>   論語   >   雍也第六   >   9

雍也第六 9 子曰賢哉回也章

128(06-09)
子曰、賢哉回也。一簞食、一瓢飮、在陋巷。人不堪其憂。回也不改其樂。賢哉回也。
いわく、けんなるかなかいや。一簞いったんいっぴょういん陋巷ろうこうり。ひとうれいにえず。かいたのしみをあらためず。けんなるかなかいや。
現代語訳
  • 先生 ――「えらいなあ、顔回は。一ぜんのめし、一ぱいの水で、裏長屋住まい。ほかの人なら苦にするが…。回くんは、たのしそうにしている。えらいなあ、顔回は。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がおっしゃるよう、「賢人けんじんなるかな顔回がんかいは。もりめし一杯酒いっぱいざけよこちょう裏店うらだなずまい、ほかの人なら貧乏の苦労にかまけてしまうところを、かいは相変らず道を楽しんで勉強している。さても賢人なるかな顔回は。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    かいはなんという賢者だろう。一膳飯に一杯酒で、裏店うらだな住居といったような生活をしておれば、たいていの人は取りみだしてしまうところだが、回はいっこう平気で、ただ道を楽しみ、道にひたりきっている。回はなんという賢者だろう」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 賢 … 学徳のすぐれていること。人格や才能がすぐれていること。
  • 賢哉回也 … 「回也賢哉」の「賢哉」を強調するための倒置の形。「えらいものだよ、回は」の意。
  • 回 … 前521~前490。孔子の第一の弟子。姓は顔、名は回。あざなえんであるので顔淵とも呼ばれた。の人。徳行第一といわれた。孔子より三十歳年少。早世し孔子を大いに嘆かせた。孔門十哲のひとり。ウィキペディア【顔回】参照。
  • 一簞食 … わりご一杯のめし。粗末な食事のこと。「一」は、一杯。「簞」は、竹製の食器。わりご。「食」は、めし。「し」と読む。
  • 一瓢飲 … ひさご一杯の飲み物。「瓢」は、ひさごを半分に割って作ったお椀。「飲」は、飲み物。汁。
  • 陋巷 … 狭い路地裏。
  • 在 … 住んでいる。
  • 人不堪 … 普通の人は堪えられない。
  • 其憂 … そのような貧苦。
  • 不改 … 改めない。つらぬき通そうとする。
  • 其楽 … 道を学んで楽しむこと。
補説
  • 『注疏』に「此の章は顔回の賢なるを歎ず。故に曰く、賢なるかな回や、と」(此章歎顏回之賢。故曰、賢哉回也)とある。なお、画像では「歎美」に作るが、十三経注疏本に従い改めた。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 顔回 … 『史記』仲尼弟子列伝に「顔回は、魯の人なり。あざなは子淵。孔子よりもわかきこと三十歳」(顏回者、魯人也。字子淵。少孔子三十歳)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。また『孔子家語』七十二弟子解に「顔回は魯人、字は子淵。孔子より少きこと三十歳。年二十九にして髪白く、三十一にして早く死す。孔子曰く、吾に回有りてより、門人日〻益〻親しむ、と。回、徳行を以て名を著す。孔子其の仁なるを称う」(顏回魯人、字子淵。少孔子三十歳。年二十九而髮白、三十一早死。孔子曰、自吾有回、門人日益親。回以德行著名。孔子稱其仁焉)とある。ウィキソース「家語 (四庫全書本)/卷09」参照。
  • 賢哉回也 … 『義疏』に「顔淵の賢行をむ、故に先ず賢なるかな回やと言うなり」(美顏淵之賢行、故先言賢哉回也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 一簞食、一瓢飲 … 『集解』に引く孔安国の注に「簞は、はこなり。瓢は、ひさごなり」(簞、笥也。瓢、瓠也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「簞は、竹筥の属なり。用て飯を貯う。瓢は、瓠片なり。匏持ちて飲を盛るなり。言うこころは顔淵の食餚を重ねず、及び雕鏤の器無し。唯だ一簞の食、一瓢の飲有るのみ。竹を以て之を為る。そうきょうたぐいの如きなり」(簞、竹筥之屬也。用貯飯。瓢、瓠片也。匏持盛飮也。言顏淵食不重餚、及無雕鏤之器。唯有一簞食一瓢飮而已也。以竹爲之。如箱篋之屬也)とある。また『注疏』に「一簞の食、一瓢の飲と云うは、簞は、竹器、食は、飯なり。瓢は、瓠なり。回の家は貧しく、唯だ一簞の飯、一ひょうの飲有るのみを言うなり。……案ずるに鄭、曲礼に注して、円なるを簞と曰い、方なるを笥と曰うと云う。然らば則ち簞と笥とは、方・円異なり、と。而して此に簞笥と云うは、其れ倶に竹を用いて之をつくるを以てなり。類を挙げて以て人にさとすなり」(云一簞食、一瓢飮者、簞、竹器、食、飯也。瓢、瓠也。言回家貧、唯有一簞飯、一瓠瓢飮也。……案鄭注曲禮云、圓曰簞、方曰笥。然則簞與笥方圓異。而此云簞笥者、以其倶用竹爲之。舉類以曉人也)とある。また『集注』に「簞は、竹器。食は、飯なり。瓢は、瓠なり」(簞、竹器。食、飯也。瓢、瓠也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 在陋巷 … 『義疏』に「爽塏そうがいを顧みれども之に居処せず、窮陋の巷中に在るなり」(不顧爽塏而居處之、在窮陋之巷中也)とある。爽塏は、高台で爽やかな所。また『注疏』に「言うこころは回の居処は又た隘陋の巷に在り」(言回居處又在隘陋之巷)とある。
  • 人不堪其憂 … 『義疏』に「凡そ人は此を以て憂いと為して処ること能わず、故に其の憂いに堪えずと云うなり」(凡人以此爲憂而不能處、故云不堪其憂也)とある。また『注疏』に「他人之を見れば、其の憂いにえず」(他人見之、不任其憂)とある。
  • 回也不改其楽 … 『集解』に引く孔安国の注に「顔淵は道を楽しみ、簞食して陋巷に在りと雖も、其の楽しむ所を改めざるなり」(顔淵樂道、雖簞食在陋巷、不改其所樂也)とある。また『義疏』に「顔回此を以て楽しみと為し、久しうすれども変ぜず。故に云う、其の楽しみを改めざるなり、と。其の道を楽しむの情篤きを美とす。故に歎じて始・末に賢を言うなり」(顏回以此爲樂、久而不變。故云、不改其樂也。美其樂道情篤。故歎始末言賢也)とある。また『注疏』に「唯だ回のみ其の楽道の志を改めず、貧を以て憂苦と為さざるなり」(唯回也不改其樂道之志、不以貧爲憂苦也)とある。また『集注』に「顔子の貧、此くの如くなれども、之に処するに泰然として、以て其の楽しみを害せず。故に夫子再び賢なるかな回やと言い、以て深く之を歎美す」(顏子之貧如此、而處之泰然、不以害其樂。故夫子再言賢哉回也、以深歎美之)とある。
  • 賢哉回也 … 『義疏』に「其の道を楽しむ情の篤きことをむ、故に始・末に賢と言うなり」(美其樂道情篤、故始末言賢也)とある。なお、原本では「故歎始末」に作るが、諸本に従い「歎」の字を省いた。また『注疏』に「之を歎美すること甚だし、故に又た曰く、賢なるかな回や、と」(歎美之甚、故又曰、賢哉回也)とある。
  • 『集注』に引く程頤の注に「顔子の楽しみは、簞瓢・陋巷を楽しむに非ざるなり。ひんを以て其の心をわずらわして、其の楽しむ所を改めざるなり。故に夫子其の賢を称す」(顏子之樂、非樂簞瓢陋巷也。不以貧窶累其心、而改其所樂也。故夫子稱其賢)とある。
  • 『集注』に引く程顥の注に「簞瓢・陋巷は楽しむ可きに非ず。蓋し自ら其の楽しみ有るのみ。其の字当に玩味すべし。自ら深意有り」(簞瓢陋巷非可樂。蓋自有其樂爾。其字當玩味。自有深意)とある。
  • 『集注』に引く程顥または程頤の注に「昔、学を周茂叔に受く。つねに仲尼・顔子の楽しむ処、楽しむ所は何事ぞと尋ねしむ」(昔受學於周茂叔。毎令尋仲尼顏子樂處、所樂何事)とある。
  • 『集注』に「愚按ずるに、程子の言、引けども発せず。蓋し学者深く思いて、之を自得するを欲す。今亦た敢えて妄りに之が説を為さざるも、学者但だ当に博文約礼のおしえに従事すべく、以てめんと欲すれども能わずして、其の才をくすに至れば、則ち以て之を得ること有るにちかからん」(愚按、程子之言、引而不發。蓋欲學者深思、而自得之。今亦不敢妄爲之説、學者但當從事於博文約禮之誨、以至於欲罷不能、而竭其才、則庶乎有以得之矣)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「顔子はひんを以て憂と為さずして、能く其の楽を改めず。故に夫子其の賢を称するなり。……先儒其の形容し難きを苦しむ者は、亦た之を高遠に求めて、之を実徳に求むるを知らざるが故なり」(顏子不以貧窶爲憂、而能不改其樂。故夫子稱其賢也。……先儒苦其難於形容者、亦求之高遠、而不知求之實德故也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「顔子ひんを以て其の心をわずらわさず、天命を信ずることのあつきなり。……所謂其の楽しみとは、正にいん有莘ゆうしんの野に耕し、堯・舜の道を楽しむが如し。……淵明は琴書を楽しんで以て憂いを消す、亦た甚だしくは相遠からず。だ其の徳あいばんすれば、楽しみも亦た相万す。之を要するに皆先王の道を楽しむなり。宋儒の見る所は達磨の如く、一物にかれんことを欲せず、故に道を楽しむを以て是に非ずとするのみ。程子曰く、其の字まさに玩味すべし、と。妄なるかな」(顏子不以貧窶累其心、信天命之篤也。……所謂其樂者、正如伊尹耕有莘之野、樂堯舜之道。……淵明樂琴書以消憂、亦不甚相遠矣。祇其德相萬、樂亦相萬。要之皆樂先王之道也。宋儒所見如達磨、不欲惹一物、故以樂道爲非是已。程子曰、其字當玩味。妄哉)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十