孟母三遷
孟母三遷
- 〔出典〕 『列女伝』母儀・鄒孟軻母、『蒙求』一三四 軻親断機
- 〔解釈〕 孟子の母は、はじめ墓場のそばに住んでいたが、孟子が葬式のまねばかりしているので、市場近くに転居した。ところが今度は孟子が商人の駆け引きをまねるので、学校のそばに転居した。すると礼儀作法をまねるようになったので、これこそ教育に最適の場所だとして定住したという故事。教育には環境が大切であるという教え。また、教育熱心な母親のたとえ。三遷の教え。(Yahoo!辞書 大辞泉 【孟母三遷の教え】)
〔蒙求、一三四 軻親断機〕
古列女傳、鄒孟軻母、其舍近墓。孟子少嬉遊、爲墓閒之事。孟母曰、此非吾所以居處子也。乃去、舍市傍。其嬉戲乃賈人衒賣之事。又曰、此非吾所以居處子也。復徙舍學官之旁。其嬉戲乃設爼豆、揖讓進退。孟母曰、眞可以居吾子矣。遂居。
古列女伝にいう、鄒の孟軻の母、其の舎墓に近し。孟子少にして嬉遊するに、墓間の事を為す。孟母曰く、此れ吾が子を居処する所以に非ず、と。乃ち去りて、市の傍に舎す。其の嬉戯するや乃ち賈人衒売の事なり。又曰く、此れ吾が子を居処する所以に非ず、と。復徙りて学官の旁に舎す。其の嬉戯するや、乃ち俎豆を設け、揖譲進退す。孟母曰く、真に以て吾が子を居く可し、と。遂に居る。