宋襄の仁
宋襄の仁
- 〔出典〕 『春秋左伝』僖公二二年、『十八史略』春秋戦国・宋
- 〔解釈〕 《「春秋左伝」僖公二二年から》無益の情け。つまらない情けをかけてひどい目にあうこと。宋の襄公が楚と戦ったとき、公子の目夷が敵が陣を敷かないうちに攻めようと進言したが、襄公が人の困っているときに苦しめてはいけないと言って敵に情けをかけたために負けてしまったという故事による。(Yahoo!辞書 大辞泉 【宋襄の仁】参照)
〔十八史略、春秋戦国、宋〕
〔宋〕子姓、商紂庶兄微子啓之所封也。後世至春秋、有襄公玆父者、欲霸諸侯、與楚戰。公子目夷、請及其未陣撃之。公曰、君子不困人於阨。遂爲楚所敗。世笑以爲宋襄之仁。
宋は子姓、商紂の庶兄微子啓の封ぜられし所なり。後世春秋に至り、襄公玆父という者有り、諸侯に覇たらんと欲し、楚と戦う。公子目夷、其の未だ陣せざるに及んで之を撃たんと請う。公曰く、君子は人を阨に困しめず、と。遂に楚の敗る所と為る。世笑いて以て宋襄の仁と為す。