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李衛公問対 巻上〔二〕

太宗曰、朕破宋老生、初交鋒、義師少却。
太宗たいそういわく、ちん宋老生そうろうせいやぶりしとき、はじめてほうまじえて、義師ぎしすこしくしりぞく。
  • ウィキソース「唐李問對/卷上」参照。
  • 朕 … 古代の一人称代名詞。われ。わが。なお、秦の始皇帝から、天子だけが用いる一人称代名詞となった。
  • 宋老生 … ?~617。隋の武将の名。煬帝ようだいのとき、虎牙郎将として仕えた。霍邑かくゆうの戦いで太宗に破れた。ウィキペディア【宋老生】(中文)参照。
  • 交鋒 … ほこを交える。戦いを始めること。交戦。「鋒」は、ほこさきの意。
  • 義師 … 正義の軍隊。太宗が自国の軍隊を自称した呼び方。
朕親以鐵騎自南原馳下、橫突之。老生兵斷後、大潰。遂擒之。此正兵乎奇兵乎。
ちんみずかてっもっ南原なんげんよりくだりて、よこざまにこれく。老生ろうせいへいうしろをたれて、おおいについゆ。ついこれとりこにせり。正兵せいへいへいか。
  • 鉄騎 … 鉄のよろいをつけた騎兵。ここでは勇敢で強い騎兵を指す。
  • 南原 … 南の平原。
  • 断後 … 後方の路を分断される。
靖曰、陛下天縱聖武、非學而能。
せいいわく、へいてんしょうせいまなぶにあらずしてくす。
  • 陛下 … 太宗を指す。
  • 天縦 … 天から許されること。『論語』子罕篇に「もとよりてんこれゆるしてまさせいならんとす」(固天縦之將聖)とある。
  • 聖武 … 天子に知恵と人徳と武勇が備わっていることを褒める言葉。
臣按、兵法自黄帝以來、先正而後奇、先仁義而後權譎。
しんあんずるに、兵法へいほう黄帝こうていよりらいせいさきにしあとにし、じんさきにし権譎けんけつあとにす。
  • 臣 … 臣下が君主に対し、へりくだっていう自称の言葉。わたくし。
  • 按 … 「あんずるに」と読み、「考えてみると」と訳す。底本では「案」に作るが、『直解』に従い改めた。
  • 黄帝 … 古代の伝説上の帝王。五帝の一人。名は軒轅けんえん。ウィキペディア【黄帝】参照。
  • 権譎 … 嘘の計略。権謀策略。「権」は、はかりごと。「譎」は、いつわり。「権詐」と同じ。
且霍邑之戰、師以義舉者、正也。建成墜馬、右軍少却者奇也。
霍邑かくゆうたたかいは、もっげしはせいなり。建成けんせいうまよりちて、右軍ゆうぐんすこしくしりぞきしはなり。
  • 霍邑之戦 … 617年、霍邑(現在の山西省臨汾市)において、宋老生が太宗に破れた戦いのこと。ウィキペディア【霍邑之战】(中文)参照。
  • 建成 … 太宗の兄、李建成のこと。589~626。太宗によって弟の李元吉とともに暗殺された(玄武門の変)。ウィキペディア【李建成】【玄武門の変】参照。
  • 右軍 … 陣立ての右にある軍。右翼の軍。
太宗曰、彼時少却、幾敗大事。曷謂奇邪。
太宗たいそういわく、ときすこしくしりぞきしは、ほとんだいやぶらんとせり。なんうか。
  • 彼時 … 宋老生との戦いを指す。
  • 少却 … 少し後退したために。少し退却したために。
  • 幾 … 「ほとんど」と読み、「すんでのところで」「あやうく」「ほとんど」と訳す。ある状況・程度に接近する意を示す。
  • 敗大事 … 大切な戦いを負けいくさにしてしまうところであったこと。
  • 曷 … 「なんぞ」と読み、「どうして~か」と訳す。原因を問う疑問の意を示す。
靖曰、凡兵以前向爲正、後却爲奇。且右軍不却、則老生安致之來哉。
せいいわく、およへい前向ぜんこうもっせいし、後却こうきゃくす。右軍ゆうぐんしりぞかずんば、すなわ老生ろうせいいずくんぞこれきたるをいたさんや。
  • 前向 … 前に進むこと。前進。
  • 後却 … 後ろに却くこと。後退。退却。
  • 不却 … 退却しなかったら。
  • 安致之來哉 … どうして追撃して来ることがあろうか、いや追撃して来ない。
  • 安 … 「いずくんぞ~ん(や)」と読み、「どうして~(する)のか、いや~ない」と訳す。反語の意を示す。
法曰、利而誘之、亂而取之。老生不知兵、恃勇急進、不意斷後、見擒於陛下。此所謂以奇爲正也。
ほういわく、してこれさそい、みだしてこれる、と。老生ろうせいへいらず、ゆうたのきゅうすすみ、うしろをたるるをおもわずして、へいとりこにせらる。所謂いわゆるもっせいすなり。
  • 法 … 孫子の兵法を指す。
  • 利而誘之、乱而取之 … 敵に有利と見せかけて誘い出し、混乱させて敵から奪い取る。『孫子』計篇の言葉。
  • 不知兵 … 兵法を知らない。戦術を知らない。
  • 勇 … 勇猛さ。
  • 恃 … 頼む。頼りとする。当てにする。期待する。
  • 見 … 「る」「らる」と読み、「~される」と訳す。受身を表す。「被」と同じ。
  • 以奇為正 … 奇兵が転じて正兵となる。
太宗曰、霍去病暗與孫呉合。誠有是夫。
太宗たいそういわく、霍去病かくきょへいあんそんがっす。まことるかな。
  • 霍去病 … 前140~前117。前漢の武帝のときの名将。平陽(現在の山西省南西部)の人。衛皇后および将軍衛青えいせいの甥。匈奴を討伐して大功をたて、ひょう将軍(前漢以降の官名)となったが若くして病死した。ウィキペディア【霍去病】【驃騎将軍】参照。
  • 孫呉 … 孫子と呉子の兵法。
  • 合 … 合致する。適う。
  • 有是夫 … あり得ることだなあ。
  • 夫 … 「か」「かな」と読み、「~だなあ」と訳す。推定・感嘆の意を示す。文末・句末に置かれる。
當右軍之却也、高祖失色。及朕奮撃、反爲我利。孫呉暗合。卿實知言。
右軍ゆうぐんしりぞくにあたって、こういろうしなえり。ちん奮撃ふんげきするにおよんで、かえってれり。そんあんがっす。けいまことげんれり。
  • 右 … 底本では「石」に作るが、『直解』に従い改めた。
  • 高祖 … 566~635。唐の初代皇帝。在位618~626。姓名は李淵。あざなは叔徳。隋の太原りゅうしゅに任じられていたが、突厥の力を借りて次男の世民(太宗)らと挙兵し、長安を占領して唐朝を建てた。ウィキペディア【李淵】参照。
  • 失色 … 顔色をかえる。驚き恐れること。
  • 奮撃 … 力を奮って敵を攻撃すること。奮戦。
  • 暗合 … 思いがけなく一致すること。偶然に一致すること。
  • 卿 … 君主が重臣を尊んで呼ぶ言葉。
  • 知言 … 汝の言った通りである。
巻上
1 太宗曰、高麗数侵新羅……
2 太宗曰、朕破宋老生……
3 太宗曰、凡兵却、皆謂之奇乎……
4 太宗曰、奇正素分之歟……
5 太宗曰、曹公云、奇兵旁撃……
6 太宗曰、分合為変者、奇正……
7 太宗曰、古人臨陣出奇、攻人……
8 太宗曰、黄帝兵法、世握奇文……
9 太宗曰、陣数有九。中心零者……
10 太宗曰、漢張良、韓信、序次……
11 太宗曰、春秋楚子二廣之法……
12 太宗幸霊州回、召靖賜坐曰……
13 太宗曰、諸葛亮言、有制之兵……
14 太宗曰、蕃兵唯勁馬奔衝……
15 太宗曰、近契丹、奚皆内属……