楚辞 九歌第二
九歌第二
(一)東皇太一
吉日兮辰良 穆將愉兮上皇
吉日の辰も良し。穆みてまさに上皇を愉めんとす。
撫長劔兮玉珥 璆鏘鳴兮琳琅
長剣の玉珥を撫すれば、璆鏘と琳琅鳴る。
瑶席兮玉瑱 盍將把兮瓊芳
瑶の席に玉の瑱、瓊芳を盍せ将ち把り、
蕙肴蒸兮蘭藉 奠桂酒兮椒漿
蕙肴を蒸め蘭を藉き、桂酒と椒漿とを奠う。
揚枹兮拊皷 疏緩節兮安歌
枹を揚げて鼓を拊ち、節を疏緩にして安かに歌う。
- 疏 … 四部叢刊本楚辭補注では「
」に作る。
陳竽瑟兮浩倡
竽瑟を陳ねて浩倡す。
- 竽 … 四部叢刊本楚辭補注では「竿」に作るが、誤字なので改めた。
靈偃蹇兮姣服 芳菲菲兮滿堂
霊偃蹇として姣服し、芳菲菲として堂に満つ。
五音紛兮繁會 君欣欣兮樂康
五音紛として繁会すれば、君欣欣として楽康す。
(二)雲中君
浴蘭湯兮沐芳 華采衣兮若英
蘭湯に浴し芳に沐す。華采の衣は英のごとし。
靈連蜷兮既留 爛昭昭兮未央。
霊連蜷としてすでに留まり、爛として昭昭としていまだ央きず。
蹇將憺兮壽宮 與日月兮齊光。
蹇、まさに寿宮に憺んぜんとして、日月と光を斉しくす。
龍駕兮帝服 聊翱遊兮周章。
龍駕して帝服し、しばらく翱遊して周章す。
靈皇皇兮既降 猋遠舉兮雲中。
霊皇皇としてすでに降れど、猋ち遠く雲中に挙がる。
覽兾州兮有餘 横四海兮焉窮。
冀州を覧て余あり、四海に横たわってなんぞ窮まらん。
思夫君兮太息 極勞心兮


。
かの
君を思いて
太息し、
労心を極めて


たり。
(三)湘君
君不行兮夷猶 蹇誰留兮中洲
君行かずして夷猶す。蹇、誰か中洲に留まれる。
美要眇兮宜脩 沛吾乗兮桂舟
美しく要眇として宜修に、沛としてわれ桂舟に乗る。
令沅湘兮無波 使江水兮安流
沅湘をして波なからしめ、江水をして安かに流れしめ、
望夫君兮未來 吹參差兮誰思
かの君を望めどもいまだ来らず、参差を吹いて誰をか思う。
駕飛龍兮北征 邅吾道兮洞庭
飛龍に駕して北に征き、邅りてわれ洞庭に道す。
薜茘柏兮蕙綢 蓀橈兮蘭旌
薜茘の柏、蕙の綢。蓀の橈、蘭の旌。
望涔陽兮極浦 横大江兮揚靈
涔陽の極浦を望み、大江に横たわって霊を揚ぐ。
揚靈兮未極 女嬋媛兮爲余太息
霊を揚げていまだ極まらず、女嬋媛として余がために太息す。
横流涕兮潺湲 隱思君兮陫側
涕を横流して潺湲たり、君を隠思して陫側たり。
桂櫂兮蘭枻 斲冰兮積雪
桂の櫂、蘭の枻。氷を斲り、雪を積む。
采薜茘兮水中 搴芙蓉兮木末
薜茘を水中に采り、芙蓉を木末に搴るごとく、
心不同兮媒勞 恩不甚兮輕絶
心同じからざれば媒労し、恩甚しからざれば軽く絶ゆ。
石瀬兮淺淺 飛龍兮翩翩
石瀬は浅浅たり、飛龍は翩翩たり。
交不忠兮怨長 期不信兮告余以不閒
交忠ならずして怨長く、期信ならずして余に告ぐるに間あらざるをもってす。
鼂騁騖兮江皐 夕弭節兮北渚
鼂に江皐に騁騖して、夕に節を北渚に弭むれば、
鳥次兮屋上 水周兮堂下
鳥は屋上に次り、水は堂下を周る。
捐余玦兮江中 遺余佩兮醴浦
余が玦を江中に捐て、余が佩を醴浦に遺て、
采芳洲兮杜若 將以遺兮下女
芳洲の杜若を采り、まさにもって下女に遺らんとす。
峕不可兮再得 聊逍遥兮容與
時は再び得べからず。聊く逍遥して容与せん。
(四)湘夫人
帝子降兮北渚 目眇眇兮愁予
帝子北渚に降る。目眇眇として予を愁えしむ。
嫋嫋兮秋風 洞庭波兮木葉下
嫋嫋たる秋風、洞庭波だって木葉下る。
登白薠兮騁望 與佳期兮夕張
白薠に登りて望を騁せ、佳期をともにせんとして夕に張る。
- 登 … 四部叢刊本楚辭補注には存在しないが補った。
鳥何萃兮蘋中 罾何爲兮木上
鳥なんぞ蘋の中に萃まれる。罾なんぞ木の上になせる。
- 何 … 四部叢刊本楚辭補注には存在しないが補った。
沅有茞兮醴有蘭 思公子兮未敢言
沅に茞あり、醴に蘭あり。公子を思いていまだあえて言わず。
荒忽兮遠望 觀流水兮潺湲
荒忽として遠く望み、流水の潺湲たるを観る。
麋何食兮庭中 蛟何爲兮水裔
麋なんぞ庭中に食い、蛟何をか水裔になす。
朝馳余馬兮江皐 夕濟兮西澨
朝に余が馬を江皐に馳せて夕に西澨に済る。
聞佳人兮召予 將騰駕兮偕逝
佳人の予を召すと聞き、まさに騰駕して偕に逝かんとす。
築室兮水中 葺之兮荷蓋
室を水中に築き、これを葺きて荷もて蓋う。
蓀壁兮紫壇 播芳椒兮成堂
蓀の壁、紫の壇。芳椒を播いて堂を成す。
- 播 … 四部叢刊本楚辭補注では「匊」に作るが、正しくは「
」。「播」の古字。
桂棟兮蘭橑 辛夷楣兮葯房
桂の棟、蘭の橑、辛夷の楣、葯の房。
罔薜茘兮爲帷 擗蕙櫋兮既張
薜茘を罔みて帷となし、蕙を擗いて櫋としすでに張る。
白玉兮爲鎭 疏石蘭兮爲芳
白玉を鎮となし、石蘭を疏いて芳となし、
- 玉 … 四部叢刊本楚辭補注では「王」に作るが改めた。
芷葺兮荷屋 繚之兮杜衡
芷もて荷屋に葺き、これに杜衡を繚らす。
合百草兮實庭 建芳馨兮廡門
百草を合せて庭に実たし、芳馨を建んで門を廡う。
九嶷繽兮並迎 靈之來兮如雲
九嶷繽として並び迎え、霊の来ること雲のごとし。
捐余袂兮江中 遺余褋兮醴浦
余が袂を江中に捐て、余が褋を醴浦に遺て、
搴汀洲兮杜若 將以遺兮遠者
汀洲の杜若を搴り、まさにもって遠き者に遺らんとす。
時不可兮驟得 聊逍遥兮容與
時は驟得べからず。聊く逍遥して容与せん。
(五)大司命
廣開兮天門 紛吾乗兮玄雲
広く天門を開き、紛としてわれ玄雲に乗る。
令飄風兮先驅 使涷雨兮灑塵
飄風をして先驅せしめ、涷雨をして塵に灑がしむ。
君廻翔兮以下 踰空桑兮從女
君廻翔してもって下れば、空桑を踰えて女に従わん。
紛總總兮九州 何壽夭兮在予
紛として総総たる九州、なんぞ寿夭の予に在る。
高飛兮安翔 乗清氣兮御陰陽
高く飛び、安らかに翔り、清気に乗りて陰陽に御す。
吾與君兮齋速 導帝之兮九坑
われと君と斎速に、帝を導いて九坑に之かん。
靈衣兮被被 玉佩兮陸離
霊衣は被被たり、玉佩は陸離たり。
壹陰兮壹陽 衆莫知兮余所爲
壱陰、壱陽、衆、余がなすところを知るなし。
折疏麻兮瑶華 將以遺兮離居
疏麻の瑶華を折り、まさにもって離れ居るものに遺らんとす。
- 疏 … 四部叢刊本楚辭補注では「
」に作る。
老冉冉兮既極 不寖近兮愈疏
老冉冉としてすでに極まるに、寖く近づかずしていよいよ疏る。
- 疏 … 四部叢刊本楚辭補注では「
」に作る。
乗龍兮轔轔 髙駝兮沖天
龍に乗りて轔轔と、高く駝せて天に沖し、
結桂枝兮延竚 羌愈思兮愁人
桂枝を結んで延竚すれど、羌、いよいよ思いて人をして愁えしむ。
愁人兮柰何 願若今兮無虧
人を愁えしむるを柰何せん。願わくは今の虧くるなきがごとくならんことを。
固人命兮有當 孰離合兮可爲
固より人の命には当ることあり、孰か離合をなすべけん。
(六)少司命
秋蘭兮麋蕪 羅生兮堂下
秋蘭と麋蕪と、堂下に羅生す。
緑葉兮素枝 芳菲菲兮襲予
緑葉と素枝、芳菲菲として予を襲う。
夫人自有兮美子 蓀何以兮愁苦
それ人にはおのずから美子あり、蓀何をもって愁苦する。
秋蘭兮青青 緑葉兮紫莖
秋蘭は青青たり、緑葉と紫茎と、
滿堂兮美人 忽獨與余兮目成
満堂の美人、たちまち独り余と目成す。
入不言兮出不辭 乗回風兮載雲旗
入るに言わず、出ずるに辞せず、回風に乗りて雲旗を載つ。
悲莫悲兮生別離 樂莫樂兮新相知
悲しきは生別離より悲しきはなく、楽しきは新相知より楽しきはなし。
荷衣兮蕙帶 儵而來兮忽而逝
荷の衣、蕙の帯、儵として来り、忽として逝く。
夕宿兮帝郊 君誰須兮雲之際
夕に帝の郊に宿れば、君誰をか雲の際に須つ。
與女遊兮九河 衝風至兮水揚波
女と九河に遊べば、衝風至って水波を揚ぐ。
- この二句は古本になく、王逸の注もない。補注では「この二句は『河伯』章中の語なり」という。
與女沐兮咸池 晞女髮兮陽之阿
女と咸池に沐し、女の髪を陽の阿に晞かさん。
望美人兮未來 臨風怳兮浩歌
美人を望めどもいまだ来らず、風に臨んで怳として浩歌す。
孔蓋兮翠旍 登九天兮撫彗星
孔蓋と翠旍と、九天に登って彗星を撫す。
竦長劔兮擁幼艾 蓀獨冝兮爲民正
長剣を竦りて幼艾を擁す。蓀独り宜しく民の正たるべし。
(七)東君
暾將出兮東方 照吾檻兮扶桑
暾としてまさに東方に出でんとして、わが檻を扶桑に照らす。
撫余馬兮安驅 夜皎皎兮既明
余が馬を撫して安に駆くれば、夜は皎皎としてすでに明く。
駕龍輈兮乗雷 載雲旗兮委蛇
龍輈に駕して雷に乗り、雲旗を載てて委蛇たり。
長太息兮將上 心低佪兮顧懷
長太息してまさに上らんとすれど、心は低佪して顧み懐う。
羌聲色兮娯人 觀者憺兮忘歸
羌、声色の人を娯しましむる、観る者憺として帰るを忘る。
緪瑟兮交鼓 簫鍾兮瑶簴
緪瑟と交鼓と、鍾を瑶簴に簫つ。
鳴

兮吹竽 思靈保兮賢姱
鳴
と
吹竽と、
霊保の
賢姱なるを思う。
翾飛兮翠曽 展詩兮會舞
翾飛して翠曽し、詩を展べて会舞す。
應律兮合節 靈之來兮蔽日
律に応じて節に合すれば、霊の来ること日を蔽う。
青雲衣兮白霓裳 舉長矢兮射天狼
青雲の衣白霓の裳、長矢を挙げて天狼を射る。
操余弧兮反淪降 援北斗兮酌桂漿
余が弧を操りて反りて淪降し、北斗を援りて桂漿を酌む。
撰余轡兮髙駝翔 杳冥冥兮以東行
余が轡を撰ちて高く駝翔し、杳として冥冥としてもって東に行く。
(八)河伯
與女遊兮九河 衝風起兮横波
女と九河に遊べば、衝風起って波を横たう。
乗水車兮荷蓋 駕兩龍兮驂螭
水車に乗りて荷の蓋し、両龍を駕して螭を驂とす。
登崑崙兮四望 心飛揚兮浩蕩
崑崙に登って四もを望めば、心は飛揚して浩蕩たり。
日將暮兮悵忘歸 惟極浦兮寤懷
日まさに暮れんとして悵として帰るを忘れ、ただ極浦を寤めて懐う。
魚鱗屋兮龍堂 紫貝闕兮朱宮
魚鱗の屋と龍の堂と、紫貝の闕と朱宮と。
靈何爲兮水中 乗白黿兮逐文魚
霊なんすれぞ水中なる。白黿に乗りて文魚を逐い、
與女遊兮河之渚 流澌紛兮將來下
女と河の渚に遊べば、流澌は紛としてまさに来り下らんとす。
子交手兮東行 送美人兮南浦
子と手を交えて東行し、美人を南浦に送れば、
波滔滔兮來迎 魚隣隣兮媵予
波は滔滔として来り迎え、魚は隣隣として予に媵う。
(九)山鬼
若有人兮山之阿 被薜茘兮帶女羅
若に人あり山の阿に、薜茘を被て女羅を帯とす。
旣含睇兮又冝笑 子慕予兮善窈窕
すでに睇を含みてまたよく笑う。子、予のよく窈窕たるを慕う。
乗赤豹兮從文狸 辛夷車兮結桂旗
赤豹に乗りて文狸を従え、辛夷の車に桂の旗を結び、
被石蘭兮帶杜衡 折芳馨兮遺所思
石蘭を被て杜衡を帯とし、芳馨を折りて思うところに遺る。
余處幽篁兮終不見天 路險難兮獨後來
余、幽篁におりてついに天を見ず、路険難にしてひとり後れて来る。
表獨立兮山之上 雲容容兮而在下
表くひとり山の上に立てば、雲容容として下にあり。
杳冥冥兮羌晝晦 東風飄兮神靈雨
杳として冥冥として、羌、昼晦く、東風飄として神霊雨ふらす。
留靈脩兮憺忘歸 歳旣晏兮孰華予
霊脩を留めて憺として帰るを忘れしめん。歳すでに晏ければ、たれか予を華さかせん。
采三秀兮於山閒 石磊磊兮葛蔓蔓
三秀を山間に采るに、石磊磊として葛蔓蔓たり。
怨公子兮悵忘歸 君思我兮不得閒
公子を怨んで悵として帰るを忘る。君われを思いて間を得ざるならん。
山中人兮芳杜若 飲石泉兮蔭松栢
山中の人は杜若芳しく、石泉を飲みて松柏に蔭わる。
君思我兮然疑作
君われを思いて然疑作りしならん。
雷塡塡兮雨冥冥 猨啾啾兮又夜鳴
雷填填として雨冥冥たり。猨啾啾としてまた夜鳴く。
風颯颯兮木蕭蕭 思公子兮徒離憂
風颯颯として木蕭蕭たり。公子を思えば徒らに憂いに離るのみ。
(十)国殤
操呉戈兮被犀甲 車錯轂兮短兵接
呉戈を操りて犀甲を被り、車は轂を錯えて短兵接す。
旌蔽日兮敵若雲 矢交墜兮士爭先
旌は日を蔽いて敵は雲のごとく、矢は交墜ちて士は先を争う。
凌余陣兮躐余行 左驂殪兮右刃傷
余が陣を凌ぎて余が行を躐み、左驂は殪れて右は刃に傷つく。
霾兩輪兮縶四馬 援玉枹兮撃鳴鼓
両輪を霾みて四馬を縶ぎ、玉枹を援りて鳴鼓を撃つ。
天時墜兮威靈怒 嚴殺盡兮棄原野
天時に墜ちて威霊は怒り、厳殺し尽して原野に棄つ。
- 墜 … 朱熹集注本では「懟」に作る。
- 野 … 四部叢刊本楚辭補注では「壄」に作る。
出不入兮往不反 平原忽兮路超遠
出でて入らず、往きて反らず、平原忽として路超遠なり。
帶長劔兮挾秦弓 首身離兮心不懲
長剣を帯びて秦弓を挟み、首身離るとも心懲りず。
誠旣勇兮又以武 終剛強兮不可凌
誠にすでに勇んでまたもって武く、ついに剛強にして凌ぐべからず。
身旣死兮神以靈 子魂魄兮爲鬼雄
身すでに死すれども神もって霊に、子の魂魄鬼雄となる。
(十一)礼魂
成禮兮會皷 傳芭兮代舞
礼を成して鼓を会し、芭を伝えて代る代る舞う。
姱女倡兮容與
姱女 倡いて容与たり。
春蘭兮秋菊 長無絶兮終古。
春蘭と秋菊と、長く絶ゆることなく終古ならん。