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雍也第六 27 子曰中庸之爲德也章

146(06-27)
子曰、中庸之爲德也、其至矣乎。民鮮久矣。
いわく、ちゅうようとくたるや、いたれるかな。たみすくなきことひさし。
現代語訳
  • 先生 ――「ほどよさという取りえは、まったくえらいものだな。そういう人がすくなくなって、久しいものだ。」(魚返おがえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がおっしゃるよう、「過ぐることなく及ばぬことなく平常にして終始変らざる中庸こそ、実に最高さいこうぜんの徳なるかな。しかるに、古代は知らず、その後久しくこの徳をそなえる人がすくない。まことになげかわしいことじゃ。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    「中庸こそは完全至高の徳だ。それが人々の間に行なわれなくなってから久しいものである」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 中庸 … かたよらず、程よいこと。
  • 至 … 最高。最上。このうえない。至極。
  • 矣乎 … 「(なる)かな」と読み、「~だなあ」「~であることよ」と訳す。詠嘆・感嘆の意を示す。「矣」「矣夫」「矣哉」も同じ。
  • 鮮 … 中庸の徳を身につけている人が少ないこと。
  • 久 … 長い歳月が経っていること。
補説
  • 中庸之為徳也、其至矣乎。民鮮久矣 … 『集解』の何晏の注に「庸は、常なり。中和は常に行う可きの徳なり。世乱れ、先王の道すたるるに、民能く此の道を行うこと鮮し。久しは、だ今のみに非ざるなり」(庸、常也。中和可常行之德也。世亂、先王之道廢、民鮮能行此道。久矣、非適今也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「中は、中和なり。庸は、常なり。鮮は、少なり。言うこころは中和は常行の徳なる可し。是れ先王の道、其の理甚だ至善なり。而して民此を行う者有ること少なきのみ。久は、歎ず可きの深きを言うなり」(中、中和也。庸、常也。鮮、少也。言中和可常行之德。是先王之道、其理甚至善。而民少有行此者也已。久、言可歎之深也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『集注』に「中は、過無く不及無きの名なり。庸は、平常なり。至は、極なり。鮮は、少なり。民の此の徳少なきこと、今已に久しきを言うなり」(中者、無過無不及之名也。庸、平常也。至、極也。鮮、少也。言民少此德、今已久矣)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 民鮮久矣 … 宮崎市定は「能」の字を脱字とし、『礼記』中庸篇に従い、「能」の字を補って「民能くすることすくなきや久し」(民鮮能久矣)と読み、「民そのものが少ないのでなく、中庸をよく守ることのできる者が少ないのであり、この方がずっと分りよい」と言っている。詳しくは『論語の新研究』90頁参照。
  • 『集注』に引く程頤の注に「偏せざるを之れ中と謂い、かわらざるを之れ庸と謂う。中とは、天下の正道、庸とは、天下の定理なり。世教衰えしより、民、行を興さず、此の徳有ること少なきこと久し」(不偏之謂中、不易之謂庸。中者、天下之正道、庸者、天下之定理。自世教衰、民不興於行、少有此德久矣)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「三代の聖人の所謂中とは、事を処して当を得るの意に過ぎず、夫子に至りて庸の字を加え、則ち耳目をおどろかさず、時俗にさからわず、万世不易の常道たり、其の意はるかに別なり。……唯だ中庸の徳は平易従容、気を以て至る可からず、力を以て能くす可からず、此れ民の能くすること鮮き所以なり。蓋し唐虞三代の盛んなる、民朴に俗淳く、矯揉きょうじゅうする所無くして自ら道に合わざること莫し。……後世に至りては、則ち道を遠きに求め、事を難きに求め、愈〻いよいよせて愈〻遠く、補わんと欲して反って破る。故に曰く、民鮮きこと久し、と。故に夫子特に中庸の道を建て、以て斯の民の極と為す。論語の書、最上至極、宇宙第一の書たる所以の者は、実に此を以てなり」(三代聖人所謂中者、不過處事得當之意、至夫子加庸字、則爲不駭耳目、不拂時俗、萬世不易之常道、其意夐別。……唯中庸之德平易従容、不可以氣而至、不可以力而能、此民之所以鮮能也。蓋唐虞三代之盛、民朴俗淳、無所矯揉而莫不自合於道。……至于後世、則求道於遠、求事於難、愈騖愈遠、欲補反破。故曰、民鮮久矣。故夫子特建中庸之道、以爲斯民之極。論語之書、所以爲最上至極、宇宙第一之書者、實以此也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「中庸はがくの徳なり。周礼に楽の六徳は、孝・友・・庸・中・和と。……仁斎先生以て孔子のはじむる所とす、蓋し非なり。……偏ならざると過不及無きとは、古えに在っては一義に帰す。……故に偏ならざると過不及無きの二義を合して、皆甚だしく高からずして行い易きを謂うなり。……聖人の道は、更に広大なる者有り、精微なる者有り、高明なる者有り。故に中庸を以て道と為す者は非なり。然れども孔子の此れを以て徳の至りと為す者は、蓋し先王の道は、天下を治むるの道なり。天下の大なる、賢知は常に鮮くして、而うして愚・不肖は常におおし。故に甚だ高からずして行い易きの事に非ざれば、則ち愚・不肖に如何ともすること無し。故に唯だ中庸の徳にして、而うして天下得て之を一にす可し。是れ其の至れりとする所以なり。君子は中庸に由りて以て仁聖の徳を馴致す、小人は則ち唯だ之に由るのみ。故に此れ特に民を以て之を言う。民鮮きこと久しき所以の者は、礼楽の教えすたれて風俗やぶるる故なり」(中庸者樂德也。周禮樂六德、孝友祗庸中和。……仁齋先生以爲孔子所創、蓋非也。……不偏與無過不及、在古歸於一義。……故合不偏無過不及二義、皆謂不甚高而易行也。……聖人之道、更有廣大焉者、有精微焉者、有高明焉者。故以中庸爲道者非也。然孔子以此爲德之至者、蓋先王之道、治天下之道也。天下之大、賢知常鮮、而愚不肖常衆。故非不甚高而易行之事、則無如愚不肖何矣。故唯中庸之德、而天下可得而一之。是其所以爲至也。君子由中庸以馴致仁聖之德、小人則唯由之而已矣。故此特以民言之。所以民鮮久矣者、禮樂教廢而風俗壞故也)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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