李衛公問対 巻上〔六〕
巻上〔六〕
太宗曰、古人臨陳出奇、攻人不意。斯亦相變之法乎。
太宗曰く、「古人、陳に臨んで奇を出だし、人の不意を攻む。これまた相変ずるの法か」。
靖曰、前代戰闘、多是以小術而勝無術、以片善而勝無善。斯安足以論兵法也。若謝玄之破苻堅、非謝玄之善也。蓋苻堅之不善也。
靖曰く、「前代の戦闘、多くはこれ小術をもって無術に勝ち、片善をもって無善に勝つ。これ安んぞもって兵法を論ずるに足らんや。謝玄の苻堅を破るがごときは、謝玄の善にあらざるなり。けだし苻堅の不善なり」。
太宗顧侍臣、檢謝玄傳、閲之曰、苻堅甚處是不善。
太宗、侍臣を顧みて、謝玄の伝を検べせしめ、これを閲して曰く、「苻堅、甚のところかこれ不善なる」。
靖曰、臣觀苻堅載記曰、秦諸軍皆潰敗。唯慕容垂一軍獨全。堅以千餘騎赴之。垂子寶勸垂殺堅。不果。此有以見秦軍之亂、慕容垂獨全。蓋堅爲垂所陷明矣。夫爲人所陷、而欲勝敵。不亦難乎。臣故曰、無術焉苻堅之類是也。
靖曰く、「臣、苻堅の載記を観るに、曰く、秦の諸軍みな潰敗す。ただ慕容垂の一軍ひとり全し。堅、千余騎をもってこれに赴く。垂の子宝、垂に堅を殺すを勧む。果さず、と。これもって秦軍の乱るるを見て、慕容垂ひとり全きあり。けだし堅、垂の陥るるところとなりしこと明らかなり。それ人の陥るるところとなりて、しかして敵に勝たんと欲す。また難からずや。臣、ゆえに曰く、無術とは苻堅の類これなり、と」。
- 軍 … 底本では「師」に作るが、『直解』に従い改めた。
太宗曰、孫子謂多筭勝少筭。有以知少筭勝無筭、凡事皆然。
太宗曰く、「孫子謂えり、算多きは算少なきに勝つ、と。もって算少なきは算なきに勝つを知るあり。およそ事みな然り」。