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論語 泰伯第八 19

08-19 子曰。大哉。堯之爲君也。巍巍乎。唯天爲大。唯堯則之。蕩蕩乎。民無能名焉。巍巍乎。其有成功也。煥乎。其有文章。
いわく、だいなるかな、ぎょうきみたるや。巍巍乎ぎぎことして、ただてんだいなりとし、ただぎょうのみこれのっとる。蕩蕩とうとうとして、たみづくることし。巍巍乎ぎぎことして、成功せいこうり。かんとして、文章ぶんしょうり。
  • 大哉 … 偉大だなあ。
  • 堯 … 古代の伝説上の聖天子。名は放勲。舜を後継者として皇帝の位を譲った。ウィキペディア【堯】参照。
  • 巍巍乎 … 堯の徳の高大なさま。「乎」は語調をととのえるための助字。
  • 唯天為大 … ただ天こそが偉大なものである。「唯」は「ただそれのみは」「ただそれこそは」の意。新注には「唯は、猶お独のごときなり」(唯、猶獨也)とある。
  • 唯堯則之 … ただ堯こそは、天の偉大さを手本とされた。「則」は「手本とする」の意。新注には「則は、猶お準のごときなり」(則、猶準也)とある。
  • 蕩蕩乎 … 広々として果てしないさま。「乎」は語調をととのえるための助字。新注には「蕩蕩は、広遠の称なり」(蕩蕩、廣遠之稱也)とある。
  • 民無能名焉 … 人民が形容しようとしても形容できないほどである。
  • 成功 … 成し遂げた事業。新注には「成功は、事業なり」(成功、事業也)とある。
  • 煥乎 … 光り輝くさま。「乎」は語調をととのえるための助字。古注には「煥は、明なり」(煥、明也)とある。新注には「煥は、光明の貌」(煥、光明之貌)とある。
  • 文章 … 制度や文化。新注には「文章は、礼楽法度なり」(文章、禮樂法度也)とある。
  • 下村湖人(1884~1955)は「先師がいわれた。堯帝の君徳はなんと大きく、なんと荘厳なことであろう。世に真に偉大なものは天のみであるが、ひとり堯帝は天とその偉大さをともにしている。その徳の広大無辺さはなんと形容してよいかわからない。人はただその功業の荘厳さと文物制度の燦然さんぜんたるとに眼を見はるのみである」と訳している(現代訳論語)。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十