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怨情(李白)

怨情
えんじょう
はく
  • 五言絶句。眉・誰(平声支韻)。
  • ウィキソース「怨情 (美人捲珠簾)」参照。
  • 怨情 … うらみがましい心。
  • この詩は、男性の愛情を失った女性の嘆きを詠んだもので、いわゆる閨怨けいえん詩である。ここでは天子の寵愛を失った宮女を指すと思われる。安旗主編『新版 李白全集編年注釋』(巴蜀書社、2000年)によると、天宝二年(743)、四十三歳の作。
  • 李白 … 701~762。盛唐の詩人。あざなは太白。蜀の隆昌県青蓮郷(四川省江油市青蓮鎮)の人。青蓮居士と号した。科挙を受験せず、各地を遊歴。天宝元年(742)、玄宗に召されて翰林かんりん供奉ぐぶ(天子側近の文学侍従)となった。しかし、玄宗の側近で宦官の高力士らに憎まれて都を追われ、再び放浪の生活を送った。杜甫と並び称される大詩人で「詩仙」と仰がれた。『李太白集』がある。ウィキペディア【李白】参照。
美人捲珠簾
じん 珠簾しゅれん
  • 美人 … 美人という女官の官名もあるが、ここでは単に美しい女性の意。
  • 珠簾 … 真珠で飾ったすだれ。実際には真珠でなくても、美しいすだれのことを言う。『西京雑記』巻二に「昭陽殿は珠を織りて簾と為す」(昭陽殿織珠爲簾)とある。ウィキソース「西京雜記/卷二」参照。また南朝梁の何遜の「照鏡を詠む」(『玉台新詠』巻五)に「珠簾あしたに初めて捲き、綺機ききあしたに未だ織らず」(珠簾旦初捲、綺機朝未織)とある。ウィキソース「詠照鏡 (何遜)」参照。また六朝斉の謝朓「玉階怨」に「夕殿せきでん珠簾しゅれんろし、りゅうけいやすむ」(夕殿下珠簾、流螢飛復息)とある。
  • 捲 … 捲き上げること。『宋本』『繆本』『劉本』『王本』『万首唐人絶句』(嘉靖刊本)では「巻」に作る。
深坐嚬蛾眉
ふかして 蛾眉がびひそ
  • 深坐 … すだれの奥深くひっそりと坐っている。
  • 深 … 『万首唐人絶句』(万暦刊本)では「㴱」に作る。異体字。
  • 蛾眉 … 蛾の触角のような、三日月形の美しい女性の眉。『詩経』衛風・碩人の詩に「じゅうていの如く、はだぎょうの如く、うなじしゅうせいの如く、さいの如く、せみこうべまゆこうしょうせんたり、もくへんたり」(手如柔荑、膚如凝脂、領如蝤蠐、齒如瓠犀、螓首蛾眉、巧笑倩兮、美目盻兮)とある。ウィキソース「詩經/碩人」参照。また前漢のばいじょう七発しちはつ」(『文選』巻三十四)に「こう娥眉は、なづけて伐性ばっせいおのと曰う」(皓齒娥眉、命曰伐性之斧)とある。皓歯は、白い歯。美人の形容。伐性之斧は、人の本性を断ち切る斧の意。ウィキソース「七發」参照。なお「蛾眉」については、松浦友久「『蛾眉』考――詩語と歌語Ⅱ」(『詩語の諸相――唐詩ノート〈増訂版〉』研文出版、1995年)に詳しい。
  • 嚬 … 眉間にしわをよせて愁いの表情をする。『全唐詩』(両種とも)『唐詩三百首』『蕭本』『郭本』『許本』『劉本』『唐詩解』『唐宋詩醇』では「顰」に作る。同義。
但見淚痕濕
ただる 涙痕るいこん湿うるおうを
  • 但見 … ふと見れば。
  • 涙痕 … 涙の流れた跡。梁の簡文帝の「しょうちゅうけんの春別に和す四首 其の三」(『玉台新詠』巻九)に「涙迹るいせき未だかわかずなんあしたを終えん、行〻ゆくゆく聞くぎょくはい已に相むかうと」(淚迹未燥詎終朝、行聞玉珮已相要)とある。ウィキソース「和蕭侍中子顯春別」参照。
  • 湿 … まだ乾いていない。濡れたままである。「濕」は「湿」の旧字といわれているが、本来は俗字。『全唐詩』(中華書局点校本)『万首唐人絶句』(万暦刊本)では「溼」に作る。「溼」が本来の「湿」の旧字。
不知心恨誰
らず こころたれをかうらむを
  • 不知心恨誰 … いったい心のなかで誰を恨んでいるのか。
  • 不知 … 「しらず」と読み、「~であろうか」「~かしら」と訳す。
  • 恨 … 悔恨の情。悔やんで無念に思うこと。松浦友久は「『怨』と『恨』の異同については、結局、それぞれの概念の中核部分・・・・を、以下のように規定するのが妥当だと考えられる。『怨』=(物ごとの)実現可能・・性が自覚されながら、それが実現されないことに基づく不満・憤懣。『恨』(物ごとの)解決不可能・・・性・回復不可能・・・性への自覚に基づく無念さ・悔恨」といっている。松浦友久「詩語としての『怨』と『恨』――閨怨詩を中心に」(『詩語の諸相――唐詩ノート〈増訂版〉』研文出版、1995年)参照。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』冨山房、1910年)
  • 『唐詩三百首注疏』巻六上(廣文書局、1980年)
  • 『全唐詩』巻一百八十四(揚州詩局本縮印、上海古籍出版社、1985年)
  • 『全唐詩』巻一百八十四(点校本、中華書局、1960年)
  • 『李太白文集』巻二十四(静嘉堂文庫蔵宋刊本影印、平岡武夫編『李白の作品』所収、略称:宋本)
  • 『李太白文集』巻二十四(ぼくえつ重刊、雙泉草堂本、略称:繆本)
  • 『分類補註李太白詩』巻二十五(しょういん補注、内閣文庫蔵、略称:蕭本)
  • 『分類補註李太白詩』巻二十五(蕭士贇補注、郭雲鵬校刻、『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:郭本)
  • 『分類補註李太白詩』巻二十五(蕭士贇補注、許自昌校刻、『和刻本漢詩集成 唐詩2』所収、略称:許本)
  • 『李翰林集』巻二十(景宋咸淳本、劉世珩刊、江蘇広陵古籍刻印社、略称:劉本)
  • 『李太白全集』巻二十五(王琦編注、『四部備要 集部』所収、略称:王本)
  • 『万首唐人絶句』五言・巻一(明嘉靖刊本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 趙宦光校訂/黄習遠補訂『万首唐人絶句』巻三(万暦三十五年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻三十九(汪宗尼本影印、上海古籍出版社、1981年)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、50頁)
  • 『唐詩解』巻二十一(清順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐宋詩醇』巻八(乾隆二十五年重刊、紫陽書院、内閣文庫蔵)
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