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公冶長第五 13 子路有聞章

105(05-13)
子路有聞、未之能行、唯恐有聞。
子路しろくことりて、いまこれおこなうことあたわざれば、くことるをおそる。
現代語訳
  • 子路は教えをきいて、それがやれないうちは、もうきくのをおそれた。(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 子路は善言を聞けばただちにこれを行わんと欲したので、一つ善言を聞いてまだそれを行い得ないうちにまた一つ善言を聞くであろうことを心配した。(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 子路は、一つの善言をきいて、まだそれを実践することができない間は、さらに新しい善言を聞くことを恐れた。(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 子路 … 前542~前480。姓はちゅう、名は由。あざなは子路、または季路。魯のべんの人。孔門十哲のひとり。孔子より九歳年下。門人中最年長者。政治的才能があり、また正義感が強く武勇にも優れていた。ウィキペディア【子路】参照。
  • 有聞 … 孔子から教えを聞くこと。
  • 行 … 実行する。実践する。
補説
  • 子路 … 『孔子家語』七十二弟子解に「仲由は卞人べんひと、字は子路。いつの字は季路。孔子よりわかきこと九歳。勇力ゆうりき才芸有り。政事を以て名を著す。人と為り果烈にして剛直。性、にして変通に達せず。衛に仕えて大夫と為る。蒯聵かいがいと其の子ちょうと国を争うに遇う。子路遂に輒の難に死す。孔子之を痛む。曰く、吾、由有りてより、悪言耳に入らず、と」(仲由卞人、字子路。一字季路。少孔子九歳。有勇力才藝。以政事著名。爲人果烈而剛直。性鄙而不達於變通。仕衞爲大夫。遇蒯聵與其子輒爭國。子路遂死輒難。孔子痛之。曰、自吾有由、而惡言不入於耳)とある。ウィキソース「家語 (四庫全書本)/卷09」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「仲由、字は子路、べんの人なり。孔子よりもわかきこと九歳。子路性いやしく、勇力を好み、志こうちょくにして、雄鶏を冠し、とんび、孔子を陵暴す。孔子、礼を設け、ようやく子路をいざなう。子路、後に儒服してし、門人に因りて弟子たるを請う」(仲由字子路、卞人也。少孔子九歳。子路性鄙、好勇力、志伉直、冠雄鷄、佩豭豚、陵暴孔子。孔子設禮、稍誘子路。子路後儒服委質、因門人請爲弟子)とある。伉直は、心が強くて素直なこと。豭豚は、オスの豚の皮を剣の飾りにしたもの。委質は、はじめて仕官すること。ここでは孔子に弟子入りすること。ウィキソース「史記/卷067」参照。
  • 子路有聞、未之能行、唯恐有聞 … 『集解』に引く孔安国の注に「前に聞く所、未だ行うを得るに及ぶ能わず。故に後に聞くこと有りて、並びに行うを得ざるを恐るるなり」(前所聞、未能及得行。故恐後有聞、不得竝行也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「子路の禀性果決なり。宿諾無きを言う。故に前に孔子に聞く所有れば、即ち修行せんことを欲す。若し未だ能く行うに及ばずんば、則ち更に聞く所有るを願わず。之を行いてあまねからざるを恐る。故に唯だ聞くこと有るを恐るるなり」(子路禀性果決。言無宿諾。故前有所聞於孔子、即欲修行。若未及能行、則不願更有所聞。恐行之不周。故唯恐有聞也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「前に聞く所の者、既に未だ行うに及ばず、故に復た聞く所有りて之を行うことらざることを恐るるなり」(前所聞者、既未及行、故恐復有所聞而行之不給也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 之 … 『義疏』では「之」の字なし。
  • 『集注』に引く范祖禹の注に「子路善を聞きて、必ず行うに勇なり。門人自ら以為おもえらく及ばざるなり、と。故に之を著す。子路の若きは、能く其の勇を用うと謂う可し」(子路聞善、勇於必行。門人自以爲弗及也。故著之。若子路、可謂能用其勇矣)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「子路勇を好みて、善を行うに果なり。門人自ら以為おもえらく及ばずと。故に編者之を記して、以て学者の模範と為せるなり」(子路好勇、果於行善。門人自以爲弗及。故編者記之、以爲學者之模範也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「是れ門人の言。唯だ恐らくはと曰うは、門人の心これを労するなり。以て子路の賢なるをあらわすなり。古文辞の妙かくの如し」(是門人之言。曰唯恐者、門人之心勞之也。以形子路之賢也。古文辭之妙如此)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十