尉繚子 重刑令第十三
重刑令第十三
將自千人以上、有戰而北、守而降、離地逃衆、命曰國賊、身戮家殘、去其籍、發其墳墓、暴其骨於市、男女公於官。自百人以上、有戰而北、守而降、離地逃衆、命曰軍賊、身死家殘、男女公於官。使民内畏重刑、則外輕敵。故先王明制度於前、重威刑於後。刑重則内畏、内畏則外堅矣。
将、千人より以上、戦いて北げ、守りて降り、地を離れ、衆を逃ぐるあるは、命じて国賊と曰い、身戮され、家残い、その籍を去り、その墳墓を発き、その骨を市に暴し、男女、官に公にさる。百人より以上、戦いて北げ、守りて降り、地を離れ、衆を逃ぐるあるは、命じて軍賊と曰い、身死し、家残い、男女、官に公にさる。民をして内に重刑を畏れしめば、すなわち外、敵を軽んず。ゆえに先王、制度を前に明らかにし、威刑を後に重くす。刑重ければすなわち内畏れ、内畏るればすなわち外堅し。
- 以 … 底本では「巳」に作るが、『直解』に従い改めた。