郷党第十 12 厩焚章
247(10-12)
廏焚。子退朝。曰、傷人乎。不問馬。
廏焚。子退朝。曰、傷人乎。不問馬。
厩焚けたり。子、朝より退く。曰く、人を傷えるかと。馬を問わず。
現代語訳
- 馬小屋が焼けた。先生は御殿からさがって、 ―― 「ケガ人はないか…。」馬のことはきかなかった。(魚返善雄『論語新訳』)
- 孔子様がお役所へ出勤の留守、馬屋が失火で焼けた。帰宅してそれを聞かれたが、「人にけがはなかったか。」といわれたきりで、馬のことを問われなかった。(穂積重遠『新訳論語』)
- 先生の馬屋が焼けた。朝廷からお帰りになった先生は人にけがはなかったか、と問われたきり、馬のことは問われなかった。(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
- 厩 … 孔子の家の馬屋。なお「廏」が本来の正字であるが、我が国では「厩」が標準字体として使用されている。他に異体字の「廐」もある。
- 焚 … 焼く。
- 退朝 … 朝廷を退出して家へ帰る。
- 傷 … きずつく。けがをする。
- 乎 … 「か」または「や」と読む。ここでは疑問(質問)の意を示す。
補説
- 『注疏』に「此れ孔子の人を重んじ畜を賤しむを明らかにするなり」(此明孔子重人賤畜也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 厩焚 … 『義疏』に「厩は、馬を養う処なり。焚は、焼なり。孔子の家の馬を養う処焼かれたるなり」(廏、養馬處也。焚、燒也。孔子家養馬處被燒也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「厩焚けたりとは、孔子の家の厩火を被むるを謂うなり」(廏焚、謂孔子家廏被火也)とある。
- 子退朝 … 『義疏』に「孔子早に朝に上り、朝竟えて退き家に還るなり。少儀に云う、朝廷には退と曰うなり、と」(孔子早上朝、朝竟而退還家也。少儀云、朝廷曰退也)とある。また『注疏』に「孔子朝を罷めて退き帰す」(孔子罷朝退歸)とある。
- 傷人乎。不問馬 … 『集解』に引く鄭玄の注に「人を重んじ畜を賤しむなり。朝を退くは、魯君の朝より来たり帰るなり」(重人賤畜也。退朝、自魯君之朝來歸)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「朝より還り退き、厩の火に遭うを見る。厩は是れ馬を養う処なり。而るに孔子馬を傷えるを問わず。唯だ人のみ之を問えるか。是れ人を重んじ馬を賤しむ。故に云う、馬を問わざるなり、と。王弼曰く、孔子時に魯の司寇たり、公朝より退きて火の処に之く。馬を問わざる者は、時に馬を重んずることを矯す者なり、と」(從朝還退、見廏遭火。廐是養馬處。而孔子不問傷馬。唯問人之乎。是重人賤馬。故云、不問馬也。王弼曰、孔子時爲魯司寇、自公朝退而之火處。不問馬者、矯時重馬者也)とある。また『注疏』に「告を承けて問いて曰く、厩焚けたるの時、人を傷うこと無きを得たるか、と。馬を傷うと否とを問わざるは、是れ其の人を重んじ畜を賤しむの意なり。不問馬の一句は、記する者の言なり」(承告而問曰、廏焚之時、得無傷人乎。不問傷馬與否、是其重人賤畜之意。不問馬一句、記者之言也)とある。また『集注』に「馬を愛さざるに非ず。然れども人傷えるを恐るるの意多し。故に未だ問うに暇あらず。蓋し人を貴び畜を賤しむ、理として当に此くの如くなるべし」(非不愛馬。然恐傷人之意多。故未暇問。蓋貴人賤畜、理當如此)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 伊藤仁斎『論語古義』は第九章から第十二章までを一章(第九章)と見做し、「右は孔子平生家に居るの雑儀を記す」(右記孔子平生居家之雜儀)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 荻生徂徠『論語徴』に「然れども子張曰く、陳文子馬十乗有り、と。馬を数えて以て富を称すれば、則ち它人或いは馬を問うて而うして人を問わざる者有らん。故に門人之を記すのみ」(然子張曰、陳文子有馬十乘。數馬以稱富、則它人或有問馬而不問人者。故門人記之爾)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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