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述而第七 35 子曰奢則不孫章

182(07-35)
子曰、奢則不孫、儉則固。與其不孫也、寧固。
いわく、しゃなればすなわそんけんなればすなわなり。そんならんよりは、むしなれ。
現代語訳
  • 先生 ――「ゼイタクは鼻につき、しまり屋はヤボくさい。鼻につくものよりは、ヤボがいい。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がおっしゃるよう、「しゃだと『そん』、すなわち尊大そんだいれいになるし、倹約が過ぎると『固』、すなわちりんしょくがんになる。どちらもどちらだが、不遜であるよりはまだしも固でありたい。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    「ぜいたくな人は不遜になりがちだし、倹約な人は窮屈になりがちだが、どちらを選ぶかというと、不遜であるよりは、まだしも窮屈な方がいい」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 奢 … おごる。贅沢なこと。「おごれば」とも読む。
  • 不孫 … 「不遜」に同じ。思いあがって傲慢になる。礼にしたがわないこと。
  • 倹 … 倹約。
  • 固 … 頑ななこと。頑固。固陋。「いやし」とも読む。
  • 与其~也寧 … 「その~ならんよりは、むしろ…」と訓読する。「~より…のほうがよい」の意。二者択一の形。この語法は「八佾第三4」「子罕第九11」にも見える。
補説
  • 奢則不孫、倹則固 … 『集解』に引く孔安国の注に「倶に之を失うなり。奢るは倹にかず、奢れば則ち上をおかし、倹は則ち礼に及ばざるのみ。固は、陋なり」(倶失之也。奢不如儉、奢則僭上、儉則不及禮耳。固、陋也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「不遜とは、僭濫不恭のいいなり。固は、陋なり。人若し奢華なれば、則ち僭濫不恭なり。若し倹約なれば、則ち固陋にして礼に及ばざるなり」(不遜者、僭濫不恭之謂也。固、陋也。人若奢華、則僭濫不恭。若儉約、則固陋不及禮也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「孫は、順なり。固は、陋なり。奢・倹は倶に中を失う。而して奢の害は大なり」(孫、順也。固、陋也。奢儉倶失中。而奢之害大)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 不孫 … 『義疏』では「不遜」に作る。
  • 与其不孫也、寧固 … 『義疏』に「二事乃ち倶に失すと為す。若し不遜陵物ならば、物必ず之を害す。傾覆けいふくの期、けいにして待つ可し。若しだ復た固陋のみならば、誠に不遜を為す。而れども物侵さざる所なり。故に云う、其の不遜ならんよりは、寧ろ固陋たれ、と」(二事乃倶爲失。若不遜陵物、物必害之。傾覆之期、俄頃可待。若止復固陋、誠爲不遜。而物所不侵。故云、與其不遜、寧爲固陋也)とある。傾覆は、傾きくつがえること。俄頃は、しばらくの間。
  • 『集注』に引く晁説之の注に「已むを得ずして時の弊を救うなり」(不得已而救時之弊也)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「論に曰く、先儒、奢・倹倶に中を失して、奢の害大なりと謂うは、非なり。蓋し本を崇びて末を抑うるは、聖人の心なり。故に夫子つねに倹を以て人に教えて、深く奢の害を戒む。苟くも仁熟し義くわしければ、則ち或いは豊、或いは約、施すとして不可なること無し。若し中を執るに意有らば、則ち必ず一を執りて百を廃するに至らん。故に孔孟礼を言いて、中を言わざるなり」(論曰、先儒謂奢儉倶失中、而奢之害大、非也。蓋崇本抑末、聖人之心也。故夫子毎以儉教人、而深戒奢之害。苟仁熟義精、則或豊或約、無施而不可。若有意執中、則必至於執一而廢百。故孔孟言禮、而不言中也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「蓋しかみを安んじ民を治むるに、礼より善なるは莫し。故にせんじょうの失は、固陋より甚だし」(蓋安上治民、莫善於禮。故僭上之失、甚於固陋)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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先進第十一 顔淵第十二
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子張第十九 堯曰第二十