>   論語   >   述而第七   >   34

述而第七 34 子疾病章

181(07-34)
子疾病。子路請禱。子曰、有諸。子路對曰、有之。誄曰、禱爾于上下神祇。子曰、丘之禱久矣。
やまいへいなり。子路しろいのらんとう。いわく、これりや。子路しろこたえていわく、これり。るいいわく、なんじしょうしんいのる、と。いわく、きゅういのることひさし。
現代語訳
  • 先生は病気が重い。子路が「おまじないを…」という。先生 ――「そんなことがあるのか。」子路は答えて ―― 「ありますとも。礼拝の文句に、『そなたをあめつちの神にいのる』と。」先生 ――「わたしは長らくいのってきた。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がご病気で容態が思わしからず、師匠思いの子路が心配して、ごとうを致させましょうと申し出た。孔子様は事をいやしくもされぬ性分なので、「それにはじつのあることか。」と問われた。子路が、「ござりますとも。るいと申す昔の祈禱文に、なんじの幸福をいのっててん神明しんめいにまごころをささげる、という本文がござります。」と答えた。すると孔子様がおっしゃるよう、「禱るというのは天地神明にまごころを捧げることか。それならば丘はふだんから禱っているぞ。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師のご病気が重かった。子路が病気平癒のお祈りをしたいとお願いした。すると先師がいわれた。――
    「そういうことをしてもいいものかね」
    子路がこたえた。――
    「よろしいと思います。るいに、汝の幸いを天地の神々に祈る、という言葉がございますから」
    すると、先師がいわれた。――
    「そういう祈りなら、私はもう久しい間祈っているのだ」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 疾病 … 「疾」は病気。「病」は病気が重く、容態が悪化していること。この話は孔子臨終のときではなく、それ以前の大病のときであろう。子路は孔子より一年早く死去している。
  • 子路 … 前542~前480。姓はちゅう、名は由。あざなは子路、または季路。魯のべんの人。孔門十哲のひとり。孔子より九歳年下。門人中最年長者。政治的才能があり、また正義感が強く武勇にも優れていた。ウィキペディア【子路】参照。
  • 禱 … 病気平癒の祈禱をする。
  • 有諸 … そんな先例(病気平癒の祈禱)があるのかね。
  • 諸 … 「これ~や」と読み、「どうして~か(いやそのようなことはない)」と訳す。反語の意を示す。本来は「之乎しこ」の二字を合わせて一字にしたもの。「これ~や」(~之乎)と同じ。
  • 誄 … 死者の生前の功績をたたえる弔辞。
  • 于 … 「於」に同じ。
  • 上下 … 天と地のこと。
  • 神祇 … 「神」は天の神。「祇 」は地の神。
  • 丘之禱久矣 … そういう祈りなら、私はずいぶん前から祈っている。今さら慌てて祈る必要はない。
補説
  • 子疾病 … 『義疏』に「疾甚だしきを病と曰う。孔子疾むこと甚だしきなり」(疾甚曰病。孔子疾甚也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『経典釈文』には「病」の字がなく、また「鄭本に病の字無し」(鄭本無病字)とある。ウィキソース「經典釋文 (四庫全書本)/卷24」参照。「病」の字がない場合は「子む」と読む。
  • 子路 … 『孔子家語』七十二弟子解に「仲由は卞人べんひと、字は子路。いつの字は季路。孔子よりわかきこと九歳。勇力ゆうりき才芸有り。政事を以て名を著す。人と為り果烈にして剛直。性、にして変通に達せず。衛に仕えて大夫と為る。蒯聵かいがいと其の子ちょうと国を争うに遇う。子路遂に輒の難に死す。孔子之を痛む。曰く、吾、由有りてより、悪言耳に入らず、と」(仲由卞人、字子路。一字季路。少孔子九歳。有勇力才藝。以政事著名。爲人果烈而剛直。性鄙而不達於變通。仕衞爲大夫。遇蒯聵與其子輒爭國。子路遂死輒難。孔子痛之。曰、自吾有由、而惡言不入於耳)とある。ウィキソース「家語 (四庫全書本)/卷09」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「仲由、字は子路、べんの人なり。孔子よりもわかきこと九歳。子路性いやしく、勇力を好み、志こうちょくにして、雄鶏を冠し、とんび、孔子を陵暴す。孔子、礼を設け、ようやく子路をいざなう。子路、後に儒服してし、門人に因りて弟子たるを請う」(仲由字子路、卞人也。少孔子九歳。子路性鄙、好勇力、志伉直、冠雄鷄、佩豭豚、陵暴孔子。孔子設禮、稍誘子路。子路後儒服委質、因門人請爲弟子)とある。伉直は、心が強くて素直なこと。豭豚は、オスの豚の皮を剣の飾りにしたもの。委質は、はじめて仕官すること。ここでは孔子に弟子入りすること。ウィキソース「史記/卷067」参照。
  • 子路請禱 … 『集解』に引く包咸の注に「禱は、鬼神に禱請するなり」(禱、禱請於鬼神也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「禱は、鬼神に祈禱して以て福を求むるを謂うなり。孔子病甚だし。故に子路孔子に請いて、孔子の為に福を祈求せんと欲するなり」(禱、謂祈禱鬼神以求福也。孔子病甚。故子路請於孔子、欲爲孔子祈求福也)とある。また『集注』に「禱は、鬼神に禱るを謂う」(禱、謂禱於鬼神)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 有諸 … 『集解』に引く周生烈の注に「言うこころは此れ鬼神に禱請するの事有りや」(言有此禱請於鬼神之事乎也)とある。また『義疏』に「諸は、之なり。孔子言う、死生命有り、禱有るを欲せず。故に反って子路に問う、此の禱請の事有りや、と。心に許さざるなり」(諸、之也。孔子言、死生有命、不欲有禱。故反問子路、有此禱請之事乎。心不許也)とある。また『集注』に「諸れ有りやは、此の理有りや否やを問う」(有諸、問有此理否)とある。
  • 誄曰、禱爾于上下神祇 … 『集解』に引く孔安国の注に「子路むねを失うなり。誄は、禱の篇名なり」(子路失旨也。誄、禱篇名也)とある。「旨」は底本では「指」に作る。同義。また『義疏』に「子路孔子の意に達せず。孔子の問いを聞き、仍って古旧の天地に禱るの誄辞を引得して以て孔子に答うるなり。故に云う、之れ有り、誄に曰わく、と。天は神と曰い、地は祇と曰うなり。誄とは、今の行状の如きを謂うなり。誄の言たる累なり。人生まれて徳行有れば、死して其の行の跡を累列して諡を為すなり」(子路不達孔子意。聞孔子之問、仍引得古舊禱天地之誄辭以答孔子也。故云、有之、誄曰也。天曰神、地曰祇也。誄者、謂如今行狀也。誄之言累也。人生有德行、死而累列其行之跡爲諡也)とある。また『集注』に「誄は、死を哀しみて其の行を述ぶるの辞なり。上下は、天地を謂う。天は神と曰い、地は祇と曰う。禱るとは、過ちを悔いて善に遷り、以て神のたすけを祈るなり」(誄者、哀死而述其行之辭也。上下、謂天地。天曰神、地曰祇。禱者、悔過遷善、以祈神之祐也)とある。
  • 丘之禱久矣 … 『集解』に引く孔安国の注に「孔子の素行は神明に合す。故に曰く、丘の禱ること久し、と」(孔子素行合於神明。故曰丘之禱久矣)とある。また『義疏』に「子路既に孔子の意に達せずして、旧の天地に禱るの誄を引く。孔子欲せずして之を非とす。故に云う、我の禱ること已に久し、と。今則ち復たもちいざるなり。実は禱らずして久しく禱ると云えるは、聖人の徳神明に合すればなり。豈に神明の禍する所と為り、病して之を祈らんや。欒肇曰く、案ずるに説く者いたずらに謂う、過ちて謝す可きこと無し。故に子路の請うを止む。上下の神祇は宜しく禱るべき所に非ずと謂わざることは礼に在り。天子は天地を祭り、諸侯は山川に祈り、大夫は宗廟を奉ず。此れ礼祀典の常なり。然らば則ち爾を上下の神祇に禱るは、乃ち天子の天地に禱るの辞なり。子路聖人ややもすれば天命に応ずるを以て、礼を仮りて上霊に祈福せんと欲するなり。孔子許さず。直に言いて之を絶たしむるなり。曰く、丘の禱ること久し、と。豈に此れ旧にしたがわんと欲するの辞ならんや。自ら過ちて謝す可きこと無きを知る。而るに丘の禱ること久しと云う。豈に其れ辞ならんや。夫れ聖行たがうこと無し。凡庸知る所なり。子路豈に夫子を神明にあざむかんや。以為おもえらく福を祈るは、自ら主として過ちを謝するを以て名と為さず。若し行いて神明に合するを以てせば、禱請する所無し。是れ聖人に禱請の礼無きなり。夫れかくの如きを知れば、則ち礼典の言棄てられ、金縢きんとうの義廃せん、と」(子路既不達孔子意、而引舊禱天地之誄。孔子不欲非之。故云、我之禱已久。今則不復須也。實不禱而云久禱者、聖人德合神明。豈爲神明所禍、病而祈之乎。欒肇曰、案說者徒謂、無過可謝。故止子路之請。不謂上下神祇非所宜禱也在禮。天子祭天地、諸侯祈山川、大夫奉宗廟。此禮祀典之常也。然則禱爾于上下神祇、乃天子禱天地之辭也。子路以聖人動應天命、欲假禮祈福上靈。孔子不許。直言絶之也。曰、丘禱久矣。豈此欲率舊之辭也。自知無過可謝。而云丘之禱久矣。豈其辭乎。夫聖行無違。凡庸所知也。子路豈誣夫子於神明哉。以爲祈福、自不主以謝過爲名也。若以行合神明、無所禱請。是聖人無禱請之禮。夫知如是、則禮典之言棄、金縢之義廢矣)とある。また『集注』に「其の理無ければ則ち必ずしも禱らざるに、既に之れ有りと曰えば、則ち聖人未だ嘗て過ち有らず、善の遷る可き無く、其の素行固より已に神明に合すれば、故に曰く、丘の禱ること久し、と。又た士喪礼に疾病なるときは禱を五祀に行う。蓋し臣子迫切の至情、自ずから已むこと能わざる者有り。初めより病者に請いて而る後に禱らざるなり。故に孔子の子路に於けるや、直に之を拒まずして、但だ告ぐるに禱るを事とする所無きの意を以てす」(無其理則不必禱、既曰有之、則聖人未嘗有過、無善可遷、其素行固已合於神明、故曰、丘之禱久矣。又士喪禮疾病行禱五祀。蓋臣子迫切之至情、有不能自已者。初不請於病者而後禱也。故孔子之於子路、不直拒之、而但告以無所事禱之意)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「蓋し人当に自ら其の道を尽くすべくして、妄りに禱を用いる可からざることを明らかにす。其の子路に示せるや切なり」(蓋明人當自盡其道、而不可妄用禱。其示子路也切矣)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「子曰く、有りとは、此の礼有りや否やと問うなり。朱註に此の理有りや否やと謂うは、非なり。古人はややもすればこれを礼に求め、宋儒は動もすれば諸を理に求む。孔子の之を問う所以の者は、孔子は禱ることを欲せず、且つ未だ其の何の神に禱らんと欲するを知らず、故に反問して以て其の意を観るなり。士喪礼に、疾い病なれば、五祀に禱りを行う、と。子路が此れを引かずして誄を引く所以の者は、蓋し此の時孔子他邦にいまして家無し、故に五祀の禱る可き無きなり。上下は天地なり。唯だ天子のみ天地を祭ることを得。然れども祭と禱と殊なり、旻天びんてんに父母に号泣す、人窮すれば天を呼ぶの如き、士庶と雖も必ず天に禱るの礼有り。丘が禱ること久しと、是れ子路の禱ることをとどめ、而うして其の心を安んじ慰むるなり。……是れ孔子は天の我を知り、我に命ずるに斯の文を以てすることを信ず、故に其の病むと雖も死せざることを知る。是れ孔子の禱ることを欲せざる所以なり。而うして其の丘が禱ること久しと曰う所以の者は何ぞ。凡そ祭り禱る、皆其の事有り、其の実有り。丘の禱るや久しと、其の事の有無は、未だ知る可からず。且く其の実を以て之を言わん。書に曰く、天の永命をもとむと、亦た天を敬するを言うのみ」(子曰有諸、問有此禮否也。朱註謂有此理否、非矣。古人動求諸禮、宋儒動求諸理。孔子所以問之者、孔子不欲禱、且未知其欲禱何神、故反問以觀其意也。士喪禮、疾病、行禱五祀。子路所以不引此而引誄者、蓋此時孔子在他邦而無家、故無五祀可禱也。上下天地也。唯天子得祭天地。然祭與禱殊、如號泣于旻天于父母、人窮呼天、雖士庶必有禱天之禮也。丘之禱久矣、是止子路之禱、而安慰其心也。……是孔子信天之知我、命我以斯文、故知其雖病不死。是孔子所以不欲禱也。而其所以曰丘之禱久矣者何。凡祭禱、皆有其事焉、有其實焉。丘之禱久矣、其事之有無、未可知矣。且以其實言之。書曰、祈天永命、亦言敬天耳)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十