髀肉の嘆
髀肉の嘆
- 〔出典〕 『三国志』蜀志、先主伝、注
- 〔解釈〕 功名を立てたり手腕を発揮したりする機会のないのを嘆くこと。蜀の劉備が、平穏な日々が続き、馬に乗って戦場に行くことがなかったため、内ももの肉が肥え太ってしまったのを嘆いたという故事による。(Yahoo!辞書 大辞泉 【髀肉の嘆】)
九州春秋曰、備住荊州數年、嘗於表坐起至厠、見髀裏肉生、慨然流涕。
九州春秋に曰く、備、荊州に住まること数年、嘗て表の坐に於て起ちて厠に至り、髀の裏に肉の生ずるを見て、慨然として流涕す。
還坐、表怪問備。備曰、吾常身不離鞍、髀肉皆消。今不復騎、髀裏肉生。日月若馳、老將至矣。而功業不建。是以悲耳。
坐に還り、表怪しみて備に問う。備曰く、吾常に身鞍を離れず、髀肉皆消ゆ。今復た騎らず、髀の裏に肉生ず。日月馳するが若く、老い将に至らんとす。而も功業建たず。是を以て悲しむのみ、と。