ホーム > 集部 > 楚辞(目次) > 漁父第七

楚辞 漁父第七

九歌第二 卜居第六 漁父第七
惜誓第十一 招隠士第十二  
    
 漁父ぎょほ第七
屈原旣放、遊於江潭、行吟澤畔。顔色憔悴、形容枯槁。漁父見而問之曰、子非三閭大夫與。何故至於斯。
屈原くつげんすでにはなたれて、江潭こうたんに遊び、ゆくゆく沢畔たくはんぎんず。顔色がんしょく憔悴しょうすいし、形容けいよう枯槁ここうす。漁父ぎょほ見てこれに問いて曰く、三閭大夫さんりょたいふにあらずや。なんのゆえにここにいたるや、と。
屈原曰、舉世皆濁、我獨清、
屈原いわく、世をげてみなにごり、われひとりめり。
衆人皆醉我獨醒。是以見放。
衆人しゅうじんみない、われひとりめたり。ここをもってはなたる、と。
漁父曰、聖人不凝滯於物、而能與世推移。
漁父ぎょほ曰く、聖人せいじんは物に凝滞ぎょうたいせずして、よく推移すいいす。
世人皆濁、何不淈其泥而揚其波。
世人せじんみなにごらば、なんぞそのどろにごしてその波をげざる。
衆人皆醉、何不餔其糟而歠其
衆人しゅうじんみなわば、なんぞそのかすくらいてそのすすらざる。
  • 釃 … 『文選』では「醨」に作る。
何故深思髙舉、自令放爲。
なんのゆえに深く思い高くあがりて、みずからはなたれしむるをなす、と。
屈原曰、吾聞之、
屈原曰く、われこれを聞く、
新沐者必彈冠、新浴者必振衣。
あらたにもくする者はかならずかんむりはじき、あらたによくする者はかならずころもふるう、と。
安能以身之察察、受物之汶汶者乎。
いずくんぞよく察察さっさつたるをもって、物の汶汶もんもんたる者を受けんや。
寧赴湘流、葬於江魚之腹中。
むしろ湘流しょうりゅうおもむきて、江魚こうぎょ腹中ふくちゅうほうむらるるとも、
安能以皓皓之白、而蒙世俗之塵埃乎。
いずくんぞよく皓皓こうこうはくをもってして、世俗せぞく塵埃じんあいこうむむらんや、と。
漁父莞爾而笑、鼓枻而去、歌曰、
漁父莞爾かんじとして笑い、えいして去り、すなわち歌って曰く、
  • 乃 … 四部叢刊本楚辭補注にはないが、『楚辭集注』にはあるので補った。
滄浪之水清兮 可以濯吾纓
滄浪そうろうの水まば、もってわがえいあらうべく、
滄浪之水濁兮 可以濯吾足
滄浪そうろうの水にごらば、もってわが足をあらうべし、と。
遂去、不復與言。
ついに去って、またともに言わず。