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史記 五帝本紀第一

五帝本紀第一 楚元王世家第二十
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 五帝本紀ごていほんぎ第一
黄帝 顓頊 高辛 堯帝 舜帝
 黄帝
黄帝者、少典之子。姓公孫、名曰軒轅。生而神靈、弱而能言、幼而徇齊、長而敦敏、成而聰明。
黄帝は少典の子なり。姓は公孫こうそん、名は軒轅けんえんという。生まれて神霊しんれいじゃくにしてよく言い、ようにして徇斉じゅんせい、長じて敦敏とんびんひととなりて聡明そうめいなり。
軒轅之時、神農氏世衰。諸侯相侵伐、暴虐百姓。而神農氏弗能征。於是軒轅乃習用干戈、征不享。諸侯咸來賓從。而蚩尤最爲暴、莫能伐。炎帝欲侵陵諸侯。諸侯咸歸軒轅。軒轅乃修徳振兵、治五氣、蓺五種、撫萬民、度四方、教熊羆貔貅貙虎、以與炎帝戰於阪泉之野。三戰、然後得其志。蚩尤作亂、不用帝命。於是黄帝乃徴師諸侯、與蚩尤戰於涿鹿之野、遂禽殺蚩尤。而諸侯咸尊軒轅為天子。代神農氏。是為黄帝。
軒轅けんえんのとき、神農氏しんのうしおとろう。諸侯あいおかち、百姓ひゃくせい暴虐ぼうぎゃくす。しこうして神農氏せいするあたわず。ここにおいて軒轅けんえんすなわち干戈かんかを用うることを習い、もって不享ふきょうせいす。諸侯みなきたりて賓従ひんじゅうす。しかして蚩尤しゆうもっとも暴をなすも、よくつものなし。炎帝えんてい諸侯を侵陵しんりょうせんと欲す。諸侯みな軒轅けんえんに帰す。軒轅けんえんすなわち徳を修め兵をととのえ、五気を治め、五種をえ、万民をで、四方をはかり、ゆうきゅうちゅに教え、もって炎帝と阪泉はんせんに戦う。たび戦いて、しかるのちその志を蚩尤しゆう乱をし、ていの命を用いず。ここにおいて黄帝すなわち師を諸侯にちょうし、蚩尤しゆう涿鹿たくろくの野に戦い、ついに蚩尤を禽殺きんさつす。しこうして諸侯みな軒轅を尊びて天子となす。神農氏しんのうしに代わる。これを黄帝こうていとなす。
  • 以 … 底本では「mojikyo_font_050083」に作る。
天下有不順者、黄帝從而征之、平者去之。披山通道、未嘗寧居。東至于海、登丸山、及岱宗。西至于空桐、登雞頭。南至于江、登熊、湘。北逐葷粥、合符釜山、而邑于涿鹿之阿。遷徙往來無常處、以師兵爲營衞。官名皆以雲命、爲雲師。置左右大監、監于萬國。萬國和、而鬼神山川封禪與爲多焉。獲寶鼎、迎日推筴。舉風后、力牧、常先、大鴻以治民。順天地之紀、幽明之占、死生之説、存亡之難。時播百穀草木、淳化鳥獸蟲蛾、羅日月星辰水波土石金玉、勞勤心力耳目、節用水火材物。有土徳之瑞、故號黄帝。
天下にしたがわざる者あれば、黄帝従ってこれを征し、たいらげばこれを去る。山をひらきて道を通じ、いまだかつて寧居ねいきょせず。東は海に至り、丸山がんざんに登り、岱宗たいそうに及ぶ。西は空桐くうとうに至り、雞頭けいとうに登る。南はこうに至り、ゆうしょうに登る。北は葷粥くんいくい、釜山ふざんに合わせて、涿鹿たくろくくまゆうす。遷徙せんし往来して常処じょうしょなく、師兵しへいをもって営衛えいえいとなす。官の名はみな雲をもって命じ、雲師うんしとなす。左右さゆう大監たいかんを置き、万国をかんせしむ。万国やわらぎ、しこうして鬼神きしん山川さんせん封禅ほうぜんゆるしてなりとなす。宝鼎ほうてい、日を迎えさくす。風后ふうこう力牧りょくぼく常先じょうせん大鴻たいこうを挙げ、もって民を治めしむ。天地の幽明ゆうめいせん死生しせいの説、存亡そんぼうの難にしたがう。時に百穀ひゃっこく草木をき、鳥獣蟲蛾ちゅうが淳化じゅんかし、日月・星辰・水波・土石・金玉を旁羅ほうらし、心力耳目を労勤ろうきんし、水火材物を節用せつようす。土徳どとくずいあり、ゆえに黄帝とごうす。
  • 旁 … 底本では「mojikyo_font_013627」に作る。旁の本字。
黄帝二十五子、其得姓者十四人。黄帝居軒轅之丘、而娶於西陵之女、是爲嫘祖。嫘祖爲黄帝正妃、生二子、其後皆有天下。其一曰玄囂、是爲青陽、青陽降居江水。其二曰昌意、降居若水。昌意娶蜀山氏女、曰昌僕、生高陽、高陽有聖悳焉。黄帝崩、葬橋山。其孫昌意之子高陽立、是爲帝顓頊也。
黄帝二十五子あり、その姓を得たる者十四人。黄帝、軒轅けんえんの丘におりて、西陵氏のじょめとり、これを嫘祖るいそとなす。嫘祖るいそは黄帝の正妃せいひたり、二子にしを生む、そののちみな天下をたもつ。そのいつ玄囂げんごうという、これを青陽せいようとなす、青陽はくだりて江水におる。その二を昌意しょういという、くだりて若水じゃくすいにおる。昌意しょうい蜀山氏しょくざんしじょめとる、昌僕しょうぼくという、高陽こうようを生む、高陽、聖徳せいとくあり。黄帝ほうず、橋山きょうざんほうむる。そのまご、昌意の子なる高陽立つ、これをてい顓頊せんぎょくとなす。
  • 氏 … 中華書局本にはこの字なし。
 顓頊せんぎょく
帝顓頊高陽者、黄帝之孫而昌意之子也。靜淵以有謀、疏通而知事、養材以任地、載時以象天、依鬼神以制義、治氣以教化、潔誠以祭祀。北至于幽陵、南至于交阯、西至于流沙、東至于蟠木。動靜之物、大小之神、日月所照、莫不砥屬。
てい顓頊せんぎょく高陽こうようは、黄帝こうていの孫にして、昌意しょういの子なり。静淵せいえんにしてもってはかりごとあり、疏通そつうにしてことを知り、材を養いてもって地に任じ、時をおこないてもって天にかたどり、鬼神きしんに依りてもって義を制し、気を治めてもって教化し、潔誠けっせいにしてもって祭祀さいしす。北のかた幽陵ゆうりょういたり、南のかた交阯こうしに至り、西のかた流沙りゅうさに至り、東のかた蟠木はんぼくいたる。動静どうせいの物、大小のかみ日月じつげつの照す所、砥属しぞくせざるはなし。
帝顓頊生子、曰窮蝉。顓頊崩。而玄囂之孫高辛立。是爲帝嚳。
てい顓頊せんぎょく子を生む、窮蝉きゅうせんという。顓頊せんぎょくほうず。しこうして玄囂げんごうまご高辛こうしん立つ。これをていこくとなす。
 高辛こうしん
帝嚳高辛者、黄帝之曾孫也。高辛父曰蟜極、蟜極父曰玄囂、玄囂父曰黄帝。自玄囂與蟜極、皆不得在位、至高辛即帝位。高辛於顓頊爲族子。
ていこく高辛こうしんは、黄帝の曾孫そうそんなり。高辛こうしんの父を蟜極きょうきょくといい、蟜極きょうきょくの父を玄囂げんごうといい、玄囂げんごうの父を黄帝という。玄囂げんごう蟜極きょうきょくとより、みなくらいにあるを得ず、高辛に至りて帝位にく。高辛の顓頊せんぎょくにおける族子ぞくしたり。
高辛生而神靈、自言其名。普施利物、不於其身。聰以知遠、明以察微、順天之義、知民之急、仁而威、惠而信、脩身天下服。取地之財而節用之、撫教萬民而利誨之、曆日月而迎送之、明鬼神而敬事之。其色郁郁、其徳嶷嶷。其動也時、其服也士。帝嚳漑執中而徧天下、日月所照、風雨所至、莫不從服。
高辛生れて神霊しんれいなり、みずからその名を言う。あまねくほどこして物をし、その身においてせず。そうにしてもって遠きを知り、めいにしてもって微なるを察し、天の義にしたがい、民の急を知り、仁にしてあり、恵にして信あり、身をおさめて天下ふくす。ざいを取りてこれを節用せつようし、万民を撫教ぶきょうしてこれを利誨りかいし、日月じつげつれきにしてこれを迎送げいそうし、鬼神を明らかにしてこれに敬事けいじす。その色は郁郁いくいくたり、その徳は嶷嶷ぎょくぎょくたり。その動くやときあり、その服やなり。ていこくすでちゅうりて天下にあまねく、日月じつげつの照す所、風雨ふううの至る所、従服じゅうふくせざるなし。
  • 脩身天下服 … 中華書局本では「脩身天下服」に作る。
帝嚳娶陳鋒氏女、生放勛。娶娵訾氏女、生摯。帝嚳崩、而摯代立。帝摯立、不善。崩。而弟放勳立、是爲帝堯。
ていこく陳鋒氏ちんほうしじょめとり、放勛ほうくんを生む。娵訾氏しゅししじょめとり、を生む。ていこくほうじて、かわりて立つ。てい立ちて、不善ふぜんなり。ほうず。しこうしておとうと放勳ほうくん立つ、これをていぎょうとなす。
 堯帝
帝堯者放勳、其仁如天、其知如神。就之如日、望之如雲。富而不驕、貴而不舒。黄收純衣、彤車乘白馬。能明馴徳、以親九族。九族既睦、便章百姓。百姓昭明、合和萬國。
ていぎょう放勲ほうくん、その仁は天のごとく、その知はしんのごとく、これにくこと日のごとく、これを望むことくものごとし。富めどもおごらず、たっとけれどもあなどらず。黄収こうしゅう純衣じゅんい彤車とうしゃにして白馬に乗る。よく馴徳じゅんとくを明らかにし、もって九族きゅうぞくを親しむ。九族すでにむつまじくして、百姓ひゃくせい便章べんしょうす。百姓昭明しょうめいにして、万国を合和ごうわす。
乃命羲、和、敬順昊天、數法日月星辰、敬授民時。分命羲仲、居郁夷、曰暘谷。敬道日出、便程東作。日中、星鳥、以殷中春。其民析、鳥獸字微。
すなわちに命じ、つつしみて昊天こうてんしたがい、日月じつげつ星辰せいしんを数えのっとり、敬みて民に時をさずけしむ。わかちて羲仲ぎちゅうに命じて、郁夷いくいにおらしむ、暘谷ようこくという。つつしみて日のずるをみちびき、東作とうさく便程べんていす。ちゅう、星はちょう、もって中春ちゅうしゅんただす。その民はわかれ、鳥獣は字微じびす。
申命羲叔、居南交。便程南爲、敬致。日永、星火、以正中夏。其民因、鳥獸希革。申命和仲、居西土、曰昧谷。敬道日入、便程西成。夜中、星虚、以正中秋。其民夷易、鳥獸毛毨。申命和叔、居北方、曰幽都。便在伏物。日短、星昴、以正中冬。其民燠、鳥獸氄毛。歳三百六十六日、以閏月正四時。信飭百官、衆功皆興。
かさねて羲叔ぎしゅくに命じて、南交なんこうにおらしむ。南為なんい便程べんていし、つつしみて致す。日はながく、星は、もって中夏ちゅうかただす。その民はり、鳥獣は希革きかくす。かさねて和仲わちゅうに命じて、西土せいどにおらしむ。昧谷まいこくという。つつしみて日のるをみちびき、西成せいせい便程べんていちゅう、星はきょ、もって中秋ちゅうしゅうただす。その民は夷易いいし、鳥獣は毛毨もうせんす。かさねて和叔かしゅくに命じて、北方ほくほうにおらしむ。幽都ゆうとという。伏物ふくぶつ便在べんざいす。日は短く、星はぼう、もって中冬ちゅうとうただす。その民はあたたまり、鳥獣は氄毛じょうもうす。とし三百六十六日、閏月じゅんげつをもって四時しいじただす。まこと百官ひゃっかんととのえ、衆功しゅうこうみなおこる。
堯曰、誰可順此事。放齊曰、嗣子丹朱開明。堯曰、吁、頑凶、不用。堯又曰、誰可者。讙兜曰、共工聚布功、可用。堯曰、共工善言、其用僻。似恭漫天。不可。堯又曰、嗟、四嶽、湯湯洪水滔天、浩浩懷山襄陵、下民其憂、有能使治者。皆曰、鯀可。堯曰、鯀負命毀族、不可。嶽曰、异哉、試不可用而已。堯於是聽嶽用鯀。九歳功用不成。
ぎょう曰く、たれかこのことしたがうべき、と。放斉ほうせい曰く、嗣子しし丹朱たんしゅ開明かいめいなり、と。堯曰く、ああ頑凶がんきょうなり、もちいられず、と。ぎょうまた曰く、たれか可なる者ぞ、と。讙兜かんとう曰く、共工きょうこうあまねあつめてこうかん、もちうべし、と。堯曰く、共工はよく言えども、その用うるやへきす。きょうに似たれども天をあなどる。不可なり、と。ぎょうまた曰く、ああ四岳しがく湯湯しょうしょうたる洪水こうずい天にはびこり、浩浩こうこうとして山をつつおかのぼる、下民それ憂う、よく治めしむる者あらんや、と。みな曰く、鯀可こんかなり、と。堯曰く、こんは命にそむき族をやぶる、不可なり、と。がく曰く、げんかな、試みて用うべからずんばすなわめん、と。堯ここにおいてがくに聴きてこんもちう。九歳まで功用こうよう成らず。
  • 旁 … 底本では「mojikyo_font_013627」に作る。旁の本字。
堯曰、嗟、四嶽、朕在位七十載、汝能庸命、踐朕位。嶽應曰、鄙悳、忝帝位。堯曰、悉舉貴戚及疏遠隱匿者。衆皆言於堯曰、有矜在民閒、曰虞舜。堯曰、然、朕聞之。其何如。嶽曰、盲者子。父頑、母嚚、弟傲、能和以孝、烝烝治不至姦。堯曰、吾其試哉。於是堯妻之二女、觀其徳於二女。舜飭下二女於媯汭、如婦禮。堯善之。
ぎょう曰く、ああ四岳しがくわれくらいにあること七十載しちじっさい、なんじよく命をもちう、が位をめ、と。がくこたえて曰く、鄙徳ひとくなり、帝位をはずかしめん、と。ぎょう曰く、ことごとく貴戚きせきおよび疏遠そえん隠匿いんとくの者をげよ、と。衆みな堯に言いて曰く、やもめありて民間にあり、虞舜ぐしゅんという、と。堯曰く、しかり、われもこれを聞けり。それいかん。岳曰く、盲者もうしゃの子。父はがんに、母はぎんに、弟はごうなるも、よくやわらぐるに孝をもってし、烝烝じょうじょうとして治めてかんいたらしめず、と。ぎょう曰く、われ、それこころみんかな、と。ここにおいて堯はこれに二女にじょめあわせ、その徳の二女におけるをる。しゅん、二女を媯汭きぜいととのえ下し、の礼のごとくす。堯、これをみす。
乃使舜慎和五典、五典能從。乃徧入百官、百官時序、賓於四門、四門穆穆、諸侯遠方賓客皆敬。堯使舜入山林川澤、暴風雷雨、舜行不迷。堯以爲聖、召舜曰、女謀事至、而言可績三年矣。女登帝位。舜讓於徳、不懌。正月上日、舜受終於文祖。文祖者堯大祖也。於是帝堯老、命舜攝行天子之政、以觀天命。
すなわちしゅんをしてつつしみて五典ごてんやわらげしむ、五典よく従う。すなわちあまね百官ひゃっかんらしむ、百官じょし、四門にひんせしむ、四門穆穆ぼくぼくたり、諸侯、遠方の賓客ひんかく、みな敬す。堯、舜をして山林・川沢せんたくに入らしむ、暴風・雷雨にも、舜きて迷わず。堯もって聖となす、舜を召して曰く、なんじ、事を謀ること至れり、しこうしてげんせきとすべきこと三年。なんじ、帝位に登れ、と。舜、徳に譲り、よろこばず。正月上日じょうじつ、舜、おわり文祖ぶんそに受く。文祖とは堯の大祖たいそなり。ここにおいてていろうし、舜に命じて天子のまつりごと摂行せっこうせしめ、もって天命をる。
舜乃在璿璣玉衡、以齊七政。遂類于上帝、禋于六宗、望于山川、辯于羣神。揖五瑞、擇吉月日、見四嶽諸、班瑞。歳二月、東巡狩、至於岱宗、祡、望秩於山川。遂見東方君長、合時月、正日、同律度量衡、脩五禮、五玉三帛二生一死爲摯、如五器、卒乃復。
しゅんすなわち璿璣せんき玉衡ぎょくこうあきらかにし、もって七政しちせいととのう。ついに上帝にるいし、六宗りくそういんし、山川にぼうし、群神ぐんしんべんす。五瑞ごずいおさめ、吉月日きつげつじつえらび、四岳しがく諸牧しょぼくを見、瑞をわかつ。としの二月、東に巡狩じゅんしゅし、岱宗たいそうに至り、さいし、山川を望秩ぼうちつす。ついに東方の君長くんちょうを見、時月じげつを合わせ、日をただしゅうし、りつ度量衡どりょうこうを同じゅうし、五礼を修め、五玉・三帛さんぱく・二生・一死をとなし、五器をひとしゅうし、おわればすなわちかえす。
  • 牧 … 中華書局本では「牲」に作る。
五月、南巡狩、八月、西巡狩、十一月、北巡狩。皆如初。歸至于祖禰廟、用特牛禮。五歳一巡狩、羣后四朝。徧告以言、明試以功、車服以庸。肇十有二州、決川。象以典刑、流宥五刑、鞭作官刑、扑作教刑、金作贖刑、眚烖過赦、怙終賊刑。欽哉、欽哉、惟刑之靜哉。
五月、南に巡狩じゅんしゅし、八月、西に巡狩し、十一月、北に巡狩す。みなはじめのごとし。帰りて祖禰そでいびょうに至り、特牛とくぎゅうの礼を用う。五歳に一たび巡狩し、群后ぐんこう四たびちょうす。あまねく告ぐるに言をもってし、明らかに試みるに功をもってし、車服しゃふくようをもってす。十有二州をはじめ、川をけっす。しょうするに典刑てんけいをもってし、りゅうして五刑をゆるし、むちを官刑とし、ぼくを教刑と作し、金を贖刑とくけいと作し、せいさいあやまちゆるし、怙終こしゅうの賊をば刑す。つつしめよや、欽めよや、これ刑をこれしずかにせんかな、と。
讙兜進言共工、堯曰不可。而試之工師、共工果淫辟。四嶽舉鯀治鴻水、堯以爲不可、嶽彊請試之、試之而無功、故百姓不便。三苗在江淮、荊州數爲亂。於是舜歸而言於帝、請流共工於幽陵、以變北狄、放驩兜於崇山、以變南蠻、遷三苗於三危、以變西戎、殛鯀於羽山、以變東夷、四辠而天下咸服。
讙兜かんとう共工きょうこうを進め言う、ぎょう曰く、不可なり、と。しこうしてこれを工師にこころむ、共工はたして淫辟いんぺきなり。四岳、こんをあげて鴻水こうずいを治めしめんとす、堯、もって不可となす、岳、いてこれを試みんとう、これを試みたれども功なし、ゆえに百姓、便とせず。三苗さんびょうこうわい荊州けいしゅうにありてしばしば乱をなす。ここにおいて、舜帰りてていに言い、うて共工を幽陵ゆうりょうに流し、もって北狄ほくてきに変じ、驩兜かんとう崇山すうざんに放ち、もって南蛮なんばんに変じ、三苗を三危さんきうつし、もって西戎せいじゅうに変じ、こん羽山うざんきょくし、もって東夷とういに変ず、四辠しざいして天下みな服す。
堯立七十年得舜、二十年而老、令舜攝行天子之政、薦之於天。堯辟位凡二十八年而崩。百姓悲哀、如喪父母。三年、四方莫舉樂、以思堯。堯知子丹朱之不肖、不足授天下。於是乃權授舜。授舜、則天下得其利、而丹朱病、授丹朱、則天下病而丹朱得其利。堯曰、終不以天下之病而利一人。而卒授舜以天下。
ぎょう立ちて七十年にしてしゅん、二十年にしてろうし、舜をして天子のまつりごと摂行せっこうせしめ、これを天にすすむ。堯、位をけておよそ二十八年にしてほうず。百姓悲哀し、父母をうしなうがごとし。三年、四方しほうがくを挙ぐるなく、もって堯を思う。堯、子の丹朱たんしゅ不肖ふしょうにして、天下をさずくるに足らざるを知る。ここにおいてすなわちはかりて舜に授く。舜に授くれば、すなわち天下その利を得て、丹朱たんしゅまん、丹朱に授くれば、すなわち天下病みて丹朱たんしゅその利を得ん。堯曰く、ついに天下の病をもって一人をせじ、と。しこうしてついに舜に授くるに天下をもってす。
堯崩、三年之喪畢、舜讓辟丹朱於南河之南。諸侯朝覲者不之丹朱而之舜、獄訟者不之丹朱而之舜、謳歌者不謳歌丹朱而謳歌舜。舜曰、天也夫。而後之中國踐天子位焉、是爲帝舜。
ほうじ、三年のおわり、舜、ゆずりて丹朱を南河の南にく。諸侯の朝覲ちょうきんする者、丹朱にかずして舜にき、獄訟ごくしょうする者、丹朱にかずして舜にき、謳歌おうかする者、丹朱を謳歌せずして舜を謳歌す。舜曰く、天なるかな、と。しこうしてのち、中国にき、天子の位をむ、これをてい舜となす。
 舜帝
虞舜者、名曰重華。重華父曰瞽叟、瞽叟父曰橋牛、橋牛父曰句望、句望父曰敬康、敬康父曰窮蝉、窮蝉父曰帝顓頊、顓頊父曰昌意。以至舜七世矣。自從窮蝉以至帝舜、皆微爲庶人。
虞舜ぐしゅんは、名は重華ちょうかという。重華の父は瞽叟こそうといい、瞽叟の父は橋牛きょうぎゅうといい、橋牛の父は句望こうぼうといい、句望の父は敬康けいこうといい、敬康の父は窮蝉きゅうせんといい、窮蝉の父はてい顓頊せんぎょくといい、顓頊の父は昌意しょういという。もって舜に至るまで七世しちせいなり。窮蝉きゅうせん自従りもっててい舜に至るまで、みなにして庶人しょじんたり。
舜父瞽叟盲、而舜母死、瞽叟更娶妻而生象、象傲。瞽叟愛後妻子、常欲殺舜。舜避逃。及有小過、則受罪。順事父及後母與弟、日以篤謹、匪有解。
舜の父瞽叟こそうもうにして、舜の母死し、瞽叟、更に妻をめとりてしょうを生む、象おごる。瞽叟、後妻こうさいの子を愛し、常に舜を殺さんと欲す。舜、のがる。小過しょうかあるに及べば、すなわち罪を受く。父および後母こうぼと弟とに順事じゅんじすること、日にもって篤謹とくきんにして、おこたることあらず。
舜、冀州之人也。舜耕歴山、漁雷澤、陶河濱、作什器於壽丘、就時於負夏。舜父瞽叟頑、母嚚、弟象傲、皆欲殺舜。舜順適不失子道。兄弟孝慈、欲殺不可得。即求嘗在側。
舜は冀州きしゅうの人なり。舜、歴山れきざんたがやし、雷沢らいたくぎょし、河浜かひんとうし、什器じゅうき寿丘じゅきゅうに作り、時に負夏ふかに就く。舜の父瞽叟こそうがんに、母はぎんに、おとうとしょうおごり、みな舜を殺さんと欲す。舜、順適じゅんてきして子道しどううしなわず。兄弟けいてい孝慈こうじ、殺さんと欲すれどもべからず。し求むればつねかたわらにあり。
舜年二十以孝聞。三十而帝堯問可用者。四嶽咸薦虞舜曰、可。於是堯乃以二女妻舜、以觀其内、使九男與處、以觀其外。舜居媯汭、内行彌謹。堯二女不敢以貴驕事舜親戚、甚有婦道。堯九男皆益篤。舜耕歴山、歴山之人皆讓畔。漁雷澤、雷澤上人皆讓居。陶河濱、河濱器皆不苦窳。一年而所居成聚、二年成邑、三年成都。
舜、とし二十にして孝をもってきこゆ。三十にしててい堯、もちうべき者を問う。四岳、みな虞舜ぐしゅんすすめて曰く、可なり、と。ここにおいて、堯すなわち二女にじょをもって舜にめあわせ、もってその内を九男きゅうだんをしてともにらしめ、もってその外をる。舜、媯汭きぜいにおり、内行ないこういよいよ謹む。堯の二女、あえてたっときをもって舜の親戚に驕事きょうじせず、はなはだ婦道ふどうあり。堯の九男きゅうだんみなますますあつし。舜、歴山れきざんに耕す、歴山の人みなあぜを譲る。雷沢らいたくぎょす、雷沢のほとりの人みなきょを譲る。河浜かひんとうす、河浜のみな苦窳こゆせず。一年にしておるところしゅうをなし、二年にしてゆうをなし、三年にしてをなす。
堯乃賜舜絺衣、與琴、爲築倉廩、予牛羊。瞽叟尚復欲殺之、使舜上塗廩、瞽叟從下縱火焚廩。舜乃以兩笠、自扞而下去、得不死。後瞽叟又使舜穿井。舜穿井爲匿空旁出。舜既入深。瞽叟與象共下土實井。舜從匿空出去。瞽叟、象喜、以舜爲已死。象曰、本謀者象。象與其父母分。於是曰、舜妻堯二女、與琴、象取之。牛羊倉廩予父母。象乃止舜宮居、鼓其琴。舜往見之。象鄂不懌曰、我思舜正鬱陶。舜曰、然、爾其庶矣。舜復事瞽叟愛弟彌謹。於是堯乃試舜五典百官。皆治。
堯、すなわち舜に絺衣ちいきんとをたまい、ために倉廩そうりんきずき、牛羊ぎゅうようあたう。瞽叟こそう、なおまたこれを殺さんと欲し、舜をして上りてりんらしめ、瞽叟こそう下より火をはなちてりんく。舜、すなわち両笠りょうりゅうをもって、みずからふせくだり去り、死せざるを得たり。のち、瞽叟また舜をして穿うがたしむ。舜、井を穿ち、匿空とくこう旁出ぼうしゅつせるをつくる。舜すでにること深し。瞽叟、しょうとともに土を下し井に実たす。舜、匿空とくこうより出で去る。瞽叟・しょう喜び、舜をもってすでに死せりとなす。象曰く、もとはかる者は象なり、と。象、その父母とともに分たんとす。ここにおいて曰く、舜のつまなる堯の二女にじょきんとは象これを取らん。牛羊ぎゅうよう倉廩そうりんは父母にあたえん、と。象すなわち舜のきゅうに止まりおりて、その琴をす。舜きてこれを見る。象、がくとしてよろこばずして曰く、われ舜を思い、まさに鬱陶うっとうたり、と。舜曰く、しかり、なんじそれちかし、と。舜、また瞽叟につかえ、弟を愛していよいよ謹めり。ここにおいて、堯すなわち舜を五典ごてん百官ひゃっかんこころむ。みな治まれり。
昔高陽氏有才子八人。世得其利、謂之八愷。高辛氏有才子八人。世謂之八元。此十六族者、世濟其美、不隕其名至於堯。堯未能舉。舜舉八愷、使主后土、以揆百事。莫不時序。舉八元、使布五教于四方。父義、母慈、兄友、弟恭、子孝、内平外成。
むかし高陽氏こうようし才子さいし八人あり。、その利を、これを八愷はちがいという。高辛氏こうしんし才子さいし八人あり。世、これを八元はちげんという。この十六族の者、世々よよその美をし、その名をおとさずして堯に至る。堯、いまだぐることあたわず。舜、八愷はちがいを挙げ、后土こうどつかさどらしめ、もって百事ひゃくじはかる。時についでざるはなし。八元はちげんを挙げ、五教を四方しほうかしむ。父は義、母は、兄はゆう、弟はきょう、子は孝、うちたいらかにそとなる。
昔帝鴻氏有不才子。掩義隱賊、好行凶慝。天下謂之渾沌。少皞氏有不才子。毀信惡忠、崇飾惡言。天下謂之窮奇。顓頊氏有不才子。不可教訓。不知話言。天下謂之檮杌。此三族世憂之、至于堯。堯未能去。縉雲氏有不才子。貪于飲食、冒于貨賄。天下謂之饕餮。天下惡之、比之三凶。舜賓於四門、乃流四凶族、遷于四裔、以御螭魅。於是四門辟。言毋凶人也。
むかし帝鴻氏ていこうし不才子ふさいしあり。義をおおい賊を隠し、好みて凶慝きょうとくを行なう。天下、これを渾沌こんとんという。少皞氏しょうこうしに不才子にあり。信をやぶり忠をにくみ、悪言を崇飾すうしょくす。天下、これを窮奇きゅうきという。顓頊氏せんぎょくしに不才子あり。教訓すべからず。話言かいげんを知らず。天下、これを檮杌とうこつという。これ三族は世々よよこれを憂え、堯に至る。堯いまだ去ることあたわず。縉雲氏しんうんしに不才子あり。飲食をむさぼり、貨賄かかいむさぼる。天下、これを饕餮とうてつという。天下、これをにくみ、これを三凶さんきょうす。舜、四門にひんし、すなわち四凶族しきょうぞくりゅうして、四裔しえいうつし、もって螭魅ちみふせぐ。ここにおいて四門ひらく。凶人きょうじんなきをいうなり。
舜入于大麓、烈風雷雨不迷。堯乃知舜之足授天下。堯老、使舜攝行天子政、巡狩。舜得舉用事二十年、而堯使攝政。攝政八年而堯崩。三年喪畢、讓丹朱。天下歸舜。而禹、皋陶、契、后稷、伯夷、夔、龍、倕、益、彭祖、自堯時而皆舉用、未有分職。於是舜乃至於文祖、謀于四嶽、辟四門、明通四方耳目。命十二牧。論帝徳、行厚徳、遠佞人、則蠻夷率服。
舜、大麓たいろくり、烈風・雷雨にも迷わず。堯すなわち舜の天下をさずくるに足るを知る。堯い、舜をして天子のまつりごと摂行せっこうし、巡狩じゅんしゅせしむ。舜、げらるるを、事をもちうること二十年にして、堯、まつりごとせっせしむ。政を摂すること八年にして堯ほうず。三年のおわり、丹朱たんしゅゆずる。天下、舜に帰す。しこうして皐陶こうようせつ后稷こうしょく伯夷はくいりょうすいえき彭祖ほうそ、堯のときよりみな挙用きょようせられたれども、いまだ分職ぶんしょくあらず。ここにおいて舜すなわち文祖ぶんそに至り、四岳にはかり、四門を辟きひら、明らかに四方の耳目じもくを通ず。十二牧じゅうにぼくに命ず。帝徳を論じ、厚徳を行ない、佞人ねいじんを遠ざくるときは、すなわち蛮夷ばんいひきいてふくせん、と。
舜謂四嶽曰、有能奮庸美堯之事者、使居官相事。皆曰、伯禹爲司空、可美帝功。舜曰、嗟、然、禹、汝平水土。維是勉哉。禹拜稽首、讓於稷、契與皋陶。舜曰、然、往矣。舜曰、弃、黎民始飢、汝后稷播時百穀。舜曰、契、百姓不親。五品不馴。汝爲司徒、而敬敷五教、在寛。舜曰、皋陶、蠻夷猾夏、寇賊姦軌。汝作士、五刑有服、五服三就、五流有度、五度三居。維明能信。舜曰、誰能馴予工。皆曰垂可。於是以垂爲共工。舜曰、誰能馴予上下草木鳥獸、皆曰益可。於是以益爲朕虞。益拜稽首、讓于諸臣朱虎、熊羆。舜曰、往矣、汝諧。遂以朱虎、熊羆爲佐。
舜、四岳に謂いて曰く、よくようふんにし、堯の事をくする者あらば、官に居り、事をたすけしめん、と。みな曰く、伯禹はくう司空しこうとならば、ていの功をくすべし。舜曰く、ああしかり、、なんじ水土すいどたいらにせよ。これこれ勉めよや、と。拝稽首はいけいしゅし、しょくせつ皐陶こうようとに譲る。舜曰く、然り、けよ、と。舜曰く、黎民れいみんはじめてう、なんじしょくきみとなり、ときに百穀ひゃくこくけ、と。舜曰く、せつ、百姓したしまず。五品したがわず。なんじ司徒しととなりて、つつしみて五教をき、かんにあれ、と。舜曰く、皐陶こうよう蛮夷ばんい、夏をみだり、寇賊こうぞく姦軌かんきあり。なんじ士となり、五刑は服あり、五服は三就さんしゅうし、五流はたくあり、五度ごたくは三居し、これ明らかによく信なれ。舜曰く、たれかよくこうしたがわん、と。みな曰く、すいなり、と。ここにおいて垂をもって共工きょうこうとなす。舜曰く、たれかよく予が上下しょうかの草木鳥獣にしたがわん、と、みな曰く、えき可なり、と。ここにおいて益をもってとなす。益、拝稽首けいしゅし、諸臣しょしん朱虎しゅこ熊羆ゆうひゆずる。舜曰く、け、なんじやわらげよ、と。ついに朱虎・熊羆をもってとなす。
舜曰、嗟、四嶽、有能典朕三禮。皆曰伯夷可。舜曰、嗟、伯夷、以汝爲秩宗。夙夜維敬、直哉。維靜絜。伯夷讓夔、龍。舜曰、然。以夔爲典樂、教穉子。直而温、寛而栗、剛而毋虐、簡而毋傲。詩言意、歌長言、聲依永、律和聲。八音能諧、毋相奪倫、神人以和。夔曰、於、予撃石拊石、百獸率舞。舜曰、龍、朕畏忌讒説殄僞、振驚朕衆。命汝爲納言。夙夜出入朕命、惟信。舜曰、嗟、女二十有二人、敬哉、惟時相天事。三歳一考功、三考絀陟。遠近衆功咸興。分北三苗。
舜曰く、ああ、四岳、よくが三礼をつかさどるものあらんか、と。みな曰く、伯夷はくい可なり、と。舜曰く、ああ、伯夷、なんじをもって秩宗ちつそうとなす。夙夜しゅくやこれつつしみ、直なれや。これ静絜せいけつなれ、と。伯夷、りょうに譲る。舜曰く、然り、と。をもって典楽となし、稚子ちしを教えしむ。ちょくにしてしかも温、寛にしてしかもりつ、剛にしてしかもぎゃくするなく、簡にしてしかもおごるなかれ。詩は意をいい、歌はげんを長くし、声はながきにより、律は声をす。八音はちいんよくやわらぎ、りんをあい奪うことなくんば、神人しんじんもって和せん、と。曰く、ああわれせきを撃ち石をてば、百獣ひきいてわん、と。舜曰く、りょうわれ讒説ざんせつち、が衆を振驚しんけいするを畏忌いきす。なんじに命じて納言のうげんとなす。夙夜しゅくやが命を出入して、これ信なれ、と。舜曰く、ああ、なんじ二十有二人、つつしめよや、これれ天事をたすけよ、と。三歳に一たび功を考え、三考して絀陟ちゅつちょくす。遠近の衆功みなおこる。三苗さんびょう分北ぶんばいす。
此二十二人咸成厥功。皋陶爲大理平、民各伏得其實。伯夷主禮、上下咸讓。垂主工師、百工致功。益主虞、山澤辟。弃主稷、百穀時茂。契主司徒、百姓親和。龍主賓客、遠人至。十二牧行而九州莫敢辟違。唯禹之功爲大。披九山、通九澤、決九河、定九州。各以其職來貢、不失厥宜。方五千里、至于荒服、南撫交阯、北發、西戎、析枝、渠廋、氐羌、北山戎、發、息慎、東長、鳥夷、四海之内咸戴帝舜之功。於是禹乃興九招之樂、致異物、鳳皇來翔。天下明徳、皆自虞帝始。
この二十二人、みなその功をなす。皐陶こうよう大理たいりとなりたいらかに、民おのおの伏してそのじつ伯夷はくい、礼をつかさどり、上下しょうかみなゆずる。すい、工師をつかさどり、百工ひゃくこう功を致す。益、つかさどり、山沢ひらく。しょくつかさどり、百穀ひゃくこくときに茂る。せつ、司徒をつかさどり、百姓ひゃくせい親和す。りょう賓客ひんかくつかさどり、遠人えんじん至る。十二牧じゅうにぼく行きて、九州あえて辟違ひいするものなし。ただの功を大なりとなす。九山をひらき、九沢きゅうたくを通じ、九河きゅうかを決し、九州を定む。おのおのその職をもって来貢らいこうし、そのよろしきを失わず。ほう五千里、荒服に至るまで、南は交阯こうし北発ほくはつ、西はじゅう析枝せっし渠廋きょしゅう氐羌ていきょう、北は山戎さんじゅうはつ息慎そくしん、東はちょう鳥夷ちょういし、四海のうち、みなてい舜の功をいただく。ここにおいてすなわち九招きゅうしょうがくおこし、異物を致し、鳳皇ほうおう来たりかける。天下徳を明らかにする、みな虞帝ぐていより始まる。
舜年二十以孝聞、年三十堯舉之、年五十攝行天子事。年五十八堯崩、年六十一代堯踐帝位。踐帝位三十九年、南巡狩、崩於蒼梧之野。葬於江南九疑。是爲零陵。舜之踐帝位、載天子旗、往朝父瞽叟。夔夔唯謹、如子道。封弟象爲諸侯。舜子商均亦不肖。舜乃豫薦禹於天。十七年而崩。三年喪畢、禹亦乃讓舜子、如舜讓堯子。諸侯歸之。然後禹踐天子位。堯子丹朱、舜子商均、皆有彊土、以奉先祀。服其服、禮樂如之、以客見天子。天子弗臣、示不敢專也。
舜、とし二十にして孝をもって聞え、年三十にして堯これをげ、年五十にして天子のこと摂行せっこうす。年五十八にして堯ほうず。年六十一にして堯に代りて帝位をむ。帝位をむこと三十九年、南に巡狩じゅんしゅし、蒼梧そうごほうず。江南の九疑きゅうぎほうむる。これを零陵れいりょうとなす。舜、帝位をむや、天子の旗をせ、きて父瞽叟こそうちょうす。夔夔ききとしてただ謹み、の道のごとくす。弟のしょうほうじて諸侯となす。舜の子商均しょうきんもまた不肖ふしょうなり。舜すなわちあらかじを天にすすむ。十七年にしてほうず。三年のおわり、もまたすなわち舜の子にゆずること、舜の堯の子にゆずれるがごとくす。諸侯これに帰す。しかるのち天子の位をむ。堯の子丹朱たんしゅ、舜の子商均しょうきん、みな彊土きょうどたもち、もって先祀せんしほうず。その服を服し、礼楽れいがくかくのごとくし、かくをもって天子にまみゆ。天子、臣とせざるは、あえてもっぱらにせざるをしめすなり。
自黄帝至舜、禹、皆同姓。而異其國號、以章明徳。故黄帝爲有熊、帝顓頊爲高陽、帝嚳爲高辛、帝堯爲陶唐、帝舜爲有虞、帝禹爲夏后。而別氏、姓姒氏。契爲商、姓子氏。弃爲周、姓姫氏。
黄帝より舜・に至るまで、みな同姓なり。しこうしてその国号をことにし、もって明徳をあきらかにす。ゆえに黄帝を有熊ゆうゆうとなし、てい顓頊せんぎょくを高陽となし、ていこくを高辛となし、帝堯を陶唐とうとうとなし、帝舜を有虞ゆうぐとなし、帝夏后かこうとなす。しこうしてを別って、姓は姒氏じしせつを商となす、姓は子氏ししを周となす、姓は姫氏きし
太史公曰、學者多稱五帝尚矣。然尚書獨載堯以來。而百家言黄帝、其文不雅馴。薦紳先生難言之。孔子所傳宰予問五帝徳及帝繫姓、儒者或不傳。余嘗西至空桐、北過涿鹿、東漸於海、南浮江淮矣。至長老皆各往往稱黄帝、堯、舜之處、風教固殊焉。總之、不離古文者近是。予觀春秋、國語、其發明五帝徳、帝繫姓章矣。顧弟弗深考。其所表見皆不虚。書缺有閒矣。其軼乃時時見於他説。非好學深思、心知其意、固難爲淺見寡聞道也。余并論次、擇其言尤雅者、故著爲本紀書首。
太史公たいしこう曰く、学者多く五帝をしょうすることひさし。しかるに尚書はひとり堯以来をするのみ。しこうして百家の黄帝を言うもの、その文雅馴がじゅんならず。薦紳しんしん・先生これを言うをはばかる。孔子の伝うるところの宰予問さいよもん五帝徳ごていとく、および帝繫姓ていけいせいは、儒者あるいは伝えず。われかつて西のかた空桐くうとうに至り、北のかた涿鹿たくろくを過ぎ、東のかた海にいたり、南のかた江淮こうわいうかぶ。長老みなおのおの往往おうおう黄帝・堯・舜を称するのところに至るに、風教ふうきょうまことことなり。これをぶるに、古文を離れざる者なるに近し。われ、春秋・国語を観るに、その五帝徳ごていとく帝繫姓ていけいせいを発明することあきらかなり。おもうにただ深く考えざるのみ。その表見ひょうけんするところ、みなきょならず。書けてかんあり。そのいつせるはすなわち時時じじ他説にゆ。学を好みおもいを深くし、心にその意を知るものにあらずんば、まこと浅見せんけん寡聞かぶんのためにいがたきなり。われあわせて論次ろんじし、その言のもっともなる者をえらび、ことさらに著わして本紀の書のはじめとなす。