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公冶長第五 6 子曰道不行章

098(05-06)
子曰、道不行、乘桴浮于海。從我者其由與。子路聞之喜。子曰、由也好勇過我。無所取材。
いわく、みちおこなわれず、いかだりてうみうかばん。われしたがものゆうなるか。子路しろこれきてよろこぶ。いわく、ゆうゆうこのむことわれぎたり。ざい ところし。
現代語訳
  • 先生 ――「道のない世だ、イカダで海に乗りだそうか…。ついてくるのは、まあ由くんだな…。」子路はそれをききニコニコ。先生 ――「由くんは、わしよりすごいが…。材木がないさ。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様が歎息たんそくして、「道義の行われぬ乱れた中国に住む気はしない。いかだにでも乗って海外へ行ってしまいたいものじゃ。その時わしについて来る者はゆうかな。」と言われた。子路しろがそれを聞いて、おおぜいの門人の中で自分だけがたのみになる者とお見出しにあずかった、どんなもんだい、と得意になった。すると孔子様がおっしゃるよう、「由は勇気のある点ではわしも及ばんが、どうも見さかいがなくて困るよ。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    「私の説く治国の道も、とうてい行なわれそうにないし、そろそろいかだにでも乗って海外に出ようと思うが、いよいよそうなった場合、私について来てくれるのは、ゆうかな」
    子路はそれをきいて大喜びであった。すると先師がまたいわれた。――
    「ところで、ゆうは、勇気を愛する点では私以上だが、分別が足りないので、いささか心細いね」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 道 … 道義。正しい政治。
  • 桴 … 小形のいかだ。大形のものははつという。
  • 浮于海 … 海外に行ってしまいたい。孔子の空想のことば。
  • 従我者 … わたしに喜んでついて来る者。我は、孔子。
  • 其由与 … おそらく由であろうよ。由は、子路の名。与は「か」と読む。
  • 子路 … 前542~前480。姓はちゅう、名は由。あざなは子路、または季路。魯のべんの人。孔門十哲のひとり。孔子より九歳年下。門人中最年長者。政治的才能があり、また正義感が強く武勇にも優れていた。ウィキペディア【子路】参照。
  • 聞之喜 … 多くの門人の中で自分一人だけが孔子に信頼されたと思い、喜びかつ得意になった。
  • 由 … 子路の名。
  • 好勇過我 … 勇気があるのはわたし(孔子)以上だ。
  • 材 … いかだを組む材木。『集解』では「材」を「哉」と同じとし、「ところかな」(無所取哉)と読んでいる。また、『集注』では「材」を「裁」と同じとし、「はかところし」(無所取裁)と読んでいる。
補説
  • 乘桴浮于海 … 『集解』に引く馬融の注に「は、竹木を編めるなり。大なる者をはつと曰い、小なる者を桴と曰う」(桴、編竹木也。大者曰筏、小者曰桴)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「とは竹木を編めるなり。大は筏と曰い、小は桴と曰う。孔子の聖道世に行われず。故に或ひとは九夷に居らんと欲し、或ひとは桴に乗りて海にかばんと欲す。故に曰く、道行なわれず、桴に乗りて海に浮かばん、と」(桴者編竹木也。大曰筏、小曰桴。孔子聖道不行於世。故或欲居九夷、或欲乘桴泛海。故曰、道不行、乘桴浮於海也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「は、いかだなり」(桴、筏也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 于 … 『義疏』では「於」に作る。
  • 其由与 … 『義疏』では「其由也與」に作る。
  • 子路 … 『孔子家語』七十二弟子解に「仲由は卞人べんひと、字は子路。いつの字は季路。孔子よりわかきこと九歳。勇力ゆうりき才芸有り。政事を以て名を著す。人と為り果烈にして剛直。性、にして変通に達せず。衛に仕えて大夫と為る。蒯聵かいがいと其の子ちょうと国を争うに遇う。子路遂に輒の難に死す。孔子之を痛む。曰く、吾、由有りてより、悪言耳に入らず、と」(仲由卞人、字子路。一字季路。少孔子九歳。有勇力才藝。以政事著名。爲人果烈而剛直。性鄙而不達於變通。仕衞爲大夫。遇蒯聵與其子輒爭國。子路遂死輒難。孔子痛之。曰、自吾有由、而惡言不入於耳)とある。ウィキソース「家語 (四庫全書本)/卷09」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「仲由、字は子路、べんの人なり。孔子よりもわかきこと九歳。子路性いやしく、勇力を好み、志こうちょくにして、雄鶏ゆうけいを冠し、とんび、孔子を陵暴す。孔子、礼を設け、ようやく子路を誘う。子路、後に儒服してし、門人に因りてていたるを請う」(仲由字子路、卞人也。少孔子九歳。子路性鄙、好勇力、志伉直、冠雄雞、佩豭豚、陵暴孔子。孔子設禮、稍誘子路。子路後儒服委質、因門人請爲弟子)とある。伉直は、心が強くて素直なこと。豭豚は、オスの豚の皮を剣の飾りにしたもの。委質は、はじめて仕官すること。ここでは孔子に弟子入りすること。ウィキソース「史記/卷067」参照。
  • 聞之喜 … 『集解』に引く孔安国の注に「己と倶に行くを喜ぶなり」(喜與己倶行矣)とある。
  • 好勇過我。無所取材 … 『集解』に引く鄭玄の注に「子路、夫子の行かんと欲するを信ず。故に勇を好むこと我に過ぎたりと言うなり。材を取る所無からんとは、桴材を取る所無きを言うなり。子路の微言を解せざるを以て、故に之をたわむれしのみ」(子路信夫子欲行。故言好勇過我也。無所取材者、言無所取桴材也。以子路不解微言、故戲之耳)とある。また『集解』の何晏の注に「子路、孔子の桴に乗りて海に浮かばんと欲するを聞きて、便ち喜べども、復た望みを顧みず。故に孔子其の勇を歎きて曰く、我に過ぎたり、復た取る所無きかな。言うこころは唯だ己のみを取るなり。古に材・哉は同じ」(子路聞孔子欲乘桴浮海、便喜、不復顧望。故孔子歎其勇曰、過我、無所復取哉。言唯取於己也。古材哉同)とある。また『義疏』に「然れども孔子の本意は、桴に乗るに託して時俗を激するなり。而るに子路之を信じて将に行かんとす。既に微旨に達せず。故に孔子復た更に其の実を言わず。且つ先ず云う、由の勇を好むこと我に過ぎたり、と。以て之に戯るるなり。所以に是れ我に過ぐとは、我始め桴に乗るの言有り。而して子路便ち実に此に乗らんと欲す。是れ勇我に過ぎたるなり」(然孔子本意、託乘桴激時俗。而子路信之將行。既不達微旨。故孔子不復更言其實。且先云、由好勇過我。以戲之也。所以是過我者、我始有乘桴之言。而子路便實欲乘此。是勇過我也)とある。
  • 『集注』に引く程頤の注に「海に浮かぶの歎は、天下の賢君無きを傷むなり。子路義に勇、故に其の能く己に従うと謂えども、皆仮設の言なるのみ。子路以為おもえらく実に然り、と。而して夫子の己にくみするを喜ぶ。故に夫子其の勇をめて、其の事理を裁度し以て義にかなうこと能わざるをそしるなり」(浮海之歎、傷天下之無賢君也。子路勇於義、故謂其能從己、皆假設之言耳。子路以爲實然。而喜夫子之與己。故夫子美其勇、而譏其不能裁度事理以適於義也)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「此れ九夷に居らんと欲すの章と意を同じくす。蓋し夫子の素志なり。当時君昏く臣驕りて、天下之き往く所無し。故に桴に乗り海に浮かびて、島夷の民を化して、以て礼義の俗と為さんと欲す。聖人四海を以て一家と為すの心、此に於いて見る可し」(此與欲居九夷章同意。蓋夫子之素志也。當時君昏臣驕、天下無所之往。故欲乘桴浮海、化島夷之民、以爲禮義之俗。聖人以四海爲一家之心、於此可見矣)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「道行われず、桴に乗って海に浮ばん、我に従わん者は其れ由か、此れ孔子の微言なり。……蓋し孔子の言う所、其の事の至って難き、すなわち独力の能くす所に非ず、而うして与共ともにす可き所の者、又た其の人をかたんず。唯だ子路は勇を好めり、故に仮に設けてしかう。実に子路に許すに非ざるなり。……経済の材無くんば則ち能くせざるなり。朱子は材を裁と訓ず。其の微言を解せざること、亦た猶お子路のごときか。うべなり其の詩を解する所無きこと。且つ取の字明らかならず、あやまれり」(道不行、乘桴浮于海、從我者其由與、此孔子之微言也。……蓋孔子所言、其事之至難、廼非獨力所能濟、而所可與共者、又難其人。唯子路好勇、故假設云爾。非實許子路也。……無經濟之材則不能也。朱子材訓裁。其不解微言、亦猶子路歟。宜其無所解於詩也。且取字不明、謬矣)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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