里仁第四 20 子曰三年無改於父之道章
086(04-20)
子曰、三年無改於父之道、可謂孝矣。
子曰、三年無改於父之道、可謂孝矣。
子曰く、三年、父の道を改むること無きは、孝と謂う可し。
現代語訳
- 先生 ――「三年(の忌中)父のしきたりを変えないのは、親孝行といえる。」(魚返善雄『論語新訳』)
- 「学而第一11」に重出のため、現代語訳なし。(穂積重遠『新訳論語』)
- 先師がいわれた。――
「もし父の死後三年間そのしきたりを変えなければ、その人は孝子といえるだろう」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
- 「学而第一11」の後半と同じ。
- 三年 … 喪中の三年を指す。ただし、三年間ではなく、三年目までの期間を指す。
- 父之道 … 父の行なってきた家庭における生活習慣。
補説
- 『注疏』に「此の章は学而篇と同じければ、当に是れ重出なるべし。学而篇は是れ孔注、此れは是れ鄭注、本或いは二処に皆有り」(此章與學而篇同、當是重出。學而篇是孔注、此是鄭注、本或二處皆有)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 三年無改於父之道、可謂孝矣 … 『集解』に引く鄭玄の注に「孝子喪に在りて、哀戚思慕す。父の道を改むる所無きは、心に為すに忍ぶ所に非ざればなり」(孝子在喪、哀戚思慕。無所改於父之道、非心所忍爲也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「言うこころは孝子の父母の喪に在るや、三年の中は、哀戚思慕し、父の道を改むる所無きは、心の忍びて為す所に非ざるが故なり」(言孝子在父母喪、三年之中、哀戚思慕、無所改於父之道、非心所忍爲故也)とある。なお、原本では「改爲父之道」に作るが、「改於父之道」に改めた。
- 『義疏』には、この章の注なし(『集解』の注のみ)。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 『集注』に引く胡寅の注に「已に首篇に見ゆ。此れ蓋し複出して、其の半ばを逸するなり」(已見首篇。此蓋複出而逸其半也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 伊藤仁斎『論語古義』に「此の章重出す。凡そ諸章の重出せる者は、蓋し夫子屢〻言いて、門人互いに之を録す。意味深長なれば、学者宜しく深く玩して審らかに思うべし」(此章重出。凡諸章重出者、蓋夫子屢言、而門人互録之。意味深長、學者宜深玩而審思焉)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 荻生徂徠『論語徴』に「胡氏曰く、複出して其の半ばを逸す、と。非なり。……故に孔子は多く古言を誦す。論語の載する所、皆孔子の言にはあらず。……門人の又た其の単なる者を録する所以は、以て孔子の古言を用うる方を見すなり。……仁斎先生は君子重からざればの章を以て一時の言に非ずとす。善く書を読むと謂う可し。然れども未だ孔子の古言を誦することを識らず。悲しいかな」(胡氏曰、複出而逸其半。非也。……故孔子多誦古言。論語所載。不皆孔子之言矣。……門人所以又録其單者、以見孔子用古言之方也。……仁齋先生以君子不重章非一時之言。可謂善讀書。然未識孔子誦古言。悲哉)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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