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学而第一 10 子禽問於子貢章

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子禽問於子貢曰、夫子至於是邦也、必聞其政。求之與、抑與之與。子貢曰、夫子温良恭儉讓、以得之。夫子之求之也、其諸異乎人之求之與。
きんこういていわく、ふうくにいたるや、かならまつりごとく。これもとめたるか、抑〻そもそもこれあたえたるか。こういわく、ふうおんりょうきょうけんじょうもっこれたり。ふうこれもとむるや、ひとこれもとむるにことなるか。
現代語訳
  • 子禽(キン)が子貢にたずねる、「うちの先生はどこの国にいっても、きっと政治にかかりあうが…。たのむのかな、それともたのまれるのかな。」子貢 ―― 「先生はオットリとへりくだっていてそうなるんだ。先生のやりかたはだね、こりゃどうも人のやりくちとはちがってるね。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • きんこうに「先生はどこの国へ行かれても必ず政事向きの相談にあずかられますが、先生の方から求められるのですか、それともまた先方から持ちかけられるのですか。」と問うた。子貢が答えて言うよう、「先生のおんりょうきょうけんじょうのお人柄ひとがらによっておのずからさようなことになるのである。もっとも先生は天下の政治をよくしようと思って諸国へ行かれるのだから、先生の方から求めるのだといえないこともないかもしれぬが、先生の求め方は世間の人のいわゆる求職きゅうしょくりょうかんとは違うようだ。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • そう先生がいわれた。――
  • きんこうにたずねた。――
    「孔先生は、どこの国に行かれても、必ずその国の政治向きのことに関係されますが、それは先生の方からのご希望でそうなるのでしょうか、それとも先方から持ちかけてくるのでしょうか」
    子貢がこたえた。――
    「先生は、温・良・恭・倹・譲の五つの徳を身につけていられるので、自然にそうなるのだと私は思う。むろん、先生ご自身にも政治に関与したいというご希望がないのではない。しかし、その動機はほかの人とは全くちがっている。先生にとって大事なのは、権力の掌握でなくて徳化の実現なのだ。だから、先生はどこの国に行っても、ほかの人達のようにびたりへつらったりして官位を求めるようなことはなさらない。ただご自身の徳をもって君主にぶっつかっていかれるのだ。それが相手の心にひびいて、自然に政治向きの相談にまで発展していくのではないかと思われる」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 子禽 … 前511~前430。姓は陳、名はこう。子禽はあざな。孔子より四十歳年少の門人といわれているが、孔子の直弟子ではなく、子貢の弟子と思われる。ウィキペディア【陳亢】(中文)参照。
  • 子貢 … 前520~前446。姓は端木たんぼく、名は。子貢はあざな。衛の人。孔子より三十一歳年少の門人。孔門十哲のひとり。弁舌・外交に優れていた。また、商才もあり、莫大な財産を残した。ウィキペディア【子貢】参照。
  • 夫子 … 賢者・先生・年長者を呼ぶ尊称。ここでは孔子の弟子たちが孔子を呼ぶ尊称。
  • 是邦 … ここでは「どの国でも」の意。
  • 求之与 … 孔子の方から求めたのか。
  • 抑 … 「そもそも」と読み、「それとも」と訳す。
  • 与之与 … 君主たちに持ちかけられたのか。
  • 温 … おだやか。
  • 良 … 素直。
  • 恭 … うやうやしさ。
  • 倹 … つつましやか。
  • 譲 … ひかえめ、謙遜。
  • 人 … 他の人。
補説
  • 『注疏』に「此の章は夫子其の有徳に由り、国政をあずかり聞くの事を明らかにす」(此章明夫子由其有德、與聞國政之事)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 子禽 … 『史記』仲尼弟子列伝には記述なし。『孔子家語』七十二弟子解に「陳亢ちんこう陳人ちんひとあざなは子亢、いつあざなは子禽。孔子よりわかきこと四十歳」(陳亢陳人、字子亢、一字子禽。少孔子四十歳)とある。ウィキソース「孔子家語/卷九」参照。また『集解』に引く鄭玄の注に「子禽は、弟子の陳亢なり」(子禽、弟子陳亢也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「子禽は、姓は陳、名は亢。……或ひと曰く、亢は、子貢の弟子、と。未だいずれか是なるかを知らず」(子禽、姓陳、名亢。……或曰、亢、子貢弟子。未知孰是)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 子貢 … 『史記』仲尼弟子列伝に「端木賜は、衛人えいひとあざなは子貢、孔子よりわかきこと三十一歳。子貢、利口巧辞なり。孔子常に其の弁をしりぞく」(端木賜、衞人、字子貢、少孔子三十一歳。子貢利口巧辭。孔子常黜其辯)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。また『孔子家語』七十二弟子解に「端木賜は、あざなは子貢、衛人。口才こうさい有りて名を著す」(端木賜、字子貢、衞人。有口才著名)とある。また『集解』に引く鄭玄の注に「子貢は弟子、姓は端木、名は賜、字は子貢なり」(子貢弟子、姓端木、名賜、字子貢也)とある。また『集注』に「子貢は、姓は端木、名は賜」(子貢、姓端木、名賜)とある。
  • 夫子至於是邦也、必聞其政 … 『集解』に引く鄭玄の注に「亢、孔子の至る所の邦、必ずあたえて其の国の政を聞かしむるは、求めたりて得んか、抑〻そもそも人君の自ら願い与えて治を為さしむるかをあやしむ」(亢、恠孔子所至之邦、必與聞其國政、求而得邪、抑人君自願與爲治邪)とある。また『義疏』に「是は、此なり。此の邦は、毎邦を謂う。一国に非ざるなり。禽、子貢に問う。孔子毎に至る所の国、必ずつとに其の国の風政を逆聞するを怪しむ。故に問う」(是此也。此邦謂每邦。非一國也。禽問子貢。怪孔子每所至之國、必早逆聞其國之風政也。故問)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「子禽は孔子至る所の邦にて、必ず其の国の政事をあずかり聞くを疑い怪しむ」(子禽疑怪孔子所至之邦、必與聞其國之政事)とある。
  • 求之与 … 『義疏』に「与は、定まらざる語の辞なり。言うこころは孔子つねに至る所の国、必ず先ずあらかじめ其の風政を聞き、是れが為に其の国主に就いて、求めて之を得るか不かを問う」(與、語不定之辭也。問言孔子毎所至國、必先逆聞其風政、爲是就其國主、求而得之不乎)とある。また『注疏』に「故に子貢に問いて曰く、此れは是れ孔子時君に求めて之を得たるか」(故問子貢曰、此是孔子求於時君而得之與)とある。
  • 抑与之与 … 『義疏』に「抑は、語助なり。亢又た問いて言う、是れが為に孔子は国主の求むるに就かず、而して国主自ら呼んで孔子に治を為さんとして之を聞くか不かを与えたるか、と」(抑、語助也。亢又問言、爲是孔子不就國主求、而國主自呼與孔子爲治而聞之不乎)とある。また『注疏』に「抑〻人君自ら孔子と治を為さんことを願えるか、と。抑・与は皆語辞なり」(抑人君自願與孔子爲治與。抑與皆語辭)とある。
  • 子貢曰、夫子温良恭倹譲、以得之 … 『集解』に引く鄭玄の注に「言うこころは夫子此の五徳を行いて之を得るは、人の之を求むると異なり。人君の自ら願い与えて治を為さしむるを明らかにするなり」(言夫子行此五德而得之、與人求之異。明人君自願與爲治也)とある。また『義疏』に「子貢、禽に答う。孔子、逆聞を得る所以の由を説く。夫子は即ち孔子なり。礼に身大夫と為るを経たる者、則ち称して夫子と為すを得。孔子、魯の大夫と為る、故に弟子之を呼びて夫子と為す。敦美潤沢なる、之を温と謂う。行うに物を犯さざる、之を良と謂う。じゅうにして逆わざる、之を恭と謂う。奢を去り約に従う、之を倹と謂う。人を推して己を後にす、之を譲と謂う。言うこころは夫子みずから此の五徳の美有り。己を推して以て人を測る。故に凡そ至る所の邦、必ず之に逆聞するなり。故に顧歓云く、此れ明らかに求むるに非ず与うるに非ず、ただに以て自ら之を得るのみ。其の故は何ぞや。夫れ五徳内に充つれば、則ち是非自ずからあらわるるなり、と。又た一通に云く、孔子人の境に入りて、其の民の五徳を観れば、則ち其の君の行う所の政を知るなり、と。故に梁冀云く、夫子至る所の国に、其の境に入りて風俗を観察して、以て其の政教を知る。其の民温良なれば、則ち其の君の政教之れ温良なり、其の民恭・倹・譲なれば、則ち政教恭・倹・譲なり。孔子但に其の民を見て、則ち其の君の政教の得失を知るなり、と」(子貢答禽。說孔子所以得逆聞之由也。夫子即孔子也。禮身經爲大夫者、則得稱爲夫子。孔子爲魯大夫、故弟子呼之爲夫子也。敦美潤澤、謂之温。行不犯物、謂之良。和從不逆、謂之恭。去奢從約、謂之儉。推人後己、謂之讓。言夫子身有此五德之美。推己以測人。故凡所至之邦、必逆聞之也。故顧歡云、此明非求非與、直以自得之耳。其故何也。夫五德内充、則是非自鏡也。又一通云、孔子入人境、觀其民之五德、則知其君所行之政也。故梁冀云、夫子所至之國、入其境觀察風俗、以知其政教。其民温良、則其君政教之温良也、其民恭儉讓、則政教恭儉讓也。孔子但見其民、則知其君政教之得失也)とある。和従は、和らぎ従うこと。また『注疏』に「此れ子貢の答辞なり。敦柔潤沢なる、之を温と謂う。行いて物を犯さざる、之を良と謂う。和従して逆わざる、之を恭と謂う。奢を去り約に従う、之を倹と謂う。人を先にして己を後にする、之を譲と謂う。言うこころは夫子は此の五徳を行いて国政をあずかり聞くを得たり」(此子貢答辭也。敦柔潤澤、謂之温。行不犯物、謂之良。和從不逆、謂之恭。去奢從約、謂之儉。先人後己、謂之讓。言夫子行此五德而得與聞國政)とある。また『集注』に「温は、和厚なり。良は、易直なり。恭は、荘敬なり。倹は、節制なり。譲は、謙遜なり。五者は夫子の盛徳光輝にして、人に接する者なり」(温、和厚也。良、易直也。恭、莊敬也。儉、節制也。讓、謙遜也。五者夫子之盛德光輝、接於人者也)とある。
  • 夫子之求之也、其諸異乎人之求之与 … 『義疏』に「此れ夫子の求むると、人の求むるとは異なることを明らかにするなり。人は則ち行きて彼の君に就きて之を求む。而るに孔子は境に至り五徳を推して測るを以て之を求む。故に云う、其れれ人の之を求むるに異なるか、と。諸は、猶お之のごときなり。与は、語助なり。故に顧歓云く、夫子知ることを己に求む、而るを諸人は之を聞くことにもとむ、故に異なりと曰うなり、と。梁冀又た云く、凡そ人は聞見に求めて乃ち知るのみ、夫子は化を観て以て之を知る、凡人と異なるなり、と」(此明夫子之求、與人之求異也。人則行就彼君求之。而孔子至境推五德以測求之。故云、其諸異乎人之求之也。諸、猶之也。與、語助也。故顧歡云、夫子求知乎己、而諸人訪之於聞、故曰異也。梁冀又云、凡人求聞見乃知耳、夫子觀化以知之、與凡人異也)とある。また『注疏』に「他人は則ち君に就きて之を求む。夫子は則ち徳を修め、人君自ら之と治を為すを願う。故に、夫子の之を求むるや、其れれ人の之を求むるに異なるかと曰う。諸・与は皆語辞なり」(他人則就君求之。夫子則脩德、人君自願與之爲治。故曰、夫子之求之也、其諸異乎人之求之與。諸與皆語辭)とある。また『集注』に「其諸は、語辞なり。人は、他人なり。言うこころは夫子未だ嘗て之を求めず、但だ其の徳容くの如し。故に時君敬信し、自ら其の政を以て、就きて之を問うのみ。他人の必ず之を求めて、而る後に得るが若きに非ざるなり。聖人の過化存神の妙、未だそくし易からず。然れども此にきて観れば、則ち其の徳盛んに礼恭しくして、外を願わざるも、亦た見る可し。学者の当に心をひそめて勉学すべき所なり」(其諸、語辭也。人、他人也。言夫子未嘗求之、但其德容如是。故時君敬信、自以其政、就而問之耳。非若他人必求之而後得也。聖人過化存神之妙、未易窺測。然即此而觀、則其德盛禮恭、而不願乎外、亦可見矣。學者所當潛心而勉學也)とある。
  • 其諸異乎人之求之與 … 『義疏』では「與」の下に「也」の字がある。
  • 『集注』に引く謝良佐の注に「学者は聖人の威儀の間を観るも、亦た以て徳に進む可し。子貢の若きも亦た善く聖人を観ると謂う可し。亦た善く徳行を言うと謂う可し。今聖人を去ること千五百年、此の五者を以て其の形容を想見すれば、尚お能く人をして興起せしむ。而して況んや之に親炙する者に於いてをや」(學者觀於聖人威儀之間、亦可以進德矣。若子貢亦可謂善觀聖人矣。亦可謂善言德行矣。今去聖人千五百年、以此五者想見其形容、尚能使人興起。而況於親炙之者乎)とある。
  • 『集注』に引く張敬夫(張栻ちょうしょく、敬夫は字)の注に「夫子の是の邦に至るや、必ず其の政を聞く。而れども未だ能く国を委ねて之に授くるに政を以てする者有らず。蓋し聖人の儀刑を見て、之に告ぐるを楽しむは、り徳を好むの良心なり。而れども私欲之を害す。是を以て終に用うること能わざるのみ」(夫子至是邦、必聞其政。而未有能委國而授之以政者。蓋見聖人之儀刑、而樂告之者、秉彝好德之良心也。而私欲害之。是以終不能用耳)とある。秉彝は、人として守るべき常の道を執り行うこと。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「温・良・恭・倹・譲の五者の若き、皆和順易直、己を謙して自ら卑くし、以て人のせんぎょうを起すに足らず、夫子此を以て心を存すと雖も、然れども盛徳の至り、愈〻抑えて愈〻揚がり、愈〻謙にして愈〻光り、人を取るに意あらずして、人自ら之に感じたり。此を求めざるの求めと謂うなり」(若温良恭儉讓五者、皆和順易直、謙己自卑、不足以起人之瞻仰、夫子雖以此存心、然盛德之至、愈抑愈揚、愈謙愈光、不意取人、而人自感之。此謂不求之求也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「温良恭倹譲、朱註に、良は、易直なり、と。大いに字義を失せり。是れ其の意は、五徳を以て人に接するの威儀なりとす。故に其の解を得ず。……殊に知らず、股肱良いかな、良相、良馬、良工、良医、三良の如きは、皆材の良を以て之を言う。良豈に易直の義有らんや。温は其の容なり。良は其の材なり。恭は其の己を処するなり。倹は其の用を制するなり。譲は其の人に接するの際なり。豈に之を威儀と謂う可けんや」(温良恭儉讓、朱註、良、易直也。大失字義。是其意以五德接人之威儀也。故不得其解。……殊不知如股肱良哉、良相、良馬、良工、良醫、三良、皆以材良言之。良豈有易直之義乎。温其容也。良其材也。恭其處己也。儉其制用也。讓其接人之際也。豈可謂之威儀乎哉)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十