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泰伯第八 6 曾子曰可以託六尺之孤章

190(08-06)
曾子曰、可以託六尺之孤、可以寄百里之命。臨大節而不可奪也。君子人與、君子人也。
そういわく、もっ六尺りくせきたくすべく、もっひゃくめいすべし。大節たいせつのぞみてうばうべからず。くんじんか、くんじんなり。
現代語訳
  • 曽先生 ――「十四五歳の若ぎみと、一つの国の政治をまかされ、重大なときにもビクともしないのは、りっぱな人か…。りっぱな人だ。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 曾子がいうよう、「安心してようじゃくのみなしごの将来を頼める人、心配なく一国の運命をまかせ得る人、そしてきゅう存亡そんぼうの大事に当って心を動かさず度を失わぬ人、そういう人こそくんじんではあるまいか、正に君子人である。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 曾先生がいわれた。――
    「安んじて幼君の補佐を頼み、国政を任せることができ、重大事に臨んで断じて節操をまげない人、このような人を君子人というのであろうか。まさにこのような人をこそ君子人というべきであろう」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 曾子 … 姓はそう、名はしんあざな子輿しよ。魯の人。孔子より四十六歳年少の門人。『孝経』を著した。ウィキペディア【曾子】参照。
  • 可以~ … 「もって~すべし」と読み、「~できる」「~してよい」と訳す。
  • 託・寄 … どちらも「預ける」「任せる」「委ねる」の意。
  • 六尺之孤 … 父が死んで幼少で即位した君主。「六尺」は、「りくせき」と読む。十五歳以下のこと。身長でおよその年齢を示した。周代の一尺は22.5cm。従って六尺は135cm。「孤」は、みなし児。
  • 百里之命 … 諸侯の国の政令。「百里」は、百里四方の国の意で、諸侯の国をいう。「命」は、政令。
  • 大節 … 国家の重大事件。
  • 不可奪也 … (その人物の節操や志を)奪い去ることができない。「不可~」は、「~べからず」と読み、「~することができない」と訳す。
  • 君子人与。君子人也 … 自問自答の形。「(そういう人こそが)君子らしい人であろうか、たしかに君子らしい人である」と訳す。「君子人」は、君子らしい人物。「与」は、疑問の助字。「也」は、断定の助字。
補説
  • 曾子 … 『孔子家語』七十二弟子解に「曾参は南武城の人、あざなは子輿。孔子よりわかきこと四十六歳。志孝道に存す。故に孔子之に因りて以て孝経を作る」(曾參南武城人、字子輿。少孔子四十六歳。志存孝道。故孔子因之以作孝經)とある。ウィキソース「孔子家語/卷九」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「曾参は南武城の人。字は子輿。孔子より少きこと四十六歳。孔子以為おもえらく能く孝道に通ずと。故に之に業を授け、孝経を作る。魯に死せり」(曾參南武城人。字子輿。少孔子四十六歳。孔子以爲能通孝道。故授之業、作孝經。死於魯)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。
  • 可以託六尺之孤 … 『集解』に引く孔安国の注に「六尺の孤は、幼少の君を謂うなり」(六尺之孤、謂幼少之君也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「託は、憑託するを謂うなり。六尺の孤は、童子父無くして国君と為る者を謂うなり。ねん幼少にして、未だ自ら立つ能わず。故に大臣に憑託すること、成王周公に託するが如き者なり」(託、謂憑託也。六尺之孤、謂童子無父而爲國君者也。年齒幼少、未能自立。故憑託大臣、如成王託周公者也)とある。年歯は、年齢。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「鄭玄此に注して云う、六尺の孤は、年十五已下なり、と」(鄭玄注此云、六尺之孤、年十五已下)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 可以寄百里之命 … 『集解』に引く孔安国の注に「君の政令をせっするなり」(攝君之政令也)とある。また『義疏』に「百里は、国を謂うなり。百里と言うは、全数を挙ぐるなり。命とは、国の教令を謂うなり。幼君既に未だ政を行うこと能わず。故にちょうさいに寄せて之を摂せしむるなり。周公の摂政の如きなり。然して幼孤に託と云い、教令に寄と云うは、以て故有ればなり。託は是れ長くりて反ること無きの言なり。寄は是れ暫く寄りて反るの目有るなり。君の身は尊く重し。故に託と云う。長くこうに憑るを示す者なり。教命は君の年長に待ちて還る。君自ら裁断す。是れ反ること有るなり」(百里、謂國也。言百里、舉全數也。命者、謂國之教令也。幼君既未能行政。故寄冢宰攝之也。如周公攝政也。然幼孤云託、教令云寄者、有以故也。託是長憑無反之言。寄是暫寄有反之目也。君身尊重。故云託。示長憑於阿衡者也。教命待君年長而還。君自裁斷。是有反也)とある。阿衡は、宰相。
  • 臨大節而不可奪也 … 『集解』の何晏の注に「大節は、国家を安んじ、社稷を定むるなり。奪とは、之を傾奪す可からざるなり」(大節、安國家、定社稷也。奪者、不可傾奪之也)とある。また『義疏』に「国に大難有れば、臣能く之に死す。是れ大節に臨んで奪う可からざるなり」(國有大難、臣能死之。是臨大節不可奪也)とある。
  • 君子人与、君子人也 … 『義疏』に「言うこころは臣と為りて能く幼を受託し命を寄す。又た大節に臨んで回ならず。此は是れ君子人なるか。再び君子を言うは、美の深きなり」(言爲臣能受託幼寄命。又臨大節不囘。此是君子人與也。再言君子、美之深也)とある。また『集注』に「其の才以て幼君をたすけて国政を摂す可く、其の節、死生の際に至りても奪う可からず。君子と謂う可し。与は、疑うの辞。也は、決するの辞。問答を設為するは、深く其の必然を著わす所以なり」(其才可以輔幼君攝國政、其節至於死生之際而不可奪。可謂君子矣。與、疑辭。也、決辭。設爲問答、所以深著其必然也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 『集注』に引く程頤の注に「節操かくの如ければ、君子と謂う可し」(節操如是、可謂君子矣)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「此れ言うこころは大任に当たり、大衆を治むるに、忠信にして才有る者に非ざれば、能わず。蓋し忠信にして才無ければ、則ち斡旋足らず、何を以て事をすくわん。才有りて忠信ならざるは、則ち衆心服せず、必ず事を敗るに至る。故に必ず忠信にして且つ才有りて、而る後に以て君子たる可し」(此言當大任、治大衆、非忠信而有才者、不能。蓋忠信而無才、則斡旋不足、何以濟事。有才而不忠信、則衆心不服、必至敗事。故必忠信且有才、而後可以爲君子矣)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「大節に臨んで奪う可からず、……是れ何晏は事を以て言い、朱子は其の人の節操を以て言う。蓋し節とは礼儀の大限を謂うなり。節操は我に在り、豈に臨むと言うけんや。礼儀は外に在り、故に臨むと曰う。……故に国家を安んじ社稷を定むるを大節と為す。……朱子又た曰く、与は、疑うの辞。也は、決するの辞。設けて問答を為すは、深く其の必ず然ることを著わす所以なり、と。邢昺に本づけり。是れ韓・柳已後の文の法なり。豈に以て古文辞を解す可けんや。君子の人なるか、君子人なりと、反復して之を言う、之を賛する所以なり」(臨大節而不可奪也、……是何晏以事言、朱子以其人節操言。蓋節者謂禮儀之大限也。節操在我、豈容言臨乎。禮儀在外、故曰臨。……故安國家定社稷爲大節。……朱子又曰、與、疑辭。也、決辭。設爲問答、所以深著其必然也。本於邢昺。是韓柳已後文法。豈可以解古文辭乎。君子人與、君子人也、反復言之、所以贊之)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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