左袒

    
左袒さたん
  • 〔出典〕 『史記』呂后本紀
  • 〔解釈〕 《「袒」は衣を脱いで肩をあらわにする意で、中国、前漢の功臣周勃しゅうぼつ呂氏りょしの乱を鎮定しようとした際、呂氏に味方する者は右袒せよ、劉氏りゅうしに味方する者は左袒せよ、と軍中に申し渡したところ全軍が左袒したという「史記」呂后本紀の故事から》味方すること。(Yahoo!辞書 大辞泉 【左袒】
太尉將之入軍門、行令軍中曰、爲呂氏右襢。爲劉氏左襢。
太尉たいいこれしょうとし、軍門ぐんもんり、くゆく軍中ぐんちゅうれいしていわく、呂氏りょしためにするものは右袒ゆうたんせよ。劉氏りゅうしためにするものは左袒さたんせよ、と。
軍中皆左襢、爲劉氏。太尉行至。將軍呂祿亦已解上將印去。太尉遂將北軍。
軍中ぐんちゅうみな左袒さたんし、劉氏りゅうしためにす。太尉たいいいたる。将軍しょうぐん呂禄りょろくすで上将じょうしょういんる。太尉たいいつい北軍ほくぐんしょうたり。
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