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里仁第四 11 子曰君子懷徳章

077(04-11)
子曰、君子懷徳、小人懷土。君子懷刑、小人懷惠。
いわく、くんとくおもい、しょうじんおもう。くんけいおもい、しょうじんけいおもう。
現代語訳
  • 先生 ――「徳をみがく人、土地にあがく人。おきてを守る人、おこぼれを待つ人。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がおっしゃるよう、「君子と小人とでは常に考えているところがちがう。君子は徳行とっこうを修めることをのみ考え、小人は一身安住の地をのみ考え、君子は国法儀礼にそむかざらんことをのみ考え、小人は恩恵利益を得んことをのみ考える。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    「上に立つ者がつねに徳に心がけると、人民は安んじて土に親しみ、耕作にいそしむ。上に立つ者がつねに刑罰を思うと、人民はただ上からの恩恵だけに焦慮する」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 徳 … 徳行(道徳にかなった正しい行い)。
  • 懐 … いつも考えている。常に思念する。
  • 土 … 安楽な土地。故郷とする説もある。
  • 刑 … 刑罰。
  • 恵 … 恩恵。物質的利益。
補説
  • 『注疏』に「此の章は君子・小人の安んずる所の同じからざるを言うなり」(此章言君子小人所安不同也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 君子懐徳 … 『集解』に引く孔安国の注に「懐は、安なり」(懷、安也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「懐は、安なり。君子の身の安んずる所は、有徳の事に安んず」(懷、安也。君子身之所安、安於有德之事)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「懐は、安なり。君子の徳を執りて移らざるは、是れ徳に安んずればなり」(懷、安也。君子執德不移、是安於德也)とある。また『集注』に「懐は、思念なり。徳を懐うは、其の固有の善を存するを謂う」(懷、思念也。懷德、謂存其固有之善)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 小人懐土 … 『集解』に引く孔安国の注に「遷をはばかるなり」(重遷也)とある。また『義疏』に「小人は徳を貴ばず。唯だ郷土に安んず。利害を期せず。是れ安んずるを以て遷ること能わざるなり」(小人不貴於德。唯安於郷土。不期利害。是以安不能遷也)とある。また『注疏』に「小人は安きに安んじて、遷る能わず、遷徙するを重んじ難しとするは、是れ土に安んずるなり」(小人安安、而不能遷、重難於遷徙、是安於土也)とある。また『集注』に「土を懐うは、其の処る所の安きに溺るるを謂う」(懷土、謂溺其所處之安)とある。
  • 君子懐刑 … 『集解』に引く孔安国の注に「法に安んずるなり」(安於法也)とある。また『義疏』に「刑は、法なり。言うこころは君子の人は法則に安んずるなり」(刑、法也。言君子之人安於法則也)とある。また『注疏』に「刑は、法なり。恵は、恩恵なり。君子の法制の斉明なるを楽しむは、是れ刑にやすんずるなり」(刑、法也。惠、恩惠也。君子樂於法制齊明、是懷刑也)とある。また『集注』に「刑を懐うは、法を畏るるを謂う」(懷刑、謂畏法)とある。
  • 小人懐恵 … 『集解』に引く包咸の注に「恵は、恩恵なり」(惠、恩惠也)とある。また『義疏』に「恵は、恩恵人を利するなり。小人は法に安んぜずして、唯だ利恵に安んずるを知るのみなり。又た一に云う、人君若し刑辟を安んずるときは、則ち民下利恵を懐うなり、と。故に李充曰く、之をととのうるに刑を以てすれば、則ち民恵利とす。夫れ刑を以て物を制する者、刑勝てば則ち民離る、利を以て上を望む者、利極れば則ち叛をすなり、と」(惠、恩惠利人也。小人不安法、唯知安利惠也。又一云、人君若安於刑辟、則民下懷利惠也。故李充曰、齊之以刑、則民惠利矣。夫以刑制物者、刑勝則民離、以利望上者、利極則生叛也)とある。また『注疏』に「小人は唯だ利を是れ視るのみにて、恩恵に安んずるは、是れ恵に懐んずるなり」(小人唯利是視、安於恩惠、是懷惠也)とある。また『集注』に「恵を懐うは、利を貪るを謂う。君子・小人の趣向同じからず、公私の間のみ」(懷惠、謂貪利。君子小人趣向不同、公私之間而已矣)とある。
  • 『集注』に引く尹焞の注に「善を楽しみ不善を悪むは、君子たる所以なり。かりそめに安んじて得ることを務むるは、小人たる所以なり」(樂善惡不善、所以爲君子。苟安務得、所以爲小人)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「此れ言うこころは君子を治むると小人を治むるとは、其の道自ら同じからざるなり。徳になつくとは、利を以て動かず、惟だ善是れ親しむなり。土に懐くとは、恒産有る者は、恒心有るなり。刑に懐くとは、心儀刑を楽しむ。恵に懐くとは、惟だ利にのみ是れ親しむ。君子・小人の心を存すること同じからず。故に其の之に懐く所以の者、自ら同じからざるなり」(此言治君子與治小人、其道自不同也。懷於德者、不以利動、惟善是親也。懷於土者、有恒産者、有恒心也。懷於刑者、心樂儀刑。懷於惠者、惟利是親。君子小人存心不同。故其所以懷之者、自不同也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「君子小人は、位を以て言う。懐とは、思うてかざるなり。じょ有り春に懐う、の懐うの如し。君上賢を懐えば、則ち民其の土に安んず。其の心政刑に在らざるが故なり。民の軽〻かろがろしくきょうを去るは、虐政の致す所なり。徳政は無し、民を安んずるのみ。民をして其の生に安んぜしむる、是れを民を安んずと謂う。民の恩恵を思うは、恩恵無きが故なり。虐政の効なり。朱註に、刑を懐うを法をおそると為す。小人の事なり。孔安国は懐を安と訓じ、刑を懐うを法を安んずと為す。学斎がくさいてん(ひつ)に以て儀刑・典刑の刑と為す。皆非なり。皆古文辞を識らずして、四句を分って四事と為すが故なり」(君子小人、以位言。懷者、思而弗措也。如有女懷春之懷。君上懷賢、則民安其土。其心不在政刑故也。民輕去郷者、虐政所致也。德政無它、安民而已。使民安其生、是謂安民。民思恩惠者、無恩惠故也。虐政之效也。朱註、懷刑爲畏法。小人之事也。孔安國懷訓安、懷刑爲安於法。學齋佔以爲儀刑典刑之刑。皆非矣。皆不識古文辭、四句分爲四事故也)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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