>   論語   >   雍也第六   >   8

雍也第六 8 伯牛有疾章

127(06-08)
伯牛有疾。子問之。自牖執其手、曰、亡之。命矣夫、斯人也而有斯疾也、斯人也而有斯疾也。
はくぎゅうやまいり。これう。まどよりりて、いわく、これからん。めいなるかな、ひとにしてやまいるや、ひとにしてやまいるや。
現代語訳
  • 伯牛がライ病なので、先生は見舞いにゆかれ、窓からかれの手をとって ―― 「おわかれだ。運命だなあ…。こういう人でも、こんな病気になるのか…。こういう人でも、こんな病気になるのか…。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • ぜんはくぎゅうの病気がわるいというので、孔子様が見舞いに行かれ、窓越しにその手を取ってなげかれるよう、「このしい人を亡くすことか、ああ天命なるかな。こういう人にこういう病気があろうとは。こういう人にこういう病気があろうとは。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • はくぎゅうらいを病んで危篤におちいった。先師は彼をその家に見舞われ、窓から彼の手をとって永訣された。そしてなげいていわれた。
    「惜しい人がなくなる。これも天命だろう。それにしても、この人にこの業病ごうびょうがあろうとは。この人にこの業病があろうとは」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 伯牛 … 前544~?。姓はぜん。名は耕。あざなは伯牛。孔門十哲のひとり。魯の人。徳行とっこうにすぐれていた。冉牛とも。ウィキペディア【冉伯牛】参照。
  • 有疾 … 不治の病にかかった。『集注』に「やまい有りは、先儒以てらいと為す」(有疾、先儒以爲癩也)とある。当時は不治の病といわれたハンセン病を指す。
  • 問 … ここでは見舞う。
  • 牖 … 窓。明かり取りの窓。
  • 自 … 「より」と読み、「~から」と訳す。時間・場所の起点・経由の意を示す。
  • 亡之 … 孔安国の注に「亡は、喪なり。やまいはなはだし、故に其の手を持していわく、之をうしなわん」(亡、喪也。疾甚、故持其手曰喪之)とある。これによると、「亡」は「もうだめだ」「もはや命はないだろう」などの意味になるが、危篤状態の病人に面と向かって言った言葉とは考えられない。
  • 命 … 天命、運命。
  • 矣夫 … 「(なる)かな」と読み、「~だなあ」「~であることよ」と訳す。詠嘆・感嘆の意を示す。「矣」「矣哉」「矣乎」も同じ。
  • 斯人 … こんなよい人。このような徳行のある人。
  • 斯疾 … このような病気にかかろうとは。
補説
  • 『注疏』に「此の章は孔子弟子の冉耕に徳行有れども悪疾に遇うを痛惜するなり」(此章孔子痛惜弟子冉耕有德行而遇惡疾也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 冉伯牛 … 『孔子家語』七十二弟子解に「冉耕はひと、字は伯牛。徳行を以て名を著す。悪疾有り。孔子曰く、命なるかな、と」(冉耕魯人、字伯牛。以德行著名。有惡疾。孔子曰、命也夫)とある。ウィキソース「孔子家語/卷九」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「冉耕、字は伯牛。孔子、以て徳行有りと為す。伯牛、悪疾有り。孔子往きて之を問う。まどより其の手を執りて曰く、命なるかな、斯の人にして斯のやまい有るや、命なるかな、と」(冉耕字伯牛。孔子以爲有德行。伯牛有惡疾。孔子往問之。自牖執其手曰、命也夫、斯人也而有斯疾、命也夫)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。
  • 伯牛有疾 … 『集解』に引く馬融の注に「伯牛は、弟子、冉耕なり」(伯牛、弟子、冉耕也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「伯牛は弟子、冉耕は字なり。魯人、疾い有りとは、時に其れ悪疾有るなり」(伯牛弟子冉耕字也。魯人、有疾、時其有惡疾也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「伯牛は、冉耕の字なり。疾い有りとは、悪疾有るなり」(伯牛、冉耕字也。有疾、有惡疾也)とある。また『集注』に「伯牛は、孔子の弟子、姓は冉、名は耕。疾い有りは、先儒以て癩と為すなり」(伯牛、孔子弟子、姓冉、名耕。有疾、先儒以爲癩也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 子問之 … 『義疏』に「孔子往きて伯牛のやまゆるや不やと問うなり」(孔子往問伯牛之疾差不也)とある。
  • 自牖執其手 … 『集解』に引く包咸の注に「牛、悪疾有りて、人を見るを欲せず。故に孔子牖り其の手を執るなり」(牛有惡疾、不欲見人。故孔子從牖執其手也)とある。また『義疏』に「ゆうは、南窓なり。君子疾い有るときは、北壁の下にね、東首す。今、師来たる。故に遷りて南窓の下に出でて、亦た東首して、師をして戸り床の北に入れて、南に面するを得しむるなり。孔子其の悪疾の人を見んことを欲せざらんことを恐る。故に戸より入らずして、但だ窓の上に於いて其の手を執るなり」(牖、南窓也。君子有疾、寐於北壁下東首。今師來。故遷出南窓下、亦東首、令師從戸入、於床北、得面南也。孔子恐其惡疾不欲見人。故不入戸、但於窓上而執其手也)とある。また『注疏』に「自は、従なり。伯牛は悪疾なれば、人を見るを欲せず、故に孔子之を問い、牖より其の手を執るなり」(自、從也。伯牛惡疾、不欲見人、故孔子問之、從牖執其手也)とある。また『集注』に「牖は、南牖なり。礼に、病者は北牖の下に居る。君之を視れば、則ち南牖の下に遷り、君をして以て南面して己を視るを得さしむ。時に伯牛の家此の礼を以て孔子を尊ず。孔子敢えて当たらず。故に其の室に入らずして、牖より其の手を執る。蓋し之と永訣するなり」(牖、南牖也。禮、病者居北牖下。君視之、則遷於南牖下、使君得以南面視己。時伯牛家以此禮尊孔子。孔子不敢當。故不入其室、而自牖執其手。蓋與之永訣也)とある。
  • 曰、亡之 … 『集解』に引く孔安国の注に「亡は、喪なり。疾い甚だしく、故に其の手を持して曰く、之をうしなわん、と」(亡、喪也。疾甚、故持其手曰、喪之也)とある。また『義疏』に「亡は、喪なり。孔子其の手を執りて曰く、之を喪わん、と。牛必ず死するを言うなり」(亡、喪也。孔子執其手而曰、喪之。言牛必死也)とある。また『注疏』に「亡は、喪なり。疾い甚だし、故に其の手を持ちて曰く、之をうしなわん、と」(亡、喪也。疾甚、故持其手曰、喪之)とある。
  • 命矣夫 … 『義疏』に「亦た是れ不幸のたぐいなり。言うこころは汝の才徳の如きは、実に応に死すべからず、而るにいま之を喪わんか、豈に命をくることの得るに非ざらんや。矣夫は、助の語なり」(亦是不幸之流也。言如汝才德、實不應死、而今喪之、豈非禀命之得矣夫。矣夫、助語也)とある。また『注疏』に「善を行いて凶に遇うは、人の召す所に非ず、故に之を命に帰す。天命なるかなと言う」(行善遇凶、非人所召、故歸之於命。言天命矣夫)とある。
  • 斯人也而有斯疾也、斯人也而有斯疾也 … 『集解』に引く包咸の注に「之を再言するは、之を痛惜すること甚だしければなり」(再言之者、痛惜之甚也)とある。また『義疏』に「斯は、此なり。言うこころは此の善人有りて、此の悪疾にかかること、疾いと人と反す。故に之を歎ずるなり。再び之を言うは、痛歎することの深きなり」(斯、此也。言有此善人、而嬰此惡疾、疾與人反。故歎之也。再言之者、痛歎之深也)とある。また『注疏』に「斯は、此なり。此の善人にして此の悪疾有るや、と。是れ孔子之を痛惜するなり。再び之を言うは、痛惜することの甚だしきなり」(斯、此也。此善人也而有此惡疾也。是孔子痛惜之也。再言之者、痛惜之甚)とある。また『集注』に「命は、天命を謂う。言うこころは此の人応に此の疾い有るべからずして、今乃ち之れ有り。是れ乃ち天の命ずる所なり。然らば則ち其の疾いを謹むこと能わずして、以て之を致すこと有るに非ざることも、亦た見る可し」(命、謂天命。言此人不應有此疾、而今乃有之。是乃天之所命也。然則非其不能謹疾、而有以致之、亦可見矣)とある。また『史記』仲尼弟子列伝では「命也夫、斯人也而有斯疾、命也夫」に作る。
  • 『集注』に引く侯仲良の注に「伯牛徳行を以て称せされ、顔・閔にぐ。故に其の将に死せんとするや、孔子尤も之を痛惜せり」(伯牛以德行稱、亞於顏閔。故其將死也、孔子尤痛惜之)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「此れ孔子伯牛の死を惜しみて言う。伯牛の賢、応に此の疾い有るべからずして、今は乃ち之有り。是れ其の疾いを謹むこと能わずして、以て之を致すこと有るに非ず。実に天の命ずる所にして、賢者と雖も、亦た免れざる所なり。則ち知る、彼の其の道を尽さずして死する者は、皆命と言う可からざることを」(此孔子惜伯牛之死而言。伯牛之賢、不應有此疾、而今乃有之。是非其不能謹疾、而有以致之。實天之所命、而雖賢者、亦所不免也。則知彼不盡其道而死者、皆不可言命也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「まどより其の手を執るは、包咸曰く、牛悪疾有って、人を見ることを欲せず、故に孔子牖り其の手を執るなり、と。理或いは然らん。然れども朱子の礼を以て断ずるの極めてかくなるに如かざるなり。之をぼうせんは、人多く亡を以て死するの義と為すは、非なり。死と亡と異なり。……蓋し亡を喪と訓ずるは、亡人ぼうじんの亡の如きなり。死喪の義に非ず。冉子悪疾有り、復た世に用う可からず、之を失うが如く然り、故に孔子云爾しかいう」(自牖執其手、包咸曰、牛有惡疾、不欲見人、故孔子從牖執其手也。理或然矣。然不如朱子以禮斷之極確也。亡之、人多以亡爲死之義、非也。死與亡異。……蓋亡訓喪、如亡人之亡也。非死喪之義矣。冉子有惡疾、不可復用於世、如失之然、故孔子云爾)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十