語調を整え、断定の語気を示す助詞。
補説
  • 吾有知乎哉、無知也 … 『集解』の何晏の注に「知とは、意を知るの知なり。知を言う者は、言未だ必ずしも尽くさざるなり。今我誠に尽くすなり」(知者、知意之知也。言知者、言未必盡也。今我誠盡也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「知は、其の間に私意有るの知を謂うなり。聖人は道を体するを度と為し、意を用うること有るの知無し。故に先ず弟子に問いて曰く、吾知ること有らんや。又た知ること無きなり、と。己知ること有らずして之を知るの意を明らかにするなり。即ち是れ意無きなり」(知、謂有私意於其間之知也。聖人體道爲度、無有用意之知。故先問弟子曰、吾有知乎哉也。又無知也。明己不有知知之意也。即是無意也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「孔子謙して己に知識無きを言う」(孔子謙言己無知識)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 有鄙夫、問於我、空空如也 … 『集解』に引く孔安国の注に「鄙夫の来たりて我に問うこと有り、其の意空空然たり。我則ち事の終始両端を発して以て之に語り、知る所を竭尽けつじんして、為にしむこと有らざるなり」(有鄙夫來問於我、其意空空然。我則發事之終始兩端以語之、竭盡所知、不爲有愛也)とある。また『義疏』に「此れ無知にして誠尽するの事を挙ぐるなり。鄙夫は、れつの夫なり。空空は、無識なり。言うこころは鄙夫来たりて我に問うこと有り。而して心に抱くこと空虚如たるなり」(此舉無知而誠盡之事也。鄙夫、鄙劣之夫也。空空、無識也。言有鄙夫來問我。而心抱空虚如也)とある。また『集注』に「但だ其の人に告ぐるに、至愚なりと雖も、敢えて尽くさずんばあらざるのみ」(但其告人、雖於至愚、不敢不盡耳)とある。
  • 問於我 … 『集解』および『義疏』では「來問於我」に作る。
  • 我叩其両端而竭焉 … 『義疏』に「両端は、事の終始なり。言うこころは復た鄙夫と雖も、而れども又た虚空にして来たりて我に問う。我も亦た隠すこと無し。知を用うるを以て之に処せず。故に即ち其の発する事の終始を為し、我が誠を竭尽するなり。即ち是れ無必なり。故に李充曰く、日月の照臨、愚智の為に光を易えず。聖人の善誘、賢鄙の為に教えを異にせず。復た鄙夫の識ること寡しと雖も、而れども其の疑にしたがいて、誠を聖に諮る。必ずしも之に示すに善悪の両端を以てし、己の心をくして以て之におしうるなり、と」(兩端、事之終始也。言雖復鄙夫、而又虚空來問於我。我亦無隱。不以用知處之。故即爲其發事終始、竭盡我誠也。即是無必也。故李充曰、日月照臨、不爲愚智易光。聖人善誘、不爲賢鄙異教。雖復鄙夫寡識、而率其疑、誠諮於聖。必示之以善惡之兩端、己竭心以誨之也)とある。また『集注』に「叩は、発動するなり。両端は、猶お両頭と言うがごとし。終始本末、上下精粗、尽くさざる所無きを言う」(叩、發動也。兩端、猶言兩頭。言終始本末、上下精粗、無所不盡)とある。
  • 『集注』に引く程顥または程頤の注に「聖人の人を教うるに、俯して之に就くこと此の若し。猶お衆人の以て高遠なりと為して親しまざるを恐るるなり。聖人の道は、必ず降りて自ら卑しくす。此の如くならざれば、則ち人親しまず。賢人の言は、則ち引きて自ら高くす。此の如くならざれば、則ち道尊からず。孔子・孟子を観て、則ち見る可し」(聖人之教人、俯就之若此。猶恐衆人以爲高遠而不親也。聖人之道、必降而自卑。不如此、則人不親。賢人之言、則引而自高。不如此、則道不尊。觀於孔子孟子、則可見矣)とある。
  • 『集注』に引く尹焞の注に「聖人の言は、上下兼ね尽くす。其の近きに即きては、衆人皆あずかり知る可し。其の至を極むれば、則ち聖人と雖も亦た以て加うること無し。是を之れ両端と謂う。樊遅の仁知を問うに答うるが如きは、両端竭尽けつじんしてうん無し。夫れ上を語りて下をのこし、理を語りて物を遺すが若きは、則ち豈に聖人の言ならんや」(聖人之言、上下兼盡。即其近、衆人皆可與知。極其至、則雖聖人亦無以加焉。是之謂兩端。如答樊遲之問仁知、兩端竭盡無餘蘊矣。若夫語上而遺下、語理而遺物、則豈聖人之言哉)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「蓋し物の外に道無く、道の外に物無し。……故に実に道を知る者は、自ら其の知をゆうせりとせず。其の有すとす可き者有ること無きを以てなり。……論に曰く、旧註に載せたり。程子曰く、聖人の道は、必ず降りて自ら卑しくす。此の如くならざれば則ち人親しまず。賢人の言は、則ち引きて自ら高くす。此の如くならざれば則ち道尊からず、と。愚以為おもえらく、非なり。……蓋し聖人の道は、猶お天地の大なる、人其の中に在りて、其の大なるを知らざるがごとし。降りて自ら卑しくするに非ざるなり。賢人の言は、猶お泰山きょうがくのごとく、自ら其の高きを守るのみ。引きて自ら高くするに非ざるなり。此れ賢者の聖人に及ばざる所以なり」(蓋物外無道、道外無物。……故實知道者、不自有其知。以其無有可有者也。……論曰、舊註載。程子曰、聖人之道、必降而自卑。不如此則人不親。賢人之言、則引而自高。不如此則道不尊。愚以爲、非也。……蓋聖人之道、猶天地之大、人在其中、而不知其大也。非降而自卑也。賢人之言、猶泰山喬嶽、自守其高耳。非引而自高也。此賢者之所以不及乎聖人也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「蓋し孔子平日門弟子の問いに答うるに、ふんせざれば啓せず、せざれば発せず、一隅を挙ぐるに、三隅を以てかえさざれば則ちふたたびせず。門弟子或いは夫子を以て隠すと為す、故に孔子又た此の言有り。大氐自ら智とする者は、多くは其の知る所を愛惜して、たやすこれを人に告げんことを欲せず。孔子は自ら言えらく我豈に自ら智とするの心有りて其の知る所を惜しまんや、鄙夫我に問えば、則ち両端をつくす、門人には則ちしかせずと。教誨の道なり」(蓋孔子平日答門弟子之問、不憤不啓、不悱不發、擧一隅、不以三隅反則不復也。門弟子或以夫子爲隱、故孔子又有此言。大氐自智者、多愛惜其所知、不欲輒告諸人。孔子自言我豈有自智之心而惜其所知哉、鄙夫問於我、則竭兩端、門人則否。教誨之道也)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十