太公望
太公望
- 〔出典〕 『史記』斉太公世家第二
- 〔解釈〕 【1】中国、周代の政治家。姓は呂、名は尚、字は子牙。渭水で釣りをしていて、周の文王に見いだされ、先君太公の望んでいた賢人だとして太公望とよばれたといわれる。文王・武王を助けて殷を滅ぼし、その功によって斉に封ぜられた。兵書「六韜」の著者ともいわれる。
【2】《【1】の故事から》釣りをする人。釣りの好きな人。(Yahoo!辞書 大辞泉 【太公望】)
呂尚蓋嘗窮困、年老矣、以漁釣、奸周西伯。西伯將出獵、卜之。曰、所獲非龍、非彲、非虎、非羆、所獲霸王之輔。
呂尚は、蓋し嘗て窮困し、年老いたり。漁釣を以て周の西伯に奸む。西伯将に出でて猟せんとし、之を卜す。曰く、獲る所は、竜に非ず、彲に非ず、虎に非ず、羆に非ず、獲る所は、覇王の輔なり、と。
於是周西伯獵。果遇太公於渭之陽。與語大説曰、自吾先君太公曰、當有聖人適周。周以興。子眞是邪。吾太公望子久矣。故號之曰太公望。載與俱歸、立爲師。
是に於て周の西伯猟す。果たして太公に渭の陽に遇う。与に語りて大いに説び、曰く、吾が先君太公より曰く、当に聖人有りて周に適くべし。周以て興らん、と。子は真に是れならんか。吾が太公、子を望むこと久し、と。故に之を号して太公望と曰う。載せて与に俱に帰り、立てて師と為す。