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八佾第三 17 子貢欲去告朔之餼羊章

057(03-17)
子貢欲去告朔之餼羊。子曰、賜也、爾愛其羊。我愛其禮。
こう告朔こくさくようらんとほっす。いわく、や、なんじひつじしむ。われれいしむ。
現代語訳
  • 子貢がついたちのヒツジをそなえまいとした。先生 ――「賜くん、ヒツジがおしいだろうが、わしは儀式がおしいよ。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • こうが、告朔こくさくの礼がすたれたのに羊を殺すのはむだだからやめにしたら、と考えた。孔子様がおっしゃるよう、「よ、お前は羊をおしむが、わしは礼がおしい。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 子貢が、告朔こくさくの礼にようをお供えするのはむだだといって、これを廃止することを希望した。すると先師はいわれた。――
    よ、おまえは羊が惜しいのか。私は礼がすたれるのが惜しい」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 子貢 … 前520~前446。姓は端木たんぼく、名は。子貢はあざな。衛の人。孔子より三十一歳年少の門人。孔門十哲のひとり。弁舌・外交に優れていた。ウィキペディア【子貢】参照。
  • 告朔 … 周代、天子が十二月に翌年十二ヵ月分の暦を諸侯に分け与え、諸侯はこれを祖廟に収めておき、毎月朔日ついたちに生きた羊をいけにえとして供え、朔日さくじつであることを報告する儀式。
  • 餼羊 … 宗廟に供えるいけにえの羊。
  • 欲去 … 「去」は、廃止する。子貢は告朔の礼が形式化し、ただ羊を供えるだけの儀式となっているので、羊を供えることをやめたいと考えた。
  • 賜 … 子貢の名。
  • 爾 … お前。主格・所有格など句のはじめに用いるときは「爾」、目的格として句の終わりに用いるときは「汝」が多い。
  • 愛 … 「おしむ」と読む。惜しむ。
補説
  • 子貢 … 『史記』仲尼弟子列伝に「端木賜は、衛人えいひとあざなは子貢、孔子よりわかきこと三十一歳。子貢、利口巧辞なり。孔子常に其の弁をしりぞく」(端木賜、衞人、字子貢、少孔子三十一歳。子貢利口巧辭。孔子常黜其辯)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。また『孔子家語』七十二弟子解に「端木賜は、あざなは子貢、衛人。口才こうさい有りて名を著す」(端木賜、字子貢、衞人。有口才著名)とある。ウィキソース「孔子家語/卷九」参照。
  • 子貢欲去告朔之餼羊 … 『集解』に引く鄭玄の注に「いけにえの生くるを餼と曰う。礼に、人君月毎に朔を廟に告げ、祭有り、之を朝享と謂うなり、と。魯は文公より始めて朔を視ず。子貢其の礼の廃るるを見、故に其の羊を去らんと欲するなり」(牲生曰餼。禮、人君每月告朔於廟、有祭、謂之朝享也。魯自文公始不視朔。子貢見其禮廢、故欲去其羊也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「告朔とは、人君毎月の旦、廟に於いて此の月朔の至れるを告ぐるなり」(告朔者、人君每月旦、於廟告此月朔之至也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「告朔の礼、いにしえは天子常に季冬を以て来歳十二月の朔を諸侯にかつ。諸侯受けて之を祖廟に蔵し、月朔には、則ち特羊を以て廟に告げ、請いて之を行う。餼は、生牲なり。魯は文公より始めて朔を視ず。而して有司は猶お此の羊を供す。故に子貢之を去らんと欲す」(告朔之禮、古者天子常以季冬頒來歳十二月之朔于諸侯。諸侯受而藏之祖廟、月朔、則以特羊告廟、請而行之。餼、生牲也。魯自文公始不視朔。而有司猶供此羊。故子貢欲去之)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 爾愛其羊。我愛其礼 … 『集解』に引く包咸の注に「羊在すれば、猶お其の礼を識る所以なり。羊ければ、礼遂に廃るるなり」(羊在、猶所以識其禮也。羊亡、禮遂廢也)とある。また『義疏』では「爾」を「汝」に作り、「孔子は子貢の羊を去るを許さざるなり」(孔子不許子貢去羊也)とある。また『注疏』に「爾以為おもえらく、既に其の礼を廃して、虚しく其の羊を費やす。故に之を去らんと欲す、と。是れ其の羊を愛しむなり。我以為えらく、羊存せば猶お以て其の礼を識る。羊亡ければ礼遂に廃る。其の羊を去らざる所以は、後世をして此の告朔の羊を見て、告朔の礼有るを知らしめんと欲す。こいねがわくは復た之を行わん、と。是れ其の礼を愛しむなり」(爾以爲、既廢其禮、虚費其羊。故欲去之。是愛其羊也。我以爲、羊存猶以識其禮。羊亡禮遂廢。所以不去其羊、欲使後世見此告朔之羊、知有告朔之禮。庶復行之。是愛其禮也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「愛しむは、猶お惜しむがごときなり。子貢は蓋し其の実無くして妄りについゆるを惜しむ。然れども礼廃すと雖も羊存せば、猶お以て之を識るを得て復す可し。若し併せて其の羊を去れば、則ち此の礼遂に亡びん。孔子の之を惜しむ所以なり」(愛、猶惜也。子貢蓋惜其無實而妄費。然禮雖廢羊存、猶得以識之而可復焉。若併去其羊、則此禮遂亡矣。孔子所以惜之)とある。
  • 『集注』に引く楊時の注に「告朔は、諸侯の命を君親にくる所以にて、礼の大なる者なり。魯は朔を視ず。然れども羊存せば、則ち告朔の名未だほろびず。而して其の実因りて挙ぐ可し。此れ夫子の之を惜しむ所以なり」(告朔、諸侯所以禀命於君親、禮之大者。魯不視朔矣。然羊存、則告朔之名未泯。而其實因可舉。此夫子所以惜之也)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「礼は理なり。羊は物なり。礼さかんなれば則ち物いやし、礼けがるれば則ち物貴し。蓋し礼さかんなれば則ち義これが主と為る。牛を用いて不可なれば則ち羊を用い、羊を用いて不可なれば則ちいのこを用う。故に礼さかんなれば則ち物いやしきなり。礼けがるれば則ち文これが主と為る。物にしたがえば則ち礼と為り、物にたがえば則ち礼に非ず。故に礼けがるれば則ち物貴し。其の益〻ますます衰うるに及ぶや、則ち人惟だ物を以て礼を識りて、礼は物に因りて存亡す。是に於いて物益〻貴し。故に羊を存するは即ち礼を存する所以なり。子貢ようを去らんと欲するは、其れ未だ此の義に達せざらんや」(禮理也。羊物也。禮隆則物賤、禮汚則物貴。蓋禮隆則義爲之主。用牛不可則用羊、用羊不可則用豕。故禮隆則物賤也。禮汚則文爲之主。循物則爲禮、違物則非禮。故禮汚則物貴也。及乎其益衰也、則人惟以物識禮、而禮因物而存亡。於是物益貴焉。故存羊即所以存禮也。子貢欲去餼羊、其未達於此義乎)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「先王の礼は、古え未だ簡に載せず。簡に載するは孔子より始まる。……仁斎先生解して曰く、……此れ其の人孟子を尊ぶこと、孔子に過ぐ。蓋し此の章の義は宣王の羊を以て牛にうるの説をさまたぐるに似たるを嫌う。故に此の言を為せるのみ。殊に知らず孔子は周の礼の亡ぶるになんなんとするを惜しみ、孟子はすなわち礼の亡びたるの世に在りて、宣王をいざなうに仁政を以てすることを。主とする所同じからず、何の窒碍ちつがいか有らんや」(先王之禮、古未載簡。載簡自孔子始。……仁齋先生解曰、……此其人尊孟子、過於孔子。蓋嫌此章之義似碍宣王以羊易牛之説。故爲此言耳。殊不知孔子惜周禮之垂亡、孟子廼在禮亡之世、誘宣王以仁政。所主不同、有何窒碍也)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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