>   論語   >   八佾第三   >   7

八佾第三 7 子曰君子無所爭章

047(03-07)
子曰、君子無所爭。必也射乎。揖讓而升下、而飮。其爭也君子。
いわく、くんあらそところし。かならずやしゃか。ゆうじょうしてしょうし、しこうしてましむ。あらそいやくんなり。
現代語訳
  • 先生 ――「人物に争いはない。まあ弓ぐらいかな。おじぎして場を立ち、降りたら飲ませる。あの争いはりっぱだ。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がおっしゃるよう、「君子は争いを好まず、したがってあまり勝負事をしないが、するとすればまず弓の競射か。たがいに一礼し『どうぞおさきへ』とゆずりあって射場にのぼり、勝負がきまり射場をおりてから仲よく酒を飲む。その争いはまことに君子らしい。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    「君子は争わない。争うとすれば弓の競射ぐらいなものであろう。それもゆずりあって射場にのぼり、勝負がすむと射場を下って仲よく酒をのむ。争うにしても君子らしく争うのだ」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 無所争 … 人と争うようなことはしない。
  • 必也射乎 … もし争うような場合があるとすれば、しゃの試合のときぐらいであろう。
  • 必也~乎 … きっと~だろう。
  • 揖譲 … 「揖」は、両手を前に組み合わせて挨拶すること。「譲」は、「お先にどうぞ」と譲ること。
  • 升下 … 「升」は、昇る。「下」は、くだる。堂と庭の間を昇り降りする。
  • 飲 … 勝者が敗者に罰杯ばっぱいの酒を飲ませる。
  • 其争也君子 … 争いといっても、紳士的だ。「其」は、「射」を指す。
補説
  • 『注疏』に「此の章は射礼に君子の風有るを言うなり」(此章言射禮有君子之風也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 君子無所争 … 『義疏』に「此の章は、射の重んず可きを明らかにするなり。言うこころは君子は恒に謙卑して自ら収め、退譲して礼を明らかにす。故に云う、争う所無し、と」(此章、明射之可重也。言君子恒謙卑自收、退讓明禮。故云、無所爭也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「君子の人は、謙卑して自らおさめ、競争する所無きを言うなり」(言君子之人、謙卑自牧、無所競爭也)とある。
  • 必也射乎 … 『集解』に引く孔安国の注に「射に於いて而る後に争うこと有るを言うなり」(言於射而後有爭也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「言うこころは他事に争うこと無しと雖も、而れども射に於いて争うこと有り、故に云う、必ずや射か、と。射に於いて争うこと有る所以は、古えには男を生みしときに、必ず桑の弧蓬の矢を門の左に設く、三日の夜に至りて、人をして子を負うて門に出でて射せしむ、此の子方に当に必ず天地四方に事有るべきことを示す、故に云う、年長ずるに至りて射を以て進仕す、と。礼に、王者将に祭らんとするときに、必ず士を択びて祭を助けしむ、故に四方の諸侯並びに士を王に貢す。王之を射宮に試す、若し形容礼にかない、節奏楽に比して中たること多き者は、則ち祭に預ることを得。祭に預ることを得る者は、其の君の爵土を進む。若し射礼楽にかなわずして中たること少なき者は、則ち祭に預らず。祭に預らざる者は、其の君の爵土をしりぞく。此の射の事既の重んず、唯に自らづるに非ず、乃ち己が君を係累す、故に君子の人は射に於いてして必ず争うこと有るなり。故に顔延之云う、射るときに争うこと有るを許す、故に以て争うこと無きを観る可きなり、と。范寧も亦た云う、争うこと無し、と」(言雖他事無爭、而於射有爭、故云、必也射乎。於射所以有爭者、古者生男、必設桑弧蓬矢於門左、至三日夜、使人負子出門而射、示此子方當必有事於天地四方、故云、至年長以射進仕。禮、王者將祭、必擇士助祭、故四方諸侯並貢士於王。王試之於射宮、若形容合禮、節奏比樂而中多者、則得預於祭。得預於祭者、進其君爵土。若射不合禮樂而中少者、則不預祭。不預祭者、黜其君爵土。此射事既重、非唯自辱、乃係累己君、故君子之人於射而必有爭也。故顏延之云、射許有爭、故可以觀無爭也。范寧亦云、無爭)とある。また『注疏』に「君子は他事に於いて争うこと無しと雖も、其の或いは争うこと有るは、必ずや射礼に於いてするか、と。射に於いて而る後に争うこと有るを言うなり」(君子雖於他事無爭、其或有爭、必也於射禮乎。言於射而後有爭也)とある。
  • 揖譲而升下、而飲 … 『集解』に引く王粛の注に「堂に射するに、升り及び下るに皆揖譲し、而して相飲ましむるなり」(射於堂、升及下皆揖讓、而相飮也)とある。また『義疏』に「射儀の礼、初め主人賓に揖して進み、交〻こもごも譲りて堂に升る。射わり、勝負已に決するに及んで堂に下り、猶お揖譲して礼を忘れず。故に云う、揖譲して升下す、と。しこうして飲ましむとは、射て如かざる者にしてばっしゃくを飲ましむを謂うなり。射に勝つ者のやから、酒を酌みてひざまづきて如かざる者に飲ましめて云う、敬いて養う、と。然る所以は、君子は敬譲して、己が勝つことを以て能と為さず、彼の負けたるを以て否と為さず。言うこころは彼のてざる所以は、彼の能わざるには非ず、まさに是れ疾病有る故なり。酒は能く病を養う、故に酒を酌みて彼に飲ましむ、彼の病を養うことを示す、故に敬いて養うと云うなり。所以ゆえに礼に云う、君士をして射せしむ、能わざれば、則ち辞するに病を以てす、と。懸弧の義なり。而して如かざる者も亦た跪きて酒を受けて、而して云う、灌を賜う、と。灌は、猶お飲のごときなり。言うこころは飲を賜うとは、服して敬を為すの辞なり」(射儀之禮、初主人揖賓而進、交讓而升堂。及射竟、勝負已決下堂、猶揖讓不忘禮。故云、揖讓而升下也。而飮者、謂射不如者而飮罰爵也。射勝者黨、酌酒跪飮於不如者云、敬養。所以然者、君子敬讓、不以己勝爲能、不以彼負爲否。言彼所以不中者、非彼不能、政是有疾病故也。酒能養病、故酌酒飮彼、示養彼病、故云敬養也。所以禮云、君使士射、不能、則辭以病。懸弧之義也。而不如者亦跪受酒、而云、賜灌。灌、猶飮也。言賜飮者、服而爲敬辭也)とある。罰爵は、勝負に負けた者に罰として飲ませる酒のこと。また『注疏』に「射礼は堂に於いてし、将に射んとして堂に升る、及び射わりて下り、勝つもの勝たざるものに飲ましめ、其の耦は皆礼を以て相揖譲するなり」(射禮於堂、將射升堂、及射畢而下、勝飲不勝、其耦皆以禮相揖讓也)とある。また『集注』では「揖譲して升り、下りて飲ましむ」(揖讓而升、下而飮)と読み、「揖譲して升るとは、大射の礼、耦進ぐうしんし三たび揖して、のちに堂に升るなり。下りて飲ましむは、射わり揖して降り、以て衆耦の皆降るをちて、勝者乃ち勝たざる者に揖して升らしめ、を取りて立ちながら飲むを謂うなり」(揖讓而升者、大射之禮、耦進三揖、而後升堂也。下而飮、謂射畢揖降、以俟衆耦皆降、勝者乃揖不勝者升、取觶立飮也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 其争也君子 … 『集解』に引く馬融の注に「多算少算に飲ましむは君子の争う所なり」(多算飲少算君子之所爭也)とある。また『義疏』に「夫れ小人の争いは、必ずじょうれいしょくす。今此の射、心たるを忘れざるのみと雖も、而れども進退礼に合す。更〻こもごも相辞譲し、跪授跪受して、君子の容にそむかず。故に其の争いや君子なりと云うなり」(夫小人之爭、必攘臂厲色。今此射雖心止不忘中、而進退合禮。更相辭讓、跪授跪受、不乖君子之容。故云其爭也君子也)とある。また『注疏』に「射とは正鵠につるを争うのみ。小人の色をはげしくしひじくに同じからず、故に其の争うや君子なりと曰う」(射者爭中正鵠而已。不同小人厲色援臂、故曰其爭也君子)とある。また『集注』に「言うこころは君子はきょうそんにして、人と争わず。惟だ射に於いて而る後に争うこと有り。然れども其の争うや、雍容ようよう揖遜ゆうそんすること乃ちくの如ければ、則ち其の争いや君子にして、小人の争いの若きには非ざるなり」(言君子恭遜、不與人爭。惟於射而後有爭。然其爭也、雍容揖遜乃如此、則其爭也君子、而非若小人之爭矣)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「論語を読む者、夫子君子を言う諸章に至らば、則ち心を潜め思いをふかくし、佩服体取せざる可からず。此の章の若きは、最も其の切要なる者か」(讀論語者、至於夫子言君子諸章、則不可不潛心覃思、佩服體取。若此章、最其切要者歟)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「儀礼を按ずるに、射する時、升降するに皆揖譲し、射爵を飲むの時、亦た揖譲して升降するなり。朱註、升に句するは、非なり。……礼に王者のまさに祭らんとする、必ずえらんで祭を助けしむ。故に四方の諸侯、並びに士を王に貢す。王、之を射宮に試む。若し形容礼に合し、節奏がくに比し、而してたること多き者は、則ち祭にあずかることを。祭に預かることを得たる者は、其の君の爵士を進む。若し射て礼楽に合せずして中たること少なき者は、祭に預からず。祭に預からざる者は、其の君の爵士をしりぞく。此れ射の事は既に重く、唯だ自ら辱むるのみに非ず、乃ち累を己の君にく。故に君子の人は射に於いて、必ず争い有るなり」(按儀禮、射時、升降皆揖讓、飮射爵時、亦揖讓升降也。朱註升句、非矣。……禮王者將祭、必擇士助祭。故四方諸侯、竝貢士於王。王試之於射宮。若形容合禮、節奏比樂、而中多者、則得預於祭。得預於祭者、進其君爵士。若射不合禮樂而中少者、不預祭。不預祭者、黜其君爵士。此射事既重、非唯自辱、乃係累己君。故君子之人於射、而必有爭也)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十